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唐沢俊一検証blog

2008-12-20

唐沢俊一の『カリオストロの城』批判を検証してみた。

14:39

 『B級学【マンガ編】』(海拓舎)で、唐沢俊一は『ルパン三世 カリオストロの城』のストーリーは矛盾だらけであると書いている。P.257〜258より。

 まず、冒頭、カジノを襲ったルパンと次元が、その札がニセ札であると見抜き、そのニセ札原版をねらってカリオストロ公国へ向かう、というシーン。ストーリーの中に主人公がからんでいく重要な動機づけのシーンだが、ここで宮崎は観客サービスとして、奪ったニセ札ルパンが盛大に車中から道路にまき散らす、という演出をしている。

 ここでまず、当時の私はひっかかった。

 理屈で考えれば(その当時はまさに理屈を必死で考えたのであるが)、世界的怪盗である主人公がわざわざ危険を犯して盗みにいこうとするほどのものである以上、その物件は主人公の価値観念に照らして、かなり高い位置を占めるものでなくてはならないはずだ。そうでなければ、この後のストーリーに緊迫感は生まれない。にも関わらず、このゴート札なるニセ札は、ルパンがチラ、と見ただけでニセ札とわかる程度の品質のもの、という描き方をされてしまっている(後半で、この札が大量生産のため品質が落ちてきているという説明があるが、この冒頭では主人公はそれを知る立場にはない)。

 おまけに、主人公はその札を盛大に放り捨てるのだ。その程度の価値しかないものを奪うために、わざわざヨーロッパの小国にまで出向くという話で、これが例えば小説だった場合、読者を納得させ得るだろうか?

 百歩譲って、後半からの主人公の行動の動機となるクラリスという少女の救出、この少女との若いころの出会いが主人公の潜在意識の中にあり、この冒頭の段階では、それがゴート札というものによって触発されたという程度の描写なのだとすると、主人公はそのような超個人的思惑のために次元、五衛門のような仲間を危険な冒険に引きずり込んでいるわけで、ルパンというキャラクターを考える際、これは首肯できる話ではない。

 唐沢は『BSアニメ夜話』でも同様の話をしている。以下『キネ旬ムックBSアニメ夜話Vol.01ルパン三世カリオストロの城』(キネマ旬報社)P.48より(他の出演者の発言は割愛)。

でも要するに、あの〜この作品て、要するにテレビシリーズに合った脚本をもう一遍使ってね、それであの何と言うんですかね、各シーン各シーンに宮崎さんの技術っていうのは込められているんだけれども。一番最初に、僕、悪口を言った男だと言いましたけれども、その一つはストーリーに全然整合性がないところなんですよ。見てる分には全然関係ない(気にならないん)ですよ。ところが、書いて、この作品について何か評論を書こうと思って、しかも褒めようと思って書いたときに、あれ?と。まず、なぜルパン三世カリオストロ公国に忍び込もうとしたのか。

話の中では、あの一番最初にゴート札っていうのを、あれを奪って、それを盗みに入るってことですよね。ところが、一番最初にVTRが流れたけどもさ、持って札を見て一目でニセ札だと分かり、つまり出来が悪いわけですよ。それをぱあっと投げ捨てるじゃないですか。つまり、価値がないものルパンはそこで判断しているわけです。

 自分は最初に唐沢の文章を読んだ時に「原版を手に入れれば後からいくらでも刷れるんだから、盗んだニセ札を捨てたって別におかしくないし、価値がないと判断したとは言い切れないんじゃ?」と思ったが、唐沢にとってはそのように考えるのは間違っているらしい。『BSアニメ夜話』P.112より。

だから、どう考えても穴があるところに、自分なりに色々と理屈を、裏の設定を自分で作ってね「こうだったに違いない」。違いないって言っても(笑)、そんなことはね、あんたが考えているだけでしょうということであって。

というわけで脳内補完」をするのはダメらしい山本弘と学会」会長は『ガンダム』のSF設定をファンが補完していったことについて柳田理科雄批判本で好意的に書いていたけどなあ。

 しかし、問題はもっと基本的なところにある。検証のために『カリ城』を観てみて気づいたのだが(「面白っ!」クラリスいいなあ…」という具合にのめりこんで観てしまった)、唐沢俊一は『カリ城』のストーリーを理解できていないのだ。

 まず、ルパンはゴート札の原版を盗むためにカリオストロ公国に行ったわけではない。というか、実はルパンカリオストロ公国に行った理由について劇中では明確な説明がされていないのだ。原版を盗みに行ったのかも知れないし、ゴート札の秘密を暴きに行ったのかも知れないし、ニセ札をつかまされた仕返しに行ったのかも知れないが、少なくとも映画を見ただけではそれはわからない。だから、逆に唐沢俊一の方が「こうだったに違いない」と補完してしまっていたのである。映画のラストで不二子がゴート札の原版を持ち出しているのを見たルパンが羨ましがっているのを見て「ルパンは原版を盗みに来たんだ」と思い込んでしまったのだろう。なお、『BSマンガ夜話』で、ルパンが冒頭でニセ札を捨てておきながらラストで原版を欲しがっていたことについて岡田斗司夫氏も「明らかに論理矛盾」と言っているが、説明不足ではあるかもしれないが矛盾はしていないのではないか。まあ、簡単に言い切っちゃうのがツッコミ好きの岡田氏らしいけど。

 次に、「ルパンがチラ、と見ただけでニセ札とわかる程度の品質のもの」というのは誇張である。劇中ではルパンが良く見てみてニセ札だとやっとわかるという描写がされている。次元はニセ札だと見抜けていないし、ニセ札工場に忍び込んだ際にルパンは「こりゃよくできているぜ」と言っていることから、ゴート札の品質が高いものであることは明らかである。だから、これも伯爵がゴート札の品質が落ちていると部下を叱るシーンからの「脳内補完」ということなのだろう。

 みっつめ、「これが例えば小説だった場合」という指摘は難癖でしかない。映画と小説じゃ技法は当然異なるんだから比較したってしょうがない。

 もうひとつ、ルパンは普段からわりと「超個人的思惑」で動いてるように思うのだが。唐沢の考えるルパン三世ってどんなキャラなんだろう。

『B級学【マンガ編】』P.258〜260より。

 そして、この主人公と、少女クラリスをはさんで対立関係に置かれる悪役・カリオストロ伯爵の存在であるが、彼の悪役としての動機、これがまた、脚本から読み取れる限りでは、ストーリーの展開になんの関与もしていない、立脚点のあやふやなものなのである。

 彼とルパンの争奪合戦の対象物は、クラリスの指にある、公国の莫大な財宝のありかを秘めた指輪である。各シーンにおいて、伯爵の手先たちとルパンたちは、この指輪を争って命がけのバトルをくりひろげる。ところが、ストーリーの流れを子細に追っていくと、この指輪がまったく、重要なものとして描写を与えられていないことに気がつくだろう。

 まず、当の所持者であるクラリスが、この指輪をルパンに、伯爵の手の者から救ってくれた謝礼に手渡そうというシーンがある。その後の展開からも、クラリス自身はこの指輪になんの執着も示しておらず、父母の死によって世をはかなみ、修道院で一生を送ろうとしていたところを、伯爵によって無理やりに現世に引き戻された、という設定になっている。これでは、この指輪はマクガフィン(なんだかわからないが、主人公たちがそれに執着することによってストーリーを進行させる媒体になるもののこと)にすらなり得ない。

 キャラクターの心理に自らを重ね合わせれば、なぜ、クラリスは、伯爵の真の目的である指輪(今の自分にはなんの用もない、いきずりの泥棒に与えてしまおうとさえする程度のもの)をさっさと譲って、伯爵との結婚を避けないのだろう、という疑問がわくのは当然のことだろう。

BSアニメ夜話』P.57〜58より

ただね、このキャラクター(引用者註 クラリス)もやっぱり間尺に合わない行動をしていてですね。つまり、ようするに、この絶対にカリオストロ伯爵にその指輪を渡すのがイヤだ、みたいに。この指輪は自分のものみたいに言っているのに、一番最初に(ルパンに)会ったときにね、何もないけどこれでって……(抜いて渡そうとする)

渡しちゃうんだよ!その程度のものだったら、伯爵にでも何でも渡せばいいじゃないか、この女は!と。

…指輪争奪戦なんかしてるかなあ?どちらかというとクラリス争奪戦と言った方が正確だと思う。ルパンは最初にクラリスと会ったときに指輪を入手していて、クラリスを助けるために城に潜入したわけだし。あと、伯爵は財宝だけでなくカリオストロ家をひとつにまとめることも目的にしていたわけだから、クラリスが指輪を渡したとしても伯爵との結婚を避けられたかどうか。それにクラリスが「この指輪は自分のものみたいに言っている」シーンっていったい何処にあるんだ?指輪を無理に重要視しようとするからおかしな解釈になるんじゃないかと思う。続いて『B級学【マンガ編】』P.260より。

 伯爵の動機づけになるともっとあいまいで、彼の場合、ひとつの作品中で、

.粥璽隼イ砲茲訐こξ鮖砲料狃

公国の隠された財宝

クラリスとの結婚

の3つを同時にねらっており、そしてこの3つは、一見、有機的に結びついているように見えて、実は話の中では並列に語られているに過ぎず、まったく相互に関連のないことに気づく。

 そもそも、世界の歴史を塗り変えるほどの力を持つゴート札の製造を一手に握っていながら、チンケな一小公国の財宝をねらう、という性格設定の分裂が(ここらへんは後に『風の谷のナウシカ』等で宮崎駿は半ば確信犯的に行うようになるが)普通ならどう考えてもおかしい。

 その他、この作品中で、ストーリーが破綻しているところを数え上げれば、それこそどれほどページがあっても足りないことと思う。

 伯爵の動機のうち△鉢はカリオストロ家をひとつにするという意味では関係しているのではないか。それから、どうして公国の財宝が「チンケ」だと言い切れるのか。唐沢俊一は『BSアニメ夜話』で『カリ城』には他にも破綻しているところがあると言っている。『BSアニメ夜話』P.50より。

ルパンの必然性はないし、カリオストロ公国があんな城にでかい仕掛けがあるのに、あの世界の歴史を変えるゴート札で全てを手の内にやっている伯爵が自分の城に、あんなでかい仕掛けをしてあったのが気づかないというのも、そもそもおかしいし。全てのところに矛盾だらけなんですよ。

 伯爵が気づかないほど巧妙な仕掛けだと考えることも可能だと思うけど。粗探ししようとしているから「全てのところに矛盾だらけなんですよ」と思えてしまうんじゃないか?実際、唐沢俊一は『カリ城』を批判するようになった動機についてこのように語っている。『BSアニメ夜話』P.111〜112より。

それ(引用者註 思想性が盛り込まれたアニメ)に比べれば『カリオストロの城』はまず純粋エンターテインメントなんで、宮崎さんの、いわば悪いところが出ていない作品で(笑)、だから最初は、僕は「これいいじゃないですか」と弁護に回っていた形がありますね。ま、それにしたって、国の主要産業である偽札工場を滅ぼして、これから国に残ったクラリスがどれだけ苦労するか、とかいう思いはありますが(笑)、まあ、そこまで言うのは野暮ですしね。しかし、これが絶賛され始めたのは、それからでしたね。そうすると今度は180度変わって大絶賛になったんですよね。アニドウアニメーション同好会)発行の「フィルム1/24」というアニメ批評誌がありまして、その中で、とにかく「ああ、面白かった」というような意見で埋め尽くされていて、するというと、「しかし脚本にこれだけ穴があるのは(原文ママ)見逃すのはいかがなものか」というようなことを主張しはじめて……われながらひねくれているけど、自分の中で、「こんなとっつきがいのあるアニメで論じ合わないのはもったいない」というのが正直なところでしたね。

…要するにいつものことですね。「流行っているものが気に喰わない」という。それで立場まで変えてしまうとはちょっとビックリしてしまうけど。いや、意見に価値があれば立場を変えたってかまわないんだけど、唐沢俊一は『カリ城』のストーリーをちゃんと理解できていないからなあ。本当に劇場で10回以上見たのかと唐沢俊一はこういうことも言っている。『BSアニメ夜話』P.112より。

だから、どうなんでしょうね?これは『カリオストロ』に限らずアニメ全般なんですけども、欠点含めて愛するということは日本人は下手ですね。どちらかというと絶賛するということになると、欠点を一切言わないとか、指摘してはいけないとか。

で、「欠点をむしろ言い立てろ」と主張し、それが「宮崎駿の演出家としての才能、天才性というのは称揚されることになる」としている。「欠点含めて愛する」というのは山本弘と学会」会長も似たようなことを書いてたっけ。しかし、唐沢俊一の挙げている『カリ城』の欠点ってどれも的外れだからなあ。的外れな指摘をしているせいでかえって「欠点含めて愛する」ことを難しくしているような気がする。欠点を言い立ててもそれが的外れだったり皮肉交じりだったら聞いていていい気持ちはしないもの。いくら当人が「好きだからこそ欠点を言ってるんだ」と主張したとしてもね(この点は岡田斗司夫氏と山本会長にも共通しているかも。さすがに唐沢ほど的外れではないけど)。だから、『BSアニメ夜話』で国生さゆりに首を絞められるんだよムックに写真が載っている)。この後、若いファンは物を知らないとか『エヴァ』を褒めていた批評家への批判もあるけど、こんな的外れなことばかり言ってる人に言われても「お前が言うな」としか思えない。いくら映画をたくさん観ていても、同じ映画を繰り返し観ていても、ダメなものはダメなのだなあ。まさに最高の反面教師

 唐沢俊一は『カリ城』はストーリーは破綻しているが、だからこそ素晴らしいのだと書いている。『B級学【マンガ編】』P.262より。

 もう一度言うが、この作品のストーリーは破綻だらけである。しかし、その破綻が、決して意味のない破綻でなく、ドラマとしての作品の起伏のために犠牲にされている。もう少し言葉を加えれば、アニメにおいて、作品としての出来(おもしろさ)のために、まず犠牲にされるべきはストーリーなのだ。

 ストーリーの整合性を捨てたところからドラマは始まる。逆に言うなら、そこらへんにこだわってジタバタしているうちは、アニメの、いや映像芸術の真の価値は見えてこないだろう。

 いや、ストーリーの整合性も映像芸術においては大事だと思うけど。ストーリーが破綻してないからこそ今でも『カリ城』は名作として称えられているんじゃないか?唐沢俊一は『カリ城』のストーリーの「破綻」に気づかない評論家をバカにしているが、はたして本当にバカなのはどっちなんだろう。

 細かいことだと、『BSアニメ夜話』で唐沢は『カリ城』のルパン小林まこと『1・2の三四郎』の東三四郎が酷似しているとかよくわからないことも言ってる。…似てるか?


※  文章を一部編集しました。

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B級学 マンガ編

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BSアニメ夜話 (Vol.01) (キネ旬ムック)

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こんなにヘンだぞ!『空想科学読本』

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藤岡真藤岡真 2008/12/20 16:18 >「これが例えば小説だった場合」という指摘は難癖でしかない。映画と小説じゃ技法は当然異なるんだから比較したってしょうがない。

 漫棚通信blog版からの盗作について質したとき、唐沢は以下のように返してきました。

>ミステリ作家であるという藤岡さまにこんなことを言うのは釈迦に説法でもありましょうが、あえて私が漫棚通信サイトの文章を自分の文章として盗んで引用したと断定するのなら、その犯行動機があまりに弱くありませんか(あの漫画作品は国会図書館などでいくらでも手に取ることが可能な本で、稀書というものでもありません)。これではミステリのプロットとして提出してもボツ必至だと思いますが、如何?

 なんで現実の犯罪の動機を、ミステリのプロットに照らして考えなければならないんでしょうか。小説≠映画、現実≠小説という根本的なことを無視して論を進めるのが好きなようですね。

名無しの衛士名無しの衛士 2008/12/20 16:36 >ま、それにしたって、国の主要産業である偽札工場を滅ぼして、
>これから国に残ったクラリスがどれだけ苦労するか、とかいう思いはありますが(笑)
ちゃんと作品観てないですよね、作中に表向き観光立国だってちゃんと説明があります。
それに古代遺跡やカリオストロ城を一般公開すればより観光客が訪れるってわかりそうなもんですが、
こういう考えは野暮天なのかな。

金平糖金平糖 2008/12/20 17:48 根本的なところで唐沢さんはルパンが理解できてないですね。
まずルパンが一目見てニセ札を見破ったことを問題にしてますが
ルパンなんだから見破れても何の不思議もない話です
世界中の誰が見てもわからないようなものでもルパンなら見破ってくれるでしょう

実際のところは一目見てわかるような描写でもないし、ルパンは若い頃に一度ゴート札を狙って
しくじってますのでゴート札についての知識は深かったと見ていいはずです

ニセ札をばら撒いたことについては、
もともと金に困ってないんだからニセ札なんていらない
ルパンがニセ札を掴まされたなどということになってはプライドが許さない
といったところでしょうか

ルパンにとって価値があるのは「ゴート札の秘密」「ゴート札の原版」であって
ニセ札そのものには興味ないでしょう
不二子にしたって原版は好事家にでも売りつけるつもりで自分でニセ札作る気はないと思います。(勝手な想像ですが

カリオストロ家は表の華やかなカリオストロ家と暗部を一手に引き受けた影のカリオストロ家に分かれていて
カリオストロ伯爵(おっさん)は自分達が表にでられないことに我慢できなかったわけだ
で、どうしても表舞台に出たかった伯爵が選んだ方法が表のカリオストロ家の正当な姫と結婚することだったわけだ
この結婚が成れば晴れて表のカリオストロ家の代表になれるわけだ

で、指輪はいわば正当後継者の証であり実のところそれほど重要なものでもなかった(鍵としては重要だったが
意義を唱えるような人間はみんな殺しちゃったんだから指輪が偽者でも困らないわけだが
どうせなら本物を手にしたいという程度のこだわりでしかない。
この手にしたいというのは正当な手段で誰にも文句を言われない形で手に入れたいのであって
力づくで奪うことではなく、結婚によって正当な持ち主になることが目的なわけ

正当後継者の証などと言っても実際のところ表のカリオストロ家は滅んだも同然で形だけのものでしかない
せいぜいが母親の形見程度(充分重いともいえるが)のものでクラリスにとっては少なくとも
見ず知らずの自分を命がけで助けようとしてくれた人物に感謝の気持ちを伝えるために
渡すのに惜しくはない程度のものだったわけだ、他に渡すものがあれば話は違っただろうが

大体、正当後継者の証として欲しがってる公爵に渡したくないという気持ちと
物品として指輪に感じる価値観はまったく違うものだろうに、
嫌いなおっさんに何かを取られるのとカワイイ女の子に何かを上げるのとどっちが嫌か考えればわかるだろうに

>そもそも、世界の歴史を塗り変えるほどの力を持つゴート札の製造を一手に握っていながら、チンケな一小公国の財宝をねらう、という性格設定の分裂

このあたりがもう頭にウジでも湧いてるんじゃなかろうかと疑うところなんだが
ごくごく当たり前に考えて「チンケな一小公国」ではなく
世界の歴史を塗り変えるほどの力を持つゴート札の製造を一手に握っている国の財宝なわけだ
歴史の影で暗躍し続けた国が隠す財宝なんだから目の色変えるのは何の不思議もないはずなんだが

で、あんな大掛かりな仕掛けに気づかないはずがないって
仕掛けの存在に気づいても何に使うのかわからなければ意味がないし、
結果として出てきた財宝に意味を感じるかどうかもその人しだいの代物
侵入者避けの各種仕掛けにまぎれて別の仕掛けがあっても区別がつくものではないし
正直、伯爵は存在を知った上で無価値なものと認識したため財宝は別にあると思ったのかもしれないし
ぶっちゃけ別の財宝があるのかもしれない

とりあえず唐沢さんは
なぜルパンがこれほど長い年月多くの人に愛されてきたのかがまったくわかってないとしか思えないです

えのえの 2008/12/20 19:14  私は『カリ城』は一度テレビで見たきりで、大して印象にも残っていないので、kensyouhanさんの指摘が正しいのかどうか分からないのですが、正しいとして、なんでこれでBSアニメ夜話が荒れなかったのですか。
 アニメ夜話のその回は見ていたのですが、たいした激論を巻き起こすことなく、平穏に進行していたように記憶しています。
 出席していたアニメ評論家とかアニメ監督の人たちは銘々、自分は『カリ城』が大好きである、『カリ城』さえあれば日本に他のアニメは要らない、などと口にしていました。そんな人たちが、目の前で自分の大好きな作品が見当違いの批判にさらされ、それがテレビで全国に流れている、にもかかわらず反論もせずにただ聞いているだけ、そして自分に発言の機会が回ってくれば、別の話をする。
 日本のアニメ評論の世界っていうのは、そこまで腐ってるんですか?

個人投資家個人投資家 2008/12/20 19:56 唐沢俊一が「クラリスが指輪に執着していない」というのを指摘するのは「カリオストロの城」(1979年公開)と同時期に海外のアニメ版「指輪物語」(1978年制作、ラルフ・バクシ監督、日本公開は1979年)があったからです。その年のアニメ誌とかでは必ず両方取り上げられていました。
「指輪物語」では登場人物当時人物たちは世界を支配する力を持つ指輪を皆知っていて、それをめがけて争う訳ですが、それと無理矢理比較しているんです。

 ところが、「カリオストロの城」って「ゼンダ城の虜」のような「ヨーロッパ的冒険物語」の王道だから、比較する方がおかしい。
 王位乗っ取りを画策する悪者と、毒牙にかけられそうな高貴な姫君、陰謀に巻き込まれ、初めは訳が分からないが真相に気付いてお姫様のために奮闘する主人公という、騎士道的に冒険小説の王道です。

>この指輪はマクガフィン(なんだかわからないが、主人公たちがそれに執着することによってストーリーを進行させる媒体になるもののこと)にすらなり得ない。

 ちゃんとマクガフィンになっているよ。物語を進める原動力になっている。
 主人公(ルパン)が偶然手にした指輪はどうやら伯爵にとって相当価値があるらしいことは宿屋の食事で

ルパン「やっぱり伯爵の犬だったか」
次元「指輪見て目の色変えやがった」
ルパン「お姫様だけじゃなくて、指輪ももらいたいっ」

という場面で分かるし、それは宿屋で深夜カゲたちに襲われるところで確信に変わります。

>この指輪は自分のものみたいに言っているのに
 
 クラリスはそんなこと言ってないです。
 クラリスが指輪に執着したのは2箇所で、ひとつはルパンの声が偽物の指輪に仕掛けられたことに気付いた時
クラリス「おじさま、おじさまっ」
ルパン「はーい、元気ですよ。女の子が信じてくれたから空だって飛べるさ」
伯爵「その指輪か、よこせっ」

と、指輪と引き替えに銃撃されて負傷したルパンの命を助けることを伯爵に要求するとき
クラリス「この指輪を湖に捨てます」
伯爵「クラリス、わたしを信じろ」
ジョドー「撃ちます」
伯爵「指輪が来るまで待て」
というところ。





>持って札を見て一目でニセ札だと分かり、つまり出来が悪いわけですよ。

 冒頭でカジノから奪った偽札は出来が悪くありません。
次元「これが? 国営カジノの大金庫からかっぱらったんだぞ」
ルパン「よくできてるがな」
とルパンもその精巧さを認めています。
伯爵の動機づけになるともっとあいまいで、彼の場合、ひとつの作品中で、
>?ゴート札による世界歴史の操縦
>?公国の隠された財宝
>?クラリスとの結婚
>の3つを同時にねらっており、そしてこの3つは、一見、有機的に結びついているように見えて、実は話の中では並列に語られているに過ぎず、まったく相互に関連のないことに気づく。

?これは大間違いで、伯爵は世界各国の情報機関に偽札を提供しているのであって、世界史を支配しているわけではない。
 銭形警部がICPOの各国代表にゴート札の証拠を提示して出動を訴える場面では各国代表はゴート札の存在をもみ消そうとする。
ソ連代表「真相を暴かれると困る国も多いんじゃないのかね?」
イギリス代表渋い顔
アメリカ代表「そうとも、現に大量の偽ドルが某国によって発注された形跡がある!」
ソ連代表「ふん、この偽リーブルこそCIAの発注じゃないのかね!」
ICPO長官「やめてくれ、ここに国家間の争いを持ち込まれては困るのだ」
イギリス代表「左様、偽札対策は各国でしていただくほかありませんな」

絵コンテには「この映画に登場する一番の悪役たち」と書いてある。

?双葉社のムック「カリオストロの城」には当時の宮崎駿夫へのインタビューが掲載してあって、伯爵側の事情として、世界の経済が実物の貨幣から、バーチャルな電子的金融取引に移行していく中でゴート札の利用価値が年々落ちていくことへの焦りがあるので財宝にこだわっているとちゃんと設定がされていることが分かります。
だからこそ、
伯爵「このところ質が落ちていくばかりではないか」
偽札工場長「しかし、いまのような大量生産を続けましては」
という場面がでてくるんですね。

?クラリスと結婚することによって伯爵は名実ともにカリオストロ公国の王となり、王位と共に財宝を手に入れて、左前になった偽札製造の財政を穴埋めするという一貫した目的があるんですよ。

 悪大臣による王位と財宝の簒奪という基本パターンを知っていれば理解できることです。
 というかそれ以外の理解の仕方があるとは思えないが

kensyouhankensyouhan 2008/12/20 20:49 コメントありがとうございます。やっぱりみなさん詳しいですね。

>藤岡さん
うまいことを言おうとしたんでしょうか。猟奇犯罪に詳しいのならなおさら現実の犯罪がフィクションとは異なることくらいわかっていていいはずなんですが。

>名無しの衛士さん
だから本当に劇場で10回以上見ているのかと。

>金平糖さん
>ルパンなんだから見破れても何の不思議もない話です
自分もそう思いました。一緒にいた次元が見破れていないのだから、ゴート札が品質が悪いとは言えないはずなんですが。
唐沢俊一は
>キャラクターの心理に自らを重ね合わせれば
と言ってる割にはちっとも登場人物のことをわかってませんね。本当に想像力がありません。

>えのさん
自分は『BSマンガ夜話』を観ていませんが、ムックを読む限りではわりとギスギスした感じがあったかのように伝わってきました。
唐沢俊一は『カリ城』のVTRを観ながら「このシーンのモトネタはアレだ」ということをずっとブツブツ言って国生さゆりに首を絞められていますし。本当にイヤな人だなあw
気になったこととしては、司会の岡田斗司夫氏が唐沢と同じく「『カリ城』のストーリーは破綻している」という意見をとっていたことですね。ムックの脚注もそのような立場ですし。でも、「ルパンは襟の裏の指輪を隠していたけど、あれじゃ落ちるだろう」とかそういうレベルの突っ込みですが。
>なんでこれでBSアニメ夜話が荒れなかったのですか
思うにみなさん大人だったんでしょうね。言い合いになって空気を悪くしてもしょうがないと考えたとか。唐沢は番組を盛り上げるためにあえて「悪役」を引き受けたとか、いつも通りのことを言ってますが、間違いだらけのことを言ってるんじゃ「悪役」でなく「劣悪な役」でしかありません。

>個人投資家さん
>「指輪物語」
これはまるで知りませんでした。勉強になります。…というか、唐沢は自分でそういうことをちゃんと説明しないと。

>「ゼンダ城の虜」
唐沢は読んでるのかなあ。「スカラムーシュ」とか。

>クラリスはそんなこと言ってないです。
ですよね。劇場で何を見ていたんだ。

>世界の経済が実物の貨幣から、バーチャルな電子的金融取引に移行していく中でゴート札の利用価値が年々落ちていくことへの焦りがあるので財宝にこだわっている
なるほど。ちゃんと考えられてるんですね。…いや、だからどうして唐沢はそういうことを説明しないんだ。

個人投資家個人投資家 2008/12/20 23:13 >漫棚通信サイトの文章を自分の文章として盗んで引用したと断定するのなら、その犯行動機があまりに弱くありませんか

 自分で国会図書館などに出かけて調べる手間暇を掛けずに、他人の成果をカット&ぺーストして手っ取り早く原稿を作るという手抜きは十分動機になりえます。
 そして現実の犯罪は往々にして、そのように身勝手で自分本位な動機から行われるものです。

てつてつ 2008/12/21 03:11 >もう一度言うが、この作品のストーリーは破綻だらけである。しかし、その破綻が、決して意味のない破綻でなく、ドラマとしての作品の起伏のために犠牲にされている。

なんだこれ?断言している割に意味不明。
最後の「ドラマとしての〜」には『の』が三つもあるのに読点が無い。いつもはくどい程打ってるのに。
自信の無さのあらわれでしょうね。

JHJH 2008/12/21 10:24 >作中に表向き観光立国だってちゃんと説明があります
ないよ。唐沢さんのカリ城分析は間違ってない。
水兵たちが自分たちの姫様にむかって平然と機関銃を撃ちまくるのだって
理解できない。姫奪還にいったんでしょあの人たち?
指輪が物語中でどう機能しているのかは『宮崎駿の時代1941』で詳しい分析があります。
唐沢本より鋭い。
あと
>実物の貨幣から、バーチャルな電子的金融取引に移行していく中で
79年当時はせいぜい電話っす。
今回はツッコミをいれてる人たちのほうが頭悪いっすね。

foxhangerfoxhanger 2008/12/21 11:35 本筋とは外れた突っ込みですが。
>79年当時はせいぜい電話っす。
銀行のオンラインシステムは60年代には普及しています。
81年には三和銀行の女子行員がオンラインシステムを悪用して男に金を貢いだ事件が起きて、世を騒がせてますね。

まあ、『カリ城』世界は1968年であるそうなのですが。
(不二子がクラリスの挙式を知った「ル・モンド」の切り抜きに「1968」とあるそうです)

個人投資家個人投資家 2008/12/21 11:38 >>実物の貨幣から、バーチャルな電子的金融取引に移行していく中で
>79年当時はせいぜい電話っす。
>今回はツッコミをいれてる人たちのほうが頭悪いっすね。

 1971年にアメリカがドルの金兌換を停止しました。
 バーチャルな金融取引に移行したというのは、お金に実物の価値のある物が裏付けとして存在する兌換紙幣制度が崩壊して、通貨が国家の与える信用だけで成立して、実体経済の何倍もの取引が行われていくようになること。
 金(銀)本位制度の下では通貨の発行量は金(銀)の備蓄量によって制約されるけれど、信用通貨制度の下では中央銀行がお札を幾らでも増刷してベースマネーを供給できる。銀行制度によって実際に発行されている紙幣の何倍にも貨幣が拡大する(信用創造と呼ばれる銀行の基本機能)が、そうした貨幣は実際には口座の帳簿に記録されているバーチャルな数字でしかないわけ。
 日本のGDPは約500兆円だけど、日銀券が500兆円分世界のどこかに存在している訳じゃないの。

  流通している通貨の総量 >>>>>>> 中央銀行の通貨発行量
なの。
 だから、金融危機になると信用収縮が起きて通貨の流動性が枯渇するわけ。

 こうしたことは、第二次大戦以前の電信とか電信がなくてクーリエが馬車でヨーロッパ大陸を走っていた頃から進んできたんだよ。
 だから、”電話しかない”とかいう通信の媒体(メディア)のタイプには関係ない話。

イニイイニイ 2008/12/21 11:39 >79年当時はせいぜい電話っす。
さすがにそれはない。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8B%98%E5%AE%9A%E7%B3%BB%E3%82%B7%E3%82%B9%E3%83%86%E3%83%A0
>唐沢さんのカリ城分析は間違ってない。
ツッコミ側のひとつに瑕疵があったからって、唐沢の分析すべてを「間違ってない」とは言えないよね。

nyannnyann 2008/12/21 11:46 まあ、これも唐沢さんお得意の「過去に戻れない進歩主義者が美化したものの虚像をはぎとる」
行為の一環なんでしょう。蓮實重彦なんかがやっていた「映画を発見する」という行為は、B級として
日の目を当てられなかったものや見過ごされてきたものの美しさを見つめ直すというものだったんですけど、
唐沢さんのはその逆。まあ蓮實重彦も戦略的に名作と呼ばれるものを攻撃しましたけれど、それは忘れられた
映画史の価値を問い直す目的のためになされたことなんで、それに対して唐沢さんがゴジラや宮崎駿を
けなして何か得るものがあるのかはさっぱりわかりませんね。「だからオタクは駄目なんだ」ということを
見せつけるためなら理解できますけれど、ただ単にとっちらかしているだけだし。
「この映画は破綻している」なんて馬鹿でも言えることなんですが、それをテレビや書籍で言うことのみに
こだわってるみたい。そんなに自分に影響力があるとでも思っているんでしょうかね。
まあもともとカリ城がストーリー的に破綻しているというのは最初から言われていたことだし、
だから当時は「vsクローン」とこっちとどちらを支持するかなんていう論争もあったわけですが、
でもカリ城は破綻しているからこそ面白いという感想が圧倒的でしたね。安倍公房の「他人の顔」に出てくる、
顔半面にケロイドがある美少女の、ケロイドのない半面はひたすら美しいように、破綻しているところと超絶的な
傑作になっているところが何の抵抗もなく同居しているからこそカリ城は傑作だと思うんですが。
破綻している駄作だなんて、マクガフィンの意味を間違って使っているような唐沢さんに言われたくないです。
マクガフィンのいちばん良い例はヒッチコックの「バルカン超特急」の、暗号を隠したメロディーですけれど、
マイケル・レッドグレーブの主人公がそれを忘れまいと口笛にして一生懸命覚えてもそれは結局何の用もなさなかった、
つまり物語を動かす重要なキーワードだけど意味のないものでもあるわけで、カリ城の指輪はそういう意味では
様々なメタファー(結婚とか相続とか)を盛り込んでいるけれどクラリスが簡単に捨てることもできるそのものズバリの
マクガフィンなわけですけれど。
まあ唐沢さんだけじゃなくて、山本弘さんにも同様の嫌らしさを時々感じますけど、
作品を批判するのは知識だけじゃなくて審美眼とか価値観も必要なわけで、唐沢さんという人は
その素養もないのにずいぶん楽しそうに批判ごっこをしているような醜さがありますね。

個人投資家個人投資家 2008/12/21 11:58 >それに対して唐沢さんがゴジラや宮崎駿をけなして何か得るものがあるのかはさっぱりわかりませんね。

 モーツァルトを毒殺した犯人としてサリエリの名前がセットで歴史に残るように意図的にサリエリ本人が毒殺説を流して、モーツァルトに才能を与えた神に挑戦するという哲学的な意図、のようなものは間違ってもないだろうな・・・

discussaodiscussao 2008/12/21 12:37 幼児期にアニメのピークが来てしまった自分としては、「アニメーション(およびテレビアニメ)においてはストーリーの整合性よりも「絵になること」が優先される」という頭があるので、褒めるにせよ貶すにせよ「分析」する行為そのものが身に沁みないことなんですが・・・(だから「頭が悪い」という意味では唐沢に近いと思う><)。

>kensyouhanさん
私は、唐沢は10回以上見てると思いますよ。10回以上見ていて、なおかつ頭が悪いからああいうことしか書けないのではないかと思います。そのへんを考えると、もしかするとkennsyouhanさんも唐沢俊一を買いかぶり過ぎているのかも知れないですね^^。頭悪いんだと思いますよ、あの人。私にとっては「最高の反面教師」どころか、バブル以後の栄華の顛末という意味で、「サブカルの不良債権」にしか見えませぬ><

個人投資家個人投資家 2008/12/21 13:06 >>「指輪物語」
>これはまるで知りませんでした。勉強になります。…というか、唐沢は自分でそ
ういうことをちゃんと説明しないと。


 1979年にはもう007映画「ムーンレイカー」が日本公開されていて、この映画は大富豪が毒ガスをばらまいて地球壊滅を企むという話なんですが、これで唐沢俊一は「悪役とは地球を支配する者」と固定観念ができちゃっているものだから、
>伯爵の動機づけになるともっとあいまいで、彼の場合、ひとつの作品中で、
>ゴート札による世界歴史の操縦

なんて誤認識が飛び出てくるわけですよ。
ヨーロッパの小国で王位を巡る冒険小説なんだということが分かってない。
宮崎駿夫自身が「ヨーロッパの古典的冒険小説そのまま」ってインタビューで認めているのに。
 
 町山氏のブログである映画評論家が「言葉で説明されず、映像で示唆される非言語的な説明部分を必ず誤読する」とくさされていましたが、唐沢俊一もそういうところが全然ダメなんですね。

kokada_jnetkokada_jnet 2008/12/21 14:07 うーん、ちょっと微妙な思いが。唐沢の議論は確かに、乱暴きわまるのですが。

たとえば、竹熊健太郎さんも、こう書いてますね。
http://takekuma.cocolog-nifty.com/blog/2008/08/post_49c9.html
>宮崎アニメについては昔から言われていることがふたつあって、それは「プロット(物語の組み立て)が破綻している」ということと「プロットの破綻が気にならないほど映像が素晴らしい」ということです。ここでの「映像」には、キャラクターデザイン・背景美術・編集・そして「動き」が含まれます。

こういう風に「分析」したくなる作風なんですよね、宮崎監督って。

もう少し細かくいいますと。「設定」の段階では、宮崎監督はものすごく細かくいろんなことを考えているんだと思います。それこそ「ゴート札が電子マネーで云々」とか、こういうことを考えるのは、すごく好きなんですよね。
ですが、このアニメーション作品全体としては、「ゴート札」のエピソードは邪魔というか、「泥棒であるルパンをカリオストロ公国に導くための役目」しか果たしていない。「お姫さま救出」という物語の本筋からしたら、邪魔な設定なんですよね。だから、この「余計な設定」が気になるといえば気になる。

設定の段階では、それこそ色々なことを「考えすぎる」くらい宮崎監督は考えているのですが・・。それをシナリオ(最近の作品にはシナリオはなくていきなり絵コンテらしいですが)絵コンテと具現化していく段階で、「アニメーターとしての本能」が前面に出てきて、「自分の書きたい絵」をとにかく実現してしまう。「いらない設定」「つじつまがあわない設定」があっても、ビジュアル的な官能性を優先してグングン押しきってしまう。
そういう特異な作家性があるので・・。岡田斗志夫もアニメ夜話で「突っ込み」を入れたのだと思います。

TOSHITOSHI 2008/12/21 14:30 はじめまして。

指輪物語とカリ城は当時アニメ誌では両方ともさして注目されてなかったかと思うのですが……。「その年のアニメ誌とかでは必ず両方取り上げられていました」ということはないと思います。

bowlbowl 2008/12/21 15:10 >欠点含めて愛するということは日本人は下手ですね。

愛ある批評とはとても思えない語り口ですが(苦笑)。
としても、1番引っ掛かったのが

>その程度のものだったら、伯爵にでも何でも渡せばいいじゃないか、この女は!と。

これですね。
クラリスとしては、指環の価値は「形見(或いは家宝?)」位はあるとは思っている。
しかし、それ程執着はしていなかったのだが、伯爵がこの指環を手に入れたがっている事は何となく解っている。
結婚云々も、自分自身よりも指環が念頭にあるようだ。
(これ位の事なら、クラリス程度の聡明さがあれば勘付くでしょうし)
が、伯爵にだけは渡したくない。
ならば、いっその事、この指環の事など知らない、全くの赤の他人に渡してしまった方が良い。
と言う思いだったのだろうか・・・と言う風に解釈していましたが。

アニメに限らず、文学・芸術の批評って言うのはある程度の脳内補完が無いと成り立たないと思います。
唐沢氏の批判の内容も、唐沢氏の脳内補完だらけだとしか読めませんし。

通りすがり通りすがり 2008/12/21 16:47 印刷物の質の悪さ=原版の質の悪さ ではありません。
原版がいくらすぐれていても製版職人さんの腕次第で
印刷物はいくらでも劣化します(例・版ズレ)。
唐沢さんも出版業界の人間なら常識だと思うのですが……

kensyouhankensyouhan 2008/12/21 18:41 たくさんのコメントをありがとうございます。
今回の記事は『ゴジラ』『ヤマト』『ガンダム』に続いて、唐沢俊一のオタクとしての適性を問うシリーズの一環なので自分としても力が入ったので反響があって嬉しい限りです。ちなみに『エヴァ』についても現在検証中です。

>個人投資家さん
丁寧な解説をありがとうございます。

>てつさん
唐沢俊一は、
>ストーリーとは作品全体の話の行き立てを言い、ドラマとはその話の流れの中での盛り上り、盛り下がり(?)等の起伏(リズム)を指す、とこの場合は解釈していいだろう
と『B級学【マンガ編】』で書いています。しかし、「ストーリーの整合性を捨てたところからドラマは始まる」というのはあまりにも乱暴です。

>JHさん
>唐沢さんのカリ城分析は間違ってない
と仰ってますが、自分が指摘したように唐沢は『カリ城』のストーリーを理解できていないとしか思えません。誤った理解の上での分析が「間違ってない」ことがあるのでしょうか。

>foxhanger さん
そうです。『ル・モンド』から劇中が1968年と設定されていることがわかります。

>イニイさん
フォローありがとうございます。

>nyannさん
唐沢が『カリ城』を批判するようになったのは、自分で言っていた通り絶賛されていたからでしょう。性格がねじくれているせいかウケ狙いなのかはわかりませんが。
マクガフィンについては『B級学』の別のところで一章を設けています。『バルカン超特急』も例に出しています。これもそのうち記事にしてみます。
>作品を批判するのは知識だけじゃなくて審美眼とか価値観も必要なわけで
本当にそうですね。いくら映画をたくさん観ていても、同じ作品を劇場で何度も観ていてもここまでおかしな批評を書いてしまうことがあるのかと驚いています。

>discussao さん
自分も普段はアニメは見て楽しければいいやと思ってますね。最悪でも女の子が可愛ければなんとかなる!と思ってるので自分も相当頭は悪いですw
いや、自分も唐沢が劇場で『カリ城』を見ていることについては本当だと思ってます。記事では取り上げませんでしたが、具体的な話もしているので。ただ、「劇場で何度も見た」とウソをつくのと、本当に何度も見ているのにまるで理解できていないのはどっちが悲惨なのかというと…。
自分はこのブログを初めて多くのことを勉強しているので、一応唐沢俊一は「反面教師」なのかなあと思ってます。

>kokada_jnetさん
自分は宮崎作品を熱心に見ている方じゃありませんが、宮崎作品を見ていて首を捻ってしまうことは確かにあります(特に近年の作品は)。
しかし、『カリ城』についてはそこまで言うほどかなあ?と思います。ゴート札は中盤では銭形警部のモチベーションとなるアイテムとして機能してますから決して余計な設定ではありませんし。
あと、唐沢俊一は「見ている間は気づかないけどよく考えてみるとおかしい」という風に話してますけど、本当にストーリーの整合性がとれていないなら、見ていてもおかしいと気づきますよ。だって、自分は『カリ城』の冒頭でルパンがちゃんとした説明もなしにカリオストロ公国に行ったので「あれ?」と思いましたから。だから、唐沢俊一がひっかかったのも一応理解できます(ただし無理に突っ込もうとして失敗してますが)。
ストーリーが破綻しているというのは簡単なんですけど、記事にも書いた通り「説明不足」と「矛盾」は違いますし、ストーリーの整合性うんぬんと言ってる割には実は重箱の隅をつついているだけ、というのはどうだろうと思います(重箱の隅をつつくのは楽しいですけどね)。なんというか「ツッコミを入れてる俺かっこいい」という風潮(これはオタクに限らず世間一般にありますが)の悪い面が出ているような気が。

>TOSHIさん
うーむ、こうなると当時赤ん坊だった自分にはわかりかねます。個人投資家さんにお答えしていただければ嬉しいのですが。

>bowl さん
自分はクラリスを「この女」と呼ぶんじゃない!ってキレかけましたが。…すみません、頭が悪くて。
>唐沢氏の批判の内容も、唐沢氏の脳内補完だらけだとしか読めませんし
素直に作品を見ることもできないんでしょうかね。

>通りすがり さん
なるほど。確かにそうですね。

EBCDICEBCDIC 2008/12/21 20:08 >指輪物語とカリ城は当時アニメ誌では両方ともさして注目されてなかったかと思うのですが……。

すくなくともカリ城の方は普通に記事になってましたよ。その頃一番メジャーだった(と思われる)月刊アニメージュでは、劇場公開前から特集を組み、特別に入手した数シーンの絵コンテを見ながらファンが映画への期待を語るなんていう対談記事もありましたから。

ラルフ・バクシ版の「指輪物語」の方はねぇ・・・
あれこそ日本じゃ本当にマイナー中のマイナーでしたから、まともに記事にしていたのはスターログぐらいじゃなかったですか?

ka_shika_shi 2008/12/21 21:56 はじめまして。
カリ城も指輪物語もロードショーで観ている人間ですが、どちらも注目されていたと思います。
カリ城に関しては、当時既にメジャーなキャラクターだったルパンの新作映画ですから、ロードショーなどの映画雑誌でも取り上げられていました。
それなのに、お客が入らなかったので「公開当時のカリ城は客の入りガラガラ」」というイメージが広まったんだと思います。
当時の同級生に「どうして今度のルパンを見に行かないの?」と聞いたら、
「ハイジみたいな、あの絵柄でルパンやられたら気持ち悪い」てな答えが返ってきたのが印象的でした。

「指輪物語」は、EBCDICさんがおっしゃるように、スターログぐらいしか大きく扱ってませんでしたが、SFアニメファンにとって必読図書だった同誌が大プッシュしてたんで、それこそ後にオタクと呼ばれるような人種はけっこう熱狂していたと思います。私も公開初日に行きましたし。

foxhangerfoxhanger 2008/12/21 22:44 >ラルフ・バクシ版の「指輪物語」の方はねぇ・・・
>あれこそ日本じゃ本当にマイナー中のマイナーでしたから、まともに記事に
>していたのはスターログぐらいじゃなかったですか?

たしか「少年マガジン」のグラビアで記事になっていたと記憶しています。
(週刊月刊のどちらかは忘れましたが)
当時小学生でしたが『釣りキチ三平』目当てで定期購読しておりました。

WOOWOO 2008/12/22 00:46 ラルフ・バクシの『指輪物語』、私も当時購読していた旺文社の学習雑誌の記事で読んだ記憶があります。たしか、巻頭でカラー記事だったと思います。少なくとも前評判はかなり高かったはずですが。

『カリ城』については、「コケた」というイメージに対し、「当時の劇場アニメの中では興行収入は決して悪くなかった」という反論もあるようです。

minomino 2008/12/22 08:13 いまさら何か付け加えるのもアレですが、
公開時に私が見に行ったとき「カリオストロの城」はMr.Booと併映だったんですよ。
それで、劇場で見た人はあまり扱いが大きくなかったような印象を受けているのかもしれません。

で、いろいろ褒めるとこはあるんですが、あまり取り上げられない点では、
エンドロールなしですっぱり終わるところがなんとも気持ちいいです。
もう誰もああいう終わり方はさせられないだろうなぁ。とか思います。

kensyouhankensyouhan 2008/12/23 01:25 コメントありがとうございます。
『カリ城』と『指輪物語』についての情報は大いに参考になりました。

>minoさん
>公開時に私が見に行ったとき「カリオストロの城」はMr.Booと併映だったんですよ。
唐沢俊一もそのことについて触れています。『ギャンブル大将』だったそうですが。

えのえの 2008/12/23 20:00  ちょっと気になったのでBSアニメ夜話の当該回のビデオを見返していたのですが、ギスギスどころか、本当になごやかに楽しそうに進行していました。国生氏に首を絞められたというのも、じゃれてるようにしか見えませんでしたし。
 私は大地監督がどのような人か知りませんし、言っていることにも100%納得しなかったのですが、この人がいかにも楽しそうに『カリ城』の魅力について語り、唐沢俊一がしゃべっている時も笑顔でフンフンとうなずいているのを見ていたら、kensyouhanさんには申し訳ないのですが、唐沢俊一もたまには正しいことを言うのだと思ってしまいました。すいません。

kensyouhankensyouhan 2008/12/24 03:50 コメントありがとうございます。
前にも書いた通り、テレビ番組なので本格的な論争になるのはどうかと思ったんじゃないでしょうか。まあ、それはそれでしょうがないんじゃないかと思いますが。

NovaNovaNovaNova 2008/12/24 06:19 ストーリーの破綻が言われますが、『カリオストロの城』の作劇術は、東映時代劇の「起承転結」をなぞったと宮崎監督がどこかで述べていたように思います。しかも秒単位で指示のある絵コンテと本編を比べると、最終的に時間が4パートに均等に配分されていて驚きます。そして、それは誰にどの部分を発注するのかという計算を立てるためでもあるわけでしょう。早撮りの時代劇映画にストーリーの破綻が多いのも、限られた時間で仕立て上げるせいではないかと思います。どうも唐沢氏たちの念頭には、細かなエピソードを書いて整合性を作れるテレビの連続アニメの作劇術があって、そこから批判しているように私には思えます。宮崎アニメのこういう構築のうまさが、多くの人をいまも惹きつける要因なのではないでしょうか。それが「新ルパン」の2本や「名探偵ホームズ」の密度の濃い作品になっていると思えます。

GHJGHJ 2008/12/25 20:27 >http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8B%98%E5%AE%9A%E7%B3%BB%E3%82%B7%E3%82%B9%E3%83%86%E3%83%A0
これは大型コンピュータを使った国内の銀行間のシステムでしょーが。
当時は国家間での円ドルポンドその他の取引は電子化されてなかったんじゃないかな。
ちなみに宮崎監督が「為替は数字のやりとりになっていて偽札は相対的価値をおとしている」と発言したのは確認しましたが
「電子化」とはありませんでした。
脚本上の穴についてですが
ゴート札をつかまされる→公国に向かう。ここがまず不明瞭ですよね。公国に行って連中はどうするつもりだったんでしょうか。
偽札に用はないとあっさり捨てたぐらいだから、偽札をさらに仕入れようとしたとは考えられない。
偽札の原盤ねらい?だったら地下工房からさっさと盗んでいたのでは。
彼、地下牢獄から脱出の際に一度あそこを通過しているし、結婚式襲撃の際にも地下からの通路を使っていますね。
原版を盗もうとおもえばできたのに。
ゴート札をつかまされる→出所は公国→あの子はどうなったんだろう と考えるはずが
彼が姫さまを思い出すのは入国してからでした。
これはやっぱり変ですよ。
唐沢さんの指摘は正確です。ツッコミをいれてる皆さんの方が間抜けにみえます。

kensyouhankensyouhan 2008/12/25 22:38 コメントありがとうございます。

>NovaNovaさん
>どうも唐沢氏たちの念頭には、細かなエピソードを書いて整合性を作れるテレビの連続アニメの作劇術があって、そこから批判しているように私には思えます。
批判の内容が雑なのでそこまで深く考えてるかどうか疑わしいですけどね。

>GHJさん
>当時は国家間での円ドルポンドその他の取引は電子化されてなかったんじゃないかな。
これについては個人投資家さんの“2008/12/21 11:38 ”のコメントを参考にしてください。

>ゴート札をつかまされる→公国に向かう。ここがまず不明瞭ですよね。公国に行って連中はどうするつもりだったんでしょうか。
その通りです。だから、唐沢俊一が「ニセ札原版をねらって」と決め付けているのはおかしいと記事では書きました。

>ゴート札をつかまされる→出所は公国→あの子はどうなったんだろう と考えるはずが
「はずが」と言われても、ルパンが偶然クラリスを助けても別に不都合はないと思いますが。

>唐沢さんの指摘は正確です。
「ゴート札の品質が悪い」「指輪がマクガフィンになっていない」という指摘が正確だとは思えません。

えのえの 2008/12/26 19:32  私のせいで大地監督に対する誤解が広まっては申し訳ないので、少し詳しく説明させてください。
  『カリ城』のストーリーについて
   1.整合性はある
   2.整合性はない
  そのストーリーの整合性は、作品にとって
   A.重要な問題である
   B.瑣末な問題である
 組み合わせで4つの立場があるわけです。
 大地監督はBであって、一応2-Bですけど、1-Bではないのかと聞かれれば、そんなことには興味も関心もない、『カリ城』という作品のすばらしさを語る上においては、何の意味もないくだらない議論である、という立場なわけです。AかBかの区別のほうがはるかに重要であって、Bでさえあれば(たとえば唐沢俊一とか)、『カリ城』をともに語るに値する仲間ということになります。
 それに対してAの人なんてのは、『カリ城』の本当の魅力について何も分かっていない野暮天だと思っているわけですよ(2-Aは当然のこととして、多分1-Aについてもそう)。

kensyouhankensyouhan 2008/12/27 03:29 コメントありがとうございます。
「仲間」というのはちょっと違和感があります。同じ問題を話せることが「仲間」とは限りませんから。
ムックを読むと、大地監督は当初『カリ城』以降の宮崎作品を批判するつもりでいたそうなのですが、岡田・唐沢が細かい所ばかり突っ込んでくるので仕方なく擁護に回ったということを仰ってます。
唐沢俊一の方は
>大地さんがね、すごい絶賛、理屈なく絶賛していたので、あの場では、あの役を引き受けると番組自体が引き締まるから、それはそれで構わないんですけど。
と、例によって「悪役を演じた」と言ってますが。
でも、唐沢は番組で以前からの持論を展開している、つまり「素」の状態で話をしているわけですから、「役を引き受けた」のはむしろ大地監督の方だと思いますが。

名護名護 2008/12/28 21:00 解釈は人それぞれなのだから、他人の解釈にいちいちツッコミを入れるのは野暮だと思いますよ。最初から批判しようとして荒探しいているようにしか思えません。

kensyouhankensyouhan 2008/12/29 09:53 コメントありがとうございます。

自分は「唐沢俊一は『カリ城』のストーリーを理解できていない」と指摘しています。間違った理解のうえで解釈されたら、さすがに「解釈は人それぞれ」とは言えませんよ。

今日オオスズメバチを見たんです!今日オオスズメバチを見たんです! 2013/05/06 13:39 みなさん「カリオストロの城」に本当に詳しいですね。
みなさんの「カリオストロの城」の対する熱い思いが伝わってきます。
もう十分反論は出ていますが、私からも少しだけ。

>国の主要産業である偽札工場を滅ぼして、これから国に残ったクラリスがどれだけ苦労するか、とかいう思いはありますが(笑)

確かに偽札の強制捜査は気になりますが、他の国も後ろめたいことがあるので表沙汰にはしたくないはず。
そこで各国主導で、一般説明は印刷技術の研究のためにやっていたことにでもして、その見返りに各国との偽札取引の過去は表沙汰にしない。
そしてこれからは偽札造りは一切やめるというなあなあの内に幕引きとなるでしょう(この手の裏取引は新たにクラリスに仕えたであろう?ジョドーが得意?)。
幸いと言ってはなんですが、一般大衆はゴート札のことについては殆ど知らないようなので、
のちにマスコミが記事にしても各国が認めなければ、都市伝説の類以上にはならないでしょう。
そして、偽札作りなきあとの国家産業は観光業で十二分に行けるはず。
ノイシュヴァンシュタイン城以上に立派なカリオストロ城を一般公開すれば観光収入がっぽりでしょう。
大公公邸は焼けてしまっていますが、もともとクラリスはカリオストロ城には一度も住んでいなかったみたいだし問題はないでしょう。
さらに、半分湖に沈んだローマの遺跡という世界遺産確実の観光のキラーコンテンツも出現。これはポンペイ遺跡以上の集客効果を発揮するでしょう。
他にもアルプスのように自然も豊かそうだし。
こうなると世界中から観光客が押し寄せて金を落とし、国が小さいだけに一人当たりのGDPは世界でもトップクラスになることは間違いなし。
伯爵時代は偽札作りという裏ルートで富を稼いでいたため、その富が一般国民に回ることは少なかったと思われるが、
観光収入なら一般国民も大いに潤い、それに比例して、新たに大公となったであろうクラリス人気も天井知らずとなることも間違いなし!

ルパンが最初に公国に行った理由は偽札の原版目当てでなく、偽札をつかまされたことと、ゴート札の謎を解こうとして失敗した若き日のリベンジだと思う。
さらにルパンに限らず多くの同業者が公国に行った(けどだれ一人帰ってきた者はいない)節からして、
のちに判明する指輪にまつわる話か、あるいはそれとは別に、なんか公国には莫大な財宝があるという噂でもあるのかもしれない。
また実際には、偽札でしこたま稼いでるようだし城の金庫には相応の富があることは確かでしょう。
ルパンは最初に一般には見抜けないほど良くできている偽札を盛大に捨てていることからして、どんなに良くできたものでも偽物には興味ないと思う。
だから最後のシーンで、偽札の原版を持った不二子に対して、それを欲する素振りを見せたのは、原版がほしいわけではなく、
その直前、次元に「おめぇ、残っててもいいんだぜ」と言われたことに対する照れ隠しのような気がするけど。

以上、少しだけのはずが長文になってしまった。すみませぬ。m(_ _)m

kensyouhankensyouhan 2013/05/07 05:57 コメントありがとうございます。


古いエントリーにわざわざ目を通してくださったことに感謝します。

通りすがり通りすがり 2018/01/17 13:02 すごく今更ですが、原版は売れば現金(偽札じゃない通貨)になりますので、狙うことに何も問題はないかと…。

ルパン三世ファンlastwolfguyルパン三世ファンlastwolfguy 2018/03/08 07:09 そして時代は流れ、でも、つい最近もTVでカリ城の放映がありました。
ここのコメント欄の内容が、今も古びてないように読めて感心致します。とても勉強になりました。
そこで私からも一言。
ルパン三世は、金のためではなく、スリルとロマンのために生きる予告状を多数出している泥棒であり、鉄壁のガード、難攻不落の守りから、1億の宝物を盗むために2億円かけてでも盗み出す快感、世間をあっと言わす快感を求める愉快犯です。
モンキー・パンチ先生の作ったルパン三世とカリ城ルパンは違うと言うものの、基本設定は一緒です。
キナ臭い匂いがすればワクワクする、危険を求める冒険家なのです。それを見に行き、参加したくなるのです。
それこそが彼のエナジー。モチベーション。行動原理です。超個人的な感情で生きています。
次元、五エ門も口には出しませんが、金のためではなく、ルパン三世の生き方に惹かれて同行している様に描かれています。義理や友情もありますが、金銭を越えたものに命と人生を賭けることに、重きをおいています。
この辺りの理解から宮崎駿監督も出発していると思われます。
だから、ゴート札の経済的価値は、ルパン三世の中で最重要なものではないのです。
エンディングで、クラリスと別れたルパン三世がまたピュアな心を封印して、世界を股に賭ける大泥棒にしてプレイボーイに戻り、不二子に、原版が羨ましい、と茶化していますが、原版を大事なものとしている不二子を一応誉めつつ、からかっているシーンです。
女泥棒不二子には、カリ城に来た理由と成果が必要ですから。
女の持ち物と努力を誉めるのは、プレイボーイのエチケットです。

kensyouhankensyouhan 2018/04/21 11:27 コメントありがとうございます。

今でもこうやってコメントをしてくれる方がいてくれるのを見ると、『カリ城』は偉大な作品なのだ、と深く感じさせられます。