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橋の下の蜘蛛   ―短歌の鑑賞、歌集評、書評など― このページをアンテナに追加 RSSフィード

2011-04-20

石川啄木 東海の小島の磯の白砂にわれ泣きぬれて蟹とたはむる 『一握の砂』

東海の小島の磯の白砂に
われ泣きぬれて
蟹とたはむる

石川啄木『一握の砂』

《歌意》 東海(とうかい)の小島(こじま)に小さな磯(いそ)がある。その磯の中にある砂地に腰をおろして、私は泣きながら蟹(かに)とたわむれている。

《解説》 磯には、黒っぽい大きな岩がいくつも並んでいる。その岩と岩の間にわずかな砂地があり、岩の黒との対比で砂の白さが際立っている。その砂地に独りの男がうずくまり、蟹をつついている。蟹は興奮して両方の鋏を振り上げているはずだ。「泣きぬれて」というぐらいだから、男は流した涙で、頬はもちろん、着物のえりぐらいは濡らしているかもしれない。あるいは、涙の粒のいくつかは、蟹の甲羅にも落ちただろうか。

 この歌の重要なポイントに視線の動きがある。「東海」という大きな空間を提示するところから始まって、小島→磯→白砂→われ、という順に空間が狭まっていく。空間が急速に縮小している印象を受けるとしたら、啄木が、3句目までに3つの格助詞「の」を使って、空間の移動、視線の移動にスピード感を生み出しているからだ。

 ちなみに「東海」には、東の方の海のほかに、日本国という意味がある。ここで啄木がどちらの意味で使っているかは確定できないが、いずれにしても広大な空間を指していることにかわりはない。そこから一気にうずくまる身体にまで空間が縮小していく感覚はダイナミックであり、また映像的でもある。視線の動きで言えば、はるか上空から海を俯瞰していたカメラが、蟹に触れようとする男へと超高速でズームしていく運動が表現されていることになる。こうした視線の操作は、日本の海辺に一人泣いている「われ」にスポットライトを当てて浮かび上がらせるような効果を挙げている。

 ここに詠われている「東海の小島」はどこの島のことなのだろうか。私は、この歌を読んだ当時、名古屋に下宿して大学生活を送っていたため、「東海の小島」を愛知県の知多半島あたりに浮かぶ島だと解釈していた。しかし、これはまったく根拠のない思い込みだった。啄木は、明治40年(1907年)に故郷の岩手県渋民村を出て、函館市に移住した。「東海の小島」は、その当時啄木が友人と訪れた函館の大森浜を念頭に置いて詠われたというのが定説らしい(参考:岩城之徳『石川啄木』おうふう)。

 この作品は、啄木の最初の歌集『一握の砂』の冒頭に収録された一首である。歌集は「我を愛する歌」と題された連作から始まる。つまり歌集の最初に、「われを見よ、そして愛せよ」とばかりに、泣きじゃくる自画像を置いてはばからない啄木のメンタリティーと戦略性は、やはり並ではないと思う。

 ここで詠われているのは、端的に言ってしまえば、男(啄木)が海辺で一人泣いている場面にすぎない。しかし、その情けない自画像を、自己愛のまなざしで包みつつ、映像的とも言える手法による過剰な演出で描ききったところに、啄木の本領が発揮されていると言える。

啄木の短歌「はたらけどはたらけど猶わが生活楽にならざりぢっと手を見る」については、こちらのページに解説を記した。

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