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唐沢俊一検証blog

2009-10-11

オール怪獣対大ゴジラ。

16:24

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 『EX大衆』10月号掲載のゴジラ&オール怪獣再襲来」という企画で、唐沢俊一が『ゴジラ』(54年版・84年版)、『ゴジラvsビオランテ』、『ゴジラvsキングギドラ』、『ゴジラモスラキングギドラ大怪獣総攻撃』、『ゴジラFINALWARS』、そして『空の大怪獣ラドン』、『モスラ』の解説をしている。上記の作品がブルーレイで発売されることを記念した企画らしい。


まず、54年版『ゴジラ』について。

 怪獣映画の原点は社会不安だと思うんです。怪獣映画とホラー映画は交互に流行ると言われていて、戦争や原水爆といった目に見える恐怖のアナロジー怪獣映画で、公害や伝染病といった目に見えない恐怖はホラー映画で表現されています。

 唐沢の分類だと『ゴジラヘドラ』はホラー映画になってしまう。『スペクトルマン』には「公害Gメン」が出てくるけどあれもホラーなのだろうか。そもそも怪獣映画とホラー映画が交互に流行ってきたと言えるのどうか。


 みどころは、当時の着ぐるみがめちゃくちゃ重そうなところ。中島春男(原文ママ)さんという黒澤映画にも出演されていた俳優の方がスーツアクターをされているんですけど、重いがゆえに制限された動きがまるで神の使いのよう。ゴジラが歩くときの摺り足って能に似ていて、どこか厳かなんですよ。

 「着ぐるみがめちゃくちゃ重そうなところ」が見どころってどんな映画なのよ。ゴジラと能を結びつけるのは、現在のオタク文化浮世絵とかの江戸時代の文化を結びつけるどこかで見たような理屈に似ているけど、緻密に考えないとトンデモになってしまうだろうな。


 徳川無声(原文ママ)という活弁士から俳優になった方が『エノケン孫悟空』という映画で、ワニの着ぐるみを着て沼から現れるシーンがあったんです。結局、そのシーンはカットされてしまったんですけど、円谷英二監督がその姿を見て、ゴジラの造形を思いついたのではないかという説があるんです。

 人名の誤記が早くも2つ。しかし、そんな説は聞いたことがないので調べてみたら、実はこの話は唐沢本人が「ベテランの映画業界人」の口から2回も聞いたものであると『素晴らしき円谷英二の世界』(中経出版)の中で書いてあった。映画業界でそのような噂があったのは確かなのだろう。だが、唐沢は『素晴らしき円谷英二の世界』で、この説を紹介した後でこのようなことを書いている。

ゴム性のぬいぐるみが劣化もせずに戦後の54年まで残っていたわけもなし、これも取るに足らない珍説と言える。

 『エノケン孫悟空』は1940年に製作された映画である。…しかし、なぜ自分で「珍説」であると過去に否定した話を今になって紹介するんだろう。せめてフォローは入れておいてほしい。なお、『素晴らしき円谷英二の世界』に収録された文章に重要なことが書かれているので、次回取り上げる。


 次は『ゴジラvsビオランテ』。

 昭和ゴジラのときは、ほかの怪獣が出てくると「どっちが勝つんだろう」という興味があったけど、ビオランテは案外簡単にやられてしまうんですよ。この作品で、ゴジラが強くなりすぎてしまった印象がより濃くなってきましたね。自衛隊の活躍も目立つようになっていって、以降の作品ではメカニックの魅力もみどころのひとつになっていきます。

 『ゴジラvsビオランテ』に登場したメカといえば「スーパーX2」のことだろう。…「2」? そう、『ゴジラ』84年版に登場した「スーパーX」の後継機なのだ。…いや、それだったら「以降の作品では」だなんて『ゴジラvsビオランテ』が画期的な作品だったような書き方をすべきじゃないって。それに、過去の東宝特撮作品にも魅力的なメカは多数登場している。ムーンライトSY-3、メーサー殺獣光線車、轟天号(そもそも作品のタイトルが『海底軍艦』だ)などなど。モゲラやジェットジャガーも一応メカなんだろうな。どうして、そういうのを素っ飛ばした話をするのかなあ。ちなみに、スーパーXには批判的な意見もあるようだけど、自分は結構好きです。


 『ゴジラvsキングギドラ』。

 この作品まではキングギドラ東宝の怪獣のなかでも一番デカくて、一番強いというイメージで、昭和ゴジラではほかの怪獣の協力がなければ勝てなかった。しかし、この作品でキングギドラがはじめてゴジラと対等になったんです。それだけゴジラが成長した証でもあります。また、公開中にソ連が崩壊して、世界に対立軸がなくなるのですが、平成『ゴジラ』シリーズでもしだいに善悪の対立関係が曖昧になっていきます。

 『ゴジラvsビオランテ』の解説で「ゴジラが強くなりすぎてしまった」と書いていたのに対し、ここではそれを「成長した証」と書いている。そもそもゴジラは成長してきたのだろうか。『ゴジラvsキングギドラ』以降の作品で「善悪の対立関係が曖昧になって」いるのかどうかも疑問。『FINALWARS』なんかかなり善悪がわかりやすかったような。


ゴジラモスラキングギドラ大怪獣総攻撃』。

 ゴジラを守る聖獣としてキングギドラが登場し、善悪が逆転してしまいます。ゴジラは白目を剥いていて、かなり恐ろしい造形ですね。この作品の特徴としては「人が死ぬ」ことが挙げられます。第1作以外はファミリー映画ということもあって、「人が死ぬ」シーンはなるべく避けていました。しかし、この作品では、ゴジラヘリコプターを落とすシーンで「あの人、死んだわ」とあえて言わせたり、ゴジラが通り過ぎてるのを見てホッとした入院患者が、その矢先にシッポで殴打されて死んでしまう。「人が死ぬ」シーンの多さは、現在の恐怖は国や集団ではなく、個人の身に降りかかる具体的なものだということを象徴しているのではないでしょうか。

 『ゴジラの逆襲』からファミリー映画になったと考えていいのだろうか。あと、入院患者(篠原ともえ)は建物ごとゴジラに破壊されて死んでいるから「殴打」というのは違和感がある。しかし、『大怪獣総攻撃』で人が死ぬシーンが多い理由の分析は正直何を言いたいのかよくわからない。個人にとっては「死」はいつの時代も具体的なものだろう。なお、唐沢俊一「裏モノ日記」2001年11月25日で『大怪獣総攻撃』で人が死ぬシーンが多く描かれていることを批判している。

※追記 日常非日常さんに指摘されたが、キングギドラゴジラを守る聖獣」って! じゃあ、なんでキングギドラゴジラと戦っているんだ。正しくは「護国聖獣」としてモスラ・バラゴンとともにゴジラと戦っているのである。


 『ゴジラFINALWARS』。

 84年以降の強くて怖いゴジラから、人類の味方としてのゴジラに改めてシフトした作品で、昭和ゴジラのかわいらしさも表現されています。「日本にもたらされた災害」であったはずのゴジラが、最後の作品で日本の象徴になったのです。1作目で海から現れたゴジラが、この作品のラストシーンで海に帰っていくのも印象的ですね。

 『ゴジラ』シリーズのラストシーンで、ゴジラが海に帰っていくのは『FINALWARS』以外にもいくつかある。なお、「裏モノ日記」2004年11月30日に『FINALWARS』の感想がある。


『空の大怪獣ラドン』。

 「超音速」という言葉に象徴されるように、ジェット機の時代に作られた作品で、「空を飛ぶ怪獣」としてラドンが登場しました。ゴジラは「戦争の恐怖」の象徴で生物らしさがないのですが、ラドンはまっとうな生物として設定されています。巨大ヤゴのメガヌロンを食べていたり、卵から孵化したり、親が子を守ろうとしたり……、そこがゴジララドンの大きく異なる点ですね。

 ミニラ…。


 『モスラ

 キングコングの逆襲』でキングコング東京タワーに登ったように、高い建物の街は怪獣に襲われやすいんです。ところがモスラの幼虫の場合は、高い建物だと隠れてしまうので、低い建物が多い渋谷を襲わせたんです。そのほうがモスラは映えますからね。脚本の関沢新一さんが東横線沿線に住んでいたから渋谷を襲わせた、という説もありますね。米ソの冷戦が作品に影響を及ぼしていますが、日本の戦争被害をイメージさせるゴジラに対して、モスラは「世界に平和を」というメッセージが込められていると考えられます。

 「高い建物の街は怪獣に襲われやすい」というのはおかしな書き方だなあ。怪獣が高い建物を壊すと迫力があるから、映画の中では高い建物のある街で怪獣が暴れることが多い、という話なんだろうけど。あと、『キングコングの逆襲』という『モスラ』よりマイナーな映画を例に出すのはどうなんだろうか。この文章が特撮ファンを対象にしているのなら別にいいんだろうけど。

 

 各作品の解説とは別に唐沢俊一ゴジラ考」として「『ゴジラ』は日本の「現在・過去・未来」を反映していた」という文章が載っている。渡辺真知子みたいなタイトルだけど。いかさま占いは続く。

 ゴジラと『男はつらいよ』の寅さんって似てると思うんですよ。寅さん柴又から旅に出て、旅先で恋をして、また柴又に戻る。ゴジラも海からやってきて、暴れまわって、海に帰っていく。日本人はまた旅もの(原文ママ)が好きなんですよ。顔見知り同士だからこそ膠着してしまう問題を、しがらみのないヨソ者がふらっと現れて解決するというパターンを愛している。『渡り鳥』シリーズの小林旭も『網走番外地』シリーズの健さんもそうですね。

 また、ゴジラは神聖なものの象徴とも考えられ、とくに1作目では荒ぶる神様への日本的な対処法がよく現れています。台風や凶作のとき、日本人はそれを祓うためにお祭りをして、怒りを鎮めるためにいけにえを供える。1作目では日本が誇る科学者の芹沢博士がいけにえだったのかもしれません。

 『ゴジラ』と『男はつらいよ』が似ていると思っているのだったら、『昭和ニッポン怪人伝』でも対比すればよかったのに。『男はつらいよ』の比較対象として洋画である『007』シリーズを挙げるのは無理があったんだから(詳しくは5月19日の記事を参照)。しかし、『ゴジラ』シリーズでは「股旅物」のパターンにあてはまらない作品もあるから(むしろその方が多いのか)、どうもしっくりこない話である。

 また、ゴジラは「荒ぶる神」であり、芹沢博士はゴジラを鎮めるいけにえになったという説は『トンデモ事件簿』の中でも書いていて(それについての検証は2008年11月6日の記事を参照)、『文芸別冊・円谷英二』(河出書房)に寄稿した文章でもこの説を唱えている。


 1作目で、戦争や核に対する恐怖の象徴としてゴジラが登場し、以降、政治や社会情勢を反映させた作品として『ゴジラ』シリーズは続いていくんです。そして、『キングコング対ゴジラ』がひとつの分岐点になります。高度経済成長のなかで自然が破壊されて街並みが変わり、コンクリートと鉄骨でできた建物に囲まれたなかでキングコングゴジラが暴れるだけ暴れて去っていく―。昭和ゴジラシリーズは「自然の逆襲を忘れちゃいけない」というメッセージ性とともに自然と文明の対立が軸になります。

 しかし、84年以降のゴジラは、どこに恐怖の対象を持っていったらいいのかわからなくなっていくんです。その一方で、科学の発展とともに日本人は怪獣に対抗しうる力を持つようになります。そこに我々は、国や生活を守る科学技術の将来に希望を抱くわけです。

 過去の戦争被害からはじまって、米ソ冷戦高度経済成長、日本を取り巻く社会状況とともに歩いてきた『ゴジラ』シリーズですが、平成以降の作品に関しては日本の未来を描いてきたわけです。

 …うーん、『キングコング対ゴジラ』以降の第1期『ゴジラ』シリーズでどのような形で「自然と文明の対立」が現れているのか説明してほしいところだなあ。そもそも、キングコングゴジラは最初に中禅寺湖で戦って最終決戦はご存じの通り熱海城なので「コンクリートと鉄骨でできた建物に囲まれたなかで」戦ったと言われると違和感がある。あと、『キングコング対ゴジラ』は「股旅物」になるのかどうかも気になる。

 平成『ゴジラ』シリーズの「国や生活を守る科学技術の将来」というのは、モゲラや機龍のことと考えれば間違いではない、のかな? まあ、昭和の『ゴジラ』シリーズにだって「未来」を思わせる描写はなかったわけではないのでは?とも思うけど。


 全体的に話がである。『ゴジラ』シリーズが日本社会を反映してきた作品というのは確かなのだろうけど、もっと丁寧に分析してほしい。

※一部追記しました。

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【東宝特撮Blu-rayセレクション】 ゴジラ VS キングギドラ

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DREAM PRICE 1000 渡辺真知子 迷い道

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日常非日常日常非日常 2009/10/11 17:26 >ゴジラを守る聖獣としてキングギドラが登場し

これ本当に書いてあるんですか・・・。
えっと・・・どうGMKを観ればキングギドラがゴジラを守る映画になるのでしょう・・・。

七七四之助七七四之助 2009/10/11 18:20 ゴジラが内股?どうみてもがに股ですが。

KAGEKAGE 2009/10/11 18:30 公害問題はホラー映画で表現?
単に70年代初期に社会問題になっっていたから取り上げる作品が多かっただけでは?
70年代版『ゲゲゲの鬼太郎』とか『ドロロンえん魔くん』(共にアニメ版)でも公害問題と妖怪をからめていたし。
どっちもホラーではないと思うし(多分)
まあ映画でもないから少し難癖みたいな意見ではありますけど。

そんな事より今回は、

「ミニラ…。」

↑このツッコミが最高です(笑)
文章の穴を指摘すると同時にゴジラ好き(じゃなくても有名でしょうが)ならすぐ理解出来るこの一言。
とゆーか一言で覆させられる様な文章書いてる方が悪い訳ですが。

kensyouhankensyouhan 2009/10/11 18:36 コメントありがとうございます。

>日常非日常さん
追記しておきました。
ご指摘を受けて「うわー、引用しそこなっちゃったよ」と思って、あわてて元の記事をチェックしたら、マジで書いてありましたorz まさかそんなミスをするなんて。

>七七四之助さん
ガニ股ですね。

kensyouhankensyouhan 2009/10/11 18:39 コメントありがとうございます。

>KAGEさん
公害をテーマにした怪獣映画だって戦争をテーマにしたホラー映画だって有り得るわけで、区別する意味がわかりません。

globotechglobotech 2009/10/11 20:11 あっちゃー・・・。コンビニで立ち読みした時「ゴジラと『男はつらいよ』の〜」というのが目に入った瞬間に本棚に戻しましたが、こんな内容だったんですねぇ。
改めて、こんな文章を検証するkensyouhanさんがかわいそうに思えてきました。
でも、もっと読みたいんで、ぜひ続けてください。とも思いますが(苦笑)

あと、こういう意味での映画のジャンル分けは、あまり意味がないですよね。
ホラーコメディとか、ミュージカルホラーとか、ハイブリッドなジャンルもあることですし。

nyannnyann 2009/10/11 20:35 昭和ゴジラが一作目以外人の死を避けていたってのは疑問ですね。
『モスラ対ゴジラ』の佐原健二と田島義文なんてあんなに容赦なく殺されてるのに。
特に田島義文の方は金の奪い合いでゴジラじゃなくて佐原健二に殺されるというファミリーには
ちょっとショッキングなシーンでしたけど。『三大怪獣』の阿蘇山に降りた大村千吉とか、
人の死とはちょっと違うけど『怪獣大戦争』のX星人水野久美とか、『ドゴラ』のギャングとか
『モスラ』のジェリー伊藤とか人の死のシーンのオンパレードなのでは?
ただ怪獣が人食いをするというのは東宝では出来なかったことを大映がやって、それが
大映の自慢になったという話は聞いたことがありますが。

discussaodiscussao 2009/10/11 22:05 >ゴジラと『男はつらいよ』の寅さんって似てると思うんですよ。

この話、最近読んだ本のどこかにあったような気がします。斉藤環氏や伊藤剛氏、大泉実成氏、あと岡田斗司夫氏もこういうことは言わないと思うから、消去法で残った唐沢俊一編著『なぜわれわれは怪獣に官能を感じるのか』なのでしょうが、あんまり下らない話なので確認する気がおきません。与太話として受け取ってください。

>。ゴジラと能を結びつけるのは、現在のオタク文化と浮世絵とかの江戸時代の文化を結びつけるどこかで見たような理屈に似ているけど

岡田斗司夫氏の「オタクの源流は江戸の数寄者」といった例ですか。能でも歌舞伎でも落語でも好きなら好きでけっこうなんですが、既成のジャンルに自らをなぞらえる癖はそろそろ直したほうがいいですね、いい大人なんだし。

個人投資家個人投資家 2009/10/11 22:25 >ゴジラと『男はつらいよ』の寅さんって似てると思うんですよ。寅さんは柴又から旅に出て、旅先で恋をして、また柴又に戻る。ゴジラも海からやってきて、暴れまわって、海に帰っていく。

 対比が変だな。
 寅さんは映画の冒頭で、柴又のとら屋に帰ってくるのだけれど。

 無理に寅さんと並べる必要はないだろう。

通りすがり通りすがり 2009/10/11 23:21 >nyannさん
東宝作品だと「サンダ対ガイラ」や「ノストラダムスの大予言」で怪獣や原住民の人食いシーンがありますよ。

通りすがり2号通りすがり2号 2009/10/11 23:25 >個人投資家さん
何作目だったか寅さんのオープニングでゴジラのパロディがあって寅さんが怪獣の孤独さに同情するシーンがあって、
前田吟が松竹作品だからと突っ込みを入れると寅さんの目がさめるというのがありました、なお登場した怪獣はギララでした。

すいません脱線気味で。

滋山香滋山香 2009/10/11 23:59 >日本人はまた旅もの(原文ママ)が好きなんですよ。顔見知り同士だからこそ膠着してしまう問題を、しがらみのないヨソ者がふらっと現れて解決するというパターンを愛している。
「シェーン」の立場が……

altnkaltnk 2009/10/12 00:46 唐沢の今回の雑文(は/も)無惨です。よくもここまでテキトーなことを、と寒心(誤変換ではない)します。この面の皮があればこその商売なのでしょうか。

古賀古賀 2009/10/12 11:32 「ゴジラを守る聖獣」
これも「ロバート・ケネディ大統領」と同じで、1回でもちゃんとチェックすれば気がつきそうな感じのミスですが。

>ゴジラと『男はつらいよ』の寅さんって似てると思うんですよ。

強引に似せるとしたらこんな感じかなあ。

http://fueiku.cocolog-nifty.com/fueikumovie/2009/10/post-10fa.html

>顔見知り同士だからこそ膠着してしまう問題を、しがらみのないヨソ者がふらっと現れ
>て解決するというパターンを愛している。

でもこれはゴジラにはまるであてはまらないような気が。

日常非日常日常非日常 2009/10/12 19:02 本当に書いてあったんですね・・・ギドラ・・・。再チェックまでしていただいたようで・・・すいません。

話は変わりますが、今回の『ゴジラ』の文で

>結局、そのシーンはカットされてしまったんですけど、円谷英二監督がその姿を見て、ゴジラの造形を思いついたのではないかという説があるんです。

とあったのでこれは円谷英二が『エノケンの孫悟空』の撮影現場でワニのヌイグルミを見て、それが記憶に残っていて後年のゴジラにつながっていく、ということなのかな、と思っていたら、その後で

>ゴム性のぬいぐるみが劣化もせずに戦後の54年まで残っていたわけもなし

とあったので、不思議に思ったんですよ。
54年時に倉庫にあったぬいぐるみを見て思いついたって説なんですかね?

でもそれですと「その姿を見て」という書き方はおかしいですし、円谷英二は『エノケンの孫悟空』に特撮スタッフで参加しているのでこれでは否定になっていないと思うのですが。ここだけ文体が違う(最初、唐沢の別の文章なのか?と思いました)のも謎です。

kensyouhankensyouhan 2009/10/12 20:14 コメントありがとうございます。

>globotechさん
「唐沢俊一」の文字を見たら読むのをやめた方がいいでしょうね。

>nyannさん
自分は『ゴジラ対ヘドラ』を思い出しました。

>discussao さん
ただ、オタク文化と伝統文化を結びつける論法は権威づけには有効なので、今後もちょくちょく出てくると思います。

>個人投資家さん
ああ、そうか。帰ってくる→飛び出すのパターンですね。

>滋山香さん
よそ者が問題を解決するというのは世界的によくあるおはなしなんでしょうね。

>altnkさん
自分も寒心してます。

>古賀さん
うまいなあ>『ゴジラはつらいよ』
自分も近いうちに短めのネタをやろうと思ってます。

>日常非日常さん
まず、最初に挙げた文章(「徳川無声〜」)は『EX大衆』に載った文章で、後に挙げている文章(「ゴム性の〜」)は『素晴らしき円谷英二の世界』に載った文章です。自分の書き方が不足していたので追記しておきます。
つまり、『素晴らしき円谷英二の世界』で既に否定してある説を、今回『EX大衆』で紹介しているのはおかしくないか?と言いたかったわけです。
『素晴らしき円谷英二の世界』では、円谷英二は『エノケンの孫悟空』で結局使われなかったぬいぐるみを使った映画を作りたいとずっと考えていて、そこからゴジラのアイディアを思いついたということになっています。話の流れに若干疑問があるので、業界人から聞いた通りに書いているのか気になりますが。

nekoneko 2009/10/13 04:46 ゴジラと寅さん…両者を一緒にSFに絡めてキレイに片付けたとり・みきさんの短編を思い出しました。
唐沢さんのウワッツラなカキモノを目にするたび、アイでもニクシミでもコウキシンでもなんでも良いが、そのキモチなりココロが無いなら、語るな、黙れ、と暗い気持ちになります。

筑前の猪筑前の猪 2009/10/13 23:15 >ワニの着ぐるみを着て(中略)ゴジラの造形を思いついたのではないか
「二本足で立ち上がったワニみたいな巨大な怪物を暴れさせたら?」と円谷英二が考えた、という意味でしょうか? まさか……。
当時の恐竜復元図、イグアノドンやティラノサウルスは背筋を地面から垂直に伸ばして、尻尾を地面に引き摺っているものだったから、それを参考にしたというのが順当なところと考えているのですが、さて。
モンスター・スーツ制作の検討用模型にワニ皮様の皮膚処理をしたものがあったことは、多くの関連書籍に写真が載っていて、よく知られていることだと思います。『ゴジラ』(第一作)のプロットに大きな影響を与えたとされる『原子怪獣現わる』(1953)の、レイ・ハリーハウゼンがアニメートした「リドザウルス」の皮膚がワニ皮状であった、つまりゴジラの皮膚造形(試案のひとつ)も『原子怪獣現わる』に原型があるのではないか、といった推測を切通理作氏はしていました(この原点を見ずに『ゴジラ』を語るな! 『キング・コング』『原子怪獣現わる』:映画秘宝Vol.7『あなたの知らない怪獣マル秘大百科』所収)

kensyouhankensyouhan 2009/10/21 23:56 コメントありがとうございます。

>nekoさん
ゴジラと寅さんを結びつけるのはアリなんですけど、そのやりかたがヘンなので困ってしまいます。

>筑前の猪さん
とりあえず、『エノケンの孫悟空』と『ゴジラ』の間が空きすぎているので信憑性は薄いのですが、唐沢俊一が「映画業界の人」からこの噂を聞いているのは少し気になります。