Hatena::ブログ(Diary)

唐沢俊一検証blog

2009-02-21

1986年のパクリン。

13:05

 いわゆる「前説事件」は1986年の暮れにあったことがわかった。「前説事件」については2月18日の記事を参照して欲しい。

 中野翠『迷走熱』(文春文庫)P.227〜229より。

 最も敬愛している笑芸人イッセー尾形の公演を東京池袋西武のスタジオ200に見に行く。

 私は5年前にテレビの『お笑いスター誕生』で彼の風変わりな一人芝居に注目、初めての舞台公演からずっと欠かさず見続けているのだ。

 イッセーほどワガママな芸人もいない。観客との間に生暖かい「愛と理解」の空気が流れるのを極度に嫌う。甘い観客を冷たく振り切ろうとする。私が言葉で彼の芸をとらえようとすると、スルリと逃げてしまう。

 わざとウケないネタに執着してみたり、毎回、新ネタを繰り出してみたり……。

 だから私は、彼の公演を見るたび、初公演を見るような緊張と期待に胸がはずむ。彼と一対一の真剣勝負をしているような気がする。芸人としての彼が勝つか、観客としての私が勝つか―という真剣勝負。

 私はずっと、負け気味だったが、なんとか、いい勝負をしてきたと思う。けれど’86年秋の公演ではついに勝った、つまり初めて彼の芸にガッカリした。彼にしてはずいぶん皮相な笑いになったもんだと思った。暮れの公演は見るのをやめようかと思った。

 しかし!やっぱり見てよかった。今回は公演の前に唐沢ナニガシというウッディ・アレン風にリクツっぽい「フリーライター」の講演がくっついていたのだが、この講演が実に白ける講演で、観客たちは「早く引っ込め!」と怒り狂ったわけだが。

 私は逆に、この講演が妙に面白かった。この「フリーライター」はイッセーの演じる一人芝居の中の人物みたいだ。この人物自体が、イッセーのファン(あるいは評論家)のパロディーみたいだ。もしかして、この講演はイッセーがしかけたイジワルなパフォーマンスかもしれない……。またしてもイッセーは甘い観客を突き放そうとしている。自分を孤独に、ゼロの地点に追い込もうとしている。なんと贅沢な、ワガママな!

 まだまだイッセーからは目が離せない。

 というわけである。しかし、中野翠の深読みがはからずも唐沢俊一に対してかなりキツいツッコミになっているのが笑える。「イッセーのファン(あるいは評論家)のパロディー」「イジワルなパフォーマンス」…いや!いやいやいや!唐沢は真剣にイッセー論をやってやろうと思ってたんですよ!そこはわかってほしい。真剣にやろうとしたのにパロディーになってしまったというのは残念きわまりないけど。

 さて、これで唐沢俊一の80年代の動向が一応分かったのでまとめてみよう。


1978年4月 青山学院大学に入学。入学式の日に「アニドウ」のイベントに参加。長文の感想を送りつけスタッフに加わる

1980年12月〜1981年7月 「ぴあ」で「ガンダム論争」に参加

1981年 イッセー尾形を『お笑いスター誕生』で知る

1982年3月 青山学院大学を卒業?)

1982年4月 東北薬科大学に入学

1984年8月 イッセーの紀伊國屋ホールでのイベントにスタッフとして参加。東北新幹線の車内でイッセーの仕事のためにワープロ打ちをする

1984年10月〜1985年9月 大学を登校拒否し、引きこもりのような日々を送る

1985年10月 大学を休学。札幌の実家に戻る。薬局の処方箋をパソコンで入力する仕事をする

1986年末 「前説事件」。イッセーのスタッフをやめる

1988年 ライターになるために上京


…今まで出た情報をまとめるとこうなるが、注目すべきはやはり「前説事件」が1986年末に起こっていることだろう。今までは「イッセーのところで失敗して札幌の実家に引っ込んだのだろう」と筋の通りやすい考え方をしていたのだが、それは間違っていたことになる。しかし、札幌に帰ってからもイッセーのスタッフをしていたということは、つまり、札幌でおとなしく薬局の仕事だけをしていたのではない、ということになる。唐沢本人も山田五郎20世紀少年白書』(世界文化社)で次のように発言している。P.141より。

唐沢 (前略)イッセー尾形さんの手伝いも続けてたし、叔父の芸能プロダクションの手伝いもしたりで、だんだん札幌東京の往復が増えていったんです。(後略)

こうなると、札幌時代に「前説事件」以外にも何かあったのではないか?と考えてしまう。

…ここで唐沢俊一の80年代の動向をめぐる検証を一段落したいと思う。もちろん、まだ不明な点が数多く残されていて、そもそも唐沢が青学を卒業したかどうかもハッキリしないままだ。とはいえ「大学を卒業したかどうかハッキリしない」こと自体が既に奇妙なのであって、それに唐沢が自分の80年代について語ると必ずどこかに矛盾が生じることもかなり奇妙である。おそらく、唐沢は今後も矛盾を重ねていくのだろう。己の過去を正直に語らなければ「前説事件」のトラウマを克服するのは難しいと思うが。唐沢の過去については今後も検証していかねばならないが、とりあえず、今回の検証で教訓を得られたとすれば、「唐沢俊一自分語りを信用してはいけない」ということだろう。それは確信を持って言える。

迷走熱 (文春文庫)

迷走熱 (文春文庫)

1986年のマリリン

1986年のマリリン

20世紀少年白書―山田五郎同世代対談集

20世紀少年白書―山田五郎同世代対談集

藤岡真藤岡真 2009/02/21 16:28 >一日も早く結婚してスレを荒らすような愚行を一日も早くやめることが荒らしくんにとっても幸せだと思う。

 荒らしくんが面白かったので、ちょっと書かせてもらいます。
 それは、若き日の唐沢の奇矯な行動の総ては、「女の子にモテようとして失敗したことの反動」なんじゃないかってことです。札幌光星高校は男子校。そして、スポーツも盛んな高校だと思います。わたしがインターハイに出場したとき、北海道の代表が札幌光星高校でした(それで記憶にあります)。唐沢は古本屋通いが趣味で、自称ドンファンですが、とても女性にもてたとは思えない。そこで女友達を作るのが目的でリーブルなにわで募集していたサークルに参加する。夢中になってしまい、見事浪人。大学も早慶でないなら、法政、明治より女にモテそうな青学を選ぶ。アニドウでも海外のアニメの知識(付け焼刃)を披露してモテようとしたが、周囲は「ガンダム」で盛り上がり相手にされず、ブチ切れてぴあの投書欄で八つ当たり。演劇も女の子と知り合えそう、演劇やる子は開放的なんじゃないかという下心で参加した。
 なんて。

古賀古賀 2009/02/21 16:38 >…それにしても、ビックリさせられたのは、自分が女の子と一緒に住んでいると書いた
>ことに荒らしくんが勢い良く食いついてきたことである。…

ああ、私はそこを読んだ時たぶん今夜のAA荒らしはもの凄い勢いでそこに食いついてくるんだろうなと思いましたが。

「証拠があるのか」とか「口では何とでも言える」とかそういうたぐいのことを言うんだろうなともちょっと予想してました(笑)。

yonoyono 2009/02/21 16:41 パロディに思われる(当人は必死)前説とはどんなんでしょうかね?

荒らしさん、20代独身者が使うはダッチじゃなくてテンガでしょ!(ケンコバ風に)

すなごすなご 2009/02/21 19:00 あの宣伝相の名前は、昔こんな↓ネタflash作られてましたね。
http://www1.neweb.ne.jp/wb/soutou/monku.swf
まあこれに関しては、一般でも間違えてる人は多いのではないか、と言うことで。

イニイイニイ 2009/02/21 19:07 80年代の唐沢の経歴検証は一段落ということで、私なりの推論を書いてみます。
あくまで推論の「ひとつ」ということで……。
私は、唐沢は青山学院大学に行っていないと考えています。
入学はしたかもしれませんが、それでもほとんど通っていないと考えていいと思います。
ではその間、何をしていたのか?
東京にいたのは間違いなさそうなので、在京の医歯薬系予備校に通っていたと推察します。
要するに78年〜82年の唐沢俊一は「浪人生」だったのではないか???

「青山学院大学卒業」は、この数年間浪人だった事実を隠すためにデッチ上げられた嘘ではないのかと思うのです。
すると、いろいろ辻褄が合ってきます。20代前半を「地獄」のような日々で過ごしたとか、この時期のエピソードをほとんど語らないこととか。
ちょっと電波を受信したので(笑)、妄想を少々書いてみますと、浪人の間、唐沢はおそらく毎日勉強もせず映画を観たりしていたのでしょう。とは言っても、やはり一応は受験生なので、思い切ったことはできません。この時期の唐沢青年が方々の出版社に顔を出したり、ミニコミをやったりした形跡がないのが不思議だったのですが、浪人なら分かります。 しかし、ではなぜ、浪人していたことを隠す必要があったのか?

とくに、三浪・四浪と重なってくると、最後のほうはもう受験に向う気力も失せ、ただ年齢だけを重ねてしまい、挫折以前の挫折みたいな気分になってしまい、そのためなのか、もっと他の理由か分かりませんが、浪人の期間を人生上から抹消したくなるようなのです。
実は私の身近にも似たような例があって、プライバシーに関わるのでそのまま書けませんが、その人は、大学に一年行って退学して、以降別の大学を受けようと頑張っていたのに、一年かそこらで勉強自体をしなくなり、そのまま就職してしまったそうです。もっとも、その人は唐沢とは逆に、高校を出てすぐフリーターをしていたことにしていたんですが、十年以上隠し続けていたと言う話でした。本人は、その間周囲を騙し続けることが本当に辛かったんだそうです。まあ、気持ちは分からなくもないです。

それともう一つ、東北薬科大学は決して偏差値の高い薬大じゃないですよね。
プライドの高い唐沢には、三浪までして東北薬科大学にしか入れなかったという事実は耐えられなかったのではないでしょうか。そこで、いちおう入学し、籍の置いたことのある青山学院大学を卒業して、そのまま東北薬科大学に入ったことにした……もちろん、弟のなをき氏には口裏を合わせるよう頼み込んだうえでのことだと思います。

おがくずおがくず 2009/02/21 19:23 いや、なんというか…実に人間的。
「パクリ」罪の追求のみで、後は許してあげちゃダメなのかなぁ。
ぜひとも森田信吾に漫画化してもらいたいです。

ハヤタ隊員ハヤタ隊員 2009/02/21 20:24 1986年の暮れとなると、28歳ですか。

>なんていうんですかねえ、当時の僕は、ムチャクチャ自信家だったんですよ。
>俺は天才で、俺の言うことは誰もが認めてくれるだろうって思い込んでた。

「20世紀少年白書」に書かれてた唐沢の言葉ですけど、
30歳間近の男が本当にこんなことを考えていたのでしょうか。

ハヤタ隊員ハヤタ隊員 2009/02/21 20:55 連続の書き込みで申し訳ありません。

>1988年 ライターになるため上京

とありますが、小野プロの仕事に携わるのも確かその頃からですよね。
となると、札幌での仕事が嫌になって、再上京するための口実が、
「小野プロを手伝う」ということだったのではないかと思えてきました。

というのも、マガジンハウス(平凡パンチ→パンチザウルス)の仕事で、
月収50万円を保証するといわれ上京したという話でしたが、
1988年当時は平凡パンチの売れ行きが低迷し、10月に廃刊、
翌年2月に「パンチザウルス」が創刊されてますが、数ヶ月で廃刊になってます。
マガジンハウスが景気がいいといっても、売れない雑誌のライターに月収50万円も払いますかね?
(「トンデモ創世記2000」には「あの頃、週刊誌の連載だけで月に五十万の収入がありましたね。」と書かれてます。)

小野プロの仕事がメインで、ライターとしての仕事もやっていたという程度だったのではないでしょうか。

以上は、すべて私の空想です。

discussaodiscussao 2009/02/21 23:53 私は『お洋服クロニクル』まではだいたい買っていたから、当然『迷走熱』もリアルタイムで読んでるんですが、まったく覚えてなかったですね。待てよ、イッセーを見直した云々ってくだりは記憶の片隅にかろうじて残ってるから、このころ(私の中では)唐沢は著名人ではなかったということかなぁ・・・?

さっきまでTVで『スターウォーズ』見てたんだけど、いしかわじゅんの『秘密の手帖』唐沢俊一の回<暗黒面を見たか>ってタイトルは、ひょっとして『スターウォーズ』から来てるのかしら(ああ、SFとかアニメに疎い大馬鹿野郎ですよ、私は)。
あっと、自分のブログで『秘密の手帖』のつづきを書きました。「荒らし」についてkensyouhanさんとカブってるのは単なる偶然です(吹けよ荒らし!荒らしよ吹け!←ネタ使いまわし)

かもかも 2009/02/22 00:14 >discussaoさん
 私も『迷走熱』は確実に買っていて、唐沢兄もかなり初期から知っているのに覚えていませんでした。
ぎりぎりずれていたかなあ。
 ところでこの中野さんのエッセイは唐沢氏は読んでいないのでしょうか。
あの人のことだから当時イッセイ関係のコラムには全部目を通していないのかしら。
そういえばイッセイと落語という2大共通点がありながら中野翠の名前は
唐沢氏の口から一度も出ないですね。本来なら「あのころイタかった私」という
題で対談くらいしてもおかしくないような…やっぱりあの当時の姿を生で
見られているというのは未だにかなりきついことなのかな。

荒らしだよーん荒らしだよーん 2009/02/22 00:41 ■□■□■□ 世界一の唐沢本の愛読者 kensyouhan □■□■■□

         ,. -ー冖'⌒'ー-、
       ,ノ         \
       / ,r‐へへく⌒'¬、  ヽ
       {ノ へ.._、 ,,/~`  〉  }    ,r=-、
      /プ ̄`y'¨Y´ ̄ヽ―}j=く    /,ミ=/  <どうしてうちのブログにコメントしないのかは謎
    ノ /レ'>-〈_ュ`ー‐'  リ,イ}    〃 /     
   / _勺 イ;;∵r;==、、∴'∵; シ    〃 /     
  ,/ └' ノ \   こ¨`    ノ{ー--、〃__/     
  人__/ー┬ 个-、__,,.. ‐'´ 〃`ァーァー\    
. /   |/ |::::::|、       〃 /:::::/    ヽ    
/   |   |::::::|\、_________/'   /:::::/〃
!     l   |::::::|  ` ̄ ̄´    |::::::|/
    ノ\ |::::::|  kensyouhan |::::::|
テスト

古賀古賀 2009/02/22 07:48 ↑ものすごい勢いで言い訳をいろいろ書いてからここにも書き込みにくるんだろうなとちょっと予想していました。

うさぎ林檎うさぎ林檎 2009/02/22 10:20 >荒らしだよーん
コメントじゃないじゃん

yonoyono 2009/02/22 11:37 壮絶な自爆をみたw(゜o゜)w

個人投資家個人投資家 2009/02/22 12:48 「荒らし」君は唐沢擁護派の知的レベルの低さをさらけ出すだけだから、かえって唐沢擁護の邪魔にしかなってないなあ。

nyannnyann 2009/02/22 14:00 たぶん自分が今まで見た中でも一、二を争う馬鹿だと思うんですけどw>自称荒らし

RyusuiRyusui 2009/02/22 14:50 ……ふと思ったんだが、AA荒らしはどうして
「kensyouhanは女のヒモ」と書かないんだろう?
侮蔑するには、ダッチワイフ云々よりよほど効果的だと思うんですが。

kensyouhankensyouhan 2009/02/22 17:27 コメントありがとうございます。

>藤岡さん
自分も中学は男子校だったんですけど、逆にモテたいとか思わなくなっちゃいましたね。女の子への接し方がわからなくなったというか(そもそも人とどうやって接すればいいのか)。それに青学って当時から「おしゃれでモテる」イメージだったんでしょうか?
ただ、唐沢俊一がモテたかった、というのはあるかもしれませんね。唐沢のモテ話をピックアップしたら面白いかもしれませんが。あと、気になるのは、ニフティの会議室で唐沢は参加者に「オタクが現実の女の子とつきあおうと考えるとは何事だ!」みたいな説教をかましていたはずなんですよね。「電車男」に「趣味より彼女(エルメス)を大事にしろ!」とアドバイスした2ちゃんねらーと比べると唐沢議長のダメさ加減がよくわかります。

>古賀さん
自分もわかったうえでやったんですけど、予想通りというか、予想以下というかw

>yonoさん
中野さんの文章って唐沢にとってはおそろしく残酷ですね。本人は読んでいるのだろうか。

>すなごさん
自分もうっかりミスをすることはありますので普通の人のミスに目くじらを立てるつもりはありませんが、知識を鼻にかける人や他人を攻撃している人のミスについては見逃すわけにはいかないと思います。

>イニイさん
…うわー、自分にも思い当たるところがあってつらいなー、その分析。
自分としては4年から予備校に行った、というのがありそうな気がします。仮に3年までに将来の目標をしっかりしていればどうなっていたんだろう?とは思いますが。
今回、自分は当時の唐沢俊一の行動についてなるべく批判をしないようにしました。何故かというと、唐沢俊一が一応反省しているからです。本人が反省している以上は責めても仕方がないというか、自分だって若いときはそんなに立派ではなかったのだから、と思ったのです。「ガンダム論争」については、唐沢俊一が反省していないことや、現在でも考え方が変わっていないことから批判しました。結局は、反省してるかどうかが分かれ目だということです。…まあ、本当に反省しているなら『エヴァ』の時みたいになるのか?とは思いますけどね。

>おがくず さん
たしかに「人間的」ではありますね。残念ながら「パクリ罪」だけでなく「間違い罪」も追及しなければなりませんが。

>ハヤタ隊員さん
『20世紀少年白書』によれば、『パンチザウルス』で仕事をするために上京したものの、89年2月に創刊した『パンチザウルス』は4ヶ月で休刊。その後、初の単行本『ようこそ、カラサワ薬局へ』が90年2月に出ています。
あと、気になるのは結婚したのが「28か29歳の頃」と言ってるので、86年か87年ということになるんですけど、上京するのが88年だとするとまたちょっとズレが生じます。で、「札幌にいた頃でも月に20万円ぐらい稼いでた」ともあるので、唐沢の言うことをそのまま受け取ればライターとしてやっていくつもりだったんじゃないか?とは思いますが。
>30歳間近の男が本当にこんなことを考えていたのでしょうか
札幌で悶々としていたから思い込みが強くなってしまったのかもしれません。

>discussaoさん
「暗黒面」は『スター・ウォーズ』の用語ですね。唐沢俊一も『スター・ウォーズ』のファンクラブを作ろうとしていたらしいのでちょうどいいかもしれませんね。

>かもさん
唐沢俊一は自分が「イタかった」ことを話すんですけど、肝心なことは話してません。だから、なんとなくごまかされちゃうんですよね。カルピスみたいに薄めないと一般人には耐えられないイタさなのかも。

>荒らしだよーんさん
ごくろうさま。

>うさぎ林檎さん
そういうツッコミを予想できないから荒らしをやってるんですよ。

>個人投資家さん
本人は「唐沢に興味ない」って言ってるんですけどね。じゃあ、なぜ荒らしなんかやってるのか不思議でなりません。『ヤマト』のファンでもないのにファンクラブをやっていた唐沢俊一みたい。

>nyannさん
>たぶん自分が今まで見た中でも一、二を争う馬鹿
そこまで行けば褒め言葉に近いですねw ただ、下には下がいますから。

>Ryusuiさん
たぶん「一緒に住んでいる女の子」が実在していないと思ってるんですよ。彼女は今日は都心までお姉さんと遊びに出かけてますが、荒らしくんの昨晩から今朝にかけての惨状については「ひどいね」と苦笑いしてました。

discussaodiscussao 2009/02/22 19:13 >kensyouhanさん
<あと、気になるのは結婚したのが「28か29歳の頃」と言ってるので、86年か87年ということになるんですけど、上京するのが88年だとするとまたちょっとズレが生じます。>
ああ、それ私も気になってましたよ。札幌でも20万円云々とかね。いちいちどうでもいいところで齟齬が生じるので、いいかげん春日のボケ並みにスルーしていかないとキリがないですね・・・。
あと、いしかわじゅんは、唐沢俊一はかつてアナキン・スカイウォーカーだったんだけど、半死半生の末アルペン帽とダメージヘアで武装し
ダースベイダーと化したといっているワケですな・・・(ダースベイダーのルビにP&G王と振ってあるかもしれませんが)。
>かもさん
唐沢俊一は中野翠のことを、文筆業者としては雑魚だと認識してるような気がします。中野翠は、もし唐沢俊一の仕事ぶりを知っているならば、真っ先に福田恆存化して説教するのではないでしょうか?でも中野翠が唐沢の仕事で興味持つのって、敢えていえば貸本漫画(ただし少女向け限定)くらいじゃないかなぁ?落語は・・・よく知らないけど、岡田斗司夫のほうが詳しいんじゃないの、中学時代落研で桂米朝の『地獄八景亡者戯』を丸暗記してたんでしょ?でしょ?でしょ?

kensyouhankensyouhan 2009/02/23 16:06 コメントありがとうございます。

「こんなガセとパクリばっかやってるライターは一刻も早く消えて欲しいんですけどね」
「おい!おまえ本気でそう思っているのか?」
「本気で思ってたら検証なんかしてねえよ」
「「エヘヘヘヘヘヘ」」

…若林ばりに唐沢のコメカミを思いっきり痛打してやりたいところですがw