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唐沢俊一検証blog

2009-07-10

1981年の「祭り」/ポケットの中も検証。

23:16

 唐沢俊一がかつて所属していた「アニドウ」の会誌『FILM1/24』No.31(1981年4月発行)を読んでいたら、読者投稿欄にこのような投稿があった。

「手前の阿呆タナにあげて 阿佐谷 唐沢俊一

…そう、唐沢俊一の投稿である。1981年4月といえば「ガンダム論争」(詳しくは2008年11月18日の記事を参照)の真最中だが、「アニドウ」の会誌ではどのような投稿をしているのか。全文紹介してみることにする。


拝啓陳者

……しかし何だねェ「COM」は亜庭じゅんが悪口言いすぎてツブしたてェ話もあるからあンまし言いたかないけどねェ、何ですか今回の表紙は。金があり余ってんのかな。天下の少年サンデーに進出したからって威張っちゃいけねェ。(それにしてもあのマンガはベタもベタのギャグだね、ま、どうでもいいけどサ)みのり書房じゃないんだ、内容で勝負していただきてェ。俗って悪きゃ、メジャー化って言うけどサ、会員に女子供がふえすぎて質落さなきゃ(原文ママ)ならなくなったンなら悲しいねェ。「ドラえもん」なんざ、本紙の方でとりあげる作品なのかねえ。規模は大きくたって同人誌なんだ、読む方にコビるのはやめていただきたいねえ。

 「カリオストロ」だっていいけどさ―あ、あれが他の川本喜八郎であるとかの作品おしのけて賞とったってことに、疑問感じた方はひとりもいらっしゃらないのかな。あー面白かった、だけじゃ困ると思いますけどねェ。(それともいるのかも知れない。後の方に書いてあンのか知れないな。何せ買って三日たってまだ実は全部読んでねェんだよ、忙がしい(原文ママ)ってこともあるけど一ペエジ読むたンびに「何じゃこりゃ、書いたやつは阿呆か」ってハラが立ってねえ、手前の阿呆タナにあげて。)大体、今のアニドウの会員の殆どが、やれフライシャーがどうのアレクセイエフがどうのといった口でガンダムはよろしゅうござンスな、とヌカす連中ばかりじゃないですか?ファンとしてならそれでいいかも知れないけど、何かアニメについて論じようてえのにそういう方向不明確なことでいいのかしらん。そういう人間ならアニメージュだのジ・アニメだのにまかせとけばいいので、何もアニドウで飼っとくことはないんじゃないですか。ハガキがなくなった。つづきは手紙で近日中!


…いやー、ガンダム論争」はまだマシな部類だったんだなあ。もうすぐ23歳になろうかという若者がこれを書いたのか。うーむ。「ン」とか「ェ」を多用しているのはなんなんだろう。誰かの文体に影響を受けたのかなあ。小池一夫? おそらく「粋」な文章を書こうとしたんだと思うけど、実に奇々怪々である。小夜ちゃんはいい。

 で、例によって検証したいところだが、この文章を検証してもしょうがないので、今回は「分析」をすることにする。まあ、上の文章を読めばみなさんにはなにもかもわかるだろうとは思うのだけど。

 まず最初に、唐沢俊一は小さな集団の好きな人なのである、とあらためて感じた。札幌アニソン・サークルに始まり、「アニドウ」、イッセー尾形のスタッフ、ニフティの会議室、と学会、そして現在では小さな劇団に入れ込んでいる。それにmixiも入れていいのかもしれない。そして、どの集団にも共通しているのが「自分は普通の人間とは違う」という感覚を与えてくれることである。「アニドウ」にいる自分は『ガンダム』を好きな普通のアニメファンとは違う、イッセーのスタッフである自分は普通の演劇人とは違う、といった具合に。岡田斗司夫は「と学会」を「インテリの貴族主義の集まり」だと言ってたしなあ。…とはいえ、そのこと自体は別に問題ではない。集団で動くのが好きでも個人で動くのが好きでもそれは人によるとしか言いようがないからだ。しかし、唐沢俊一が集団の中にいるのを好んでいることから別の問題が出てきてしまっているのだ。

 それは、唐沢俊一は集団の中にいると甘えてしまう、ということである。前の方で、『FILM1/24』の投稿に比べると「ガンダム論争」の投稿はまだマシな部類だと書いたが、その理由は「ガンダム論争」の投書が『ぴあ』という「外部」に対するものだったからで、赤の他人の眼に触れるということでさすがに唐沢も多少は緊張して文章を書いたということなのだろう(それでもあの文章なんだけど)。思えば、唐沢俊一が問題を起こすのは、集団の内側にいる気分のままで暴走してしまったときが多い。「前説事件」(詳しくは2月18日の記事を参照)もそうだったし、ニフティの会議室で訴えられたときもそうだったし、そしてつい最近では「日本トンデモ本大賞」の時の騒動(詳しくは6月7日の記事を参照)も同じである。「外部」から見れば、唐沢の態度はだらしのないものとしか映らないのだ。

 そして、唐沢俊一が何を好きなのか結局のところよくわからない。「ガンダム論争」の時も、一体どうして『ガンダム』ファンを攻撃していたのかさっぱりわからなくて困ったものだが、同じように『FILM1/24』の投稿でアニドウの会員を攻撃している理由もわからない。他人の批判をする前に川本喜八郎フライシャー兄弟やアレクサンドル・アレクセイエフの素晴らしさを論じればいいと思うのだけど。批判のために名前を出されたのでは作家に迷惑をかけるだけだ。とりあえず当時の唐沢俊一「他人とは違う俺スゴい」という考えに取り付かれていたことはよくわかったけど。思春期にはありがちなことだからあまり責める気にはならないが、まさか今でもこじらせたままということは…。


 もっとも、唐沢俊一自身も「アニドウ」時代の文章については反省しているようだから、批判する必要はないのかもしれない。『BSアニメ夜話ムックVol.7 アルプスの少女ハイジ』(キネマ旬報社)でも次のような発言をしている。P.114より。

アニドウというグループに参加していた時、「今あるアニメーションを良いと言っているだけでは駄目だ。『アルプスの少女ハイジ』は名作だと言われているけれども、所詮はセルに塗料を塗っただけで、あれでスイスの素晴らしい山々の雰囲気が出せるものか!」という論旨を会誌に載せたりしたことを、今でも覚えてますよ。ひどいね(笑)。

 まあ、反省しているならいいんだけどね。…それにしても、その文章、すごく読みたいw アニメというジャンルそのものを否定してないか?

 ともあれ、今回取り上げた文章がたまたまアレなだけで、別の会誌では堂々たる論陣を張っているのだと信じて、さらなる捜索を続けるつもりだ。…まさか、他の文章もみんな今回と同じようなノリだということは…。嘘だと言ってよ、シュンイチ。

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BSアニメ夜話 Vol.7 (キネ旬ムック)

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kokada_jnetkokada_jnet 2009/07/11 01:18 ついにといいますか、何といいますか・・。
「パンドラの箱」的存在である、「FILM1/24」の検証にまで乗り出されましたか・・。
といっても、こちらのアニドウサイトで、簡単に購入できるのですよね。
http://anido.ocnk.net/product-list/1

唐沢の「ニセ江戸ッ子文体」ですが、最初に連想しましたのは・・。故・野田昌宏氏の文章でした。あのお方も、九州出身なのに、東京っ子の今日泊亜蘭先生の影響をおおいに受けて、「独特の江戸弁」を使っていました。もちろん、野田氏のほうが、芸も愛嬌もたっぷりあって、読ませるのですが。

話を戻しまして、「ン」とか「ェ」を多用しているのは、おそらく落語の活字化文、あるいは落語家の芸談文の影響ではないかと思います。
しかし、確か唐沢は、今日泊氏の、べらんめぇ口調が登場する日本初の長編SF「光の塔」を、確かどこかで褒めていましたので。今日泊作品からの影響かもしれません。

mitahiroshimitahiroshi 2009/07/11 06:50 唐沢氏は数年前に、リミテッドアニメを「8コマアニメーション」と呼んでいたことがあります。俗に1秒24コマなのがフルアニメと言われるのに対して、「3コマ打ち」を使うから1秒8コマだという訳です。これは結構誤解している人がいるのですが、間違いです。
フルアニメであれ、リミテッドであれ、フィルムの回転数は同じですから、1秒24コマに変わりはない。3コマ打ち、2コマ打ちといった言葉は、原画、演出上の用語であって動きの中で何コマ同じ絵を続けて使うのかという意味です。たとえセルが3コマ打ちであっても、たとえば背景を引いている場合は1コマごとに背景が動きます。また、一つのカットの中で、1〜3、時には4コマや6コマ打ちが同時に使われる場合があります。高い所から落ちてゆくのを俯瞰しているという絵であれば、手前は速い動きであっという間にカメラから離れますが、奥に行くにしたがって相対的に動きは遅く見え、4コマや6コマという止まって見えるコマ打ちで表現するということがあります。動きにも緩急がありますから当然です。
3コマ打ちを主に使うからリミテッドは8コマアニメだというのはリミテッドの手法をよくご存じないからでしょう。カリオストロより川本喜八郎が上、みたいな主張とは直接関係ありませんが、唐沢氏はアニメをあまり理解してないんじゃないかと思います。

藤岡真藤岡真 2009/07/11 08:27  うーん。なるほどねえ……。
 威勢のいい啖呵を切って、あーだこーだとちゃちゃを入れる。おっと、面白い餓鬼が出てきやがったなってんで、そいつを舞台に上げてやる。「そんなに言うんだったら、お前、自分でなんかやってみねえ」。ところが、いざやらせてみると、これがからっきし駄目で……。
 そんなことの繰り返しで、五十路を迎えたわけですか。学習能力がないというか、人生をなめて(というより「なげて」かな)いるというか。喧嘩の売り方だけは一丁前だった餓鬼も、今やそれすら出来ず。グチを並べるだけに成り果てていますが。

藤岡真藤岡真 2009/07/11 10:15 連投失礼。
>誰かの文体に影響を受けたのかなあ

下町っ子の文章を、ざっと見てみました。

山本嘉次郎、安藤鶴夫、サトウハチロー、小さな「ッ」が目立つ程度。
玉川一郎「うれしいナ」「なんだ、こりゃァ」「イテッー、オイ、オイ、こっちにむけるヤツがあるか。アッ、イテッ!」
野一色(のいしき)幹夫「どうしたもンでしょう?」「すりゃよかったンだよ」「東京には東京の菓子があるンです」。こうした文体の模倣でしょうか。ところで、こうした皆様、そろって「…ですネ」「…でしょうネ」とお書きになっていて、「ねェ」って表現はねえんですけどネ(小文字のネ)。

globotechglobotech 2009/07/11 12:34 確か『FILM1/24』No.32にも唐沢の投稿が載ってました。
手元に実物がないのでうろ覚えなのですが、「アニメ10馬鹿」みたいなタイトルで、要するに『カリオストロの城』あたりをほめる「にわかアニメファン」を貶すだけの内容だったと記憶しています。

discussaodiscussao 2009/07/11 14:44 「ン」は安藤鶴夫の師匠となろう久保田万太郎の戯曲・小説にも散見される表現ですね(もちろん唐沢さんがアンツルをまともに読んでいる筈もないだろうことは言うまでもないですが)。そういった江戸大衆文芸からの系譜云々は置いておいて、このころの、今で言うところの「オタク」にあたる人たちに、こういう「赤シャツ」みたいな物言いをなさる風潮があったように記憶しておりますが・・・。通人とか粋とか、そういったものを気取ろうとして、でも下町言葉が実は下卑た表現を避けた洗練されたものという教養は欠けてるので、田舎じみたものになってしまっているという・・・。トンデモない一行知識さんとこでとりあげられていた橋本治も、当時は「橋本治語」とか言われていたけど、今読むと「赤シャツ」的な物言いのコラムを書いてましたね(比べちゃいけないのでしょうが・・・)。

774774 2009/07/11 18:50 唐沢氏はアニメファンなんじゃなくて、とにかく話題の中心にいたくてなにかにつけて難癖をつけるだけの痛い人だとよくわかりました。
自分は江戸っ子ですけど文章に成った江戸弁ってのは読んでいて背中が痒くなります。
粋でもなんでもないです、なにせ当人たちは普通に喋っるんですから。

粗忽亭主人粗忽亭主人 2009/07/13 21:00 いたたたたた。これはイタいなあ。いくら若書きだとは言え。とにかく「人のほめるメジャーなものをみとめないカッコイイ俺」感が充満していますね。まさに中二病。
文体については、いかに口語文ではあっても「話しことば」と「書きことば」とはちがうものだということぐらいは理解してほしいものですね。

kensyouhankensyouhan 2009/07/21 00:17 コメントありがとうございます。

>kokada_jnet さん
>ニセ江戸っ子文体
採用! 『光の塔』は確か積ん読してあるはずだが…。
しかし、落語にかぶれて江戸っ子に憧れるのはわからないでもないけど、口調をマネするのはどうか。
「なんちゃって関西弁」や「なんちゃってウチナーグチ」をしゃべられても大阪の人間も沖縄の人間もいい気分はしませんよ。

>mitahiroshi さん
もしかして、それを主張していたのは東浩紀氏じゃないでしょうか? 唐沢俊一は東氏の見方を批判しています。
http://www.tobunken.com/diary/diary20011127000000.html
仮に唐沢がそのような主張をしていたら東氏と同じことを言っていることになりそうですが。

>藤岡さん
自分は唐沢の投稿を読んでも「この人の意見が聞きたい」とは思いませんでした。雑誌の投稿でもネット上の書き込みでも、空気を読まずに長文を書いてしまう人はよくいますが、そういう人は自分ひとりで考えているうちにわけがわからなくなってしまっている部分はあるにしても、とりあえず「何を考えているのか」ということは一応はわかります。だから、反論したり指摘することもできるわけです。しかし、アニドウの同人誌への唐沢の投稿には「考え」というものはありません。「考え」のない人間に話を聞くだけムダですし、話を聞いても徒労に終わることは「ガンダム論争」が証明しています。

>globotechさん
じゃあ、そっちの号も入手してみます。

>discussao さん
実に奇怪な文体なのでどこかでパロディにしてみます。

>774さん
目立ちたいんでしょうね。1981年に2ちゃんねるがあればよかったのに。

>粗忽亭主人さん
>「人のほめるメジャーなものをみとめないカッコイイ俺」
それは今でも変わっていないようです。中二病はこじらせると大変ですね。

mitahiroshimitahiroshi 2009/07/31 23:24 レスをありがとうございます。
東氏の主張と混同したのかな…?でもこの日記は読んだ覚えがない…。
取り敢えず、何がソースであるかを自分はいまのところ明言できないので、記憶を手繰って探してみます。イイカゲンなお話で相すみません。