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唐沢俊一検証blog

2009-01-25

おまえがこれを穿いたら、松の廊下じゃねえかなあ……。

13:48

竹宮ゆゆことらドラ!』2巻(電撃文庫)P.31より。

マンガ版2巻(特装版)は素晴らしかった。『じゅっTEN!』(REXコミックス)も良い。

では本題。『唐沢俊一雑学王』(廣済堂)P.41。ソルボンヌK子のマンガより。

忠臣蔵で有名な松の廊下

(中略)

実際は江戸城の表白書院の廊下で…

白壁に白障子

監督「芝居の背景としては地味だなあ」

演出家「浅野内匠頭は松の間詰めの大名だから…」

松の廊下にしちゃえ!

芝居は歴史を変える!!

 「表白書院の廊下」というのはどこのことなんだろう?松の廊下は、まさに江戸城本丸表御殿の大広間から白書院へとつながる廊下なのだが。で、吉良上野介と梶川与惣兵衛(「殿中でござる!」と浅野内匠頭を取り押さえた人)が松の廊下で会話をしている時に内匠頭が吉良に斬りかかったわけである。このことは梶川自身が日記に書き残しているし、事件当日に登城していた多門伝八郎も「松の廊下で喧嘩があった」との知らせを聞いて現場へ駆けつけたことを書き残している。…現場に居合わせた人間が「松の廊下で刃傷があった」と証言しているのを唐沢はどう考えているんだろう?

 次に疑問なのが、「芝居」というのは一体何なのか?ということである。ソルボンヌK子のマンガではベレー帽をかぶった演出家が出ているので、あたかも最近になって変えられたかのようなのだが、仮名手本忠臣蔵』にも松の廊下がモデルとなった「松の間の場」はあるので、不適切な描写であろう。

 ついでに書いておくと、松の廊下のふすまには松の並木と千鳥の絵が描かれていたのだが、大きな松の木が一本だけ立った絵が描かれていたとしばしば誤解されるらしく、江戸時代に描かれた「刃傷松の廊下」の絵でもそのような誤りがある(『仮名手本忠臣蔵』の背景にも大きな松の木が描かれている)。

…今回の記事を書くに当たって、赤穂事件について書かれた本をいろいろ調べてみたが、自分が探した限りでは松の廊下で刃傷があったことについて疑問を呈したものはひとつもなかった。だから、唐沢の書いていることが本当なら雑学どころか歴史上の新発見になると思うのだが…。ただ、『雑学王』の同じページには、

討ち入りの際の服装は実はみんなバラバラで、内蔵助が打ち鳴らす陣太鼓も実際にはドラだった

というトリビアも載っているのだが、このサイトにはそのトリビアと「刃傷の現場は表白書院の廊下だった」という話が書かれているので、これがモトネタなのかもしれない。

※追記 みたかさんのご指摘に基づき一部修正しました。

とらドラ〈2!〉 (電撃文庫)

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とらドラ!2 小冊子付き特装版 (電撃コミックス)

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とらドラ! Scene1(初回限定版) [DVD]

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じゅっten! 1 (IDコミックス REXコミックス)

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忠臣蔵―その成立と展開 (1964年) (岩波新書)

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EBCDICEBCDIC 2009/01/25 15:08 >現場に居合わせた人間が「松の廊下で刃傷があった」と証言している

http://www.eonet.ne.jp/~chushingura/siryo/siryo02a.htm
梶川与惣兵衛の日記については、この↑ページに原文が引用されていますが、梶川はあくまでも「大廊下」と書いており、「松の廊下」とは言っていません。

しかし、kensyouhanさんもお書きになっている通り、大廊下の襖には松並木が書かれていたことで「松之大廊下」と呼ばれていたということなので、やはり刃傷の場所は「松の廊下」で正しいと思います。

http://metro2.tokyo.opac.jp/tml/tpic/imagedata/edojo/616__30.jpg
↑東京都立中央図書館蔵の平面図(松之大廊下と記載されている)

EBCDICEBCDIC 2009/01/25 23:12 ↑今自分で読み返してみたら、かなり回りくどい書き方ですね・・・
なんか嫌みったらしくてすみません。

yonoyono 2009/01/26 16:26 本題とは全く関係なしに

内蔵助が持っていったのはドラというトリビア+とらドラ
=内蔵助が持っていったのはとらドラのDVD(漫画でも可)だったんです!!

…オソマツでした

本題の感想としては、こういうのてEBCDICさんが書かれたような事が出てきたりするのが楽しいのですが、唐沢さんの文章てそういう楽しみがないなあと

みたかみたか 2009/01/26 18:11 松の廊下の下絵が発見された時は、たしか朝日新聞の第1面にカラーで報じられたので、一千万人以上の方に伝わったものと思っていました。
しかし芝居の絵が実際の江戸城の絵と違うのは、舞台なので縮尺が違う……というより、「仮名手本忠臣蔵」の刃傷の舞台は、鎌倉足利館松の間です。廊下じゃなくて間ですから。全然、別ということで。勘弁してやってください。

kensyouhankensyouhan 2009/01/26 23:11 コメントありがとうございます。

>EBCDICさん
このブログの成分の何パーセントかは嫌味で出来ているので気になさらないで下さい。
梶川の日記には「松の廊下」とは書いてませんけど、記述から判断すると松の廊下で上野介と話していたとわかります。ちなみに多門伝八郎は「松の廊下」とハッキリ書いてます。

>yonoさん
それは『くらドラ!』と言ったほうがいいような。英語タイトルは“Tiger&Dragon”なのかなあ>『とらドラ!』 クドカンのドラマになってしまうけど。
まあ、『内蔵など』『AKOU47』というのはオタクならすぐに思いつきますが。

>みたかさん
『仮名手本忠臣蔵』の背景に大きな松の木が描かれているので、松の廊下のふすまにも同じような絵が描かれていたと誤解することがあるんじゃないか?とは思います。

みたかみたか 2009/01/27 08:31  いや、だから……

>『仮名手本忠臣蔵』にも「松の廊下刃傷の場」はあるので、不適切な描写であろう

 というのは、唐沢式ガセビアなんです。
「仮名手本忠臣蔵」には「松の廊下刃傷の場」は出てきません。あるのは、「松の間刃傷の場」です。松の廊下としているのは、たぶんWikipediaだと思いますが、よくある間違いです。
「仮名手本忠臣蔵」は元々丸本なので、文楽、歌舞伎双方で上演されていますが、松竹や記録DVDを持っているNHKに問い合わせていただけばわかると思いますが、必ず「足利館松の間」で上演されているはずです。

 江戸時代には、その時代の政治的事件を描写した演劇の上演が禁止されていました。
 松の廊下という形で上演できるようになったのは、明治になってからで、ですから舞台に松の廊下が出てくるのは「元禄忠臣蔵」のような、新歌舞伎になってからのはずです。

kensyouhankensyouhan 2009/01/27 08:49 コメントありがとうございます。
ご指摘に基づいて記事を修正しておきました。

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