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唐沢俊一検証blog

2010-03-08

誤変換は血を凍らす。

05:03

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 唐沢俊一は「裏モノ日記」を現在休止しているが、どういうわけか評判のよくない「追討」だけは引き続き「同人誌」のコーナーで行っている。そのうち『Bの墓碑銘』の続きとして出す気なのだろうか。

 アンドリュー・コーエン(ケーニッグ)の「追討」などは、役者として大成しなかった二世俳優はみんなこんな風に書かれるのかな、と思われてあまり愉快ではない。彼は俳優以外の活動もしていたようだし、自殺の原因は鬱病にあるようなのだが。

 南方英二の「追討」より。

古いと言えばその体質自体も古かった。

叩かれ役としていい味を出していた伊吹は金銭的にルーズで大借金を

こしらえて吉本を追放、結城哲也暴力団との交際をマスコミに叩かれて

これまた吉本を解雇、頭の南方自身も、事件こそ起こさなかったが競艇

マニアで、競艇に入れ込みすぎて家を二軒も手放すといったほどのハマり

ようだったそうだ。

困ったもの、と現代ではとられようが、昔は芸人なんて、みんなこんな

ものだった。と、いうか、一般的常識が欠けていればいるほど、

舞台の上でその芸は光った。社会のワクに縛られている人たちが、

やろうとしてもできない、そのワクの徹底した無視の代行こそが、

芸人の存在意義だった。デタラメに人生送れば送るほど(原文ママ)、観客に

ストレスを解消させ得るのである。浮気をしただけで糾弾される、今の

お笑い芸人に、その能力はない。

 「芸人に常識を求めるな」という唐沢俊一の好む論法である。しかし、「一般的常識が欠けていればいるほど、舞台の上でその芸は光った」というのは粗雑な考え方である。常識もなければ芸もない芸人だっているだろう(むしろそっちの方が多いかもしれない)。唐沢俊一は「非常識」に憧れがあるようで、そのせいか常識を軽視した文章を書きがちなのだが、今回もその一例と言えるだろうか。…というか、南方英二競輪にハマっていたようなのだが。棺には車券も入れられたというし。

 あと、『空飛ぶモンティ・パイソン』は北海道で放送されていたのか?という疑惑があるのだが、締めの文章にも気になる点がある。

この歳になってしみじみわかるのは、世の中、新しいものだけでは

成り立っていかない、ということ。

いつも同じものを、同じところでやっているということが、いかに

古い観客を安心させ、新しい観客のアイデンティティを形成させるか

ということである。

昭和という時代がつくづく懐しいのは、激変の時代であった一方で、

変わらぬ文化というものがちゃんとあった、という理由によるだろう。

チャンバラトリオは、メンバーは上記のような理由でしょっちゅう

入れ替わっていたが、やっていることにはいつでも同じ、定番の安心感が

あった。訃報を聞いて奇妙な不安感にとらわれるのは、単に一芸人の死と

いうだけでなく、その”いつもあったもの“の喪失感によるものなのだろう。

合唱。

 「昭和という時代」とひとくくりにされてもなあ、と思う。たとえば、50代の唐沢俊一の「昭和」と30代の自分の「昭和」は全然別物なんじゃないかなあ。まして戦前を知っている人もいるのだしね。あと、「奇妙な不安感」というのが唐沢俊一が訃報を好んで取り上げる理由なのかもしれないが、しかし、唐沢はずっと「昔はよかった。それにひきかえ最近は…」と言ってる人だったから、10年以上「喪失感」を味わいっぱなしのような気もする。「ガンダム論争」や「アニドウ」の同人誌でもそういった感じはあるし、「ガンダム論争」でおなじみの「欧米の作品を賛美して日本の作品をクサす」のと「過去を賛美し現在を否定する」というのは、実はきわめてよく似た心理の産物なのだと思う。まあ、昭和を懐かしんでいるわりに『昭和ニッポン怪人伝』が間違いだらけなのは謎だけど。

 …で、「合唱」の件は一応指摘しておかなきゃいけないかな。もちろん「合掌」の誤変換だろう。「お前が歌うんかい!」とか「まだ歌うところじゃない!」とか突っ込んであげるべきなんだろうか。どうして肝心なところでミスをするのかなあ。忙しいなら「追討」も休んだ方がいいと思う。

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エイチエイチ 2010/03/09 12:21 なんだ、よくあるステレオタイプの芸人感で、つまらぬ文章だなぁと思ったら、そんなオチかよ。こういう分かりやすさいいですね。
唐沢は自分を題材に落語を作ればいいと思います。そしたらみんな幸せになれるよ(嘘。

yonocoyonoco 2010/03/09 12:38 ここではないどこか(昭和だったり欧米だったり)に憧れるのは別にかまいませんがね、今ここにいる自分は変わりようがないですよ、と唐沢さんに言う人がいなかったんだろうな…

合唱は普通は気付きますよね。本当書き飛ばしてるなあ

うさぎ林檎うさぎ林檎 2010/03/09 14:48 >昭和という時代がつくづく懐しいのは、激変の時代であった

昭和が激変の時代と語れるのは、戦前、戦中、戦後の体験者でしょう。
戦後生まれが偉そうに騙るのはちょっと(大分)言い過ぎってもんです。

altnkaltnk 2010/03/09 23:15 >昭和という時代がつくづく懐しいのは
文春一派の剽窃です。唐沢が誰にアピールしたいのかは謎。

おヨよおヨよ 2010/03/10 12:13 >昭和という時代がつくづく懐しいのは
40代以上の特撮オタ、アニオタなんかは「俺は昭和育ちだから、そういう俺からみてこの作品は云々」という論法を使う人が多いですよね。
「昭和育ちの人が一体何人いると思ってるの?昭和元年に生まれたじいさまもそう考えているの?」と突っ込んだらすごく怒られましたが。

デュードデュード 2010/03/10 12:33 そういえば,快楽亭ブラック(大正の落語家の方)を皮肉交じりに論評してましたね。
こちらでも飲む・打つ・買うで語られました。

最後に,日本のタレの末路はこうなんだよ。と締めくくられました。

唐沢俊一って芸人バカにしてるようにしか見えません

nyannnyann 2010/03/11 00:24 >この歳になってしみじみわかるのは、世の中、新しいものだけでは
成り立っていかない、ということ。

マラソンでも短距離でもいいけど、スタートの合図が聞こえないで周回遅れのくせに、
コースの途中で立ち止まっているのがカッコイイっていう負け惜しみにしか聞こえないなあ。

SawaharaSawahara 2010/03/11 15:13 >唐沢俊一は「非常識」に憧れがあるようで、そのせいか常識を軽視した文章を書きがちなのだが、
これが今日の唐沢の現状を招いてるんでしょうか。

しっかし芦原腰抜け太郎、なぜここでは何にも言わんのだ。

藤岡真藤岡真 2010/03/11 17:52 >Sawaharaさん
 そういや、某とか某とか某とか、芦原太郎の先輩格のヘタレ連中は、いま何やってるんでしょうか。おれのblogのコメ欄にも現れないし。

kensyouhankensyouhan 2010/03/19 08:34 コメントありがとうございます。

>エイチさん
「酢豆腐」をやってほしいかも。

>yonocoさん
海外でも昔でも本気でのめりこむのならいいと思いますけど。

>うさぎ林檎さん
戦前を知っている人が言うなら説得力があるんですけど。

>altnkさん
そういえば唐沢は文春と接点がないような。

>おヨよさん
いや、現在30代の自分も昭和生まれの昭和育ちなんですけど。

>デュードさん
去年の夏大阪でブラック師匠にタカっていたのでは?という疑惑もありましたが。

>nyannさん
基本的に「新しいもの」は嫌いな人ですね。

>Sawaharaさん
自分が年をとってみると「非常識」とか「過激」とかいうやつが意外と大したことがないように見えてきました。

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