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唐沢俊一検証blog

2009-04-04

地球はウルトラマンの星。

14:27

 「パチスロ必勝ガイドNEO」4月号掲載の『エンサイスロペディア』第23回で、唐沢俊一は『ウルトラマン』を取り上げている。

 ウルトラマンの凄さは、1966年の第一作の映像やストーリーに、全く古さが感じられないことだ。誕生から40年以上経って色あせないドラマというのもちょっとないが、それは、見ている者を興奮させるための基本パターンが、全てこの作品にはつまっているからだろう。

 怪奇現象の現出、謎の探索、怪獣登場と破壊、ウルトラマンの登場、陥るピンチ、そして必殺技での逆転と勝利。いくら時代が変化しようと人間が物語を面白がるパターンは、変わりはしないのである。

 『ウルトラマン』が古くなっていないというのは「週刊昭和」に書いた文章と同じだが(詳しくは3月17日の記事を参照)、しかし「基本パターン」を踏まえながらも色あせてしまったドラマはいくらでもあると思うけれど。

 とはいえ、ウルトラマンが最初に登場したとき、子供たちの熱狂とは裏腹に、オトナたちの評判は決して高くなかった。前作『ウルトラQ』が、怪獣や宇宙人の侵略に対して、人類が知恵を絞って戦うというストーリーだったのに、新作では、銀色の仮面をかぶったような、宇宙人が登場する。怪獣を倒せる武器を持たない人類は、ただ、自分たちにもその正体がわからない謎の宇宙人に、自分たちの生命と安全を託し、見守っていることしか出来ない。

…唐沢の書き方だと『ウルトラQ』の方が評価されていたかのようだが。1966年当時は「オトナ」が子供番組を真剣に観て批評することがなかっただけなのではないか?

 評論家の中には、このストーリーの中でのウルトランを在日アメリカ軍に見立てて、アメリカ核兵器の傘の下で平和を守られている日本の現状を肯定しようとする卑屈なドラマである、と『ウルトラマン』を酷評した人もいた。ウルトラの生みの親とも言うべき脚本家の金城哲夫は、沖縄出身で、まだ当時アメリカのものであった故郷・沖縄の現状も知っていたから、その点で深く悩んだという。実際、ウルトラマンの登場は、当時アメリカ特撮番組を売ろうとしていたテレビ局側が、アメリカのバイヤーの希望により注文を出したというから、この見立てが必ずしも不当なものだったわけでもないのではないか、と思う。

 唐沢が言っているのは、佐藤健志ウルトラマンの夢と挫折」のことだろう。しかし、ウルトラマン在日米軍科学特捜隊自衛隊、とする見立てはそんなに珍しくは無い。『映画宝島・怪獣学・入門』(JICC出版局)では佐藤のほか、呉智英も同じようなことを書いている。『怪獣学・入門』P.37より。

 異者(エイリアン)の侵略に対して、とりあえず地球防衛軍で対処する。そして、力が及ばない時に、それがほとんどいつもなのだが、ウルトラマンが登場する。地球防衛軍は“ウルトラマンの傘”の下にあるのだ。思えば、防衛軍の隊員が♪胸につけてるマークは流星、というのも、星条旗の星の一つを連想させるし、ウルトラセブンという名前もアメリカ第七艦隊を想起させる。

ウルトラマンエースの戦力は第七艦隊と同等らしいけど。しかし、唐沢が言うのは誤りで、佐藤は『ウルトラマン』は日本の現状を指摘した優れた作品であると評価しているのである。『怪獣学・入門』P.61より。

 初期ウルトラマン・シリーズのこのような内容を見れば、なぜ私がこの作品に「九〇年代に通じるメッセージ」があると考えているのか、それは理由をあらためて説明する必要はないであろう。金城は作品の中で、現在の日本がその対外政策において直面している問題をみごとに先取りしてみせたのだ。

これは「酷評」ではないだろう。ただし、佐藤の論考は魅力的ではあるが問題点も多いものであることは確かだが(簡単に言えば現実の政治に即して解釈しすぎ)。佐藤の論考で取り上げられている『小さな英雄』ではイデ隊員が「ウルトラマンがいれば科学特捜隊は必要ないんじゃないか?」と考えてしまうし、「ウルトラマンにばかり頼っていていいのか?」ということは『ウルトラ』シリーズの中でもしばしば問題にされている(たとえば『ウルトラマンタロウ』と『ウルトラマン80』の最終回)。また、『ウルトラマンメビウス』第30話『約束の炎』では、リュウさんがミライくんに「どうしてウルトラマン地球を守るんだ?」と質問している。だから、『ウルトラ』シリーズのファンがそういった点を気にするのはむしろ当然のことで、ウルトラマン在日米軍という解釈もそれらの疑問について考えることによって出てきたものなのかもしれない。あと、「アメリカのバイヤー」の希望があったから「アメリカ核兵器の傘の下で平和を守られている日本の現状を肯定しようとする」ドラマにしたというのは疑問。アメリカ人は「アメリカ核兵器の傘の下で平和を守られている日本」を見て喜ぶだろうか?(それだったら『故郷は地球』のような話をやるだろうか?とも思う)

 しかし、実際にウルトラマンを見ていた子供たちは、そんな暗喩などものともせず、ひたすらにウルトラマンのカッコ良さにしびれていた。そんな、社会的な後付けの批判などがいかにばかばかしいものかを子供たちの方がむしろ知っていた。誰でも、小さく力がないときは、ガキ大将にいじめられているとき、先生や親が助けに来てくれて、ホッとすることがあるものだ。子供たちは、そのときの感覚を知っている。エンタテインメント・ヒーローものの基本は、オトナたちに、その子供時代の記憶をよみがえらせることだ。歌舞伎十八番の中にだって、悪人に善男善女がとらわれて、殺されようとするときにヒーローが現れて悪人を蹴散らす、というだけの『暫(しばらく)』がある。戦後の子供たちは主人公がピンチになると、どこからともなく“ワッハッハッハ”という笑い声と共に現れるヒーロー、黄金バットを紙芝居で楽しみにしていたのだ。もし、ウルトラマンアメリカ軍だというのなら、暫のヒーロー鎌倉権五郎だってアメリカ軍ということになってしまう。

…あれ?これって「怪獣は子どものため」論じゃないか。「ぴあ」での「ガンダム論争」で唐沢が批判していた「DSC−桜井」氏と同じになってしまう(詳しくは2008年11月19日の記事を参照)。…いや、それだったらいっそのこと「大人になったら子供向け番組は一切見るな」くらい言ってくれた方がいいよ。大人は自分の好きなものについてきちんと考えて語ろうとするものですよ(まあ「萌え〜」と喜んでいてもいいけどw)。自分はティーンエイジャーの頃に『怪獣学・入門』を読んで「怪獣についてこれほど深く考えることが出来るのか」と感激したもんなあ。結局のところ、『ウルトラマン』が考察されることを気に入らないから子供をタテにして批判しているだけ、という気がする。

 それから、ヒーロー物を好きになるのに「ガキ大将にいじめられて」いる経験は必要はないだろう。ガキ大将だってヒーロー物を好きなはずである。子供は「強くてカッコいいもの」が好き、それだけである。そういえば、「東映やくざ映画は当時の挫折した学生たちに受け入れられた」というよく言われている話をうちの父親に話したら「そんなことはない。学生運動なんかしたこともない金持ちの友だちも健さんの映画を喜んで観ていたよ」と言われたな。高倉健がカッコいいからやくざ映画を観ていただけという人も多かったのだろうか。

 ついでに付け加えておけば、昭和の『ウルトラ』シリーズには「他人の力に頼らずに最後まで頑張れ」という子供たちへのメッセージが共通して存在しているのではないだろうか。頑張り抜いて初めてウルトラマンが助けに来てくれるのである。子供を助けるだけではなく励ましてもいるのだ(なお『ウルトラマン80』第37話ではウルトラマンのことを「人事を尽くして天命を待つ」と表現している。ある意味本質を衝いていると言えるだろうか?)。

 あと、ウルトラマンアメリカ軍という見立てには前にも書いたようにそれなりの根拠があるのであって、ウルトラマンアメリカ軍という見立てがあるからと言って、正義の味方アメリカ軍という見立てがただちに成り立つわけではない。…しかし、ここの部分、『暫』がはさまっているせいで文章の流れがちょっとヘン。

 妙な理屈をつけずにウルトラマンと怪獣のカッコ良さを楽しむのが、こういう娯楽特撮ヒーローものの何よりの正しい楽しみ方である。パチスロだって、ひょっとして政治学者などに言わせると、思想的に変な意味合いをつけられてしまうかもしれない。楽しみに理屈での評論は不要なものだ、と声を大にして言おうではないか。

 じゃあ、唐沢俊一特撮について今後一切「理屈での評論」をしないように。「『ゴジラ』は御霊信仰の映画」とか言ってたのは何だったんだ(詳しくは2008年11月6日の記事を参照)。「週刊昭和」では「ウルトラマンと怪獣のカッコ良さ」には全く触れていないし。それに、好きなことに理屈をつけることによってより楽しくなるものである。自分なんか特撮だけでなくマンガや格闘技やお笑いにも理屈をつけちゃうからなあ(ウザくてすみません)。だが、「理屈での評論」をしている側は別に難しいことをしているつもりはないのだ。唐沢俊一が難しいと思うのは勝手だけど。あと、「理屈をつける」のと「わかりやすく伝える」というのは両立する。唐沢も「難しい」とイチャモンをつける前に自分の文章をもっとわかりやすくしてはどうか。わざわざ古めかした書き方をする必要はあるのだろうか?ともあれ、相手の書いていることがおかしいと思ったのなら反論すればいいのであって、論じること自体を否定しようとするのは間違っている。…しかし、パチスロ雑誌でこんなことを書いてどうするんだ? 

 それに、唐沢俊一だって、この回の冒頭でパチスロに「変な意味合い」をつけているような気が。

 思えばウルトラマンパチスロは相性がいい組み合わせなのかもしれない。ここぞというタイミングでしか登場しないウルトラマンは、ボーナスへの期待感を表現するのにぴったりだし、怪獣との格闘シーンはまさしく連続演出の趣がある。そして、ボーナス消化ゲーム数もウルトラマンの変身時間にも限度があり、その限度の中で怪獣を倒せるかを競うわけである。怪獣ものとパチスロという、どちらも娯楽の王道を行くもの同士に、エンタテインメント演出の共通性が見えているのは非常に興味深い。

…そんなものなんだろうか。


…どうやら「特撮アニメを難しく論じるな!」というのが唐沢俊一の最近のトレンドらしい。別のところでもそのようなことを発言しているので後日取り上げてみるつもりだ。

※追記 一部追記しました。

地球はウルトラマンの星

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ウルトラマン Vol.1 [DVD]

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ゴジラとヤマトとぼくらの民主主義

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DVD ウルトラマンタロウ VOL.1

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君はウルトラマン80を愛しているか (タツミムック)

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ウルトラマンメビウス Volume 1 [DVD]

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藤岡真藤岡真 2009/04/04 18:11 「ウルトラマン」が始まったとき、既に高校生だったわたしは、大人の立場から、「ウルトラマン」には批判的でした。それは、「ウルトラQ」が「アウター・リミッツ」や「ミステリーゾーン」のような怪奇ネタを、円谷特撮影で描いた上質なドラマだったのに対し、「ウルトラマン」は怪獣vsヒーローという単純なパターンの子供向け(と思われました)ドラマだったからです。しかし、批判的だったのはそれだけの理由であって、「怪獣を倒せる武器を持たない人類は、ただ、自分たちにもその正体がわからない謎の宇宙人に、自分たちの生命と安全を託し、見守っていることしか出来ない」なんて安保の隠喩にとって批判したりはしませんでした。そうした問題は、「七人の侍」で散々議論されましたし。

barrelbarrel 2009/04/04 23:16 >今、巷ではウルトラマンやウルトラセブンといった作品を名作とかいって奉っているがとんでもない。これらの作品が世間に、SFといえば「怪獣が戦車を踏みつぶす」というイメージを与えさえしなければ、日本のSFドラマもその初期に『トワイライト・ゾーン』『アウター・リミッツ』なみの作品が生まれていたはずなんだ

↑とか書いていた人がよく恥ずかしげもなく書けるものですね。何を書いても説得力ゼロのカス売文業者です。

個人投資家個人投資家 2009/04/05 00:44 唐沢俊一は、ウルトラマンを本当に見たことがあるのか?
「ウルトラマン」は基本は謎解きのミステリーであって、科学特捜隊が怪奇現象を調査するするうちに怪獣にぶち当たるだけで、最初から怪獣が暴れてるわけじゃないです。
もともと「ウルトラQ」の発展系だからです。

矢的八十郎矢的八十郎 2009/04/05 01:25 >実際、ウルトラマンの登場は、当時アメリカへ特撮番組を売ろうとしていた
>テレビ局側が、アメリカのバイヤーの希望により注文を出したというから、
>この見立てが必ずしも不当なものだったわけでもないのではないか、と思う。

このあたりの文は、「ウルトラマン=第七艦隊」という結論ありきのために、かなり強引な表現をしていると思います。
ウルトラマン登場の経緯は、「全編を通してレギュラーになるホスト役の怪獣」というアイデアが試行錯誤の中で「怪獣と戦う巨大なスーパーヒーロー」に発展したといういきさつが、公表されている製作資料から読み取れます。
もちろん、そこには関係者の様々な思惑が入りますから、外国のバイヤーによる要請が皆無だったとは断定できませんが、少なくともこのあたりの経緯から「ウルトラマン=第七艦隊」に結びつけるのは無理でしょう。
当時はベトナム戦争が大きな問題となり、「安保」や「反戦」が社会のキーワードになっていましたから、スタッフの間にウルトラマンと現実の国際政治を結びつける意識が皆無であったとは思いません。しかし、それが番組のテーマとして語られるほどのウエイトだったかと言われるととてもそうは思えないですね。(理由はkensyouhanさんのご指摘とかぶるので繰り返しませんが)

yonoyono 2009/04/05 02:24 今回の唐沢さんの文章の場合、ガセとかパクりというよりは、自分の想定した読者(パチスロやってる人は特撮やアニメわかんないだろうと考えてそう)に合わせて論旨を変えてるというのも問題点だと思います
その場限りで凌げればいいやという考えなのかも…

古賀古賀 2009/04/05 08:30 >怪獣を倒せる武器を持たない人類は、ただ、自分たちにもその正体がわからない謎の宇
>宙人に、自分たちの生命と安全を託し、見守っていることしか出来ない。

「怪獣を倒せる武器を持たない」「見守っていることしか出来ない」という説明は変ですね。ウルトラマンの世界では人類は絶対に怪獣が倒せないほど無力には描かれていないので。

サンダーバードの世界で国際救助隊以外には災害救助ができないわけじゃないのと同じです。

個人投資家個人投資家 2009/04/05 09:00 >実際、ウルトラマンの登場は、当時アメリカへ特撮番組を売ろうとしていたテレビ局側が、アメリカのバイヤーの希望により注文を出したというから、

 うっかり見過ごしていたけど、これ何かソースがあるんだろうか?
 私はウルトラマンの古参のファンなので関連書籍には一通り目を通しているが、こんな記述は見たことない。

「ゴジラ」など怪獣もの特撮映画で有名な円谷英二の監修作品ということで販売していたはずだが。

>ウルトラの生みの親とも言うべき脚本家の金城哲夫は、沖縄出身で、まだ当時アメリカのものであった故郷・沖縄の現状も知っていたから、その点で深く悩んだという。 
 
 これも変だ。
 金城哲夫が悩んでいたのは、沖縄と本土との断絶であり、本土における沖縄人への差別であり、沖縄の本土復帰運動への参加や自分のアイデンティティだったはず。

禘 2009/04/05 15:06 管理人さんは自分の好きなものが貶されるのが我慢ならない人で、自分の好きなものの評価のやり方がが自分と違うのも我慢できない人なのですね。

kensyouhankensyouhan 2009/04/05 16:36 コメントありがとうございます。

>藤岡さん
『七人の侍』が「再軍備推進映画」とか言われてたってやつですか。初めてその話を知ったときはビックリしましたけど。

>barrelさん
どうして評価が変わったのか知りたいですね。こないだも日記で『ウルトラセブン』の『円盤が来た』を「自分を作った作品」とか書いてましたけど、じゃあどうして「ガンダム論争」であんなことを書いてたのか?不思議です。

>個人投資家さん
金城哲夫については「沖縄」だけでなく「沖縄と日本」という観点から見ないといけないと思います。上原正三なら「沖縄」だけでも有効でしょうけど。
金城は帰郷して沖縄のために仕事をしようとしたのですが、ウチナーグチがしゃべれないために郷土劇の脚本を上手く書けず、ラジオ番組で自衛隊を評価したために抗議されたりしています(当時の沖縄での自衛隊に対する反感はかなり強く、現在でもまだ残っている)。その結果、酒びたりになってしまうわけですが。そこの事情をわからない人が「金城は沖縄の人間だから…」という点だけで語ろうとするんですけど、彼が沖縄にも馴染めなかったということを忘れてはいけないと思います。飯島敏宏監督が沖縄を訪れたときに地元で金城の存在が知られていないことに驚いていましたけどね(まあ、上原正三も知られてませんが)。

>矢的八十郎さん
そもそも「アメリカのバイヤー」の話が本当かどうか、ですね。円谷プロの関係者から話を聞いたのでしょうか。

>yonoさん
パチスロ雑誌でアジられてもなあ、と思います。

>古賀さん
科学特捜隊はわりと怪獣を倒してると思いますけどね。ゼットンだってそうだし。

>序・さん

今回、唐沢俊一は『ウルトラマン』を貶していないと思いますけど。それに今回自分が指摘しているのは事実関係の間違いと唐沢の論説に一貫性が欠けていることです。
・佐藤健志は『ウルトラマン』を酷評していない
・かつて「怪獣は子供のため」論を批判していたのに今回は子供をタテにしている
・自分も特撮について「理屈づけの評論」を書いているのにそれを否定している
あと、「アメリカのバイヤー」についても真偽不明ですね。
評価が人によって違うことは当たり前のことだし、みんながみんな同じ事を言うんじゃつまらないです。ただ、間違ったことを書いたり、過去の文章と矛盾したことを書いているのは困るということですよ。

藤岡真藤岡真 2009/04/08 09:07 裏モノ日記にこんな記述が。

>水谷さんの歌った歌詞の中に“凶暴な「ゾグ」に襲われて”という
>のがあり、ゾグって何だ? と思っていたら、終演後、
>“某”域員さんから、なかなか凄い話を聞く。

ゾグとは都市伝説の“多足鶏”で、「足」に濁点をつけたのでは、という意見を開陳して感心されたとかどうでもいいことが書かれていますが、「地球はウルトラマンの星」、見てないようですね。

http://www.tobunken.com/diary/diary20090404162901.html

kensyouhankensyouhan 2009/04/10 15:24 コメントありがとうございます。

おおー。いつもなるべくしょうもないタイトルをつけようとしているので、正直今回のタイトルはきれいすぎると思ってましたけど、思わぬ展開になってよかったのかも。
ただ、自分としては唐沢が平成ウルトラマンを見てなくてもそんなに意外ではありませんね。岡田斗司夫氏も「平成ウルトラマンを見るほど貧乏してない」と凄いことを言ってましたから。山本会長は文句を言いながらもチェックしているようですが。
個人的には唐沢が第2期ウルトラシリーズを見ているかどうかが気になります。昔は第1期だけ持ち上げていれば大丈夫だったんでしょうけど、最近では第2期も評価されてきてますから、ちゃんと見ていなかったとしたら、そのうち大変なことになるかもしれませんけどね。