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唐沢俊一検証blog

2010-02-05

俊ちゃんのヰタ・セクスアリス。

16:45

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・初めての方は「唐沢俊一まとめwiki」「唐沢俊一P&G博覧会」をごらんになることをおすすめします。


 藤岡真さんのブログの1月11日のエントリーにこのようなコメントが寄せられていた。

reds_akaki 2010/01/30 00:37

既出かも知れませんが嘗て日刊ゲンダイに「私のヰタ・セクスアリス」という

著名人が女性のインタビュアーに過去の女性経験を答えるというコラムが在り

そこで唐沢俊一が答えていました。偶々紙面を見て見つけid:johanneに話した記憶が在ります。

河出文庫版「私のヰタ・セクスアリス」は確認していませんが多分載っているのでは。

 唐沢俊一が女性経験を語っているとは。ウォッチャーとしては見逃せない。早速探してみると、問題の唐沢のインタビューが日刊ゲンダイ編集部編『私のヰタ・セクスアリス機戞河出文庫P.179〜182に収録されているのを見つけた。これがとても面白いので、今回紹介してみることにする。情報を提供していただいたreds_akakiさんに感謝するとともに、情報を横取りする格好になってしまったことに対して藤岡さんにお詫びしたい。


 昭和三十三年生まれですから、いわゆる思春期が四十年代後半。まさに第一次オタク世代ですね。一般にオタクはクライ、サムイ、ムサイと思われてて、異性はもちろんのこと対人関係ベタといわれてるけど、ぼく自身は女の子との関係がヘタという自覚はないんです。

 最初からこれだもの。なんというドンファン。まあ、「本当は女の子とのつきあいがヘタなんだけど、本人にその自覚がないだけ」という可能性もあるけど…、いやいやまさか。

 小・中のころはマンガとかアニメのキャラクターの女の子とか声優の女の子とかにけっこう夢中でした。札幌の生まれなんですけど、札幌地下鉄大通駅にあった本屋さん、その近くの喫茶店がぼくらオタクの集会所みたいになってて、学校と家以外はほとんどそこに集まってました。

 さて、具体的にどういう「マンガとかアニメのキャラクターの女の子」が好きだったんだろう。唐沢俊一が「萌え」ていたなんて話は聞いたおぼえがないし、本当に「萌え」ていたのなら最近の若いオタクを批判することもないと思うんだけど。それから、唐沢俊一が「小・中のころ」に認知されていた「声優の女の子」って誰なんだろう。当時、今のアイドル声優みたいに注目されていた若い女性声優っていたのだろうか。

 …邪推すると、これは「自分はオタクですよ」とアピールしようとしてスベっているのではないだろうか。最近のオタクならアニメの女の子に萌えたり、声優の女の子を好きになるのは別に珍しいことではないが、それをそのまま「70年代のオタク」にあてはめようとしたから妙な感じになった、という気がする(念のために付け加えておくと70年代には「オタク」という概念はなかったわけだが)。

 見たいアニメの再放送をテレビ局に署名嘆願したり、取り上げてほしいマニア・ネタの注文出したりしてましたから(原文ママ)、東京発じゃない特異なマーケット事情が発生してて、東京からレコード会社やコミック業界の人たちが調査に来てたりしてました(笑い)。「宇宙戦艦ヤマト」のブームがそこで火がついた。今のアニメ・ブームは実はそこから始まったというのが定説になってます。

 お前はライフスペースか。唐沢俊一は事あるごとに『ヤマト』のブームは自分が火をつけたと主張しているが、それがウソであることは既に検証済みの定説である。「唐沢俊一まとめwiki」の「経歴・年譜」を見ただけでもおかしいとわかるし、2008年10月28日の記事も参照。ヤマト』のファンですらないんだもの

 すでにお察しでしょうが、初めての相手は、そのグループに出入りしていた女の子のうちの一人です。

 女の子もオタクはメガネ、デブ、ネクラといわれがちですが、彼女は地元の医院の次女で、かわいかった。三つ年下だったから、ぼくが高三で彼女が中三。

 でも、すぐにそうなったわけじゃないんです。周りはもうクッ付いたり離れたりにぎやかでしたけど、ぼくはリーダー格だったんで忙しかった。それにミッションの男子校ということもあって、多少自制の気持ちも働いたかもしれない。

 ここで相手の女の子の具体的な情報が出てきた。「三つ年下」「地元の医院の次女」ね。覚えておこう。唐沢俊一はサークルのリーダー格だったと発言しているけど、『古本マニア雑学ノート』(幻冬舎文庫)P.150、152では

まあ、あのころは、他人から見れば革新的なことをいろいろやっていたのかも知れないが、所詮は予備校生の片手間の遊びである。もう少し誰かがリーダーシップを取っていれば、まとまったものを活動の記録として残せたのだろうが、結局、コピーの会報を何部か出しただけで、いつの間にか空中分解してしまった。

と書いているので、そんなに大したこともしてなかったようだ。

 そのうえ進路希望に関して親との間に確執があって、それがけっこうぼくを憂うつ(原文ママ)にさせてました。けっきょく東京で浪人するんだけども、マニア団体の結束やなにかで札幌に帰ることもある。

 わーお。過去を語るたびに事実が変わる唐沢俊一の超能力が発動してしまった。「東京で浪人」って今まで言ってたことと全然違うじゃないか。

「マイコミジャーナル」のインタビューより。

「僕は、『ヤマト』のファン活動をするために、わざと1年浪人したんですよ(笑)。北海道に残りたくて」

「それまで東京文系の大学に行くための勉強をしてたのに、突然親に『北大の理系を受ける』と言って。すると、親は喜ぶじゃないですか。ウチが薬局だから、継いでくれるのかと思って。でも、そんなの受かるわけがない(笑)」

『古本マニア雑学ノート』P.141〜P.142より。

そんなこんなで高校時代は過ぎていった。大学は理系を受験したが、もともと数学は大の苦手だった上に、古書店めぐりばかりしていて勉強を全然していなかったから、受かるわけもなく、一年浪人するハメになった。

 しかし、この浪人時代の一年は、その後の僕の人生を大きく変えた。それまで古書趣味のような、どちらかというと孤独な趣味に走り、友人もあまり多くなかった僕だったが、当時札幌地下鉄の駅前にあったNという書店の伝言板に、SFアニメ同好会の会員募集があり、そこに入会したのだ。

トンデモ創世記』(扶桑社文庫)P.22より。

 そういう活動が忙しくって、わざと一浪したんですよ。ファンクラブ作って一年で僕等が卒業してしまうと、札幌の活動は壊滅状態になるということで。

山田五郎20世紀少年白書』(世界文化社)P.137より。

僕だって、漫画やアニメ特撮から卒業するのがちょっと遅れてるだけで、大学に入れば卒業するだろうと思ってましたからね。叔父の関係で演芸や演劇も好きでしたし、小説なんかも書いてみたかったし、出版の分野にも首を突っ込んでみたかった。だから1年浪人して『ヤマトファンクラブの基礎固めをし終えたところで、東京に出たんです。

 …はい、どれも「札幌で浪人した」ことになってますね。どうして『日刊ゲンダイ』でのインタビューでだけ「東京で浪人して、たまに札幌に帰る」という設定になっているのか、本当に謎。こんなんだとモテ話まで疑わしくなってしまう。


彼女は高一になっている。で、その年(十九歳)の冬休みでしたかね、ぼくの家で。二人とも初めて。

 札幌という土地はちょっと日本ばなれした性的に自由な土地で、彼女もいいところのお嬢さんだけどススんでましたね。家を出て暮していたお姉さんの影響もあって、背のびしたがっていたらしい。初めての日はだから「一大決心して来たのよ」みたいなこと言ってました。

 それからは帰郷するたびに中の島や北二十四条ラブホテル街でやりまくりました。

 ちょっと今から札幌まで行ってこようかな。このブログの読者には北海道在住の方もいらっしゃるようだから、本当にそうなのかどうかご意見をお待ちしています。

 それにしても、札幌のサークル時代にはケンカ別れした女の子がいたというし、東京の大学時代にも神保町でデートした女の子もいたというから(詳しくは2009年2月27日の記事を参照)、唐沢先生ってマジでドンファンだし、「知らない!」とか「一大決心して来たのよ」とか女の子から名ゼリフがいちいち飛び出すのが凄いよねえ。

 彼女が高校生の間は札幌での関係でした。卒業して、いったんは道内の大学の薬学部かなんかへ行くんですけど、どうしてもマンガ家になりたいと言って上京してくることになった。

 向こうの親はふたりがそこまで進んだ仲とは思わないから、「東京での保護者になっていただきたい」みたいなこと言って、「下宿も紹介してもらえないか。どうかよろしくお願いします」なんて言ってる(笑い)。それで、歩いて五分ほどのアパートにしっかり捕獲してましたね(笑い)。

 えーと、唐沢俊一は大学時代に阿佐ヶ谷の下宿で唐沢なをきと同居していたらしいから、弟さんに聞けば本当かどうかわかるかな。

 しかし、「マンガ家になりたい」というのは、2ちゃんねる初代唐沢俊一スレッドの書き込みを思い出させる。

18 名前: 名無しさん@そうだ選挙にいこう 投稿日: 2000/10/27(金) 16:11

バイセクシャルだというのはホントなのでしょうか?



24 名前: 名無しさん@そうだ選挙にいこう 投稿日: 2000/10/27(金) 22:24

>18さん。

札幌時代の彼、バイセクどころかもててたなあ。自他ともに認める中 だけで三人、おっかけだと五人以上女性がいた。東京に出てからは知らないけれど、女に飽きて男に走った、と言われても俺は信じる。



25 名前: >24 投稿日: 2000/10/27(金) 22:59

その話、おもろいので詳細プリーズ



27 名前: 名無しさん@そうだ選挙にいこう 投稿日: 2000/10/28(土) 04:51

24です。

おもろいかどうかわからないけど、あのころの彼はまあ、ドンファン でしたよ。ただ、おっかけのひとりで、札幌在住の高名文学者の娘が いて、彼女がつきまとって、結局、唐沢氏を追って東京にまでついていってしまった。これを切るのに唐沢氏は相当苦労したみたいです。

彼女いま、4こままんがを描いているらしいが。

 ちなみに、このスレッド唐沢俊一が自分で立てたものである2009年2月19日の記事を参照)。

 さて、東京にまでついていって」「4こままんがを描いている」あたりはインタビュー中に登場する女性と符合するが、インタビューの女性は「地元の医院の次女」で、2ちゃんのカキコには「札幌在住の高名文学者の娘」とあるので、そこは符合しない。ただ、唐沢俊一中野美代子の姪と昔付き合っていたらしい(「裏モノ日記」2000年5月5日)ので、「中野美代子の姪」で「地元の医院の次女」であるというなら一応辻褄は合う。


 まぁ、このころまでが蜜月でしたねー。というのは、ぼくは文系の学生だったわけだけど、家が薬局なもので、親としては長男のぼくに家業を継いでもらいたい。ぼくも親の気持ちがわからないわけじゃなかった。けっきょく大学を終えて、仙台の大学の薬学に入りなおすんです。だけどイッセー尾形の外部スタッフとか、海外にアニメをセールスする会社の仕事は忙しいし、薬科の学生になったものの、評論家や作家になりたいというマスコミメディアへの夢は断ちがたい。

 この文章は細かい所が面白い。まず「けっきょく大学を終えて」とあるけど、「卒業した」とはっきり書いていないあたり、中退疑惑は依然として残る(2009年2月14日の記事を参照)。次に「イッセー尾形の外部スタッフ」の「外部」という部分にイッセーサイドにそんなに深く食い込んでいたわけじゃないと見て取れる。あと、「海外にアニメをセールスする会社」というのは『トンデモ創世記』の中でチラッと出てくる。P.100より。

(前略)東銀座に並木孝と共同の事務所を持っていたんですよ。アニメーションの輸入販売業で、一年くらいでつぶれちゃいましたけど。その事務所に、宅八郎が自分の本(編注:『イカす!おたく天国』のこと)を出すってことで現れて、その本の中で「宅八郎年表」って作るんだが、アニドウにいたときのことを書きたいから当時の資料を送れって。

 …しかし、『イカす!おたく天国』が出たのは1991年9月なので、唐沢俊一がその会社をやっていたのはライターとしてデビューした後なのでは?とも考えられる。どうしても怪しい点が出てくるなあ。


 自分が二つに引き裂かれているから、その悶々はおのずとセックスに持ちこまれる。今考えれば、よくあんなことしたなー、ってな行為もけっこうやりました。

 けど、そうやってセックスに溺れていくのは自分なのに、なにか自分がうまくいかないのはこの女のせいじゃないかと思ったりする。若さゆえの身勝手ですね。

 彼女は彼女で自分の夢が成就しないから、ますますぼくしか自分を集中させるものがなくなっていく。ぼくが初めてで、しかも男女の付き合いが長かったから、前後あわせると大体十年ほどになるかな、彼女は彼女なりに大変だったろうと思う。

 そんなわけで、彼女とはぼくの文筆業としての独立を機に別れたんだけど、苦い青春の物語とはいえ、二人ともつきあい方が不器用だったですねえ。

 どうしてこんなにモヤモヤした文章なんだろう、と不思議でならない。『私のヰタ・セクスアリス』という企画なんだから「よくあんなことしたなー、ってな行為」がどんなものだったのかを説明しないとダメだと思う。何故そこでボカすのか。現に他の著名人は事細かに自らの性の目覚めについて語っていて、だからこそ迫力のある内容になっているのだ。唐沢のインタビューがいまいちハッキリしないのは、カッコつけようとしているからか、もしくは内容に虚偽が含まれているからか、いずれかだと思う。

 それから、唐沢俊一は東北薬科大学を休学(結果的に中退)した後札幌に戻るのだが、彼女とはどうやって逢っていたのか遠距離恋愛のはずだからそう簡単には逢えなかったと思うのだけど。それとも、仙台札幌でも「捕獲」していたとか? それに、唐沢俊一札幌にいる間に現在の奥さんであるソルボンヌK子と文通して、両親に「彼女と結婚したい」と訴えていたそうだが、ということは二股をかけていたんだよね? もし事実なら「ぼくの文筆業としての独立を機に別れた」だなんてキレイに片付けられる話じゃないと思う。


 …一読した感想を率直に言わせてもらえば、「ある程度の事実に基づいているもののきわめてリアリティーに乏しい」という印象を受けた。いかにも「頭で考えた話」っぽいというか。…まあ、ウソと決め付けるのはいけないけど、もしも唐沢が本当のことを語っているのだとしたら、相当説明がヘタクソだと言わざるを得ない。本当に「東京で浪人」していたとしたら、今までさんざん語ってきた『ヤマトファンクラブの伝説も崩壊しちゃうんだけどね。とにかく、「鬼畜」だったらカッコつけないで赤裸々に語ってみせろよ!と言いたい。他のみなさんのインタビューが面白いだけに余計にそう思う。


 …うーむ、いろいろとわかったような、ますますわからなくなったような。やっぱり「唐沢俊一検証イベント(仮)」に本人を呼んで直接聞くしかないのかなあ。

麦ちゃんのヰタ・セクスアリス 1 (YOU漫画文庫)

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古本マニア雑学ノート (幻冬舎文庫)

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トンデモ創世記 (扶桑社文庫)

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20世紀少年白書―山田五郎同世代対談集

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イカす!おたく天国

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はくめいはくめい 2010/02/05 16:57 全く関係ないですけど、「ドンファン」と聞くと、どうしても神田広美を思い出します。

gurenekogureneko 2010/02/05 17:15  自分の経歴は語る度に激変させているのに、ヤマトブームが札幌から始まったという「定説」だけは墨守しているというのは面白いですね。

一札幌市民一札幌市民 2010/02/05 17:37 はじめまして、初めてお邪魔します。
私は30年札幌に住んでいますが、自分の住む地域が「ちょっと日本ばなれした性的に自由な土地」だという自覚も情報もついぞ知らずに現在に至ります。家内は札幌の人ではありませんが、この話をすれば一笑に付すでしょう。私共が極端に情弱でなければ唐沢氏にまた迷惑な札幌のイメージを巻き散らかされた事になります。検証班さんがお越しになられた際にガッカリされては辛いので(笑)長々と失礼しました。

みたかみたか 2010/02/05 19:01  嘘じゃないんだろうけど、非常に素人っぽいですよね。
 素人に文章を書かせたりすると、こういううっすらぼんやりして、具体的じゃない文章ができあがる。思わせぶりな方がカッコイイって勘違いしているからなんですけど。ほら、素人のブログとか読むと、やたら「某」とか書く人、いっぱいいるでしょ。
 しかしなぜにプロが、こういう話し方をするかなあ……

yonocoyonoco 2010/02/05 19:35 へぇ、札幌て日本離れした性的に自由な所なんだ

…そんな馬鹿なw(゜o゜)w
なんか北海道に良い思い出がないとしか思えない文章です

その観点からいうと、これが1番事実に近いのかも>「東京で浪人」

漫棚通信漫棚通信 2010/02/05 20:37 仕事で息をするように嘘をつくかたがたとよく出会いますが、唐沢先生は彼らとたいへん似てるような印象が…

平城京平城京 2010/02/05 22:12  ここのコメントに書くのは不適切かもしれませんが、一応情報として。
2月4日の朝日新聞夕刊(大阪本社3版)の記事で『「自分フィギュア」増殖中」というのがありました。これは自分や身近な人そっくりに仕上げたオーダーメイドフィギュアがヒットしている、という記事で”結婚式の引き出物に新郎新婦のフィギュア”と、それとバンダイが発売した「自分魂」でシャアや仮面ライダーの顔に自分の顔を造形したフィギュアを製作してくれるというもの。
 最後のコメントとして”フィギュア文化に詳しい作家の唐沢俊一さんは「自己愛の強い世代が大人になり、不況などで思い通りにいかない現実の中で『幸せな自分』『理想の自分』を偶像化している」と分析。”
 とありました。
 うーん、仮面ライダー本郷猛もシャアもけっして幸せな自分ではないと思いますし、本当に30台男性に許されたコスプレ感覚なんだと思いますが。極端にいうと、究極のごっこ遊びなんだと思いますが新聞に載せるのでどうあってもこういうフィギュアを求めるのを人生の敗残者にしたくて仕方がないのでしょうか?

トンデモブラウトンデモブラウ 2010/02/05 23:16 虚偽報告にしては、中身は面白くもないし、下手糞なプロットだし、で結局現実離れしてるようで、全くリアリティを感じないですねぇ。
ボケにしても中途半端で、笑いどころもないし・・・
今まで言ってた自分史を改ざんしてまでカッコつけようとして、これかいっ。
どこにカッコつけようとしているんだかも、さっぱり解りませんが。

藤岡真藤岡真 2010/02/05 23:29 >家を出て暮していたお姉さん
 
 なんか怪しい。

goito-mineralgoito-mineral 2010/02/06 00:16 本人から直接聞いてる話とちがう……。
まあ、それが創作であれ嘘であれ、プライヴェートな場で聞いた恋愛話を勝手に公にするの
は品がないことなので、具体的にどう違っているかについては触れませんが……ヰタ・セクス
アリスでの話と、ぼくが聞いた話のどっちも本当だとしたら………………少なくとも二股は
かけていたことになります…………。

JHGJHG 2010/02/06 04:31 このコメント欄って同じ人たちが入れ替わり立ち替わり書き込んでいるように見えるんですが。
それから伊藤さんも漫棚さんも往生際が悪い。
あなたたちの件は決着ついているんだからこんな場所でねちねちと悪口を続けるのは見苦しい。
やるならもっと巧妙に匿名でやりなさい。

みたかみたか 2010/02/06 07:40 >JHGさん

 卑怯ではない方は、ご自分の名前を明らかにして発言されるものですよ。
 発言というのは、その内容だけでなく、それがどのような立場で、どのようなタイミングでなされたかまで含めての意見ですから。
 特に伊藤さんのご意見は、個人的に唐沢さんを良く存じ上げていたお立場からなされるので、重要な参考となるものと思います。他の方が噂であれこれ言うのとは、わけがちがうでしょう。

goito-mineralgoito-mineral 2010/02/06 09:27 この場合「往生際が悪い」は誤用だと思いますが、いかがでしょうか。

nyannnyann 2010/02/06 09:53 自分の周囲で学生時代とか子供時代とかに嘘ばっかりついてた奴って、たいてい八分にされてるか苛められてる奴だったんですよね。
どっちかっていうと構って君が多かったかな。で、彼女が出来たーとか嘘ついてそれがきっかけで苛められ役に昇格?してしまうというか。
嘘とか誇張って、弱者の自己防衛だと思うんですよね。学生時代に限定してですけど、強い奴とかモテ男なんかはあんまり嘘つかないような。
いや、唐沢さんが学生時代弱者だったとは言いませんよ。唐沢さんの場合『インフォーマント!』のマット・デイモンみたいな
人なのかも知れないし。

それにしても『俊ちゃんのヰタ・セクスアリス』ですかw
今回のタイトルって「立原あゆみが男だった」「本気!に驚いた」と同じくらい麦ちゃんファンの自分にとっては涙ものですw

女性としては…女性としては… 2010/02/06 13:28 「プロポーズの時期に二股だった」可能性は、「ヤマトのファンでも何でもなかった」「オタクではなかった」以上に嫌悪を催させるものです。極端に言えばそこに「愛はなかった」にもかかわらず、業界への足がかりを得るために、さらにはプロダクションの借金返済のために人生の伴侶を利用した、とさえ見えてしまうからです。

実際にはどうだったのか、ソルボンヌK子氏には本当のことを知ってほしいと思います。
夫婦のことは他人にはわからないとはいえ、なぜ離婚しないのか、それが不思議でなりません。

SawaharaSawahara 2010/02/06 15:17 >伊藤さんも漫棚さんも往生際が悪い
>あなたたちの件は決着ついている
>こんな場所でねちねちと悪口を続けるのは見苦しい

はははははは、「息をするように嘘をつく」たあこういうことだあな。本文の唐沢とおんなじ。
「往生際」って? 「決着」って? 「悪口」って?
はははははは。

S.GS.G 2010/02/06 16:15 さすがに、ここでいう「決着」とは”伊藤さんたちの勝ちで”という意味だと
解釈したいのですが。

NNTNNT 2010/02/06 18:56 自分が『ドンファン』で思い浮かべるのはマンガの『浮浪雲』のダンナかな。
あそこまで浮世離れしてないけど、もてるけど決して女を傷つけないというか。
モテ話や過去の恋愛遍歴話なんか絶対しないで、女と別れる時は自分が振られたように仕向ける男だと思ってます。
修羅場が無いというか。

>自他ともに認める中 だけで三人、おっかけだと五人以上女性がいた。
なーんて、『自』ら言ってる人間がドンファンなわけがないと思います。

あと、唐沢氏は悪口言われるのが好きだと初代唐沢俊一スレッドに書いてあったので、悪口言っても良いと思います。

うさぎ林檎うさぎ林檎 2010/02/06 20:39 >初めての日はだから「一大決心して来たのよ」みたいなこと言ってました。
こんな話をいい年した大人が信じると思える感性が理解できません(中学生ぐらいまでだったら信じるかも)。
私でしたら(少しでも面識がある相手なら)「嘘をつけ(笑)」と謂うと思います。
一言で謂えば……キモッ……ですかね。

きっこきっこ 2010/02/06 20:45 Kenshouhanさま、ご無沙汰しております。
「きっこのブログ」のきっこです。

あたしは宅八郎さんとマイミクなので、『トンデモ創世記』の宅さんに冠する記述についてお聞きしてみたところ、「そんな事務所には一度も行ったことはない」という明確な回答をいただきました。

詳しくは、Kenshouhanさま宛てにメールしましたので、そちらをご覧ください。
宅さん、唐沢にデタラメを書かれて、カンカンに怒ってます。

KAGEKAGE 2010/02/06 22:36 さて私が10代であった頃の1980年代であれば今のアイドル声優の走りだったとも思われる藩恵子さんや小山茉美さん、島津冴子さんなんかがアイドル的人気がありましたね。小山さんはアラレちゃんブームも重なって一般的な知名度もそれなりにありましたし。
そして唐沢俊一が小中学生の頃にはたしてアイドル人気があった声優がいたかというとさすがに疑問。アニメ雑誌もなかった頃に声優の情報をどこで得たかもわかんないし、まあ多分適当な口から出任せの嘘だと思います。

関係ありませんが私は小山さんのファンクラブに入ってましたwww

einein 2010/02/06 23:22 KAGEさんのコメントに追加ですが…
>声優の女の子とかにけっこう夢中でした。
私は第一次オタク世代のちょっと下ですが、姉がモロに第一世代で雑誌「OUT」も創刊数号からずっと読んでましたし、各アニメ誌の創刊もリアルタイムで知っています。
で、結論から言うと、初期声優ブームでの、今でいう「萌え」人気は男性に限られていたような気がするんです。姉は、広島のガンダムファンクラブと同時に水島 裕のファンクラブに所属していました。「スラップスティック」のレコードも何枚か家にあったなあ。
http://www.hamumania.com/fantasien/seiya/slapstick.html
アニメブーム最初期当時に一線で活躍していた女性声優さんは比較的妙齢の方が多かった(失礼)と記憶しますので、夢中になる対象ではなかったように思います(当時は堀江美都子さんのほうが萌え人気はあったような)。
唐沢の世代がアニメにハマり始めたころ、もっぱら男性ファンの興味は設定や絵作り、ハガキ投稿、パロディ含みの創作に向かっていたような気がするんです(その点で、ちょっと前の「アニメ百馬鹿」は、割と面白く読んでしまいました。当時のファンジンや投稿雑誌の雰囲気を色濃く写したものでしたから…。kensyouhanさんのツッコミは、自らの若い頃を検証されているようでいたたまれなくもありました…)。
女性声優がルックス面でも注目されるようになるのはずいぶん後、それこそ富永みーなサンやKAGEさんご紹介の皆さんが出てきてから、なんですよね。

とにかく、唐沢の記述にはディテールに時代の匂いが一切しません。大部分が虚構なんじゃないでしょうか。

やまだやまだ 2010/02/07 00:04 麻上洋子さん(ヤマトの森雪)、吉田里保子さん(グレンダイザーのマリア、メグちゃん他)あたりという可能性はあります。
このお二人をパーソナリティにラジオのアニメトピア(番組タイトルにアニメを冠した最初のラジオ番組)が始まったのが1979年10月です。
ですから、当時、女性声優に対してもファン活動の高まりはあったのだろうと思います。

通りすがり2号でしたか通りすがり2号でしたか 2010/02/07 01:15 以前、イッセー尾形の舞台で唐沢俊一が(その時はどこのどいつかわからなかった)ふざけたトークをして、怒りまくったハナシを書いた者ですが(笑)。
その「札幌の女子は・・・」ってのは10年ぐらい前に流行った、県別に特色を乱暴に腑分けしたオモシロ本の一冊にありましたよ。
「札幌の女性は足が長くスタイルが良くて、性的に奔放」てのがあり、おそらくそれを読んだんじゃないのかなと。
唐沢は私の弟と同じ年なんでいろいろ考えます。見事に私の弟がオタクなんで・・

藤岡真藤岡真 2010/02/07 02:19  東京で学生やってるときに、漫画家になりたいと上京してきた弟との暮らしを脚色しているんですかねえ。

tochicatochica 2010/02/07 03:41 僕は唐沢氏と同年生まれですが、小・中学校時代というと、1960年代の半ばから1970年代の前半までということになります。

この時期には僕もアニメをよく観て深夜放送をむさぼるように聴いていましたが、アイドル的な人気のあった女性声優というとたぶん白石冬美さんくらいで、これもパック・イン・ミュージックのナッチャコ人気による現象。

だから、当時、アニメのキャラクターと重ね合わせてアイドル的な人気のあった女性声優というのはちょっと記憶にありません。麻上洋子さんや吉田里保子さんの人気が出たのも僕が高校や大学になってからですからね。

知泉知泉 2010/02/07 08:24 自分は弟なをき氏と同世代なのですが、声優人気はやはりヤマト以降に始まった物で、それは女性が飛びついたからという記憶があります。
自分は高校時代にサークルを作ってアニメを作っていたので(これは80年代に作った未完成作品 http://www.paraman.net/play/preview/17175)、当時のアニメファンの実情はよく知っているつもりなのですが、声優に関して熱く盛り上がっているのは女性ファンでしたね。男はどっちかというと作品の設定やガジェットに関して理屈をこねたりパロディを作っていました。
そもそも声優という物自体が注目されたのがその頃からなんじゃないですかね?
同級生の女子でも「将来、声優になりたい」と熱く語り、どうしたらなれるのか調べていた子もいました。
それ以前のアニメ雑誌なども無かった時代は、声優がどんな顔をしているかなんてほとんど判らなかったので、白石冬美さんをはじめ数名のタレント活動もする人ぐらいしか有名じゃなかったような気がします。
そして「声優の女の子とかにけっこう夢中でした。」って、女の子と呼べる声優さんはあんまり記憶にないです。(アニメではなく特撮だったら、林寛子とかがいましたが)
アニメに登場する女の子にほのかな恋心を持つのはありだと思いますけど。

この「私のヰタ・セクスアリス」はいつ頃のインタビューなのでしょうか? 氏が語る過去は毎回違っているようですが、語るたびに変わっていくとしたら語った時期で並べ直すとどのような形で改竄されていったのかが判るような気がします。

jochenjochen 2010/02/07 08:33 >県別に特色を乱暴に腑分けしたオモシロ本の一冊にありましたよ。


殿山泰司の「日本女地図」のパクリ?その頃からとは…。

nekoneko 2010/02/07 16:16 >einさん
>アニメブーム最初期当時に一線で活躍していた女性声優さんは比較的妙齢の方が多かった(失礼)

「妙齢の女性」とは若い女性のことを指します。
einさんは意味を取り違えていらっしゃるのではないでしょうか?
老婆心wで思わず書いてしまいました。

nyannnyann 2010/02/07 17:23 小谷真理さんがトリトンFCをやっていた時に第一次声優ブームがあったと言ってますね。
小谷さんは塩谷翼の追っかけをやっていたこともあるとか。
自分は唐沢さんより3歳年下ですが、うろ覚えながら巨人の星の古谷徹人気があったような記憶があります。
ただ、その頃は声優マニアというより芸能人と同じように人気声優の追っかけがあった程度だと思いますが。
アニメじゃなくて洋画吹き替えの分野でかなり熱い声優ブームがあったのは覚えています。
ナッチャコパックだってアラン・ドロンの野沢那智がやっていますというのが売りの時期があったわけで。
タイトル忘れたけど声優ソングの中では割と初期の「パローレパローレ」だって、野沢那智=アラン・ドロンで
売ってたんじゃなかったかなあ、と。ナッチャコパック本の「もうひとつの別の広場」の何年版だったか、
最後に原爆症のリスナーのお手紙がそのまま掲載されてる本で、野沢那智が最近の声優がアイドル化していることに
ベテランの声優が不快感を抱いている話が掲載されているはずです。その頃がギリギリヤマトとかぶる頃ですかね。

トンデモブラウトンデモブラウ 2010/02/07 21:09 もう「ドンファン」でいいじゃん。
例えば、「ファンをドン引きさせる前説名人」のズゥジャア的業界短縮形とか、「ドンなファンでも激怒させる追悼の達人」とか・・・な感じで。

ラーオラーオ 2010/02/08 16:00 嘘くさい。細かいことを言いますと
>「一大決心して来たのよ」
この語尾。「〜よ」「〜なのよ」という語尾は道民にとっては口語ではありませんね。男の子と変わらない話し方をしていますよ。

>札幌という土地はちょっと日本ばなれした性的に自由な土地
というのも、いったいどこの札幌??という感じ。土地柄のせいにして変な認識を広めないでほしいです。個人差とか、世代差とかあると思いますけど。「日本ばなれした」って、どういう意味?
そもそも性的に自由ならいつまでもひとりの男にこだわってないと思いますが。

>帰郷するたびに中の島や北二十四条のラブホテル街
この部分も非現実的です。中の島の事情はわかりませんが、北二十四条はどちらかというと飲屋街です。ラブホもあるでしょうけど、「街」とは言わないでしょう。札幌は当時からラブホは郊外にある方が多いと思いますが。
唐沢は免許を持ってないようですから移動は地下鉄でしょうか。それにしても二十四条から中の島とは随分あちこち行ったものですね。
そもそも彼女高校生じゃないですか。大人同士じゃないのに未成年者をそんなとこ連れて行くかなぁ。
そういえば当時、深夜ラジオで「親にセックスしているのを見つかり咎められた。僕たちは真剣に愛し合っているのにどうして理解してもらえないんだろう」という悩み相談があったのを思い出しました。投稿者(高校生・男子)はとても真剣に悩んでましたし、DJも大変真摯に答えていました。唐沢のいうような「性的に自由な土地」でそんな悩み相談存在しなさそうですけど。ちなみに番組はアタックヤングです。

NNTNNT 2010/02/08 23:18 今更ながら藤岡さんのコメントに吹いたw。
>東京で学生やってるときに、漫画家になりたいと上京してきた弟との暮らしを脚色しているんですかねえ。
って、なをさんが女の子だったらなーって所から始まった妄想だったと!?
いやー!変態ー!>唐沢氏が

ksmksm 2010/02/08 23:23 >吉田里保子さん

 おたクララです。えーっと、揚げ足取りっぽくてアレかもしれませんが。
 吉田「理」保子さんですよね。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%90%89%E7%94%B0%E7%90%86%E4%BF%9D%E5%AD%90

ksmksm 2010/02/09 08:04  続けてすいません。おたクララです。

>KAGEさん

 こんな書き込みばかりで恐縮ですが、藩恵子さんではなく「潘」恵子さん(クサカンムリがつかない)ですよね。わたしも長い間勘違いしてきたので、あまり人のことは言えないんですが……。

 唐沢さんが'58年生まれだそうなので(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%94%90%E6%B2%A2%E4%BF%8A%E4%B8%80)、中高生のときは'70〜'76年、今で言う声優アイドルにあたる人の人気が盛り上がってきたのは'70年代末ぐらいからだと思うので(自分が声優ファンになったのもそのへん)、どうもあやしいですね。

丸亭玄人丸亭玄人 2010/02/09 21:46 >それから伊藤さんも漫棚さんも往生際が悪い。
>あなたたちの件は決着ついているんだから

そうですか? 私には「伊藤剛のトカトントニズム」におけるmindy9氏の名誉毀損行為はまだ決着がついていないように思えるのですが。その証拠に「現時点ではこちらから削除はしませんので、できればご本人で削除していただければと存じます」という伊藤さんの呼びかけを、投稿者は頭から無視しているではありませんか。ちがいますか? 私がまちがってますか?

KAGEKAGE 2010/02/10 07:00 >ksmさん

うぎゃー、すみません。しかも好きな声優さんなのに間違ってるのが自分でもショック。
失礼しました。

丸亭玄人丸亭玄人 2010/02/11 02:50 急に静かになってしまいましたね、JHGさん。どうしました? インフルエンザにでも罹りましたか? それともクールー病? まさかmindy9による名誉毀損事件が時効を迎えるまで、あと1年7ヶ月ダンマリを決め込むつもりではないでしょうね。残念ながら、あの件はいくら待っても時効にはなりませんよ。ネット上の誹謗中傷発言は、当該書き込みが閲覧可能な状態にあるかぎり、時効の進行は開始されませんから。ウソだと思ったら「ネット 名誉毀損 時効 大阪高裁平成16年4月22日判決」で検索してごらんなさい。お薦めはしませんがね。口の中にテイストオブ苦虫がひろがるだけですから。

あと、JHGさんが「このコメント欄って同じ人たちが入れ替わり立ち替わり書き込んでいるように見える」という、その根拠をお教え頂けませんか? できればで結構ですから。もちろんできるとは思ってませんけど。ぷ。

kensyouhankensyouhan 2010/02/12 04:59 コメントありがとうございます。

>はくめいさん
自分は『素敵にシンデレラコンプレックス』を連想しました。

>gurenekoさん
『ヤマト』は譲れない一点だったんでしょうね。にもかかわらず『復活編』も見てないようですが。

>一札幌市民さん
違うのかー。残念。それは冗談としても、検証中に札幌に一度行ってみたいと思ってます。『ヤマト』のサークルに参加していた人と話が出来ればなあ。

>みたかさん
『社会派くん』でも無闇に伏せ字を使ってますけどね。それが鬼畜のやり方なのか。

>yonocoさん
自分も「青学を中退して、東京で薬学系の予備校に行っていたのでは?」と考えたことがあります。

>漫棚通信さん
たぶん、そういう人たちは、直接話をしてみるとすごくいい人なんでしょうね。唐沢俊一がそういう人だったので。

>平城京さん
情報ありがとうございます。その後電子版に記事がアップされたので取り上げてみました。

>トンデモブラウさん
まあ、「捕獲」あたりがカッコつけなんですけど、さらに言えば、このインタビューには「みっともないこと」が書かれてないんですね。セックスのことで頭が一杯になってやらかしてしまった失敗談がひとつくらいはありそうなものなんですけど、それがない。そういう話がない時点であまり信用できないインタビューです。そういえば、唐沢俊一は自分のズリネタの話とかしてたかなあ。

>藤岡さん
「次女」と言っておいてちゃんと「お姉さん」の話を出す辺りは気になります。あと、唐沢なをきが漫画家になろうと決意したのは上京してから後のようですね(それ以前もなんとなく「なりたい」とは考えていたようですが)。

>伊藤さん
伊藤さんがいつの話を聞いていたかわかりませんが、唐沢の話が全部本当だとすると、
高校・浪人時代:「医者の次女」・古本屋でケンカ別れした女の子(家に泊まれと誘ってきた女の子?)
東京時代:「医者の次女」(神保町で初デートした女の子?)
札幌時代:「医者の次女」・ソルボンヌK子
ということで、札幌時代の二股は確定です。浪人時代はつきあっていた時期にズレがあるかもしれません。

>JHGさん
記事で返答しておいたのでごらんになってください。

>nyannさん
年上の人の「ケンカ強い」「モテた」話はスルーしたいんですけどね。唐沢俊一はやりすぎなので。

>女性としては…さん
男の立場からも首をひねってしまいます。

>NNTさん
本人を多少知っているので「リアリティーないなあ」としか思えません。

>うさぎ林檎さん
インタビュアーは気にならなかったのだろうか。『私のヰタ・セクスアリス』の中でも屈指のリアリティーのなさですが。

>きっこさん
情報ありがとうございます。詳しい話はメールに書かせていただきましたのでごらんになってください。

>「声優の女の子」問題
『ヤマト』のあたりで女性声優の人気が盛り上がっていたのはみなさんのコメントからわかりましたが、唐沢は「小中のころ」と言っていて明らかにズレがあるので、唐沢のガセだと認定してもいいんじゃないかと。

>通りすがり2号でしたか さん
唐沢俊一にかかればどの地方も「性的にススんでいた」ことにされそうです。

>知泉さん
詳しい日付はわかりませんが、『私のヰタ・セクスアリス』は『日刊ゲンダイ』で1997年から連載されていて、2000年10月に文庫になっています。

>ラーオさん
札幌出身の方からメールを頂きまして、その方も「北二十四条はラブホテル街ではない」と書かれていました。

>丸亭蔵人さん
判例を教えていただいてありがとうございます。自分もこの件については勘違いしていたので助かりました。確かにこのように考えた方が適切です。眠田氏は一刻も早く伊藤さんに謝罪したほうがいいですね。