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唐沢俊一検証blog

2008-12-19

救済されたくて青汁を飲んでみる。

00:40

 『唐沢俊一トンデモ事件簿』(三才ブックス)CASE10「なぜ死刑は必要か」では、山椒大夫が鋸挽で処刑されることで庶民達の罪や穢れを身代わりとして背負う役割を果たしていた、という不思議な話をした後で(詳しくは11月1日11月4日の記事を参照)、このような結論に至っている。P.105より。

 昨今、死刑制度廃止論がかまびすしい。しかし、死刑制度には単に犯罪者の生命を絶つばかりでなく、被害者、また遺族、そして一般大衆の魂の救済、という意味が含まれている。この感情が根底にある限り、死刑に対するニーズはなくならないだろう。

 この文章を最初に読んだ時、首を捻ったものだ。死刑存置論は数多くあっても「魂の救済」を理由にしたものが他にあるのかどうか。どうしてそんな宗教(というかキリスト教)みたいな理屈を…?と思っていたら、唐沢俊一は『社会派くんがゆく!怒涛編』(アスペクト)でも死刑存置論を書いていた。P.204より。

 私は死刑存続論者である。理由は、別に死刑があった方が犯罪が減少すると思っているからでも、犯罪者を税金で生かしておくのがもったいないという度量の狭い意見によるものでもない。死刑は文化、だからである。死刑不倫を一緒にするな、と言われそうだし、森山真弓法務大臣だったときに「死刑日本の文化」と言って物議をかもしたという事件を蒸し返すわけではない。が、しかし死刑はまさに文化と呼ぶしかない制度だ。第一、死刑制度がなかったら、『忠臣蔵』も生まれなかったし、『ベルサイユのばら』だって盛り上がらなかったと思う。

 われわれは、日常、いつでも小さな罪を犯しながら生きている。それらに小さな良心の仮借(原文ママ)を感じながら。その仮借(原文ママ)が大きくなっていったときに、精神の均衡が失われる。罪の意識を払うときに最も有効なのは、“(私は罪人だが)これほどの罪は犯していない”という、自分より大きな罪を犯した人間の末路を見ての安堵感である。逆に言えば、死刑囚はそういったわれわれの罪科を背負って、その代理として死んでくれるのだ。死刑制度というのは、実は“死刑になるほどの罪を犯していない”人間を救済する役割をはたしている。もし死刑制度が廃止になったら、国民の間に溜まる罪悪感は巨大なストレスとなって日本を包み込むだろう。そして、それが限度を超えて爆発したら……死刑制度は日本の死刑制度は日本の平和を守っているのである。

…『トンデモ事件簿』と同じで「死刑囚=身代わり」理論であるが、しかし、唐沢が書いているのは死刑がいわゆる「ガス抜き」になっているという程度のことであり、それが「魂の救済」だとはとても思えない。それから、近年死刑制度を廃止した国は数多くあるが、それらの国は「国民の間に溜まる罪悪感は巨大なストレスとなって」包み込まれているのだろうか。フランスも1981年に死刑を廃止しているが、これは文化を破壊したことになるのだろうか?あと「良心の呵責」ね。

唐沢俊一のトンデモ事件簿

唐沢俊一のトンデモ事件簿

社会派くんがゆく! 怒濤編

社会派くんがゆく! 怒濤編

ベルサイユのばら 1 (集英社文庫(コミック版))

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赤穂浪士〈上〉 (新潮文庫)

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altnkaltnk 2008/12/20 01:54 忠臣蔵とベルバラを並べるバカさ加減は(史実とフィクション)措いといてもあきれてものが言えません。

>第一、死刑制度がなかったら、『忠臣蔵』も生まれなかったし、『ベルサイユのばら』だって盛り上がらなかったと思う。

これひどすぎです。ある意味、利敵行為じゃないかな。

EBCDICEBCDIC 2008/12/20 07:59 >忠臣蔵とベルバラを並べるバカさ加減は(史実とフィクション)措いといても
忠臣蔵だってフィクションですよ。

sunadorinekosunadorineko 2008/12/20 10:51 いつも楽しく読ませてもらっています。

記事と関係ないコメントで申し訳ありませんが、シコウヒンTVで唐沢俊一が出ています。
http://www.450hin.tv/ 

唐沢俊一が紹介するシコウヒンと仕事部屋(?)が、見れてなかなか興味深いです。

わかってやっているのかわかりませんが、後編のはじめに司会の小宮山雄飛がタイプライターを打っていたり、パクリをネタにしているのが笑えます。

すでにご存知でしたら申し訳ありません。

discussaodiscussao 2008/12/20 11:13 >死刑制度というのは、実は“死刑になるほどの罪を犯していない”人間を救済する役割をはたしている。
ふうん・・・「山椒太夫」のときからの一貫した考え方なのですね。筆が滑ってるのでなければ、かなり特異な信仰ですよねぇ。
ただ、
>罪の意識を払うときに最も有効なのは、“(私は罪人だが)これほどの罪は犯していない”という、自分より大きな罪を犯した人間の末路を見ての安堵感である。
↑これもあんまり普通の感覚とは言いがたいけれど、底辺の中で虐げられてきた結果他者に対して加虐的なスタンス以外取れない人というのも存在していて、こういう発想をしますね。唐沢がこういう考え方を持つのは経歴から考えると奇異ですが、なんとなくこの部位はかなり本音がでているような気もします(まぁ、「鬼畜」のフリってことなのかもしれませんが)。

あとどうでもいいけど、『忠臣蔵』か「赤穂事件」かは置いておいて、「忠臣蔵という物語が日本人に与えた影響」みたいなことは言うことはあっても、『ベルサイユのばら』が日本人に与えた影響なんてことを言及した者はいないだろうし、あまつさえそれが死刑制度と深い関わりがあるなんてことは珍説以外の何者でもないでしょ?唐沢も唐沢だけど、出版社も出版社だよねぇ。羞恥心って知ってるのかなぁ(お笑いじゃなくて)?

個人投資家個人投資家 2008/12/20 11:18 >それらに小さな良心の仮借(原文ママ)を感じながら。その仮借(原文ママ)が大きくなっていったときに、精神の均衡が失われる。

 これは唐沢俊一本人のことではないのだろうか?


>死刑囚はそういったわれわれの罪科を背負って、その代理として死んでくれるのだ。

日本には昔から 針供養とか、箸供養とかの文化装置があります。
 いまさら死刑制度にそんな供養を求める必要性はないのです。
 だいたい、公開処刑でもなく、国民に死刑執行が知らされない以上、意味ないでしょう。
意味盲な文章だなあ

日常非日常日常非日常 2008/12/20 12:41 はじめまして。

>第一、死刑制度がなかったら、『忠臣蔵』も生まれなかったし、『ベルサイユのばら』だって盛り上がらなかったと思う。

これはひどいですね。

有名フィクションの元ネタになったから死刑制度はあったほうがいい、のであれば

「ベトナム戦争がなければ『フルメタル・ジャケット』や『プラトーン』は生まれなかったし『ランボー』も盛り上がらなかった!ベトナム戦争はあってよかった!」とか

「広島への原爆投下がなければ『はだしのゲン』は生まれなかった!原爆投下はあってよかった!」

という論が成り立ってしまいます。
(唐沢氏が「はだしのゲン」をどう思っているかは問題ではなく、そういう擁護が成り立ってしまう、という点が問題なのです。)

もちろん私も現実にある(あった)諸問題を下敷にしたフィクションを観たり読んだりします。楽しむこともあります。でもだからといって「その事象がなければこういったフィクションは生まれなかった。だからその事象を肯定する。」とはとても言えません。それとこれとは話が別、でしょう。 


駄文失礼しました。最後にタレコミをひとつ。年末のコミックマーケットに行かれるのでしたらサークル「ガメラが来た!」さんの「特撮が来た16」を買われることをお薦めします。唐沢氏の「すべての映画はリメイク映画である」という文章が掲載されているからなんですがこれが凄いです!

「黒澤明の『用心棒』がマカロニ・ウェスタン『荒野の七人』としてリメイクされたのは有名な話だが」

とか書いてあったりして最高です!(あとなんだか唐沢氏の自己弁護っぽい文章な気もします・・・。)
是非一読を。
それでは。

薄学者薄学者 2008/12/20 14:12 最近になり記事を町山さんの日記で知り、楽しく(?)読ませてもらっています。

まっっったく関係ないことなのですが、ちょいと前に西原理恵子さんの漫画に唐沢さんが登場してました。「と学会の代表」として西原さんを勧誘したら、西原さんがうっかりその話をイエス!高須先生に話してしまい、困ったことになったというお話なんです。
で、困った西原さんが唐沢さんに相談したところ、返ってきた答えが…

「…それでは高須先生にこうお伝えください。あなたが会員になるということは、バードウォッチャーの中に鳥が入るということですよ、と。」

中々機転の利いた答えだな、と笑わせてもらったんですが、こちらの日記を読んでしまった後では…。高須先生とどちらの方がより鳥であるのかと。

もうご存知でしたら、こんな駄文は消却してください。なんとなく思い出してしまっただけなので。

kensyouhankensyouhan 2008/12/20 15:09 コメントありがとうございます。

>altnkさん
盛り上がればいいのかって話ですからね。乱暴な話です。

>sunadorinekoさん
情報ありがとうございます。後でチェックしてみます。

>discussaoさん
自分も死刑が執行されたとニュースで聞いても特に思うところはありません。他人のことが気になってしょうがない人なら唐沢みたいな考え方をするのかもしれませんが。

>個人投資家 さん
そうですね。秘密裏に死刑を執行していたら「魂の救済」にはなりませんね。

>日常非日常さん
仰る通りですね。「戦争も文化」になってしまいます。まあ、深く考えれば戦争も死刑も文化といえることは出来るかもしれませんが、唐沢には無理なんじゃないかと。
>「黒澤明の『用心棒』がマカロニ・ウェスタン『荒野の七人』としてリメイクされたのは有名な話だが」
買います!この一文だけで買う価値がありますw
夏コミで本を出すために評論系のサークルもチェックするつもりだったのでちょうどよかったです。

>薄学者さん
唐沢俊一は鳥じゃなくて怪鳥ですよ。イソップ童話のカラスというかテロチルスというか。

リンドウリンドウ 2008/12/20 15:51 >第一、死刑制度がなかったら、『忠臣蔵』も生まれなかったし、『ベルサイユのばら』だって盛り上がらなかったと思う。

なかったとしたら、それに応じた世界観や展開の仕方があるわけで、作品の出来はやっぱり作者自身の腕によるものと思います。「あいつが面白い話を作れたのは死刑制度があったおかげ」と言われているようで不快、というか脱力してしまいますね。「ベルばら」がなかったとしても、それで別の名作が生まれていたかもしれませんし。単にメジャーなものに対する嫉妬心がこういうちょっとしたところにも表れてしまってるように自分には思えます。しかもそれをまるで隠そうとしていないように見えるのが…、いつもながら理解に苦しみます。

通りすがり通りすがり 2008/12/24 10:49 >死刑制度がなかったら、『忠臣蔵』も生まれなかったし、『ベルサイユのばら』だって盛り上がらなかったと思う。

↑にツッコミ入れるのって野暮なんじゃないですかね。単なるジョークでしょ。

EBCDICEBCDIC 2008/12/24 12:20 そりゃまた下手くそな冗談ですな。だから突っ込まれちゃうんですよ。

通りすがり通りすがり 2008/12/24 16:11 批判すべき部分はされて当然だと思いますが、ジョークにまでつっこむのは違うんじゃないかなと思いますね。
批判する部分を無理やり探してるというか。

藤岡真藤岡真 2008/12/24 17:26 >通りすがりさん

>ジョークにまでつっこむのは違うんじゃないかなと思います
 あなたが勝手にジョークと見做しているだけでしょう。唐沢の頓珍漢な論理・記述(おいおい冗談だろ)を端からジョークと見做して批判の対象から外せってんですか。随分都合のいい考え(唐沢にとって)ですねえ。

通りすがり通りすがり 2008/12/24 20:18 とりあえず自分が言っているのは↓
>死刑制度がなかったら、『忠臣蔵』も生まれなかったし、『ベルサイユのばら』だって盛り上がらなかったと思う。
これについてだけです。これはどこからどう読んでもジョークでしょう。
これをまともに受け取って憤慨する方がどうかしてると思います。無粋。

イニイイニイ 2008/12/24 21:21 唐沢やと学会の「ともだち」たちの常套手段に、なんでも「これはジョークだから」で
逃げるというものがあるんですね。藤岡さんも検証はんも、皆さんそこに引っかからない
よう、やっているのですよ。無粋なのは承知の上。通りすがりさんのような態度は、普通
の書き手を相手にするのであれば、常識的なものだと思いますが、もし普通の書き手を相
手にするのならば、藤岡さんも検証はんも、他の人たちも、通りすがりさんとおなじよう
に「ははは、こりゃジョークだから」と言ってスルーしたことでしょう。
でもね、相手は唐沢ですよ。ジョークのつもりかどうか知らんが、そこに無知も無教養も、
下劣な品性も、さもしさも全部突っ込んで誤魔化してきた男ですよ。
だから私たちは、あえて「まともに受け取る」のです。
なぜならば、唐沢俊一という「どうかしてる」書き手を相手にしてい
るからです。お分かりいただけたでしょうか?

藤岡真藤岡真 2008/12/24 22:43 >通りすがりさん

>これはどこからどう読んでもジョークでしょう。
 だから、それはあなたの勝手な解釈だと言ってるんですよ。
 しかし、唐沢関係のblogにコメントを入れるHN「通りすがり」というのはろくでもない奴ばかりですね。あ、ジョークだと言いたいのかしら。

kensyouhankensyouhan 2008/12/25 02:06 コメントありがとうございます。

>リンドウさん
まあ、詭弁ですよ。「ガセとパクリがなければ検証が盛り上がることもなかったと思う」とか言われたらどうしよう。

>通りすがりさん
まず、唐沢俊一が本当に冗談でそのようなことを言ってるのかどうかわかりません。本気で書いているのにそれを冗談だと片付けてしまうのは唐沢俊一に失礼だと思います。あと、冗談だとしてもこんな低レベルな冗談は批判されて当然ではないかと。
別のコメントでも書きましたが、こんなブログをやってる時点で既に「野暮」なんですよ。通りすがりさんが何回もコメントされてるのは「粋」なのかどうかわかりませんが。

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