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唐沢俊一検証blog

2008-08-28

大阪でのがれた男。

12:55

 この話題いつまで続くんだろう?wと思いながらも、またしても唐沢俊一DAICON会場からの逃走劇について。

 「どうして必要も無いのにタクシーを使ったのか?そしてタクシーで直接新大阪に行かなかったのはなぜか?」という疑問について、藤岡真さんが「なんばまでタクシーで行ったと言うのは唐沢のウソで、本当は岸和田から電車に乗ったのではないか」と考え、自分が「唐沢の考えが足りないせいで一般人から見ると理解できない行動を取っているのではないか」と考えていることは、「一連タクシー」で書いた通り。

 でも、自分の考え方には実は穴がある。唐沢がなんばに行くよう指示したとしても、タクシーの運転手が「新大阪に行ったほうがいいですよ」とアドバイスするのではないか?という疑問があるのだ。浪切ホールからなんばまで40分もかかるのだから、その間運転手と何も会話しないということは考えにくいのであって、東京まで帰る途中だということくらいは話しただろうし。普通の運転手なら親切にアドバイスすると思う(それに新大阪まで行った方が料金をたくさんもらえるのだ)。

 そして、もう一つ、自分は「唐沢は前日になんば駅前のホテルに泊まっていて、当日もなんばから出発しているから、帰りもなんばに行かなければならないと思い込んだのでは?」という推理をしたのだが、それに対して安岡孝一先生から次のようなご指摘を受けた。

昨日のコメント内容がうけたみたいなので、もう一点。kensyouhanさんが追記した『唐沢は「DAICON7」前日になんば駅前のホテルに宿泊していて、当日もなんばから出発している』なんですけど。ル・ボテジュール・ナンバの最寄り駅は、難波よりむしろ日本橋なんですよ。なので、当日の朝も『地下鉄乗り継いでSF大会会場の岸和田まで』向かってる。難波から出発してたら、地下鉄を乗り継ぐ必要はないでしょ? つまり、日本橋から天下茶屋堺筋線で出て、そこで南海本線に乗り継いで岸和田に行ったわけで、少なくとも行きは難波を通ってないように見えるのです。

 さて、ここは大事なポイントなので唐沢の日記を確認しつつ、話を進めていくことにする。まず、「DAICON7」前日の8月22日付けの日記から。

新大阪から地下鉄御堂筋線でなんば駅。ル・ボテジュールナンバというホテル。

名前からわかるようにお好み焼きのぼてじゅうが経営母体。繁華街のド真ん中にあるビジネスホテル。しかし部屋はツインで、ちょっとリッチな気分。

 唐沢は大阪ではル・ボテジュールナンバというホテルに泊まっていた。このホテルはなんば駅から近いが、実は日本橋駅の方がもっと近いのである。そして、大会当日である8月23日付けの日記から。

迎えに来てくれたSくんと、地下鉄乗り継いでSF大会会場の岸和田まで。

 「地下鉄乗り継いで」とあるが、なんばから出た場合、南海線で直接岸和田まで行くことが出来るので、地下鉄を乗り継ぐ必要は無い。したがって、唐沢は大会当日ル・ボテジュールナンバの最寄り駅である日本橋から地下鉄堺筋線天下茶屋まで出てそこから南海線に乗り換えたということになる。というわけで、「一連タクシー」で「当日もなんばから出発している」と書いているのは誤りだったことになる。注意不足から誤ったことを書いてしまったことをお詫びしたい(まあ、出発駅を書いていない唐沢が悪いんだけど、と責任転嫁したり)。安岡先生ご指摘ありがとうございました。

 しかし、日本橋から岸和田まで行ったとすると、これもまたわけがわからない行動である。単純に考えてみても直接行った方が乗り換えをするよりも早いし、この場合もそうである(なんばから出れば最速で20分で岸和田に到着するが、日本橋から出た場合は30分かかる)。おそらく、唐沢はホテルを出たときに「なんばより日本橋の方が近いな」と考えて、そこから乗ることにしたのだろう。その結果、かえって遠回りをすることになったわけだ。唐沢がスケジュール関係でよくミスをするのも、こんな風に考えなしで行動するからなんだろうな。やっぱり、ちゃんとしたマネージャーをつける必要があるよ。

 というわけで、間違いはあったものの、唐沢の考えが足りない、思慮が浅いことがさらに証明されたので、かえってよかったと思う(自分もこれからはもっと気をつけて書いていきたい)。結局のところ、唐沢は、

タクシー、岸和田までだと時間が間に合わないので、ちょっとかかるがと思いつつ、なんばまで飛ばしてもらう。

と書いているから、とっさに(考えなしに)大阪に来るときに利用したなんば駅に行くことを指示したのだろう。しかし、あらためて見ると「飛ばしてもらう」というのは、東京へ急いで戻りたかったとも、藤岡さんから一刻も早く逃げたかったとも読めて実に味わい深い。それから、唐沢俊一スレッド2ちゃんねる一般書籍板にはこのような推理をする人もいた。

741 名前:無名草子さん[] 投稿日:2008/08/28(木) 11:16:18

オレの推理なんだが、岸和田までタクシーで行ったら、

電車を待ってる間にせっかく振り切った藤岡さんとまた

会ってしまう危険を感じて、「なんばまで」と指示を

したんじゃないかと思うんだが、どう?

少なくとも藤岡さんに声をかけられてビビッてしまったのは間違いないでしょうね。しかし、どうして次から次へとわけのわからない行動をとるのかな、唐沢俊一という人はw


 それから、リンクに藤岡さんのサイトを追加しました。藤岡さんも唐沢の逃走劇を追撃中なので、ぜひ御覧になってください。

大阪でもまれた男

大阪でもまれた男

 

KoichiYasuokaKoichiYasuoka 2008/08/28 14:26 じゃ、もうひとネタ。8月23日って、たしか大阪市内はパラパラと雨が降ってたんですよ。だとすると、ル・ボテジュール・ナンバから南海難波駅まで地上を歩くのは、ちょっとイヤ。そりゃ、千日前筋から南海通のアーケードを通って、STARBUCKSのところからNAMBAなんなん(地下街)に降りて、スッポン堂のところから高島屋の地下に向かえば、ほとんど濡れずに南海難波駅まで行けますけど、そのコース取りは地元民でないと無理だし、階段も多い。それなら最寄りの日本橋駅から行く、っていう選択肢もアリなんじゃないかと。

kensyouhankensyouhan 2008/08/28 17:03 コメントありがとうございます。
うわあ、もう完全に行動を読んでますね。確かに8月23日の大阪市内は小雨模様だったみたいですね。雨が降っていたとしたら、ホテルに近い日本橋駅から行くことも有り得るかも知れませんね。
ただ、唐沢がホテルをチェックアウトした11時には雨は降ってなかったか、降っていたとしても本当にパラパラ程度だったんでしょうけど。
http://www.data.jma.go.jp/obd/stats/etrn/view/10min_s1.php?prec_no=62&prec_ch=%91%E5%8D%E3%95%7B&block_no=47772&block_ch=%91%E5%8D%E3&year=2008&month=08&day=23&elm=minutes&view=p1

藤岡真藤岡真 2008/08/28 19:00  確かにわたしが浪切りホールに着いた13時半ころは、にわか雨でした。アーケードを抜けてから、傘さして会場入りいたしました。でも、唐沢が逃げた14時15分当時は、晴れておりました。

kensyouhankensyouhan 2008/08/28 22:45 コメントありがとうございます。
唐沢が会場に入ったときは雨は降ってなかったようです。
>岸和田駅で、駅前のミスト噴水で娘さんと遊んでいた山本会長と合流。
>娘さん、談之助などに言わせると「最近なかなか可愛くなりました」
>ということだったのだが、確かに。
とありますから。雨が降ってたら噴水で遊んだりしないでしょうから。
しかし、立川談之助という人はロリコンであることを公言しているけど、そういう人が娘さんを可愛いと言ってることについて山本会長はどう思っているんだろうか(会長もロリの気があるっぽいが)。というか、唐沢よ、そんなことを日記に書くな。

goito-mineralgoito-mineral 2008/08/29 02:29 こんばんは。かつてシンジ君への共感を見せた僕に対し、下劣な嘘八百や80年代カルチャーに関するガセまで動員して誹謗中傷してみせた唐沢俊一氏ですが、それから約10年、当の唐沢氏に向けてこう言うことになるとは思ってませんでした。

 「逃 げ ち ゃ だ め だ」

そうそう、エヴァンゲリオンと言えば境界性人格障害ですが、昔の話を思い出したところでもうひとつ。
かつて、オタクアミーゴス会議室が勢いがあった頃だから96年秋ごろだと記憶していますが、唐沢氏とも親しいK氏ご一家と食事などをしていた際、境界性人格障害の話になったんですね。K氏の奥様はカウンセラーでいらして、専門的な知識をお持ちなんですが、ボーダーライン症例の話を(患者さんのプライヴァシーに配慮した形で)いくつかしてくださいました。
そこで、やはり人格というものは少年少女期の友人関係のなかで育まれていくものだという意味のことを言われたので、いや、高校時代に一人も友達がいなかったという人でも、立派に社会人として活躍され、精神的にも大人な人はいますよ、と反論したのです。
当時はまだ唐沢氏を<尊敬>していましたから、「その人」というのはもちろん唐沢のことです。当時、唐沢氏本人から「高校時代、学校では一人も友達がいなかった」と繰り返し聞かされていましたから。もっとも、同時に弟のなをき氏からは「オレが学校に入学したらさ、『おまえ、あの唐沢の弟か』と何度も先生に言われてイヤだったんだよ。兄貴はいろいろ目だってたから」と聞かされてもいたことから推測すると、「一人も友達がいない」というのは俊一氏流の誇張だったのかもしれません。
話を戻すと、そのように「反論」した僕に対し、K氏の奥様はたいへんいぶかしそうな顔をされました。その当時は、青春期の友人関係がいかに大切かという認識でおられたのでそのような顔をされたのかと思っていましたが(たぶんそうなのでしょうが)、いまにして、唐沢氏本人とも同席する機会のあったであろう奥様自身、あの人はちょっと……と思われていたのかも、という気がしてきました。今回の藤岡さんへのリアクションを見て、あらためてそう思った次第です。
念のため付け加えておきますが、そもそもKさんの奥様が、一般的な意味での思春期の友人関係と人格形成について、どういったお考えなのかははっきり分かりません。ここに記したのは、すべて伊藤の推測と感想にすぎません。皆さんには、表に出ている唐沢氏の言動や行動を材料に判断されることをお勧めします。実際、K氏は唐沢氏とは友人関係にあるので、奥様も親しくされているのかもしれませんし。どうか、「唐沢の友達の奥さんも唐沢は変だと思ってたってよ」という具合にパラフレーズされないようお願いいたします。
また、率としては少ないでしょうが、環境などの要因により、思春期を孤独に過ごしても、後に立派な人格になった方がおられることは承知しています。またさらに稀少な例でしょうが、20代、30代以降、人が変わったように成長した人もその後、身近に知っています。しかし、一般的には20代以降に人格的変化をするというのは、やはり稀有な例だとは思います。つまり、唐沢俊一がどうかは別として、思春期に暗い青春を送ったひとは大人になったら全部ダメ、とは全く思っていないということは、しっかり強調しておこうと思います。
長文、失礼いたしました。

goito-mineralgoito-mineral 2008/08/29 02:49 追記。もしかすると唐沢氏は、かつて自分の側にいて、かつての自分のことをかなり知っている僕が、あれこれ「暴露」することを怖れているのかもしれません。彼の過剰なまでの誹謗中傷も、ひとつにはそうした「恐れ」に起因するものである可能性はありますね。
正直なことを言えば、このところの「流れ」を見ているところはあります。暴露じみたこと(第三者から検証できない、言ったモン勝ちになること)はあまりしたくないし、たぶんしないでしょうが、一方で、どうせやるなら効果が最大に出そうなタイミングだよな、とも思っています。それが何時のことかは分かりませんし、おそらく、いまではないでしょう。永遠に来ないかもしれません。そのほうがいいんですが、そこはそれ、唐沢氏の身の振り方や言動次第といったところでしょう。まあ、暴力は怖れない、豪胆な唐沢氏のことですから、伊藤ごときが何を言ったところで、何ら痛痒も感じないでしょうから、あれこれ考えても無駄かもしれません。うん。たぶん、きっと、そうなのでしょう。

藤岡真藤岡真 2008/08/29 08:37  唐沢氏がわたしの来訪を恐れていたことは間違いありません。おっしゃる通り「今回の「暴力は恐れません」からは逆に暴力に対する恐怖がひしひしと伝わってきた」と思います。しかし、それは当然のことではないか、そう思えてきました。一般人に「自分は空手家だ。しかし、暴力はふるわないから安心しろ」というのはある意味“脅し”です。そんなことを書き添えて、DAICON会場で面会を要求するメールを送ったのですから、唐沢氏が怯えるのは当然であり、そしてそのことで唐沢氏を揶揄するのは不当だと思います。わたしは、今まで無意識に自分が空手家であるとあちこちで発言してきましたが、そうした人間が不用意に暴力をにおわせる文章を書くことは許されないでしょう。「殴り込み」「ヘタレ」といった言葉を善良な市民(善良じゃなくても)に浴びせるのは、思い上がり以外のなにものでもありません。今回は唐沢氏は恐ろしくて逃げたのです。しかし、この件で誹謗されるのはわたしの方なのではとも思えます。今野敏先生との武道講座は大変楽しいものでした。なぜ、ああした気分で武道を語れなかったか悔やまれます。暴力に怯えることは恥ではありません(自慢にもならんが)。この件で唐沢氏を責めるのはやめませんか。むろん、そのことが“盗作家”唐沢俊一のガセ・パクリを検証する手を緩めることではないことは言うまでもありませんが。

goito-mineralgoito-mineral 2008/08/29 09:10 >藤岡さん
それは唐沢の術中にはまっていますよ! 彼は藤岡さんが空手家であろうとなかろうと「逃げた」と思います。藤岡さんが空手家であることは、ある意味、最もデリケートな面のある部分です。唐沢は暴力云々を言うことにより、藤岡さんがぐらつかせているのです(無意識にでしょうが)。
いずれにせよ、彼は逃げ、見苦しく言い訳を繰り返したのです。その事実は変わりません。

藤岡真藤岡真 2008/08/29 09:22 >伊藤さん
 唐沢はわたしが空手家でなくても逃げたでしょう。しかし、自ら空手家であると余計な名乗りをしたのもわたしです。いわば、刀を持って登場したのです。それに怯える様を笑いものにすることは、武道家としての矜持が許さないのです。唐沢が空手家を標榜して挑戦してきたと言うならいざ知らず。

goito-mineralgoito-mineral 2008/08/29 10:01 藤岡さんの矜持は分かりました。しかし、ぼくはまた別の解釈をしています。真に唐沢が怯えたものは何かといえば、漫棚通信からのパクリをはじめ、その後の被害者への誹謗中傷など、自分の行状を反省し、素直にその反省を言葉にするという一連の行為そのものです。言うまでもないことですが、そのことは繰り返し確認しておく必要があると思います。だから、彼の無様な逃げざま、姑息な言い訳については、「笑いもの」にするしないはともかく、反省を回避する行動としてチェックし、できることなら彼に反省を促すべく、個々に活動をするのがよいと思うのです。ときに優しく、ときに厳しく、でも全体の手は緩めない。ぼくとしては、最近、かつて彼の近くにいた時分、彼のどういうところを評価し、尊敬すらしていたかを整理してみようかと思っています。
彼は小心で、子供じみてて、話がちょっと抽象的になると理解すらできず(知能指数のレベルで怪しい)、嘘つきで、見栄っ張りで、強がりで、陰険で、相手によって態度を変え、知ったかぶりで、他人の心を操作し、薄っぺらで、言い訳ばかりしてきた人です。しかし、いまでも「お取り巻き」はいるわけだし、何くれと仕事を回してくれる人もいる(彼を書評委員に推したのが木元氏であることも、朝日新聞の記者から確認できました)。であれば、彼にも一片の「よいところ」はあると考えたほうがいい。それは、彼の自己申告にあるような、しゃべりが上手いとか、面白おかしく書いてみせるレトリックとかいったことではないでしょう。もっと感情のレベルで見せる、子供っぽいチャーミングさとか、それこそ「ピュア」なところではないでしょうか。十数年前の花見の席で、酔った彼が、本当に子供のように芝生の上で転がっていたことを、いま、これを打っていて思い出しました。藤岡さん、kensyouhanさん、安岡先生、皆さん、唐沢さんに優しくしてあげましょうよ。まあ、唐沢氏本人からしたら、我々から「優しくされる」ことは恐怖以外の何ものでもないかもしれませんが、彼はきっと「やればできる子」です。ガセやパクリを指摘するというのも、子供の勉強を見てやるようなものと考えればいいわけです。優しくすることとは、彼を甘やかすことではなく、あなたは一人前の人格なんだから責任もは果たせるでしょ、と促すことだと思います。

KoichiYasuokaKoichiYasuoka 2008/08/29 11:11 いえ、その、私は伊藤さんほどヤヤコシイことは考えてなくて、単に「なぜ難波駅でタクシーを降りたのか」っていう私の疑問が解決したらいいな、っていうだけのことです。行きに「なぜ日本橋駅から地下鉄に乗ったのか」っていう疑問の方は、天気とかを考えればそれなりに合理的な話のような気がしてきたので、じゃあ帰りに「なぜ難波駅でタクシーを降りたのか」っていう疑問が、ますます私の中で膨らんじゃってるのです。

藤岡真藤岡真 2008/08/29 16:21  わたしも、唐沢が暴力にビビったとを笑いものにするのはやめようと言っただけで、インチキアリバイ工作(穴だらけだけど)に関しては、じゃんじゃん検証しようという立場です。

kensyouhankensyouhan 2008/08/29 17:30 みなさんコメントありがとうございます。
みなさんへの返事を書くと長くなってしまうので、記事にして書いておきました。
よろしければ御覧になってください。