Hatena::ブログ(Diary)

唐沢俊一検証blog

2008-11-19

1981年の「祭り」/哀・投稿戦士編。

15:19

 本題に入る前にガンダム論争」の一連の流れを説明しておこうと思う。その方が読者のみなさんも理解しやすいだろう。


ぴあ1980年12月5日号:「山賀龍一」氏の投稿

1981年1月2日号:唐沢俊一の最初の投稿

1月30日号:「DSC−桜井」氏の投稿

2月27日号:唐沢俊一の2度目の投稿

3月27日号:「鈴木則道」氏の投稿

5月8日号:唐沢俊一の3度目の投稿

6月5日号:「福島康浩」氏の投稿

7月3日号:「鴨打大輔」「駒場落ちこぼれ」両氏の投稿

7月17日号:「稲垣実」「西荻くぼの「ジュリー」」両氏の投稿

7月31日号:唐沢俊一の4度目の投稿、「横山喜昭」氏の投稿

8月14日号:誌上で特集「YouとAnimation」Part1が組まれる

     「ダイアスパーのアルビン少年」氏の投稿

8月31日号:特集「YouとAnimation」Part2

     手塚治虫大塚康生富野喜幸松本零士森康二がコメント。

                           

…当時『ぴあ』が隔週刊であったことを考えると、7月3日号以降は毎号のように論争が展開されているのがわかる。反論を書いて送っても、すぐ次の号に載るわけではなく、次の次の号に掲載されることになっていたようだ。ちなみに、唐沢俊一が自ら「ガンダム論争」についてまとめている『あえて「ガンダム嫌い」の汚名を着て』(『別冊宝島・投稿する人々』所収)で書かれているぴあ』の号は間違っている。おかげで調べるのに苦労した。「まさか「ガンダム論争」の存在自体がガセ!?」って最初は慌てちゃったよw…では本題に入る。


 『ぴあ』1981年1月2日号の読者投稿欄「YouとPia」に掲載された唐沢俊一の投稿に対する「DSC−桜井」氏の「「望怪獣論」「新怪獣論」を読んでとりあえず一筆」と題された投稿が、『ぴあ』1月30日号の「YouとPia」に掲載された。

 おふたりの話を読んでいて、どうにもひっかかるのは、「大人の眼」で映画を見すぎていやしまいかということです。子供の頃は恐かった、すごかった。しかし後でみたらどうにもおそまつであった。ストーリーが、脚本が、設定が云々……と。なんということでしょう。ロマンもヘチマもドラえもんもないではないですか。

という出だしから分かるように、「子供の眼」で怪獣映画を見るべきだという主張である。…正直に言って、これは上手い反論ではない。だって、そんなことを言ったって怪獣映画を見てあれこれ論じている人たちはみんな大人なんだもの。それなら大人になったら怪獣映画を見なければいいだけの話だ。唐沢俊一はこの投稿について、

 この論旨は、その後、怪獣映画を誰かが否定的に批評しようとすると必ずや出てくるものである。

としているが、これは確かにその通りである(「必ずや」を誤用しているのはいただけないが)。むしろ、大人になっても怪獣映画にのめりこんでいる意味についてしっかり考えるべきだったと思うが(ただし「怪獣映画は子供向け」という言葉についてちゃんと考えておく必要はある)、当時はまだ「おたく」という言葉も一般化していなかったのだから、しょうのない話だったのかも知れない。

 そして、この「DSC-桜井」氏の投稿に関係して唐沢俊一の身に「ある事件」が起きた。『あえて「ガンダム嫌い」の汚名を着て』より引用する。

ある日、僕の下宿に封書が届いた。中には安全カミソリの刃とともに、

「二月号の桜井氏の言う通りだ。貴様に怪獣映画を語る資格はない」

というオドシ文句が書かれた紙が一枚。差出人は『東京ゴジラ団』となっていた。

脅迫されたわけだ。しかし、安全カミソリとは…。そういうことって本当にあったんだ。最初に『あえて「ガンダム嫌い」の汚名を着て』を読んだ時、どうやって『東京ゴジラ団』が唐沢俊一の住所を突き止めたのかわからなかったのだが、今回当時の『ぴあ』を読んだらその理由があっさりわかった。なんと、唐沢俊一の投稿と一緒に住所もバッチリ掲載されていたのである(下宿先までしっかりと書かれている!)。…1980年代は個人情報保護とかそういう発想はまだなかったんだなあ(余談だが、古本屋で買った昔の海外ミステリー小説を読んでいると奥付に翻訳者の住所が記載されていてビックリしてしまうことがよくある)。いずれにしても、『東京ゴジラ団』なる者の行為は愚劣きわまりない唐沢俊一に「怪獣映画を語る資格はない」としても、それを証明するためには具体的な間違いを指摘すれば済むことなのに、それすらせず意見を封じようとするとは、はっきり言って唐沢俊一以下である

 一方、脅迫された唐沢俊一はというと、

 これで、僕はキレた。これ以降、僕の『ぴあ』への投稿の筆致はどんどん嫌味になり、皮肉になり、攻撃的になっていく。

キレちゃいました。気持ちは分かるし、今さら言っても仕方ないけど、ここは冷静になるべきだったと思う。カッとなったおかげで次の投稿でさらに敵を増やすことになっちゃったわけだし。

 で、「DSC−桜井」氏の投稿に対する唐沢俊一の反論はぴあ2月27日の「YouとPia」に「深刻なテーマ性を必ず欲しがる日本のSFファン」というタイトルで掲載された。さて、この投稿文は『あえて「ガンダム嫌い」の汚名を着て』でも一部が引用されているのだが、実はカットされている部分がなかなか面白い。というわけで以下に全文を紹介するが、『あえて「ガンダム嫌い」の汚名を着て』でカットされているところは太字にしておく

 1/30号のDSC・桜井さん、コトはあなたのおっしゃる程簡単ではありません。子供の目で見て面白ければそれでいいという考え方は安直で大変魅力的ではありますが、どこかひっかかります。子供向けの作品が大人に面白くないのは仕様のないことなのでしょうか。それより田中小実昌氏の名言があります。「僕はガキだからガキ向けの映画は面白くない。」ガキが、いや子供が、本当に面白がって見るのは大人向けの作品なんですよ。ためしに子供向け映画の傑作を思いつくままあげてごらんなさい。『悪魔の発明』『オーソン・ウェルズ宝島』『チキチキ・バンバン』『海底2万里』『キング・コング』『フラバァ』『シンドバッド7回目の航海』『がんばれ!ベアーズ』…アニメーションなら『バッタ君町へ行く』『やぶにらみの暴君』『バンビ』『長靴をはいた猫』そして『トムとジェリー』…。

 どれもみんな、子供の心をもった、「大人の」映画なのに気がつきませんか?『トムとジェリー』に到っては最初から大人向けに作られた作品です。ストリップティーズの音楽で女装のトムが腰をくねらせるのを、TVで見て子供たちは笑いころげています。これは大人のギャグであることを彼らは本能的に知っています。知っているからこそ大笑いしています。子供向けに作った、あの新作と称するハナ・バーベラ製のトムとジェリーの面白くなさはどうでありましょうか!(詳しくは森卓也氏の本でどうぞ。) 

 ゴジラが子供向けの作品であるかどうかは疑問ですし、だとしても、(だとするならなおのこと)原爆云々がどうでもよい、ということにはならないでしょう。あのゴジラの映画が名作とされているのはあくまでゴジラというものを原水爆の恐怖のイメージとして設定したからであり、そしてその設定の極めて安易だったことが逆に後の「放射能を浴びて見る見る大きくなる!」オクルミ怪獣の大量生産につながっていくのです。(今、巷ではウルトラマンウルトラセブンといった作品を名作とかいって奉っているがとんでもない。これらの作品が世間に、SFといえば「怪獣が戦車を踏みつぶす」というイメージを与えさえしなければ、日本のSFドラマもその初期に『トワイライト・ゾーン』『アウター・リミッツ』なみの作品が生まれていたはずなんだ)そして、かのゴジラが問題意識(らしきもの、にすぎないのだが、本当は。)を売りものにした最大の弊害が、そういった思想とかテーマをもった作品こそが本当に優れたSF(!)なのだという誤謬をファン達に与えてしまったこと。センス・オブ・ワンダーもへったくれもあったものではない。第一、この誤謬はかなり危険なものでもあるのです。その一番いい例が(実はこれがいいたかったんだけど)今度映画化されるというあの『機動戦士ガンダム』。あれくらい日本のSFファンの気質を嫌らしく具象化した作品を僕は知りません。日本人の深刻癖はどうしても『スター・ウォーズ』程無邪気には騒げないんだよね。かといって『ヤマト』はあまりにオソマツでほめるのがためらわれる。まるでそういったファン層を狙ったかの如くアレは出来たね。ストーリーはハインラインの「宇宙の戦士」のエピゴーネン(しかも相当無理がある)。お定まりの美形キャラ。ハデハデしいメカの行列。SF用語の羅列。反吐をつきそうな気障ったらしいセリフ。小説版(これが所によってはフォーサイスの新作より売れてる)にはベッドシーンまで出てくるという、ミーハー向けサービスたっぷりの道具立て。これだけなら単に陳腐というだけで別にとりたてて騒ぐ程のものでもありませんが、それを「戦争とは?人類とは?」といったいかにもそれらしそうなテーマで飾って高級そうに見せかけているのが中・高生のSFファン達にああまで奉られている所以です(それとて、戦争否定みたいなポーズをとっている一方で、戦闘メカのかっこよさを誇示しているんだから衣の下から鎧が透けて見えてます)。

 いったい、こういったテーマを番組にもたせることにどれ程の意味があるでしょうか。ましてやこれは子供向けのアニメーション、マンガ映画です。年少の視聴者にはさっぱりわからないでしょうし、いくらかストーリーを理解出来る年頃の子供達には、誤った観念を植えつけてしまう可能性すらあるでしょう。(いうまでもなく戦争などというものは単に良い、悪いなどという一面的な定義づけでとらえられる小さな問題ではありません。こういった作品にファンが集まることが日本のSFファンの思想好き、テーマ好き、深刻好みの性癖を如実に表わしています。そしてその元凶とでもいうものがゴジラであるとするならば、桜井さん、僕がいいたいこともわかっていただけますまいか。

なお、「いうまでもなく」の前にカッコがついているが、これは原文通りである。

…それにしても、キレてるっていうか、ヒスを起こしているなあ。いや、「YouとPia」を読んでいると、他にも前のめりになって熱く語っている投稿はあるんだけど(今読んでみると当時の「ハガキ職人」の姿勢がわかって面白い)、それにしてもこれはちょっと凄い。『ぴあ』編集部もよく載せたものだと思ってしまう。それから、これは書いておかねばならないが、『あえて「ガンダム嫌い」の汚名を着て』の唐沢の引用は文章をあちこち改変していてかなり問題がある自分の文章もちゃんと引用できないのか?

 それでは検証していこう。まずひとつめ。「子供向け映画の傑作」として数々の作品を挙げているが、これは単純に「僕はこれだけの作品を見ているんだ!」というアピールである。それで相手をたじろがせようとしたわけだ。これには流石に唐沢俊一もヤバいと思ったらしく、

(注・この後、いかにも自分は映画を見ているゾ、とばかりに、大人向けに作られた子供映画の傑作の題名をズラズラと列記してある。十八年後のコンニチ見ると、あまりに恥ずかしいので省略させていただく)

として『あえて「ガンダム嫌い」の汚名を着て』ではカットしている。本人が反省しているのだからあまり追及するつもりもないのだが、興味深いのは唐沢俊一が挙げている「大人向けに作られた子供映画の傑作」のラインナップである。見ての通り『長靴をはいた猫』以外はすべて海外の作品なのである。そういえば、前回の投稿では『ジョーズ』を引き合いに出して『ゴジラ』を批判していたが(『あえて「ガンダム嫌い」の汚名を着て』では『宇宙戦争』も持ち出している)、どうも当時の唐沢俊一「海外の作品最高!日本はダメ!」モードに入っていたことがうかがえるのだ。…まあ、なんというか若者としてはある意味ベタなような気がする。

 次に「どれもみんな、子供の心をもった、「大人の」映画なのに気がつきませんか?」だが、「子供の心をもった」と感じるかどうかは見た人次第で違うだろう。それ以前に唐沢が挙げている作品が「子供向け」かどうかを考えた方が良さそうだ。「ストリップティーズの音楽で女装のトムが腰をくねらせるのを、TVで見て子供たちは笑いころげています」って見たのか?お前はそれを実際に見ているのか?と問い詰めたくなってしまう。言ってることは要するに『8時だョ!全員集合』の加藤茶の「ちょっとだけよ」と同じことなんだろうが。

 みっつめ。「放射能を浴びて見る見る大きくなる!」だが、『ゴジラ』と同年に製作された『放射能X』を当時の唐沢俊一は知らなかったのだろうか。アリが放射能で巨大化する話なんだけど。『ゴジラ』が放射能で巨大化する元祖みたいに言っちゃいけないよ。もちろん今は知ってるよね?

 そして、次は大問題だ。なんと『ウルトラマン』と『ウルトラセブン』を批判している。…えーと、唐沢俊一はこないだ東大桜井浩子さんと中野稔さんと一緒に『ウルトラマン』について話をしてたよね。…いつの間に宗旨替えしたの?あの講義を聞いて(詳しくは10月23日の記事を参照)、自分は「『ウルトラマン』はちゃんと好きなんだな」と思ったから、正直裏切られた気分である。唐沢テメエ!というか。この件についてはちゃんと説明して欲しいから、冬コミで聞こうかな。あと、『ウルトラQ』や『怪奇大作戦』はSFドラマじゃないんだろうか?

 いつつめ。『ゴジラ』に対する「センス・オブ・ワンダーもへったくれもあったものではない」という批判。どうしてここまで『ゴジラ』をやっつけるのか不思議なんだが(言ってることはみんな見当違いだし)、もしかすると唐沢俊一東京に来た後で特撮ファンに不愉快な思いをさせられたんじゃないか?と思うのである。当時の特撮ファンというのは、ビデオやDVDという気の効いたものがなかったおかげで、作品を見るために映画館へ通う必要があったのだが、北海道に住んでいた唐沢俊一は作品を見る機会が少なかったため、東京特撮ファンに比べて知識が劣っていたはずなのだ。そのせいで悔しい思いをして、特撮ファンが「名作」だと評価する『ゴジラ』に八つ当たりをした、という部分もあったんじゃないかと思う。自分の想像が的外れでない証拠として、実はこの後の「YouとPia」への投稿で唐沢俊一特撮ファンに恨みがあることを告白していたりする。…いつものことながらわかりやすい人である。なお、唐沢俊一もこれらの『ゴジラ』批判をマズいと考えたらしく、

……誤解のないようにくり返し言っておくが、これは十八年前の文章デス。ゴジラという作品の評価について、今の僕とはかなり考え方が違う。

と『あえて「ガンダム嫌い」の汚名を着て』では書いているが、『唐沢俊一トンデモ事件簿』(三才ブックス)で「YouとPia」に投稿した文章と同じ論旨で『ゴジラ』を批判しているのだから、唐沢の弁解を額面どおりに受け取ることは出来ない。

 むっつめ。ついに来た。『ガンダム』批判だ。「実はこれがいいたかったんだけど」って、全然「あえて『ガンダム嫌い』の汚名を着て」じゃないじゃん!この部分をカットしているのはズルいと思ってしまう。

 ななつめ。これも大問題。「かといって『ヤマト』はあまりにオソマツでほめるのがためらわれる」。…まさか、これが唐沢俊一の本心か?いや、「そういったファン層」がそう思ってるんだろうけどね(しかし『ガンダム』のファンは『ヤマト』をオソマツだと考えていたんだろうか?)。要らない勘繰りはしたくはないが、この部分もカットされているのが気になる。なお、唐沢俊一が『宇宙戦艦ヤマト』のファンでなかったこと、唐沢が日ごろ吹聴しているような『ヤマト』のブームに火をつけた事実もなかったことはこの記事に書いてある通り。

 やっつめ。『ガンダム』が『宇宙の戦士』を参考にしたのは、ストーリーじゃなくてパワードスーツだろう。パワードスーツをヒントにしてモビルスーツができたわけで。そりゃあストーリーを比較してみたら「相当無理がある」ということになるだろう。まあ、もちろん今では間違いに気づいていると思うが。

 ここのつめ。「お定まりの美形キャラ。ハデハデしいメカの行列。SF用語の羅列。反吐をつきそうな気障ったらしいセリフ」、…えーっと、唐沢青年はスペースオペラというかSFというジャンルを否定したかったのかな?一体どんなSFが好きなのかわからないよ。ついでに書いておくと、『ガンダム』のノベライズベッドシーンについては「ミーハー向けサービス」というよりは、富野監督はそういうのが好きなんだと考えたほうがいいと思う。富野監督の面白エピソードについては岡田斗司夫氏がよく知っているから聞いてみたらいいよ。

 最後。「戦争否定みたいなポーズをとっている一方で、戦闘メカのかっこよさを誇示している」だけど、これは唐沢俊一自身が文章の後の方で、「いうまでもなく戦争などというものは単に良い、悪いなどという一面的な定義づけでとらえられる小さな問題ではありません」と書いている通りだろう。戦争を悲惨で痛ましいと思う一方で、戦争に使われる兵器のカッコ良さに魅せられる事だってあるのだ。戦争を描いたすぐれた作品の多くは、戦争の悲惨さと魅力をどちらも描いていて、『ガンダム』もそんな作品のひとつなのだと思う。


 唐沢俊一は『ガンダム』を批判したことについて『あえて「ガンダム嫌い」の汚名を着て』でこのように書いている。

 考えてみると、この当時の僕は『ゴジラ』と『ガンダム』をケチョンケチョンに言っているのである。よくまあ十八年後のコンニチ、すました顔で“オタク界の大物”なんぞと言われて鎮座していられるものだ。

 本当にね。本当に不思議だよ。それから問題なのは、『ゴジラ』と『ガンダム』を批判したことじゃなくて、知識がないことだからね(感性もないかな)。ちゃんとした批判ならみんな反感を持ちながらも認めてくれるけど、唐沢俊一はそれができてないんだもの。それにしても、唐沢俊一って昔から褒めるにしても批判するにしても作品を具体的に論じることができないんだなあ(おかげでその後「ちゃんと『ガンダム』を見てください」と「YouとPia」で反論されることになる)。

しかし、当時の僕が、このガンダムにどうしようもない嫌悪感と、“これは僕が好きだったSFアニメと違う”という違和感をもっていたことは事実なのである。

 駄々こねてただけかよ!?…というか、唐沢俊一青年が挙げているラインナップに「SFアニメ」は入ってないんだけど。一体どんな「SFアニメ」が好きなんだろう。ただ、『ガンダム』を批判していた理由のひとつとして、「世間で流行しているものへの反感」もあったと思う。唐沢はその後『新世紀エヴァンゲリオン』も批判しているわけだし。


唐沢俊一が投稿の中で『ガンダム』を批判したことで、名実ともに「ガンダム論争」の幕は切って落とされた。しかし、次から次に現れる投稿者の前に、さすがの唐沢青年も苦戦を強いられることとなるのだろうか…?

                                           (つづく)

※追記 タイトルを変更しました。

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discussaodiscussao 2008/11/19 18:03 ヘンなとこが気になって質問コメント

『あえて「ガンダム嫌い」の汚名を着て』というタイトルを見て、つかこうへいのエッセイ集『あえてブス殺しの汚名をきて』が頭に浮かんだのですが、こういう言い回しの元ネタはどのへんにあるのでしょうか・・・?
あるいはひょっとして上記つか作品よりの「インスパイア」だとすると、コミさんの「格言」からの引用といい、持って来るところがまたミョーにしょっぱいなぁと思いました。

当時の「ぴあ」は、「イベントの告知を投稿する」ってのはカッコいいけど、「批評じみたものを投稿する」のはダサい人のやることだと偉そうに見下していた私なので(ちょうどエヴァ嫌いが嵌ってる人に向ける眼差し、あれに近かった。ごめんね><)、このへんのことについてはほぼ語る資格がありませぬ・・・

O.L.H.O.L.H. 2008/11/19 18:17 >「世間で流行しているものへの反感」

名前のあまり知られていない劇団やアイドルにまとわりついていたり、日記に世間の流行に関する事柄がまるで出てこなかったり、裏モノ礼賛、流行モノ罵倒の姿勢は、まるで中二病か痴呆老人そのもの。50歳にもなって恥ずかしい。

yonoyono 2008/11/19 19:06 2ちゃんねるでも書いた人がいましたけど、件の文章、今の無理して小難しい語彙(しかも間違った)を使ってる文章より見やすいですね…
内容はともかく

宇宙の戦士はバーホーベンのアレしかみてないので、パワードスーツがピンと来てません(^-^;
ストーリー(映画通りとして)を比べると唐沢さんがゴジラとガンダムで嫌いな点が見えますね
その部分こそが両作品の功績だと思うのですが

ヤマト以前てアトムとか28号しか思い浮かびませんね
他になんかありましたっけ?

PenguinPenguin 2008/11/19 19:29 ゴジラもマンもセブンもヤマトもガンダムも(そして後にはエヴァも)みんなダメ!なんて「オタク」が有り得るんですかね?

nyannnyann 2008/11/19 19:37 キレてしまったせいかゴジラが子供向けと言っていた唐沢さんが、子供向けじゃないと言ってたり、
色々矛盾してるところがありますけど、たった一つ言えることは、

「唐沢俊一ってゴジラの敵です」

本当、いつの間にゴジラ愛好家になったんだか不思議です。
でも当時は自分とか自主映画作っていたし、ぴあもそっちの興味で買っていたから、
こんな論争だか泥試合があったなんて全然知らなかったです。

藤岡真藤岡真 2008/11/19 21:35  地方都市から東京に出てきた唐沢青年にとって都会での体験はショッキングなことばかりだった思います。既に業界と繋がりを持っているような同世代の人間は」いくらでもいただろうし、雑学のマニアのと主張しても、情報量が全く違う環境で育ってきた唐沢青年はすぐに勝負にならないことに気付いたと思います。そうした彼が、己のアイデンティティを発揮できる場所が、唯一「ぴあ」の投書欄だったのでしょう。それには色んな理由があると思えますが、一番の理由は「敷居が低かったこと」だと思います。自分の言葉が、初めて活字になったのを見て喜んだ彼が、自己主張のエッジにしたのは“喧嘩”だったことも、用意に理解できます。それしかなかったからでしょう。

kokada_jnetkokada_jnet 2008/11/19 22:28 唐沢俊一も確か自分で書いていましたが、アニドウの自主上映でアート系の海外アニメにふれたことで、それまで好きだった「日本アニメ」(および日本特撮)を見下す目線がついてしまったんでしょうねえ。
それと、森卓也さんや石上三登志さんのような、当時アニメ・SF系の評論の第一人者だった人たちは、「そもそも着ぐるみ怪獣をみとめない、怪獣ならストップ・モーションじゃないと」という具合だったので。その影響で、無理やりゴジラを低評価しているのではと思います。

kokada_jnetkokada_jnet 2008/11/19 23:50 あと、唐沢文には、(以前も書きましたが)竹熊健太郎さんが言うところの「オタク密教」を感じますね。
http://web.soshisha.com/archives/otaku/2006_1019.php
>この70年代終盤の時点で、僕はテレビアニメに対して絶望したんですね(ガンダムはまだ放映前だった)。若気の至りなんですけど、テレビアニメは商業主義の粗製濫造で駄目だと思って。ところがアニメそのものは、やっぱり好きなので、捨てられないんですよ。そこで海外の作品とか、アート系に行っちゃったんです。それで、唯一評価していた宮崎駿が『ルパン三世・カリオストロの城』(1979年)を作るんですけど、これもコケてしまってね。そこから宮崎さんはしばらくアニメが作れなかった。僕はすごく面白い作品だと思ったんですが。
>宮崎アニメのような良作が受け入れられないで、どうでもいいようなアニメの美形キャラにミーちゃんハーちゃんが群がるという状況が続いて、僕はアニメに絶望するわけですよ。それで当時、俺みたいな奴が相当数いて、そこから「オタク密教」が始まると俺は思ってるんです。

個人投資家個人投資家 2008/11/20 01:03 本題からは、ずれるのはですが、
http://web.soshisha.com/archives/otaku/2006_1019.php
で、竹熊氏は岡田氏の政治的な動きをちゃんと見抜いてますね。
「創」の対談はどうなるのかな?

>僕は君たちの仲間だ」ってスタンスを表明しつつ、やってることは実は……。
―――オタクからの搾取。
竹熊 まあ言っちゃえばね。ただ村上さんはそれを露骨にやったけど、岡田さんは反感を買わないように、支持を失わないよう巧妙にやっていると思う。その意味では、政治家なんですよ。実際、90年代の彼は一貫して「オタクの社会的立場を擁護する」という政治的な発言をしてきたわけなんだけど、

kensyouhankensyouhan 2008/11/20 03:10 コメントありがとうございます。やっぱり反響が凄いなあ。

>discussaoさん
唐沢俊一はつかこうへいの舞台を見てますからモトネタにしてるんでしょうけどね。
>当時の「ぴあ」は、「イベントの告知を投稿する」ってのはカッコいいけど、「批評じみたものを投稿する」のはダサい人のやることだと偉そうに見下していた私なので
自己主張したい人には投稿欄はありがたい存在だったと思いますが、十分に自己主張できている人にとっては「ダサい」と見えてしまうのかもしれません。

>O.L.H.さん
自分は基本的にミーハーなので「流行に反感を持つ」という気持ちがよくわかりません。

>yonoさん
あ、本当ですね。今の文章より読みやすいかもしれません。ヒスを起こしているせいでまとまっているのかも。
>スターシップ・トゥルーパーズ
『3』ではパワードスーツが出てきます(「マローダー」と呼ばれている)。
>唐沢さんがゴジラとガンダムで嫌いな点が見えますね
テーマがある作品が嫌いなのかな?と思ってしまいますね。以前、伊藤剛さんが「抽象的な話になると理解できなくなる」と仰ってましたが。
>他になんかありましたっけ?
たぶん海外のアニメなんじゃないかと思いますが、フライシャー兄弟の『スーパーマン』もSFアニメなのかな?

>Penguinさん
いやあ、もう考えられないですね。何をもって自分を「オタク」だと思っているのか。
そこまで海外の作品に傾倒していたなら、日本のことなんか放っておいて、海外のアニメ・特撮の専門家になればよかったと思うんですけど、なぜならなかったのか不思議です。語学力に難があったんでしょうか。
それにどうして今は日本の「おたく」文化について語っているのかも知りたいところですが。いつ転向したのかすごく気になります。

>nyannさん
>キレてしまったせいかゴジラが子供向けと言っていた唐沢さんが、子供向けじゃないと言ってたり、
それは自分も気になりました。結局、「子供向け」かそうでないかを俺様基準で決めているので、統一が取れていないんだと思いますが。
>こんな論争だか泥試合があったなんて全然知らなかったです
唐沢俊一は「ガンダム論争」というものすごいイベントがあったかのように言っています。でも、論争の当事者である唐沢青年があまりにも実力不足ですからねえ。

>藤岡さん
自分も地方出身であることと、地方で活動していてその中で一目置かれていた点(自分で言うと恥ずかしいんですが)は唐沢俊一と共通しています。だから、『ぴあ』の投書欄で自己主張しようとした唐沢青年の気持ちはよくわかります。自分もラジオ番組に投稿したハガキが採用されてウケるとすごく嬉しかったですし。
ただ、自分が唐沢青年と違ったのは、サークル活動が好きだったかどうか(自分は単独行動が好きです)、それと、世の中には自分より凄い人がいくらでもいるということを知っていたことなのかな、と思います。「ガンダム論争」のまとめでそういった個人的な事情を語りつつ唐沢俊一を批判しようと思っています。ちょっと許せないことがあるので。

>kokada_jnet さん
森卓也と石上三登志が唐沢俊一のグルだったわけですね。でも、森さんや石上さんが何を言おうと「自分が何を好きか」という点を見失うべきではなかったと思います。しかし、なんというか、唐沢って生まれる時代がもうちょっと早ければ間違いなく学生運動に入ってますね。地方の秀才が東京で自信を失って新たなよりどころを求める点はまったく同じですから。そういう意味ではベタな人だなあと思います。
>オタク密教
竹熊さんは『ヤマト』を褒めてますけど、唐沢は『ヤマト』のファンですらないですから。「オタクではない。もっとおぞましい何かだ」じゃないかと。

>個人投資家さん
まあ、ハタから見ればどう見ても「政治」をやってますからね>岡田氏
唐沢俊一のやってる「政治」なんて岡田氏と比べるとずっと稚拙ですからね。自分の主宰している塾の受講生にインタビューさせるとか。少しくらいクッション置けよ!と思いますが。

WOOWOO 2008/11/20 19:16 「あえて汚名 ガンダム」でググると結構ヒットするんですよね。
ゲームなんかの関係で有名な言葉なんでしょうか?

PenguinPenguin 2008/11/20 19:21 唐沢さんという人にはやっぱり「テーマがあるような作品はそもそもみんなダメ」という牢固とした信念が非常に根本的なところで存在するんだと私は思いますね。その考え方自体「テーマがない作品はダメ」という単純な見方への、これまた怖ろしく単純な反発・反転でしかないわけで、まともに取り上げるに値しない見解だと思いますが。

でもそういう傾向は唐沢氏の盟友・岡田斗司夫氏なんかにも見られることで、竹熊健太郎さんの事実上の自伝といっていい『私とハルマゲドン』('95)の巻末座談会で(当事はまだ絶縁状態ではなかった)、手塚治虫の『火の鳥』(!)と石森章太郎の『サイボーグ009』(!)のテーマ性について、「ダサダサ」(!)の一言で全否定したりしてます。

コチラのサイトの対象範囲を超える事柄であるとは思うのですが、いつの頃からか存在するこういう「テーマ?イヤァーッ!」「テーマ?プゲラ」みたいな風潮って一体なんなのかと私は思いますね。まぁ「テーマがない作品はダメ」という見方だってなくなっちゃいないので、「物語作品それ自体/及びその制作過程における大きな問題の内の一つ」ってことなんでしょうが。

kensyouhankensyouhan 2008/11/20 19:36 コメントありがとうございます。
>WOOさん
『スパロボ』で「あえて汚名を」というタイトルのエピソードがあるみたいですね。
ギレン・ザビの「あえて言おう!カスであると」とジェリド・メサの「汚名挽回」が一緒にヒットしたのかもしれませんが。

>Penguinさん
伊藤剛さんが唐沢俊一について「抽象的な話が理解できない」と仰ってたので、テーマについて語るのが苦手なんだと思います。テーマの話になると教養の深さがわかってしまいますからね。でも、唐沢は具体的な話もダメなんですけど。批判するにしても褒めるにしても具体的にどこが良かったのか書かないのがいつも不思議で仕方ありません。

個人投資家個人投資家 2008/11/21 07:25 >これ以降、僕の『ぴあ』への投稿の筆致はどんどん嫌味になり、皮肉になり、攻撃的になっていく。

 主張の正当さを裏付ける根拠やロジックがないと、こういうレトリックでしか反駁できなくなってしまうことはネットの論争でも良く見られます。

sangariasangaria 2008/11/21 08:42 「テーマ?プゲラ」みたいな風潮」の影響は大きいと思いますよ、ただ単に苦手なだけじゃなくて。
こういう風潮とメンタリティを共有していたことも唐沢が盗作発覚までは多くの信奉者を集めていたことの理由のひとつでしょうし。

kensyouhankensyouhan 2008/11/21 10:06 コメントありがとうございます。
>個人投資家さん
もしかしたら唐沢青年は「早すぎた2ちゃんねらー」なんじゃないかとw というか、2ちゃんでもあんな書き込みをしたら叩かれますし、自分のブログで記事にしても炎上しそうな気がします。もちろん、1981年当時と現在の自己表現の違いを考える必要はありますが。
しかし、あんなにキレた文章を公然と晒していた人がなんで今ネットを叩いているのか…。

>sangariaさん
たしかにうまく時流に乗った面はあるでしょうね。
でも、テーマにこだわらないのであれば、具体的なディティールにこだわるものだと思うんですけど、唐沢俊一にはそういうこだわりってないんですよね。こだわりがあればあそこまで間違えませんよ。みんなごまかされていたのか、ごまかされたかったのか。

okemosokemos 2008/11/25 20:04 > 『ガンダム』が『宇宙の戦士』を参考にしたのは、ストーリーじゃなくてパワードスーツだろう。
本題と関係のないコメントで申し訳ないのですが、じつは「ガンダム」が「宇宙の戦士」に負っている最大のものはパワードスーツではなく、「地球連邦軍」というコンセプト・言葉だったと思います。ガンダム以前に地球連邦軍という軍隊が前面に出てきた日本のアニメってありましたでしょうか?オリジナルのヤマトがどういう設定だったのか思い出せないのですが、たとえヤマトが地球連邦軍所属であったとしても、あの作品は連邦軍というコンセプトが重要な作品ではありませんでした。このコンセプトの重要性を実感するには、ガンダム以前のアニメ、特撮でよく出てきた「地球防衛軍」と比べてみればいいと思います。「地球連邦軍」が登場する事で、現実から一定の距離をとりつつも戦争、軍隊、そして政治を語れるようになり、そこからいわゆるリアルロボット物が可能になったのではないかと思います。

kensyouhankensyouhan 2008/11/26 11:14 コメントありがとうございます。
『スターシップ・トゥルーパーズ』では連邦軍のプロパガンダ放送がしつこく流されるのが印象的でした。
『ヤマト』でも一応地球連邦は出てきますね。個人的には『宇宙の戦士』と『ヤマト』は敵が地球人では無いのに対して、『ガンダム』のジオン公国は一応地球人(“スペースノイド”とか言ってましたっけ)であるところが面白いと思います。

名護名護 2009/02/14 13:14 ええと、よくわからないのですが、たとえそれがカミソリを送られて冷静さを失ったときに書いた文章だとしても、若い頃にウルトラマンやゴジラを批判した人には特撮ファンの資格はないとおっしゃりたいのですか。一度でもウルトラマンを批判した人は、その後、考えが変わったとしても二度と特撮について語ることは許さないとおっしゃりたいのでしょうか。十何年も前の文章で、当人も今では考えが変わっていると認めているのに、それを一々批判しても意味がないと思いますが、どうでしょうか。

kensyouhankensyouhan 2009/02/14 14:12 コメントありがとうございます。

>よくわからないのですが
ならば当ブログの記事をよくお読みください。以前、名護さんにはROMることをおすすめしましたが、まだまだROMられた方がよさそうです。あなたが疑問に感じたことは記事にちゃんと書いてあります。
>若い頃にウルトラマンやゴジラを批判した人には特撮ファンの資格はないとおっしゃりたいのですか。
まず、『ゴジラ』について、唐沢俊一の考え方が変わっていない事は記事の中で書いてあります。「ぴあ」で書いていたことと同じことを『トンデモ事件簿』で書いているんですから、考えが変わっていないと見るのが自然です。
あと、『ウルトラマン』については「考えが変わった」のは構わないんですけど、それならばちゃんとその理由を教えて欲しいと記事で書いてます。唐沢は東大での『ウルトラマン』の講義に関わっているんですから、評価が変わった理由をきちんと説明すべきだと思います。したがって、唐沢を批判することにはしっかりとした意味があるわけなんですよ。

名護名護 2009/02/15 13:47 よくわからないのですが、十何年前と現在とで考えが変わった理由をなぜ一々説明しなければならないのでしょうか。ウルトラマンに批判的な人物はウルトラマンの講義に関わることは許されず、過去に批判的だったけど現在はそうではない人はその理由を明らかにしなければならいということですか。なぜでしょう。まったく理由がわかりません。それはつまりウルトラマンに対する批判は一切許さないということですか。

kensyouhankensyouhan 2009/02/15 14:00 コメントありがとございます。

名護さんは本当にわからない人ですねw
昔批判していたものを今になって持ち上げていたら、どうして評価が変わったのか気になりませんか?
まして唐沢俊一は東大での講義に関わったり、NHKで円谷英二の番組をやったり、「週刊昭和」で『ウルトラマン』のコラムを担当しているんですから、説明責任があると思います。どうですか、おわかりいただけましたか?まあ、なんだったら、唐沢と直接会ったときに聞いたっていいんですけど。
>それはつまりウルトラマンに対する批判は一切許さないということですか
どうしてそんな風に極端に流れるんでしょう。自分はそんなことを言ってないのに。なぜでしょう。まったく理由がわかりません。

名護名護 2009/02/17 20:02 >昔批判していたものを今になって持ち上げていたら、どうして評価が変わったのか気になりませんか?
別に気になりません。なぜ批判してたら講義や番組やコラムに関わるために説明責任が生じるのかもわかりません。批判していたからといってその作品が嫌いとは限りません。昔はいい年をしてアニメや特撮を見るのは恥ずかしいことだという風潮が強かったので、オタク第1世代は好きなものを素直に褒めるのが恥ずかしい人が多いのだと思います。それにぶち切れて嫌味で攻撃的な文章になっていますが、それほど的外れなことを言っているとは思いません。ゴジラやウルトラマンやガンダムは怪獣物やロボットアニメとしては名作ですが、SFとしてみると幼稚な面があることは否定できません。作品を評価する視点は一つではありません。SFとしては駄目だと主張したとしても、それはたくさんある評価の仕方の一つに過ぎず、その作品を全否定したことにはなりません。現在のプロのライターである唐沢氏の文章ならともかく、一介の投稿者だった唐沢青年が背伸びして書いた文章をネチネチ批判するのは大人げないのでは?

kensyouhankensyouhan 2009/02/17 23:23 コメントありがとうございます。

>別に気になりません
誰かが以前に「嫌い」と言ってたのを今になって「好き」って言ってたら「どうして意見が変わったんだろう?」って思いませんか?あまり好奇心がない方なんでしょうか。その割りには当ブログには興味津々のようですが。

で、長々といろいろ書いていらっしゃるようですが、残念ながら論点がズレています。なぜなら、自分は唐沢俊一がどうして意見を変えたのか知りたいだけであって、唐沢が意見を変えたことについて合理的な説明をされてもそれは別問題です。名護さんが「唐沢俊一の真意はこうなんだろう」と想像するのはご自由ですが、唐沢は名護さんが考えていらっしゃるのとは別の理由で『ガンダム』を批判していたのかも知れないし、考えを変えたのかも知れませんからね。

>一介の投稿者だった唐沢青年が背伸びして書いた文章をネチネチ批判するのは大人げないのでは?
何度目になりますかね、コメントをつける前によく本文をお読みください。
>『唐沢俊一のトンデモ事件簿』(三才ブックス)で「YouとPia」に投稿した文章と同じ論旨で
>『ゴジラ』を批判しているのだから、唐沢の弁解を額面どおりに受け取ることは出来ない。
唐沢は当時と考えが変わっていないのだから、当時の文章を批判することに意味はあるって自分はちゃんと書いてますよ。「大人」なら他人の意見をきちんと理解してから返事をしてください。コメントをつける前に記事をしっかり読み、コメントを書く最中にも記事をチェックし、コメントを書き終わったらもう一度記事を確認してください。どうぞよろしくお願いします。