Hatena::ブログ(Diary)

唐沢俊一検証blog

2008-11-06

唐沢俊一は『ゴジラ』のストーリーを理解していない。

12:03

 自分は唐沢俊一が「オタク」なのかどうか疑問を持っている。なぜなら、この人は『宇宙戦艦ヤマト』のファンではなかったし(詳しくは10月28日の記事を参照)、『機動戦士ガンダム』『新世紀エヴァンゲリオン』について批判している。この3つの作品すべてに否定的もしくは無関心な「オタク」っているんだろうか?と思ったのである(それに現在の唐沢は『ヤマト』のファンだったというポーズをとっている)。ただ、『ヤマト』以前のマンガ・アニメ特撮を拠り所にしていることも有り得るだろうとは考えていた(それに「オタク」の定義にはいろいろある)。しかし、今回、『唐沢俊一トンデモ事件簿』(三才ブックス)のある文章を読んで愕然としてしまった。唐沢俊一怪獣映画の嚆矢である(唐沢っぽい言い回し)ゴジラ』のストーリーを理解していないのだ。『トンデモ事件簿』P.110より。

 こういう“祟り神”を祀るという感覚は、現代の心理ではよく分からない、と思われるかもしれない。いや、実は現代人もそのイメージをちゃんと共有している、と、フィクションながらよく分かる映画があって、今なお若者たちに熱い支持を受けている。

 それは『ゴジラ』だ。もちろん、昭和29(1954)年の第1作のことである。当時の日本人の10人に1人が観たといわれたこの映画は、単純にストーリーだけを追ってみると、どこにでもあるB級怪獣映画に過ぎない。円谷英二による特撮映像はすごいとはいえ映画的なスリルやサスペンスはストーリーにほとんど絡んで来ず、芹沢博士によるオキシジェン・デストロイヤーの開発には、必然性がほとんどない。単にゴジラを倒すためのデウス・エクス・マキナとして、唐突に登場してくる。映画脚本としては出来の悪いものとしかいえないだろう。

 にも関わらず、この映画は観るものをぐいぐいと引き込む圧倒的なパワーを持っている。一体なぜ、これほどまでにこの映画は日本人に支持されたのだろうか。

 それは、この映画が、見事な御霊信仰の映画だったからである。

 まず、『ゴジラ』第1作は「核兵器・戦争の恐怖」をテーマとしたストーリーが高く評価されている。「どこにでもあるB級怪獣映画」と同じようなストーリーならこのような高い評価を得られはしないだろう。次にオキシジェン・デストロイヤーは「唐突に登場」しない。物語の中盤で芹沢博士が恵美子に秘密の実験を見せるという伏線がきちんと張られている。「こんなこともあろうかと」という風に登場したりはしていないのである。そして、オキシジェン・デストロイヤーは「単にゴジラを倒すための」秘密兵器なのではなく、『ゴジラ』という作品のテーマにも深く関わりのある(同時に芹沢博士の悲劇性を象徴する)アイテムである。そのことは劇中の芹沢博士のセリフからもわかる。

もしもいったんこのオキシジェン・デストロイヤーを使ったら最後、世界の為政者たちが黙って見ているはずがないんだ。必ずこれを武器として使用するに決まっている。原爆原爆水爆水爆、そのうえさらにこの新しい恐怖の武器を人類の上に加えることは、科学者として、いや、一個の人間として許すわけにはいかない。

 オキシジェン・デストロイヤーは『ゴジラ』のテーマのひとつである「核」としっかり関係しているのである。これは映画を普通に見ていればわかるはずなんだが。なお、『ゴジラ』を「御霊信仰の映画」とする見方は、1992年に出版された『映画宝島・怪獣学入門!』(JICC出版局)で既に述べられていることで、特撮ファンにとっては特に目新しい話ではない(できれば、唐沢の文章と『怪獣学入門!』を比較してみたいが)。それからこんなことも書かれている。『トンデモ事件簿』P.111〜112より。

 この映画におけるゴジラ東京破壊ルートが興味深い。東京湾岸に姿をみせたゴジラはまず芝浦、大崎方面から品川新橋銀座へと向かい、国会議事堂を経由して隅田川からまた東京湾へと戻る。これは、東京大空襲におけるB-29の爆撃ルートと全く同じなのである。そして、水爆実験で眠りを覚まされたというその出自、キノコ雲を思わせるその姿態、当時の日本における最大の“荒ぶる神”をイメージしたその怪物は、人間の手ではなすすべもなく、日本が生み出した最高の英知である、芹沢博士という高価な代償をいけにえにして差し出すことによって(いけにえという以外に、この映画のストーリーには芹沢博士がゴジラを倒して犠牲になるという必然性が見当たらない)、海へ帰っていただくしか、方法がない。アメリカという、水爆という荒ぶる神を鎮めるという意図で作られたこの映画が、昭和29年の日本人にあれだけ賞賛されたのも、ちゃんと国民深層心理の上からいって意味があることなのである。

 ゴジラB-29の爆撃ルートの関係については『文藝別冊・円谷英二』(河出書房)で書かれている(というか唐沢俊一も寄稿している)。ゴジラの頭部はきのこ雲をイメージしてデザインされたというから、「姿態」というのはどうだろうか。しかし、最大の疑問は芹沢博士がゴジラのいけにえとして死んだという唐沢の主張である。…いや、芹沢博士はオキシジェン・デストロイヤーの秘密を守るために死んだんだろう。劇中で芹沢博士は自分が死ぬ「必然性」があることをちゃんと説明している。

尾形、人間というのは弱いものだ。一切の書類を焼いたとしても、おれの頭の中には残っている。おれが死なない限り、どんなことで再び使用する立場に追い込まれないと誰が断言できる?

 このセリフを聞いていれば、芹沢博士がゴジラのいけにえになったなどと考えるはずがないのだが。ストーリーを理解していないのか、ゴジラを「祟り神」にするためにストーリーを歪めたのか。

 どうして唐沢俊一が『ゴジラ』のストーリーについて見当違いの批判をするのか不思議である。唐沢は梶田興治監督(『ゴジラ』のチーフ助監督)や中野昭慶監督とも個人的なつきあいがあるらしいが、彼らが『ゴジラ』のストーリーについて批判していたのだろうか(もしくは本多猪四郎円谷英二が批判していたというのを彼らから聞いたのか)?中野稔さんは東大の講義(詳しくは10月23日の記事を参照)で「自分は最初の『ゴジラ』しか認めない」と仰っていたが。

 ついでに、『ゴジラ』関係のガセビアも指摘しておく。現在発売中の「ラジオライフ」12月号掲載の『唐沢俊一の古今東西トンデモ事件簿』第39回「呪われた船」にはこのような文章がある。

この映画(引用者註 『ゴジラ』)のオープニングシーンは、漁船が怪光を発する怪物に襲われる場面である。映画に第五福竜丸事件が影響を与えていることは明白だろう。そして、映画中には、海上保安庁の係官が「まるで明神礁の爆発当時とそっくりです。いきなりSOSを発信して、消息を絶ったんですから…」と話すシーンがある。

 まず、『ゴジラ』のオープニングでゴジラに襲われるのは、貨物船「栄光丸」である。次に、劇中の係官のセリフは自分の聞き取りによればこの通り。

まるで明神礁の爆発そっくりです。いきなりSOSを発信して、そのまま消息を絶ったんですから

 ただし、「爆発と」のところはよく聞き取れなかったので「爆発当時と」と言っている可能性は有る。そして、唐沢と同じ間違いをしているサイトがある。…またか。ネットをあんなに批判している人がどうしてネット上の情報を信じ込めるのか少し不思議(ちなみに、この「呪われた船」というコラムも問題大アリである。詳しくは10月25日の記事を参照)。ちゃんと本編を観てから文章を書いて欲しいものだ。まあ、ちゃんと観たって『ゴジラ』のストーリーを理解できるかどうかかなり不安だが。



ゴジラ <昭和29年度作品> [DVD]

ゴジラ <昭和29年度作品> [DVD]

唐沢俊一のトンデモ事件簿

唐沢俊一のトンデモ事件簿

nyannnyann 2008/11/06 19:15 円谷英二はゴジラを「荒ぶる神」と言ってたわけですが、荒ぶる神は祟り神とイコールなんでしょうかね?
荒ぶる神といえばもう存在が災害そのものみたいだし、祟り神といえば災いを受けた報いとして災害を起こすわけだし、
そのへんがゴッチャになってるような印象を受けるんですが。
>これは、東京大空襲におけるB-29の爆撃ルートと全く同じなのである。
「再現した」などと書くべきだと思うんだけど。「全く同じ」だと偶然そうなったみたいにとれてしまうし。
まあ、唐沢さんにとってはその方が都合がいいんでしょうけど。
芹沢博士は日本人なら誰もが知っている「日本が生み出した最高の英知」として「いけにえ」に出される存在じゃなくて、
世捨て人になってて世間から忘れられていたし、マスコミや世間はオキシジェンデストロイヤーを欲しがったけど、
芹沢博士をいけにえにしろなんて言ってないし、使うなら俺にやらせろって条件を出したのは芹沢本人だし、死因は自殺だし、
もうひょっとして『ゴジラ』を観てないのか、物忘れが病的に激しくなってるのかどちらかですよね。
唐沢さんが『ゴジラ』を見当外れに貶しているのは、これが成功したのは「国民深層心理」に働き掛けたからだという結論を
導き出したいからでしょう。そしてその深層心理は、現代になって秋葉原無差別殺傷事件の直後にどうしても宮崎勤を死刑に
したいという国民の心理ともつながるということで、自身のトンデモ説を完成させたいんでしょうけどw
ところで、「ゴジラ 東京大空襲」でぐぐったらこの記事のパクリ元みたいのが出てきましたけど、「宮崎勤 死刑 秋葉原無差別」
だとちょっと分かりにくい。ひょっとしたら2ちゃんの書き込みか何かでしょうか?

ナントカのナントカの 2008/11/06 20:53 唐沢なる御仁ですが「トンデモ本の逆襲」で五島勉の『危機の数は13』のページを書いているのですが主人公の持つ高性能ピストルにチャチ入れるだけで、『危機の数は13』がどのような作品なのか明らかにしてくれません。(内容が無い007の模倣作と書いてたかな)。内容を理解していないのかそれとも本当にしょうもない駄作なのか。蛇足ですが同書で山本弘氏が書いてるパートで出てくるフーカロールやダンタリンの元ネタはゲーティアで駄洒落じゃないとおもうんですが。

yonoyono 2008/11/06 21:21 怪獣学・入門の件の内容(うろ覚え)ですが、三島由紀夫の作品と比較しなから
「何故ゴジラは皇居を踏む事が出来ないのか?」
について考察する記事だったと思います

唐沢さん作品見てるけど、内容(作者の思いとか)を理解してないのかもしれないですね

個人投資家個人投資家 2008/11/06 23:16 >御霊信仰

 御霊信仰にはまず、悲劇的な死を遂げた人物(菅原道真とか)がいて、その人物の怨霊がその人物を死に追いやった者たちに復讐するというのが基本。
 そこで「祟られないようにお奉りする」のが御霊信仰。
 小松和彦によるそのものずばりの「御霊信仰論」という本がある。

 海の彼方に帰ってもらう必要はない。

 帰ってもらう必要があるのは「他界信仰と来訪神」による災い神のほうなのであって、「ゴジラ」を民俗学的に解釈するにしては、その解釈の基礎となる民俗学知識がいい加減だ。

show-haoshow-hao 2008/11/06 23:25 祟り神としてのゴジラを語るなら、「ハムゴジ」(金子修介監督のヤツ)を題材にすればいいのにとか思いました。
 あれのモスラやギドラはまさに祟り神扱いされてませんでしたっけ?

WOOWOO 2008/11/07 00:00 1985年に東宝出版事業室から発行された、東宝SF特撮映画シリーズVOL.3『ゴジラ/ゴジラの逆襲/大怪獣バラン』という本に、香山滋による検討用台本と村田武雄/本多猪四郎による準備稿の全文、および決定稿の抜粋が掲載されています。
完成した映画では更に一部の科白が変更されているようですが、決定稿の該当箇所は「まるで明神礁の爆発当時そっくりです。いきなりSOSを発信して消息を絶ったんですから⋯⋯」となっています。

またゴジラの初期デザインについてですが、原作者・香山滋の推薦で漫画家の阿部和助が担当したものの、阿部の描いたデザイン画は頭部の形があまりにキノコ雲を模していすぎた為「露骨すぎる」ということで没、恐竜型のデザインに変更されたと言われています。(個人的には、完成した頭部に少し阿部のデザインのイメージも残されている気がしていますが)
唐沢が書いている「キノコ雲を思わせるその姿態」は、キノコ雲からデザインされたという噂に対し完成した着ぐるみにキノコ雲に見える部分がないので、強引にその姿態をキノコ雲に見立てたものでは?
一時期流布していた「ゴジラの皮膚は被曝時のケロイド」というガセ(実際は鰐の皮膚をイメージしたもの)との混乱もあるかもしれません。

WOOWOO 2008/11/07 00:19 今DVDを確認しましたが件の科白、kensyouhanさんの書かれている通り「そのまま」という言葉がはっきり聞き取れます。
「まるで明神礁の爆発当時そっくりです。いきなりSOSを発信してそのまま消息を絶ったんですから⋯⋯」かもしれません。

kensyouhankensyouhan 2008/11/07 00:34 コメントありがとうございます。

>nyannさん
>荒ぶる神は祟り神とイコールなんでしょうかね?
これは自分も気になりました。完全にイコールではないと思いますから、気をつけて欲しいところです。

>ナントカのさん
『危機の数は13』については『古本マニア雑学ノート』でも取り上げていました。五島勉の小説というだけでかなりふくらませられるような気がしますが。

>yonoさん
自分もだいぶ前に読んだきりなので再読したいです>『怪獣学入門!』
>唐沢さん作品見てるけど、内容(作者の思いとか)を理解してないのかもしれないですね
それに加えて自分の文章のために内容を歪めて恥じない姿勢が問題です。ちゃんと調べればわかるんですから。

>個人投資家さん
「御霊信仰」についてはいずれ考えてみたいです。実は『トンデモ事件簿』の別の箇所でもよくわからないことを言ってるんです。今回はそれ以前に『ゴジラ』のストーリーを理解していないことが問題だと思ったので、その点に絞って書きました。
>その解釈の基礎となる民俗学知識がいい加減だ。
『さんせう太夫』のときと同じですね。あのときは「民俗学を中途半端に勉強した感じだなあ」と思ったものですが。知らない人から見れば『ゴジラ』と「御霊信仰」とやられるとビックリしてしまうのでしょうが(そして、唐沢は驚かせることを狙っているのでしょうね)。

>show-hao さん
『ゴジラ・モスラ・キングギドラ 大怪獣総攻撃』は唐沢も見ているんですけどね。

>WOOさん
情報ありがとうございます。
一応、脚本にはそのように書かれていたかも知れないと思いましたが、唐沢俊一は「話すシーンがある」と書いてますからね(パクリ元のサイトも同じ)。
ゴジラがキノコ雲に似てるかと言われると…ちょっと困ってしまいます。

藤岡真藤岡真 2008/11/07 08:48 ゴジラは皇居を迂回して浅草から隅田川に抜けますが、浅草での被害はありません。東京大空襲で浅草が焼け落ち、隅田川に逃げた人々が惨死したことはあまりにも有名です。わたしの母の伯母もこのとき亡くなっています。
この点から「ゴジラは西郷隆盛のメタファー」という長山靖生の説はとても興味深い(『怪獣はなぜ日本を襲うのか?』筑摩書房)。

kensyouhankensyouhan 2008/11/07 10:19 コメントありがとうございます。
唐沢俊一の文章だと「国会議事堂を経由して隅田川からまた東京湾へと戻る」となってますが、『ゴジラ』の劇中では、ゴジラが上野・浅草から隅田川へ行ったと説明されてますね。
長山氏の論考の初出はおそらく『怪獣学入門!』に収録されたものではないかと。

藤岡真藤岡真 2008/11/07 11:50 >初出はおそらく『怪獣学入門!』に収録されたものではないか

 はい。「ゴジラはなぜ『南』から来るのか?」 映画宝島・怪獣学入門 1992/7です。

kensyouhankensyouhan 2008/11/07 12:28 コメントありがとうございます。
やっぱりそうでしたか。自分は『怪獣学入門!』で読んだ覚えがあったので。

個人投資家個人投資家 2008/11/09 00:52 >アメリカという、水爆という荒ぶる神を鎮めるという意図で作られたこの映画が、

 「怪獣学入門!」を読み返してみたら、「何故ゴジラは皇居を踏む事が出来ないのか?」は赤坂憲男氏の論考でした。
 川本三郎のエッセイを引きながら、ゴジラを
 
 「天皇の名の下に死んでいった南方の兵士の怨念が、天皇に復讐しにくる」

という、ある意味まっとうな怨霊信仰に乗っ取った論でした。皇居に踏み込めないのは、天皇は人間宣言をして現人神で無くなったから、もはやゴジラを鎮める力を持たないからだというなかなかおもしろい指摘だった。
 唐沢氏には難しすぎたのか?

kensyouhankensyouhan 2008/11/09 10:04 コメントありがとうございます。
赤坂氏はちゃんとした民俗学者ですからね。唐沢俊一とは違いますよ。
おそらく、どこかで聞きかじった『ゴジラ』と「御霊信仰」の関係と、『ゴジラ』のテーマのひとつである「核」をミックスしてしまったために変な話になってしまったんだと思います。