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唐沢俊一検証blog

2009-09-01

KYでJYなKS。

19:46

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 唐沢俊一博覧強記の仕事術』(アスペクト)の検証の続きである。P.145には「空気ではなく「自分」を読め」とある。P.145〜146より。

 私はときどきテレビからお呼びがかかるが、例えば、バラエティに出て、お笑いの人間とおふざけをやってもあまりサマにならない。

 私に向いているのは、解説者とか、コメンテーターであり、ちょっと偉そうに解説する役どころである。これは自慢ではなく、実際にそうであるのだから仕方ない。それは「キャラクター」で決まるものなのだ。

 だから、ものを書くときでも、あるいは企画などをプレゼンするときも、自分のキャラを知らなくてはならない、ということだ。キャラに合わないアウトプットをしても、どこか滑稽でサマにならず、結果もいいものにならない。

 自分は「賢いキャラ」でいきたいと思っても、実際はバカキャラであったとしたら、それはやっぱりサマにならない。いくら賢いキャラを装っても失笑を買うだけである。

 逆に、私などは「博覧強記」キャラなので、まったく知らない分野であっても、「唐沢は知らないとか言っているけれど、実は知っているだろう」と思われてしまうことが多い。それはそれで面倒ではあるのだが、キャラというのはそういうものだ。

 えー。コメンテーターには向いてないよ。「カリフォルニアの温泉の用心棒」とか「金嬉老はヒーロー」とか面白コメントばっかしてるじゃん。もともとアドリブがきくようでもないしね。

 それにしても、本人は「賢いキャラ」のつもりなのに実は「バカキャラ」だったとわかったときのインパクトは半端じゃない。俺も検証していて失笑が止まらないもの。

 あと、ひとつ気になるのは、知らない話を聞かれたときに「賢いキャラ」に見せかけようとして無理に答えたりしているんじゃないか?ということだ。そういうのってガセビアを生むもとになるからやめておいたほうがいい。

P.146、148より。

 KY、つまり「空気を読め」というのはよく言われることであるが、実はそれよりも大事なことがある。周りの空気は実にやりようによっていくらでも変えることができる。

 大事なのはJY、つまり「自分を読め」なのだ。

 自分さえ読んでいれば、周りの空気なんていくらだって変えられる。「この人が来ただけで空気が変わる」という人がいるだろう。そういう人は、自分のキャラクターを知っている人だ。

 人を動かすことができる人は、そういう人間なのである。つまり、「カリスマ」とはそういう人間の総称なのだ。

 私はカリスマというタイプではないが、少なくとも自分がどういうキャラクターで、どういった行動を期待されているかは知っている。テレビやラジオなどに呼ばれたり、文章の仕事が来ているのは、どういうことが自分に期待されているのか知っていて、それに答えることができるからである。

 これは、物書きに限らず、どんな商売の人にでも言えることだ。

 実に皮肉な文章である。「自分を読め」と説いているのに、当の本人が自分を全く読めていないのだから。だいたい、唐沢俊一は編集者と打ち合わせをすればいつも絶賛され、人前で話をすればいつも大ウケと「裏モノ日記」で書いているのだ。そういう人が自分を読めているとは思えない。余談だが、先日編集者の方と話をしたときに、「裏モノ日記」の件が気になっていたので「編集者はライターと打ち合わせをするときは相手を褒めるものなんですか?」と質問してみた。すると「あたりまえじゃないですか」と笑われてしまった。しかも、編集者が褒めたからといって企画が通るわけではないということだった。…そうか、唐沢俊一は「あたりまえ」のことをあんなに嬉しそうに書いていたのか。

 で、あと「怖いな」と思ったのは、唐沢俊一が自分を「カリスマ」だと考えているフシがあることだ。


私(唐沢)は自分がどういうキャラクターで、どういった行動を期待されているかは知っている→自分のキャラクターを知っている人は周りの空気を変えられる→そういう人間は人を動かすことができる→そういう人間の総称が「カリスマ」である


 ね? 話の流れから考えると唐沢は「カリスマ」ということになってしまう。

 それにしても、ここで書かれている「カリスマ」というのはずいぶんチンケな存在である。本当の「カリスマ」は自分も周りの空気も読んでいないのに無意識のうちに周囲に影響を与えてしまうような、それほどの存在である。自分を読んだくらいで「カリスマ」になれるのなら誰も苦労はしない。まあ、「カリスマ美容師」にはなれるかもしれないが…。

 「KY」というのは「空気を読め」というほかに「空気を読めない奴」という意味でも使われるが、そういう意味では唐沢俊一も「KY」だろう。あと、「KY」といえば朝日新聞捏造事件も連想するね。


 その後、唐沢俊一は一般人にとって最も重要なアウトプットは会話なので、会話することによって勉強の成果を活かしてほしいと書いている。…だが、どのように会話したらいいのかについては書かれていない。そこを具体的に説明してくれないと困るんだけど。


 これで第3章の検証は終わりである。第3章はサブタイトルに「自分のキャラクターに合ったアウトプットを知る」とあるように、情報を発表するにあたってはキャラクターが大事だということが再三にわたって語られている。しかし、世の中の大多数の人は無個性なのであって、「自分はこういうキャラクターなんだ」と下手に決め付けないほうがいいのではないのだろうか。だいたい唐沢俊一本人がセルフプロデュースに大失敗しているんだしね。岡田斗司夫も今の日本は「キャラ社会」だと言っているんだけど(詳しくは悠々日記を参照)。「帽子に黒ずくめの格好(シャツはよれよれ)」「ダイエットに成功した人」という外見にどれだけ意味があるのかはよくわからない。自己愛の強い人ほどキャラクターの重要性を訴えるのではないか?となんとなく思ったり。

博覧強記の仕事術

博覧強記の仕事術

ぺんぽぺんぽ 2009/09/01 22:24 たいていの人は、キャラをつくって勝負する仕事にはついてないと思うのだけど……。自己分析は重要だけど、その手の本はもういっぱいあるし、といって手法を解説してくれないし、じゃあ、自慢話を聞かされてるだけの本に見えてしまうw

てつてつ 2009/09/02 00:28 KYって本来「空気の読めない奴」って意味だと思っています。
「あいつKYだから〜」って使うんだと。

ここで引用された文章は、『私(唐沢)はJYだから』ってことですよね。
JYを「自分が読めない」と置き換えれば、そこそこ楽しい。
さらに「自分勘違い」と置き換えれば、なお楽しい。

明日タコシェ行ってきます。

yonocoyonoco 2009/09/02 01:12 その場限りの空気しか読めない人がいう台詞ですかね

この
>大事なのはJY、つまり「自分を読め」なのだ。
も自分のキャラすらつかめてない人が言う事ではないし

まだまだブーメランは続くのですか…

面白い事が好き面白い事が好き 2009/09/02 09:37 自分の欠陥部分を隠そうと思う意識が(無自覚かも)強いあまり、
その部分を庇って周囲に弱点を知らしめるという…。
その結果ブーメランが正確無比に弱点に戻ってくるのでは。

SawaharaSawahara 2009/09/02 15:38 >自分は「賢いキャラ」でいきたいと思っても、実際はバカキャラであったとしたら、それはやっぱりサマにならない。いくら賢いキャラを装っても失笑を買うだけである。
>テレビやラジオなどに呼ばれたり、文章の仕事が来ているのは、どういうことが自分に期待されているのか知っていて、それに答えることができるからである。
びっくりしたぁ! よくもまァほざきもほざいたりこんなこと。

>KY、つまり「空気を読め」というのはよく言われることであるが
わたしもKYは「空気読めない」の意味しか聞いてません(安倍晋三が再三こう言われてたのは記憶に新しいはず)。

やたがらすやたがらす 2009/09/03 01:51  おじゃまします、毎回楽しく拝見してます。


 と学会の「とんでも本」が著者の意図と別の意味で「笑える」ということなので、唐沢氏はまさに「とんでもさん」(発言が、本人の意図と別の意味で「笑える」)ですね。


 まあ賢明な唐沢氏のこと「とんでもさん」はキャラを演じてるのかもしれませんが。

kensyouhankensyouhan 2009/09/03 13:28 コメントありがとうございます。

>ぺんぽさん
自分のキャラに自信がある人じゃないと「キャラが大事」だとは語らないでしょうね。結局のところ、自慢話になってしまうのでしょう。

>てつさん
「空気を読め」という意味でも使われているらしいんですけど、自分も「空気の読めない奴」の意味だとばかり思ってました。

>yonocoさん
空気を読む能力があれば『新・UFO入門』事件であんな対応してませんよ。

>面白い事が好きさん
個人的には無自覚でやっていると思います。

>Sawaharaさん
能力のある人の自慢話は若干抵抗を覚えつつも感心してしまいますが、そうでない人の自慢話は失笑を買うだけではないかと。

>やたがらすさん
演技でやっているとしたら史上最強の釣り師でしょうね。たまには素も見せてほしいものです。

コバイアコバイア 2009/09/04 01:53 相変わらずの毒電波ぶりにしびれますが、この『博覧強記の仕事術』の語り下ろしは、唐沢本人にとっては、楽しくって仕方がない仕事だったんだろうと思いました。
大内氏を相手に思うぞんぶん自慢話をして、そこにたいして準備の要らない思いつきを織り交ぜて、口述筆記で一冊本ができてしまうのだから。饒舌で喋ることは好きなようなので、短期間で分量をこなせるし(内容はともかく)。
そのせいか、本人の認識では成功体験になっているようで、再び同じやり方で本を出そうとしているようですが(「裏モノ日記」8月27日分より)、よほど優秀な、自分でまともな本を一冊書けるぐらいの力のある編集者が付かないと、またひどいことになりそうです。

kensyouhankensyouhan 2009/09/12 15:46 コメントありがとうございます。

『博覧強記の仕事術』がどのようにして執筆されたか、については総括で触れるつもりです。