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唐沢俊一検証blog

2008-11-04

『金枝篇』をモトネタにするのは禁止。

18:20

 『唐沢俊一トンデモ事件簿』(三才ブックス)の中で説経節『さんせう太夫』の中で山椒太夫が鋸挽にされるシーンについて、唐沢俊一

罪人たちの処刑に託して、自分たちの罪や汚れを一身に引き受けて地獄へ持って行ってくれるよう、庶民は願ったのである。

 と書いていることに疑問を投げかけたのは11月1日の記事で書いた通りである。

 その後、「それってむしろキリスト教の発想なのでは?」「仏教にそういう考え方はないなあ」というコメントが寄せられ、多くの人を悩ませてきたのだが、どうして唐沢俊一がこのような文章を書いたのか、唐沢自身がネタばらしをしているのを発見した。『トンデモ事件簿』P.107より。

 死刑が犯罪抑止に本当に効果があるのかどうか疑問の声もあるが、しかし死刑は国民の意識の安定に効果のあるイベントなのである。法が的確に執行されて国の秩序が守られている、という安心感もあるが、もう1つ、死刑囚に(原文ママ)国民の罪を代理に背負ってあの世に持って行ってくれるという、フレイザーのいわゆる“身代わり信仰が、その深層の心理に通底しているのである。

 先に、説経節『さんせう太夫』の、山椒太夫処刑のシーンのことを書いた。いくら罪人とはいえ、自分の子供の手で鋸で挽き殺される凄惨な場面ながら、この状況にどこかカーニバル的な、陽気な雰囲気すらただようのは、処刑は単に悪人の命を奪うだけではなく、悪人の命と引き換えに、善男善女を減罪させて魂を極楽へ導く儀式でもあったからだろう。悪人の最期をできるだけ派手に、陽気に送ることで、その悪人に自分たちの背負っている罪障までをも、引き受けてあの世へ持っていってもらおう、と昔の人は考えたのである。そして、その、自分たちの罪をできるだけ数多く背負ってあの世(地獄)へ流してくれるためには、その罪人の存在ができるだけ大きいこと、要するに凶悪犯であることが必要とされる。凶悪犯であればあるほど、常人以上の、多くの罪を背負って逝ってくれるパワーがあるのである。

 というわけで、モトネタは『金枝篇』でした。…まあ、無茶な話だ。『さんせう太夫』と『金枝篇』って何の関係もないもの。だいたい、『山椒大夫』について大ボケをかましている唐沢俊一に『さんせう太夫』と『金枝篇』を結びつける荒業は無理である。「裏モノ日記」2007年12月8日より(ここにも「フレイザーの“身代わり信仰”」の話がある)。

これは偶然にも数日前、ラジオライフの原稿に書いたことだが、

説経節の代表作『さんせう太夫』では、森鴎外の『安寿と厨子王』

と違って、山椒太夫は国守となった厨子王にとらえられ、

鋸挽の刑に処せられる。その鋸を、なんと太夫の息子に挽かせるのだが、

息子の三郎は父の首を鋸で挽き切るとき、

「ひと引きひいては千僧供養、ふた引きひいては万僧供養」

と歌いながら鋸を挽くのである。

 鷗外の小説は『山椒大夫』だ。『安寿と厨子王』は『さんせう太夫』を子供向けに改変したものである

唐沢俊一のトンデモ事件簿

唐沢俊一のトンデモ事件簿

説経節―山椒太夫・小栗判官他 (東洋文庫 (243))

説経節―山椒太夫・小栗判官他 (東洋文庫 (243))

山椒大夫・高瀬舟 他四編 (岩波文庫 緑 5-7)

山椒大夫・高瀬舟 他四編 (岩波文庫 緑 5-7)

安寿と厨子王 (京の絵本)

安寿と厨子王 (京の絵本)

DOSSDOSS 2008/11/04 18:24 ここのブログ主さんも伊藤氏にまして病的だなーと思います。
唐沢批判とと学会批判は無関係ではないにせよ
同一視して無理やり煽りたてているようにしか見えないのですが。
あと、伊藤さんは私に脅迫メールを送ってきた件について
以前全面否定しておられましたが
現実に私のメール箱に届いているんだから否定はできますまい。
「はてな」に申請すれば自分のブログへぼ投稿者のメアドなんて調べがつくんだから
「DOSSのメアドなんて知らないんだから送れるはずがない」なんて理屈は
通用しません。
伊藤さん、ここ読んでいますよね?詫びを要求するつもりはないのですが
何かコメントする義務はおありではないでしょうか。

kensyouhankensyouhan 2008/11/04 18:32 コメントありがとうございます。
>病的
それはお互い様でしょう。第三者のブログにやってきて
>伊藤さん、ここ読んでいますよね?詫びを要求するつもりはないのですが
>何かコメントする義務はおありではないでしょうか。
だもの。なかなかいっちゃってますよ。
あと、自分は「無理やり煽りたてて」なんかいません。ちゃんと「と学会」が批判されるべき理由を示しています。

DOSSDOSS 2008/11/04 18:43 「唐沢俊一」検証BLOGを名乗るのなら唐沢氏にしぼって叩きをすべきです。
これでは坊主憎けりゃなんとやらにしか見えませんよ。
伊藤さん、何にも理由がないのに自分のブログに私が書き込めなくしたり
ここでも一方的に「うっとおしい」とか私にレッテル貼りをしたり
挙句の果てに「脅迫メール?知らん」と開き直るし
みっともなさ全開でした。
問題の会議室のログを目にしたときにも感じたのですが
当時のエヴァ信者ってみんなこんな風だったんですか?

kensyouhankensyouhan 2008/11/04 18:51 コメントありがとうございます。
>「唐沢俊一」検証BLOGを名乗るのなら唐沢氏にしぼって叩きをすべきです。
だから、どうして伊藤さんや「と学会」の件も扱っているのかはちゃんと説明してますよ。
それともそれをわかったうえで「唐沢俊一だけを叩け」って命令しているのですか?
どうしてもご不満なら「唐沢俊一&と学会検証blog」に改名してもいいですけど。
>問題の会議室のログを目にしたときにも感じたのですが
>当時のエヴァ信者ってみんなこんな風だったんですか?
自分はその「会議室」とやらを知らないのでお答えできません。

通りすがり通りすがり 2008/11/04 19:25 >>DOSSさん
もういっそ、その脅迫メールとやらを公開すればいいんじゃないですか?
「mindy9」並にうさんくせえっすけど。

KOULEEKOULEE 2008/11/04 19:35 身代わり信仰についてはなーんかどっかでそんなこと書いてる本読んだことあるなぁと思いつつ思い出せなくてモヤモヤしていたのでスッキリしました。
検証を深くやろうとすれば対象の周辺まで取り上げていくことになるのは必然だと思うのでと学会等の話題も興味深く読ませてもらっています。

nyannnyann 2008/11/04 20:43 >いくら罪人とはいえ、自分の子供の手で鋸で挽き殺される凄惨な場面ながら、この状況にどこかカーニバル的な、陽気な雰囲気すらただようのは、
(中略)悪人の最期をできるだけ派手に、陽気に送ることで、その悪人に自分たちの背負っている罪障までをも、引き受けて

この文章が意味不明なのは、説教節の「さんせう太夫」の件の処刑シーンが、陽気なものだったという前提が
説明されてないからだと思います。「千僧供養」が公開刑で三郎が鋸を挽いて周囲の人にも勧めて、これを
やれば極楽往生ということが説明されていれば、唐沢さんの言ってることはある程度筋が通ると思います。
陽気なカーニバルでも良いと思います。ただ実際の説教節はそういうシチュエーションじゃないので、
唐沢さんは無理矢理自分の珍説を主張するために、これも無根拠に金枝篇まで引っ張り出してきて、
読者をケムにまいて有耶無耶にしてるのでしょう。2ちゃんなら「ソースは?」、ウィキなら「要出典」と
突っ込みを入れられるような珍説だと思います。ライター修行を積んだ人なら、こんな杜撰な文章を
書いたりしません。ちょっと突飛なことを書けば喜んで赤も入れずに印刷所に回してしまう編集が多すぎるから、
唐沢さんに限らずこういう杜撰な文章が世にあふれてしまうわけで。この辺、今の雑誌文化の衰退とかにも
少なからず影響を与えているかも知れません。

>DOSSさん
何主張したいんだか、伊藤さんの件についてはまったく無知な人には全然意味不明。
本人が「決定的なことを言ってやったぜ」とか悦に浸っているとしたら相当痛い。
唐沢さん関連の人は(あ、自分も含んじゃうかw)ソースを書かなくてもわかってくれるような
狭い層に向けてしか文章を書いてないのかな?

みたかみたか 2008/11/05 10:39 >DOSSさん

 わたしがネットで多くの人に誹謗中傷されていた時、わたしの名前をつかってわたしの知り合いに酷いメイルを送った方がいらっしゃいました。しかしその時彼女は、そのメイルの文章がわたしと文体が違うことに気がついて、そのメイルをわたしに転送して確認してくださったのです。

「脅迫メイル」とのことですが、伊藤さんご本人が送っていないとおっしゃる以上、そのメイルは伊藤さんからのものではないのではないでしょうか?
 だって、あとで送っていないとおっしゃるつもりなら、最初からそのメイル、ご自分の名前で送ったりはしないでしょう? 矛盾していますよ。

yonoyono 2008/11/05 11:19 >DOSSさん

とりあえず検証サイトさんの文章をきちんと見る事をオススメします
あなたが疑問視している事の答えが書いてありますよ
書き込みを読む限り明らかに読む以前の問題なんでせめて見てください

伊藤さんに関してはみたかさんの意見を参考に

まあこの文章も見てないと思うけど

>唐沢さんの文章
違う地域で違う時期に出てきた考え方を
「同じ発想なんですよ」
と言われてもねえ

kensyouhankensyouhan 2008/11/05 11:36 コメントありがとうございます。

>KOULEEさん
検証をやってるとやりたいことがどんどん出てきてしまいます。このブログを始めた時点ではまさか唐沢俊一と直接会うことになるとは思ってもいませんでしたw
「と学会」には行き掛かり上どうしても触れる必要があります。どうも「と学会」と唐沢の話は別なことにしたい人がいるようなんですが(そうしたい気持ちはわかりますよ)、山本会長が唐沢について書くと言っちゃった以上は別なことにできないと思います。

>nyannさん
鋸挽のシーンは陰惨で「カーニバル的な、陽気な雰囲気」はとても感じられませんね。
唐沢俊一が自分の主張のために事実や論理を平気で曲げることを知っておけばダマされませんが、「説経節」とか「身代わり信仰」とか持ち出されるとうっかり感心してしまうのも無理はないかも知れません。

>yonoさん
しかも『さんせう太夫』はフィクションですから。鋸挽の話だって、小林よしのりが『ゴーマニズム宣言』のかなり初期の方で紹介してますから、目新しい話ではありませんし。

SawaharaSawahara 2008/11/05 13:46 あのねえDOSSさん、「何にも理由がないのに」って、
「「唐沢俊一」検証BLOGを名乗るのなら唐沢氏にしぼって叩きをすべきです。」って言ったその口で、
本記事とまるで無関係な伊藤憎しのコメントを撒き散らすその独り善がりが理由の根本になったと思いません?
はっきり言ってあなたの言動に採るべきところは一切無く、ここでのあなたは目障りでしかありません。

DOSSDOSS 2008/11/05 14:13 そうかなあ。伊藤氏はこのブログのコメント欄で暴言を吐いてきたんですよ。
そして管理人氏はそれを見過ごしたのです。
無関係な話題とはいえませんよ。
第一、岡田VS伊藤問題をエントリに入れているんだから
この話題はこのブログでもOKなんでしょ?
あと、問題のメールには「伊藤剛」とはっきり名前がありました。
私は自分のメアドは一部の知人を除いて公開していないし
伊藤さんとも面識がありません。
なのに届いたってことは、彼が「はてな」経由で私のメアドを調べたってことですよ。
(それが可能だってことはこのブログのコメント欄で本人が証言しています)
ねちこい文面でした。
伊藤氏を騙って他の方がいたずらした可能性はゼロです。
だって、私のメアドを知っている人間が数人いたところで
DOSS=私だとどうして即座にわかるんでしょうか。
それから伊藤さん、と学会への中傷発言についてはわびはなしですか。
トカトントンのコメント欄でさえ突っ込まれていますね。

残念ながら残念ながら 2008/11/05 14:22 >DOSさん
あなたの興味がある事に私を含めて、ここでコメントしていらっしゃる方々には
興味が無いのですよ。

あなたの気になる事は『御自分の』ブログか何かで好きなだけ書かれたらよろし
いではありませんか。誰も邪魔しませんよ。他人に検証出来る形で明らかな不正
義が証明されれば、それはそれとして認めてくれる方も現れるでしょう。

nyannnyann 2008/11/05 15:04 本題とちょっと離れますけど「トンデモ事件簿」を読んで驚いたのですが、
祟り神のところを今ちょうど読んでいるんですけれど、p110〜の『?ゴジラ″は御霊信仰のイメージを共有する映画である』って、
赤坂憲雄さんが映画宝島に書いた文章『ゴジラはなぜ皇居を踏めないか』の借用じゃないかと思います。ゴジラを英霊のメタファーと
するっていう論調は三島由紀夫?→川本三郎→赤坂憲雄ルートでだいぶ浸透していますけれど、唐沢さんは英霊をアメリカに変えただけで、
あとは全部赤坂さんの文章と同じような論調。ただ「荒ぶる神」論は英霊の怒りを前提としているから成立するのであって、
当時ただでさえ自衛隊の設立や日米安保条約で一般的に反米感情が強かった日本で、アメリカを「荒ぶる神」として祀り利用しようと
するのは、ずいぶん卑屈で根拠のない論だと思いますけど。赤坂さんの文章については、
ゴジラのメタファー http://homepage2.nifty.com/onibi/god.html
に、これを教材としている授業の様子などが詳細に記されていて興味深かったです。
いずれ、ここでも詳細な検証がされることを期待しています。

boxmanboxman 2008/11/05 15:16 >「はてな」に申請すれば自分のブログへぼ投稿者のメアドなんて調べがつくんだから

つきません。
利用規約とプライバシーポリシーをちゃんと読んでから書きましょう。

DOSSDOSS 2008/11/05 15:19 >あなたの興味がある事に私を含めて、ここでコメントしていらっしゃる方々には
伊藤VS岡田エントリでしょここは。
当然オントピックですよ。
伊藤さん、ここ読んでますよね。だんまりを決め込むつもりでしょうか。
と学会までまきこんだ件もスルーかな。

DOSSDOSS 2008/11/05 15:26 >つきません。
ところが可能なんです。
これは伊藤さんその人がこのブログで「できる」と明言してますね。
ご本人(の良心)に聞いてみてください。どんなに「しらん」といい張っても
私のPCにしっかり残っています。
送信時刻を見ても時期的にぴったり一致しますね。

DOSSDOSS 2008/11/05 15:31 >伊藤さんその人がこのブログで
訂正。当人のブログでしたね。

boxmanboxman 2008/11/05 15:37 >これは伊藤さんその人がこのブログで「できる」と明言してますね。

検索してもそのような記述は見当たりませんが。
こういう発言は「はてなに対する」威力業務妨害にあたるのでおやめになったほうがよろしいと思います。

kokada_jnetkokada_jnet 2008/11/05 15:59 万が一、『さんせう太夫』に“身代わり信仰”が影響しているとしても、現代人の死刑に対する考えに、“身代わり信仰”なんてあるワケがないでしょう・・。無茶な論理のアクロバットの二乗ですね。

poipoi 2008/11/05 17:25 http://www5b.biglobe.ne.jp/~kabusk/geinohsi10.htm
ここの文章ですが、パクリとまでは行かないまでも元ネタっぽい感じがします。
以下引用
>山椒太夫が処刑されるこの場面はたしかに残酷ですが、
>「ひと引きひいては千僧供養」というようなお囃子のような調子がついていて、
>なにか開放されるような明るさがここにはあります。
>国分寺の庭で民衆が見守るなかで行われる処刑は、単なるお上の見せしめや威嚇だけではない、
>どこか祝祭的なものを感じさせます。山椒太夫はこれにより冥府へ(おそらく地獄へ)
>送られるわけですが、一方で、この処刑によって山椒太夫によって虐げられ・殺されていった
>人々の魂は癒されるということでもありましょう。
引用終わり

discussaodiscussao 2008/11/05 18:32 だいぶ盛りあがっておりますな・・・^^

山椒太夫および説教節の研究書といったら、岩崎武夫『さんせう太夫考』はまず最初に挙がる本だと思いますが、その第一章<「さんせう太夫」の構造>5.<祭りの両義性>のなかに「千僧供養」のくだりがありました。
そこで述べられているのは安寿の死と山椒太夫の死の質についての論考で、安寿の死は説教節の本地ものとしての死→再生(地蔵として)という祭儀性の濃いものであるが、山椒太夫のほうはどうか?というものでした。
で岩崎は、(一般的な文学鑑賞として、というニュアンスかなぁ・・・?)山椒太夫の死は「安寿のように哀惜される死ではな」く、「その死は何も生みださない」が、「祭礼の場を前提として説教が語られているという状況を抜きにした、いわば近代的な解釈に陥る危険性」を指摘し、山椒太夫の死もまた「閉鎖的な死ではなく、創造的な契機を含んでいる」としています。そして「それを最もよく現わしている」のが、くだんの「三郎による千僧供養」であるとしているのです。
いうまでもなく、山椒太夫が原罪を背負ってくれる身代わりという論旨ではなく、また岩崎本は説教節についての論考、センセェのほうは山椒太夫をダシにした社会批評であり同じ壇上に揚げるのも無理があるのですが、でもまぁ、ハナシの展開に近似性があるかなぁ?と思いました。いや、「参考」にしたかどうかは知りません。知りませんが、岩崎本の「しんとく丸」のとこで「金枝篇」が出てくるので、「アレ〜〜?」とはちょっと思っていますが、まぁ偶然でしょう。「身代わり信仰」ではなくて「母性」についてだったし・・・。
山椒太夫の死の印象についても、センセィのほうは「カーニバル的」「陽気」であるとしてるのに対し、岩崎本は「閉鎖的」ではないが暗く、また「祭儀性」のあるものとしての再考が必要としてるとこを併せ考えると、う〜ん・・・「参考にしている」のかなぁ・・・?
そうだとしても、それネタに社会批評するな、とは言わざるを得ないけど。いや、(商売として)してもいいけど、やるならもっと「鬼畜」な論考をせよ、とエールを送り終わりの言葉に代えさせて頂きます^^。

通りすがり通りすがり 2008/11/05 19:20 はてな経由で調べればメアドがわかる。
はてなは利用者の個人情報(メアド)だだ漏れってことっすか。
おお怖い怖い。



んなワケあるかい。

通りすがり通りすがり 2008/11/05 19:26 大体にして、「調べればわかる」んなら
それこそ伊藤さん以外でもメール出せるっしょ。
時期が一致って、そりゃあんたが伊藤さんとこで暴れてるの見て
(誰かが)おちょくる目的でイタズラメール出したら、一致するでしょうし。

そもそも、どーやって調べるんよ。
あんがい身内の犯行だったりして。

連書き失礼。

kensyouhankensyouhan 2008/11/05 20:06 コメントありがとうございます。伊藤さんと『さんせう太夫』を同じ日に記事にしたおかげですっかりカオスな状況に。

>DOSSさん
あなたが問題なのは伊藤さんとさほど関係があるわけでもない当ブログで伊藤さんについてのコメントを続けていることではなく、誰にも理解の出来ない支離滅裂な文章を書いていることです。どうせならもっとわかりやすく説明してください。というか、伊藤さんから来たメールが本当にあるか証拠を出してください。残念ながら自分にはそのメールの存在すら信じられないのです。今のままだと「あんなわけのわからない人にからまれて伊藤剛も大変だな」としか思われませんよ。
あと、「はてな」経由でメアドがわかるというのはないと自分も思います。

>nyannさん
おっと、これは奇遇だ(西手新九郎と言うべきかw)。実はこれから『ゴジラ』についての記事をアップします。まあ、御霊信仰とか大層な話ではありませんが。
「映画宝島」の『ゴジラ』にまつわる論考はどれも面白かったですね。当時ティーンエイジャーだった自分は「映画宝島」を読んで、怪獣映画についてこれほど深く考えられること、怪獣映画から新しい世界観が開けてくることに衝撃を受けました。あの頃は他にもいろいろなものから実にたくさんのことを学んだものです。同じ時期に唐沢俊一の文章も読んでるんですが、「ふーん」と思っただけでスルーしてしまいました。ただ、「この人は普通のオタクとは違うな」と感じて、なんとなく「好意的」に評価していました。今にして思えば「普通のオタクとは違う」のではなくて「普通のオタクになれない」ということなんでしょうけど、自分が唐沢にハマらなかったことを不思議に思ったりします。渋川剛気みたいに「護身」していたのでしょうか。コメントなので少し自分語りしてみました。

>kokada_jnet さん
宅間守や宮崎勤が「身代わり」になったとは思えませんけどね。『トンデモ事件簿』では宮崎が「祟り神」だという話をしているんですが。

>poi さん
>discussaoさん
『さんせう太夫考』、面白そうですね。poi さんが紹介されているサイトも参考文献として挙げてますが。
唐沢も参考にしている可能性もあるでしょうね。まあ、あんな珍論の参考にされていたら気の毒ですが。

kensyouhankensyouhan 2008/11/05 21:25 すみません、上のnyannさんへのコメントを訂正します。『ゴジラ』の記事は明日アップすることにします。申し訳ありません。
…いや、「裏モノ日記」をチェックしていて「NHKのYくん」という単語を目にした途端にひらめいてしまったものですから。
まさか「NHKのYくん」が「弓削氏」であると断定できるとは思わなかったので自分でもビックリしてますが。

nyannnyann 2008/11/05 23:16 どうも。ゴジラの論考、期待しています。
個人的には、唐沢さんの文章は修正主義的で、おたく第一世代の論考の積み重ねを混乱させて
無に帰そうという魂胆が見えみえで、ちょっと危機感を抱いています。
と学会関係も勿論簡潔にまとめてほしいし、弓削氏のことも知りたいところではありますけれど、
唐沢さんの捏造は今後もしもおたく史や20世紀文化史がまとめられることになれば、重大な誤りを
提供することになるので、こちらの方もちゃんとした論考を立てていただきたいと思います。
2ちゃんねるの方で「日本映画史はマキノ省三からマキノ(津川)雅彦までたかだか三代くらい」という
暴言まで晒されていましたので、あんまりこの人の乱暴狼藉を許していたら大変なことになると、
ちょっと心配しています。
それと、唐沢さんがパクった『さんせう太夫考』についての書き込みを見て、やっと因果関係がつかめましたよ。
「千僧供養」で癒されるのはさんせう太夫に虐げられた者の魂じゃないですかw無理矢理現代社会と絡めようとするから
論理が破たんして意味不明になるんですよ。

個人投資家個人投資家 2008/11/06 07:39 >無理矢理現代社会と絡めようとするから論理が破たんして意味不明になるんですよ。

 以前町山氏があるミステリになぞらえて、唐沢氏を「論理的思考のスキルがない」と指摘していましたが、たぶんその通りなんでしょう。

kensyouhankensyouhan 2008/11/06 10:14 コメントありがとうございます。

>nyannさん
>おたく第一世代の論考の積み重ねを混乱させて無に帰そうという魂胆
そこまで深く考えているのかな?とは思います。自分の思いつきを文章にするためならいい加減なことを書いたってかまわないだろう、くらいの安易な気持ちでやってるんじゃないかと。オタクの代表と見られている人がそのような姿勢であることはまことに不幸なことだと思います。

>個人投資家さん
それ以前に理解力がないんだと思います。『さんせう太夫』をちゃんと読んでいれば、鋸挽のシーンに「カーニバル的な、陽気な雰囲気」など読み取れるはずがありませんから。