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唐沢俊一検証blog

2009-10-05

太陽神に大用心。

05:34

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 今回は『熱写ボーイ』6月号に掲載された唐沢俊一『世界ヘンタイ人列伝』第3回「変態皇帝ヘリオガバルスを取り上げる。

 …ヘリオガバルスがテーマだと知ったときは「まずいなあ」と思った。何故なら、ヘリオガバルスを論じた文章として澁澤龍彦デカダン少年皇帝』(『異端の肖像』所収)がよく知られているからだ。澁澤龍彦と比較されることは唐沢俊一としては一番避けたいのではないだろうか。ただし、やりようがないわけではない。『デカダン少年皇帝』は澁澤本人が解説で「晦渋」と評しているくらい読むのに骨が折れる文章なので、ヘリオガバルスの生涯をわかりやすく解説すればイケるのではないか?と考えたりした。…まあ、後々になってみるとこれはレベルの高すぎる心配だったとわかってしまうのだが。


 唐沢は冒頭で、Kinki kidsというのは“Kinky kids”という発音に聞こえるので、英語圏の人々には「変態少年」という意味に取られる、という話をしたあとで次のように続けている。

 ところで、“変態少年”という言葉には、ちょっと耳にしたときの違和感がある。まあそれだから印象的なのだが、それは“変態”という言葉が、“少年”という言葉と相反するもの、という常識がまだ残っているからなのであろう。昭和の後期くらいまでの時代には、変態というのは老人特有の性的嗜好とされていた。肉体が衰え、普通のセックスが不可能になった老人が、異常なシチュエーションの性的行為にふけることでその代償とするというのが変態というものの定義、とされてきた。ワカモノは、変態行為などにふけらなくとも、普通のセックスをしておれば、それで満足すると思われていたのだ。それに、若い世代は性的体験に乏しく、脳内に変態行為に走るだけの妄想の元となる知識に乏しいと思われていた。変態はエリート教養人にのみ許された特権であったのだ。

 しかし、昭和末期から平成にかけて、若い世代の間に、SMや露出等、変態とみなされる行為への嗜好が非常な勢いで広まっていった。情報化社会、映像化社会において、経験の少ない年代であっても、脳内の妄想だけで性的興奮を得ることが容易になってきたのである。21世紀の現在、SMや露出癖、同性愛などといった程度の行為はもはや“変態”と言っていいのかと思えるほどに普遍化している。これを、変態行為の悪平等化、ととらえる人が多いのも事実だ。

 「変態」が老人特有のものであるという常識が本当に存在していたのだろうか。「変態」という言葉が現在の意味で使われだしたのは大正時代に紹介されたクラフト=エビング『変態性欲心理』が切っ掛けだが、それ以降の「変態」研究でも、それが老人特有の現象とは考えられていないようなのだ。たとえば、田中香涯が編集していた『変態性欲』という雑誌の創刊号には「性的早熟と早夙性」という文章も収録されていて、「変態」が老人特有だと考えられていたとは考えにくい。それに知識がないと変態行為に及ばないというのは疑問である。自分では当然だと思っていたことが実は一般的には異常なことだったと気づくこともあるだろう。また、「変態行為の悪平等化」というよりは「変態の一般化」なのではないだろうか。『anan』の特集「ちょっと変態っぽいのが好き、こんな私はヘンですか?〜ソフトSM」というタイトルの対談が組まれたりするなど、「変態」をプラスに評価する見方も出てきているのだ。それから、「エッチ」という言葉は「変態」の頭文字から取られているという説が一般的である(性行為を意味する「エッチする」という言葉を編み出したのは自分であると明石家さんまはたびたび主張している)。「変態」は一般化されているといっていいだろう。まあ、それを「悪平等」ととらえる人がいるとは聞いたことがないが。「ヘンタイはすでに死んでいる」のだろうか(以上の文章を書くにあたって、菅野聡美『<変態>の時代』(講談社現代新書)を参考にした)。


 続いて、校長先生などの地位のある人間が性的な犯罪をする理由について、唐沢は次のように説明している。

 実は、これも変態行為の一形態なのだ。自分の社会的地位が危うくなる、という不安感を打ち消すために、脳内にフェニルエチルアミン(脳内麻薬)が分泌されるのである。この不安による麻薬分泌を、性的興奮によるもの、と脳がカン違いするのである(感覚の錯誤)という。

 そう考えると、正当なセックスでない、いわゆる変態行為は、まだまだ、エリートの老人の方にその特権が与えられているだろう。その行為がバレることで失うものが大きい人であればあるほど、快楽が大きいのだから。

 唐沢俊一が盗用しているときも脳内でフェニルエチルアミンが分泌されているのだろうか。まあ、地位のある人間の中にも「変態」と呼ばれる性的嗜好の人が一定数いるだけ、という解釈も出来そうだけど。…それにしても、唐沢の理屈だと興奮する為に出世を目指す「変態」の人もいそうなのだが。「課長になったから今までの2倍興奮する!」とかそんな感じで。


 で、ローマ帝国皇帝だったヘリオガバルスこそが最も「不安による麻薬分泌」をしていたのではないか?という話になって、本題になるわけである。…しかし、それだと「変態行為は老人特有の性的嗜好」という話は一体どうなってしまうのか。ヘリオガバルス即位したとき14歳だったんだから。


 唐沢俊一は今回のヘリオガバルスの話を書くに当たって「folklore」というサイトに全面的に依拠している。ただし、コピペしているわけではなく、全体的に文章を書き直しているので、唐沢なりに注意しているのかも知れない。…注意するくらいなら一から自分で文章を書けばいいのに。

 とはいえ、文章を書き直すといっても限度があって、やっぱりよく似た箇所が存在する。まずは唐沢の文章。

彼は金と紫の色の服装を着込んで装身具で身を飾り、王冠には宝石をちりばめ、白粉、頬紅、アイシャドーを塗りたくって女性になった。

「folklore」より。

彼が纏っていた司祭服は、足下まで届く長袖の金糸だけで織った布、紫貝で染めた絹の服で、ネックレスや腕輪等の装身具、頭には宝石のちりばめられた宝冠をかぶって、顔は白粉、ほお紅、アイシャドーで厚化粧していました。

 「白粉、頬(ほお)紅、アイシャドーはそのまま。だから、いくら気をつけてやったところでわかっちゃうんだって。

 もうひとつ。唐沢の文章より。

 男とこういう関係になる間に、女性とのセックスにもせっせとはげんだが、女性の選び方にも独特のやり方があって、人妻としかつきあわなかった。そして、彼女らとセックスをしている最中に、その夫を呼んで、寝室に招きいれ、妻のセックスを見せつかた。怒った夫によく殴られたり殺されかけたりしたが、そういう風に暴力をふるわれることを何よりも喜び、目の回りにアザを作っては嬉しそうにしていた。

 この皇帝のことを記録したカウシス・ディオによると、この少年皇帝はこういうことをして世間に“ふしだらである”“変態である”と陰口をたたかれることを自ら望んでいたようである。悪口を言われるとゾクゾクする性格だったのだろう。

「folklore」より。

「この「女」が夫としたのは、カリア人奴隷のヒエロクレスだった。以前はフリギュア王ゴルディオスに寵愛され、王に戦車の操縦を教えた男だ。〜その他にも何人かの男が皇帝から優遇され幅を利かせていた。彼らは反乱の際に皇帝に味方した者と、そして皇帝と肉体関係を持った者たちだった。皇帝は「ふしだらである」という評判が立つことを自ら望んでいた。だからこそ、もっともみだらな女たちの真似までしたのかもしれない。しかも、しばしば浮気の現場を平気で「夫」の目に触れさせた。そのため、激怒した「夫」にひどくなぐられ、よく目の回りに黒いあざをこしらえていた」(カウシス・ディオ)

 注目すべきは「カウシス・ディオ」で、正しくは「カシウス・ディオ(Cassius Dio )である。両者共に同じ間違いをしているわけだ。「folklore」に掲載されている文章はクリス・スカー『ローマ皇帝歴代誌』(創元社)が元になっているのだが、こちらではちゃんと正しい表記になっている。…唐沢は原典にあたらずにサイトだけを見ちゃったんだろうなあ(ただし、サイトには参考文献が明記されていない)。『ローマ皇帝歴代誌』には他にもヘリオガバルス神殿で少年を虐殺し、ライオンと猿と蛇を閉じ込めた所へ人間の性器を放り込むなどといった奇妙な儀式をしていた話も載っているから、読めばよかったのに。あと、ヘリオガバルスが殴られた「夫」というのは、「人妻の夫」ではなくヒエロクレスのことなのでは?


 たったひとつのサイトだけをモトネタにしている時点でかなりマズいのだが、それだけでなく、唐沢の文章には間違いが散見される。

 ヘリオガバルスとはあだ名であって、ローマ太陽神の名前。

 ヘリオガバルスシリア太陽神の名前。ローマ太陽神はソル。…ヘリオガバルスの所業については、彼がシリア出身であることも大いに関係しているのだが、唐沢はその点を見事にスルーしてしまっているのだ。


 神と自分が一体化したのだから、何も怖いものはない。まずはヘリオガバルス神殿巫女と肉体関係を持ち、結婚するという暴挙に出た。当時、神殿に使える(原文ママ巫女処女であることが絶対条件であり、肉体関係を男と持った巫女は石投げの刑に処せられるのが掟だったが、ヘリオガバルス皇帝は平然とこれを無視した。

 男と肉体関係を持った巫女生きたまま穴に埋められる決まりになっていたという。ネタ元の「folklore」でもこの点はちゃんと書かれているんだけどなあ。なお、塩野七生は、ヘリオガバルス巫女と結婚したことについて、彼が生まれ育ったシリア神殿巫女巡礼者相手に売春していたことから、ローマ巫女も同じようなものだと考えたのではないか、と分析している(余談だが、塩野七生が『ローマ人の物語』の中でヘリオガバルスの乱行についてそっけない記述をするに留めているのはなかなか興味深い)。


 SとMという気質を比べると、Mの気質の方がずっと支配欲、権力欲が強いという。SMプレイがうまく行くのは、M役のリードいかんにかかっているといわれるのはそのためだ。ヘリオガバルスはそんな、典型的な“支配的マゾヒズム”であった。

 女王様にムチで打たれている人が「支配」したがっているのだろうか。第三者から見ていると「支配」されているようにしか見えないけどなあ。


 彼の乱脈に、さすがに祖母のマエサも孫の廃位を決意する。反乱軍に追われたヘリオガバルスは、便所に逃げ込むがそこで殺され、首を刎ねられた。享年、わずかに18歳。

 この変態皇帝にしてこの最期、というのは何か天網恢恢という気がすることも確かである。しかし、彼は先に言ったように、真性のMであった。そういう男にとり、便所で無残に殺され、ローマ皇帝一の変態男、として歴史に名を残すのは、最高の快楽だったのではないか。そう思えてならない。

 ヘリオガバルスの最期についてはいくつかの説があって、便所で殺されたというのはひとつの説に過ぎないということは澁澤龍彦も『デカダン少年皇帝』の中で書いている。その一方で澁澤は、ヘリオガバルスの遺体がテヴェレ川に投げ込まれたことは確かである、としている。ゴールド・エクスペリエンスレクイエムにボコボコにされたディアボロが落ちた川がテヴェレ川ですね。ローマ帝国の犯罪者はテヴェレ川に投げ込まれる決まりになっていたそうで、つまり、ヘリオガバルス皇帝でありながら最後は犯罪者として扱われたことになる。唐沢俊一も事実がどうかわからない「便所死亡説」にこだわるより、そっちを重視すればよかったと思うのだが。


 …どうも、澁澤龍彦と比較してどうなのか?という問題ではなかったような。

異端の肖像 (河出文庫)

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〈変態〉の時代 講談社現代新書

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ローマ皇帝歴代誌

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ローマ人の物語 (12) 迷走する帝国

ローマ人の物語 (12) 迷走する帝国

O.L.H.O.L.H. 2009/10/06 07:53 >ところで、“変態少年”という言葉には、ちょっと耳にしたときの違和感がある。

 もう当然のように「がきデカ」を思い浮かべました。勝手に違和感があると決め付けられても。
 よそのサイトを参考にするようになって、これは蔵書を処分しても惜しくないわけですね。仮置きしているはずの錦糸町の倉庫にその後行った形跡もないですし。

藤岡真藤岡真 2009/10/06 11:36 >Mの気質の方がずっと支配欲、権力欲が強いという。SMプレイがうまく行くのは、M役のリードいかんにかかっているといわれるのはそのためだ。

 ああ、これは性的嗜好と実生活がごっちゃになっているんです。権力者、独裁者にはMが多く寝室では鞭を受け、踏まれてのた打ち回る。実生活では冷酷に支配し、大量虐殺も躊躇しない。逆にS嗜好の人って、実生活ではひ弱で、ギャンブルなんか全くしないといった人が多いそうです。
 ま、SMプレイ中にMが支配しようとしたら、Sに半殺しにされて、本来の目的は達せられることにはなるでしょうが。

yonocoyonoco 2009/10/06 11:50 塩野七生さんのローマ人の物語てそこら辺のスキャンダラスな資料を廃除してる(ティベリウスとかカリギュラ、ネロあたりもそうでした)からですね>そっけない記述

今回の文章みるかぎり、唐沢さんは澁澤龍彦さんの件の文章すらみてないから適当に書けるのかな?と思ったりします
唐沢さんじゃなくてそのサイトの人なら澁澤龍彦さんと比較できそうですね

S.KS.K 2009/10/06 18:14 >彼が纏っていた司祭服は、足下まで届く長袖の金糸だけで織った布、紫貝で染めた絹の服で、
>ネックレスや腕輪等の装身具、頭には宝石のちりばめられた宝冠をかぶって、顔は白粉、
>ほお紅、アイシャドーで厚化粧していました。

ライトもカメラもない古代司祭が、満場の注目を集める工夫
として「化粧ときらびやかな装束」って当然ですよね?

herfinalchapterherfinalchapter 2009/10/06 18:59 >21世紀の現在、SMや露出癖、同性愛などといった程度の行為はもはや“変態”と言っていいのかと思えるほどに普遍化している。これを、変態行為の悪平等化、ととらえる人が多いのも事実だ。

同性愛はともかく、SMや露出癖までもが「もはや“変態”と言っていいのかと思えるほどに普遍化している」とは、さすがに言いすぎでしょう。げんにWHOの「国際疾病分類(ICD)」においては、フェティシズム、窃視症、小児性愛などと並んで、露出症とサディズム・マゾヒズムが規定されていますし。

そもそも「変態」と「普遍化」を二項対立として捉えることからしておかしいわけで。娯楽には「不健全であるからこそ楽しい」という側面もあることは確かですから(ただし唐沢の挙げる「校長先生などの地位のある人間が性的な犯罪をする」という例が適切かどうかはわかりませんが)正確には「変態」として認知された上で「普遍化」していると捉えるべきでしょう。

また前回も書きましたが、精神医学において同性愛は「行為(嗜好)」ではなく「性的指向」と規定されていますので「SMや露出癖」と同列に置くのは誤りです。

ちなみに、欧米のゲイリブでは、異性愛を含めたあらゆるセクシュアリティを「クィア(queer=変態の意)」として平等に扱う「クィア理論」という思想があることは事実です。しかし、あくまでもアカデミックな議論であって一般的な考えではありませんから、やはり「普遍化」しているとは言えないでしょうね。

herfinalchapterherfinalchapter 2009/10/06 19:27 読み返すと矛盾がありました。連投すみません。

×
>正確には「変態」として認知された上で「普遍化」していると捉えるべきでしょう。


>百歩譲って唐沢の言うとおりSMや露出癖が「普遍化」しているのだとしても、それはあくまで「変態」と認知された上でのことでしょう。

gurenekogureneko 2009/10/06 20:05 >この変態皇帝にしてこの最期、というのは何か天網恢恢という気がすることも確かである。

「天網恢恢」だけだと、『老子』の主張とは逆に、悪人の多くが天罰を免れている印象を受けてしまいますね。

jojoejojoe 2009/10/06 23:01 このブログを見ていて思うのですが、いや、私の読解力や理解力が無いのもあると思うんですけど、何が言いたいのかがよくわからないんですよね。オタク第一世代と呼ばれている人達をバカにしたいのか、唐沢さんの事件がめしうまなので、からかいたいのか、それとも糾弾したいのか、ただ単に嫌いなのか、どれなのかがわからないんです。根底の部分でどういう気持ちで書いているのか、これを通して、何を伝えたいのでしょうか?要は「唐沢俊一なぞ勉強もしていないし、適当な仕事ばかりしている駄目やつだ。」ということなんでしょうか?

藤岡真藤岡真 2009/10/06 23:42 >ojoeさん
 全部+「ときどき湧いてくるあなたみたいな人」ウォッチングです。
 面白いよ〜。

B.E.P.B.E.P. 2009/10/07 00:14 横から失礼します。

藤岡真さま

>権力者、独裁者にはMが多く寝室では鞭を受け、踏まれてのた打ち回る。実生活では冷酷に支配し、大量虐殺も躊躇しない。逆にS嗜好の人って、実生活ではひ弱で、ギャンブルなんか全くしないといった人が多いそうです。

これは唐沢と親しくしている落語家さんが高座でよく言っています。親しいがゆえにパクるわけにもいかず、唐沢一流のレトリックを駆使し翻訳した結果だとわたしは見ています。何も無理せず、「ある落語家によれば」と断ってその通りに書けばよかったと思いますがね。

失礼しました。

藤岡真藤岡真 2009/10/07 07:02 >B.E.P. さん
 M気質とS気質に関しては、団鬼六のエッセイから仕入れた話です。

kensyouhankensyouhan 2009/10/07 07:37 コメントありがとうございます。

>O.L.H. さん
>がきデカ
まさに「変態少年」ですね。

>藤岡さん
そういうものなんですか。「エッチ」もそうですけど「S」とか「M」とかもすっかり一般化してますね(こっちはダウンタウンの松っちゃんが定着させたとか)。

>yonocoさん
余談にそれていたらいつまでたっても終わらないせいなのかもしれませんが。塩野さんは「カエサル萌え」の人だし。

>S.Kさん
そういう考え方もできるのかもしれませんね。他の皇帝と比較すればいいんでしょうけど。

>herfinalchapter さん
唐沢俊一はもう少し自分の意見を整理して欲しいですね。そもそも「変態行為が老人特有」というのがどこから来た話なのか。

>gurenekoさん
まあ、略しているんでしょうけどね。

>jojoeさん
>オタク第一世代と呼ばれている人達をバカにしたいのか
どの世代にも立派な人とそうでない人がいるだけだと思うので違います。
>唐沢さんの事件がめしうまなので、からかいたいのか、それとも糾弾したいのか
盗用については被害者が存在しているのでとても「メシウマ」とは思えません。
>ただ単に嫌いなのか
唐沢俊一に対して何の感情もありません。直接話をするとそんなに悪い印象は持ちませんでしたけど。
>「唐沢俊一なぞ勉強もしていないし、適当な仕事ばかりしている駄目やつだ。」
唐沢俊一をどのように考えるのかは読者の皆さんの自由にしてほしいと思います。

それにしても、jojoeさんはどうして自分の目的や動機を気になさるのでしょうか? 目的や動機が分かったところで検証の結果に違いが出るとも思えないのですが。

ここで念のために書いておくと、「唐沢俊一検証blog」の目的は「唐沢俊一の活動を検証し、おかしな点を指摘していくこと」です。唐沢のやっていることに問題があるとわかっていただければ自分としては満足です。別に唐沢俊一を抹殺しようとか唐沢に怨みがあるとかそういうことはまったくありません。「抹殺」とか言われるとガイラー将軍みたいで笑ってしまいますが。
…しかし、時々jojoeさんのように「自分が検証する目的や動機はなんなのか」ということを気にされる方がいらっしゃって、自分は何度も説明してきたのですが、なかなか納得していただけないようなので、冬に出す予定の『検証本VOL.2』で検証をはじめたいきさつと検証についての考え方を簡単に書くことにしました。関心があるのでしたら読んでいただきたいと思います。

はりはり亭はりはり亭 2009/10/07 20:12 ヘリオガバルスについては白水社の「ヘリオガバルスまたは戴冠せるアナーキスト」がまだ普通に手に入るんじゃないでしょうか。
あと「カウシス」と「カシウス」はラテン語に詳しくなくてもちょっとローマ関係の本を読んでいたらピンとくる間違いですよね。

jojoejojoe 2009/10/08 06:34 >藤岡真さん
ojoeさんは恐らく私のことだと思うので。全部ですか。なるほど。それはそれで面白いですね。+たまに沸く私みたいな人間ウォッチングですか。うん、それも面白いですね。初めの質問がクレーマーみたいな文章になってしまったようで、自分でも反省しています。

>kensyouhan
ご丁寧にご返答ありがとうございます。
>それにしても、jojoeさんはどうして自分の目的や動機を気になさるのでしょうか? 目的や動機が分かったところで検証の結果に違いが出るとも思えないのですが。
純粋に浮かんだ疑問です。失礼を承知で言えば、検証の結果云々にはさほど興味を持っていません。私の中では「唐沢俊一は話の内容云々より、話し方はオモロイな。好きではないけど位の人間」ですから。ネットで岡田斗司夫のことを検索して見た時の内容が、唐沢俊一の検証ブログなのに唐沢俊一の話が一個も出てきていなかったので、「あれ?このブログを書いている人の根底って、何なんだろう」と疑問をもっただけのことです。私は回答頂いた説明で満足できました。藤岡さんのコメントで若干混乱しましたがw。もし私のコメントで不快になった部分がありましたら、お詫びします。申し訳ありませんでした。ご丁寧にありがとうございました。

後鳥羽だろ、常考後鳥羽だろ、常考 2009/10/08 17:20 ……いや、後白河かも知れないし。
それはさておき。

>昭和の後期くらいまでの時代には、変態というのは老人特有の性的嗜好とされていた。肉体が衰え、普通のセックスが不可能になった老人が、異常なシチュエーションの性的行為にふけることでその代償とするというのが変態というものの定義、とされてきた。

「とされてきた」って、谷崎潤一郎「瘋癲老人日記」や川端康成「眠れる美女」を読んで短絡的に導き出した「変態=老人」の個人的イメージをあたかも一般論のごとく言いつのってるだけじゃないんですか? あ、嫌みに聞こえたらごめんなさい。嫌みなんです。

kensyouhankensyouhan 2009/10/10 06:34 コメントありがとうございます。

>はりはり亭さん
コピペしたときに検索すればいいんですけどね。どうしても迂闊なんだよなあ。

>jojoeさん
確かに「唐沢俊一検証blog」でありながら岡田斗司夫や「と学会」も扱ってますからわかりにくい点はあるかもしれません。唐沢俊一を考えるうえでためになると思われる問題は躊躇無く取り上げることにしているだけなのですが。

>後鳥羽だろ、常考 さん
個人的には後水尾ですかね。
変態が老人限定という発想がどこから来たのかは本当にわかりません。

りったりった 2009/10/12 14:31 横から失礼します。

>塩野七生が『ローマ人の物語』の中でヘリオガバルスの乱行についてそっけない記述をするに留めているのはなかなか興味深い

好き嫌いもあるとは思いますが、塩野氏はカッシウス・ディオの「ローマ史」に依拠しすぎることを避けているのではないかと思います。むろん、小説としての発想を束縛するとか創作上の要因もあるかとは思いますが、彼女は恐らく「ローマ史」が抱える危うさを知っているかとは思います。


「ローマ史」でまともに残っているのはポンペイウスの海賊退治からポントゥス征服あたりの共和制最末期から、クラウディウスの死に至るまでの36−60巻までです。神話時代から共和制時代のローマの記述のある1−35巻は断片しか残っていませんが、量が多いことと、ローマ史を研究してきた多くの学者たちが引用や抽出を繰り返してきたため、ある程度再建することが可能だとされています。
それに対して、クラウディウスの死からアレクサンデル・セウェルスの死までを記述した61−80巻は、わずかな断片と、11世紀の修道士が残した簡単な要約しか残っていません。キリスト教はキリスト教を弾圧した皇帝たちと同性愛を苛烈に排撃していたので、成立から約900年経過した当時では、修道士が読んだであろう61−80巻には曲筆されたり、憶測で作られた部分もあって不思議ではないかと思われます。

「ローマ史」皇帝の性癖の記述については、カッシウス自身読んだであろう、スエトニウスの「皇帝伝」にならったものと思われますが、スエトニウスの記述は市民の噂を集めたものを事実として掲載している箇所も多いとされています。
カッシウスは、伝統的なローマ市民として、オリエントの慣習をローマに持ち込むことに対しての嫌悪感もあったでしょうし、政治家としてもヘリオガバルス帝の批判者であり、彼の暗殺後の皇帝アレクサンデル・セウェルスの時代に執政官を務めています。彼に対する記述に誇張や悪意があっても不思議ではありません。

唐沢氏はそうした危うさについては意図的にスルーか、全く分からないまま真に受けて書いている印象です。ローマ時代、ギリシアから小アジア、シリアにかけては神格化される際に、神の完全性を示す象徴として両性具有がありました。当時の母権的な宗教社会では男性の祭司が女装(去勢することもあったようです)することで、両性を持ち、神と同一化すると考えられていたのです。

ヘリオガバルス帝を今の価値観で「ヘンタイ皇帝」と言うのは自由ですが、時代や社会背景を知らぬまま言っている印象がぬぐえません。少し調べれば分かることなんですけどね。

kensyouhankensyouhan 2009/10/22 00:05 コメントありがとうございます。

なるほど。塩野七生は史料の性質を考えているわけですね。
唐沢俊一はそういった配慮は全くしてませんね。ヘリオガバルスがシリア出身という重要な要素を完全にスルーしてますから。ヘリオガバルスについて語るときに欠かすことができないはずの、ローマに来た時に「石」を運んできた話すらしてません。