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唐沢俊一検証blog

2010-03-26

深草ならしょうしょうの違い。

02:26

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・初めての方は「唐沢俊一まとめwiki」「唐沢俊一P&G博覧会」をごらんになることをおすすめします。


 今回は『ラジオライフ』5月号掲載の『唐沢俊一トンデモ都市伝説探偵団』の「伝説その5 浅草阿部定、赤マント…のつながり」を取り上げる。なお、カラサワ探偵長のセリフは赤で、少年探偵すばるのセリフは青で表記する。

 カラサワ探偵長のセリフより。

縁起のいいものも悪いものも区別なく引き寄せるパワースポット的なところかな。『吾妻鏡』という鎌倉時代歴史書には隅田川から牛のような妖怪が現れて寺僧を襲ったという記録があるし、鬼婆が身を投げた池の伝説も残っている。平成になってもまだ、東京都の夕刊紙、内外タイムスが、シャドーマンと呼ばれる異星人が浅草寺に出現したという記事を載せている。

 「パワースポット」には悪いものも引き寄せられるのだろうか?と思うが、問題は次だ。『吾妻鏡』建長三年三月六日に次のような記述がある(新人物往来社『全訳吾妻鏡』に拠る)。

武蔵国浅草寺に牛のごときの者忽然として出現し、寺に奔走す。時に寺僧五十口ばかり、食堂の間に集会するなり。件の怪異を見て、二十四人立所に病痾を受け、起居進退成らず。居風と云々。七人即座に死すと云々。

 …ごらんの通り、怪物が「隅田川から現れた」なんて書かれていない。原典にあたってないのかなあ。「件の怪異」とあるから、例の「人面牛身の怪物」のことなのか?と思ったり。

 もうひとつ、「シャドーマン」に関連して『ウルトラセブン』が出てこないのも物足りない。本当にオタクなのかと。『名たんていカゲマン』でもよかったかも。


 この後、いわゆる明治三大毒婦(夜嵐おきぬ・高橋お伝・花井お梅)と阿部定が全て浅草に関わりを持っていることを取り上げて、少年探偵すばる「犯罪者は浅草に惹きつけられるようです」と言っているが、戦前は繁華街が少なかったからなのでは?と思ってしまった。浅草のことを阿部定ゆかりの街」と書くのはどうなのか。


いや、お前は別として当時の子供たちもやはり阿部定事件には得体の知れない不気味さを感じていたようだぞ。有名な都市伝説の“赤マント”ってのがあるだろう


ああ、学校のトイレに現れて“赤いマントはいらないか”と聞いて、いるって答えるとナイフで背中を刺されて、血が赤いマントみたいになるという、怖い都市伝説怪談ですね


その都市伝説が流布し始めたのが1936年、まさに阿部定事件の直後なのだな。あの事件は日本中の噂になって大人たちがしょっちゅう話していたから、それを耳にした子供たちが、よく分からないながら自分たちのイメージで、トイレの赤マントの都市伝説を作り上げたのかもしれないなあ

 よくわからないのは、「トイレの赤マント」と阿部定事件には「同じ年に発生した」ことしか共通点がないのに、どうして阿部定事件がもとになったと断定できるのか、ということだ。それを言うなら、やはり同じ年に起こった2・26事件の方が子供たちに影響を与えていそうなものだ。それから、「トイレの赤マント」以前に、「赤マント」と呼ばれる怪人が子供をさらって殺すという都市伝説があったらしいのに、それをスルーしているのもヘン。…この探偵団の推理能力に不安を持たざるを得ない。


 なお、今号の唐沢俊一のプロフィール欄には次のようなことが書かれている。

語り下ろし本2冊平行進行中。途中で内容がゴッチャになってくる。ちなみにその中の1冊はよもやまはなこイラスト兼テープ起し。

 『ラジオライフ』2009年12月号のプロフィール欄より。

年末進行が何と今年はもう始まった。単行本3冊、死なないで何とか仕上げるにはどうしたらいいかと考える毎日。

 「裏モノ日記」1月21日より。

予定だけで4冊、申し出あったもの(企画の復活)入れると5冊。

執筆への専念にしばらくどこかへ籠るか。

 

 去年10月末から3月末までの間に出た本は『社会派くんがゆく! 疾風編』(アスペクト)のみ。しかも、『社会派くんがゆく!』の単行本ではコラムを何本か書き下ろしただけだった。あと、語り下ろしを多用しているのも気になる。語り下ろしという手法自体を否定するつもりはないけど、唐沢俊一の場合は文章を書くのが億劫になっているのでは?と思ってしまう。実際『博覧強記の仕事術』(アスペクト)でも上手くいっていないし。よもやま画伯が上手くまとめてくれればいいんだけど。

 …しかし、こうも「出す出す」とアピールしているのに本が出ない現状は、まさしく「出前の言い訳」みたいだ。電話で文句を言うたびに「今出ました」と必ず返事をされるような。…まあ、気長に待つことにします。


桂春団治(3代目)(3)

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パタリロ! (第35巻) (花とゆめCOMICS)

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ラジオライフ 2010年 05月号 [雑誌]

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全訳吾妻鏡 5 自巻第39至巻第52

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冥途―内田百けん集成〈3〉   ちくま文庫

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くだんのはは (ハルキ文庫)

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×ーペケー 1 (小学館文庫 あE 4)

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藤岡真藤岡真 2010/03/27 08:27 >浅草のことを「阿部定ゆかりの街」と書くのはどうなのか

 阿部定は神田の生まれ。15歳の頃、不良少年を従えて浅草を遊び歩いていましたが、それも一年で卒業しました。事件があった「満佐喜」は尾久の待合、逮捕されたのが品川、いずれも浅草は無関係、なのですが。
 戦後、浅草清島町の料亭「星菊水」の社長丸山忠男が、当時大阪で芸者をしていた阿部定を10万円でスカウト、自分の店で働かせたのです。定はこのとき知人に挨拶状を配りました。その中で「えにしの意図も不思議なる神仏の御引き合わせにて、なつかしのふるさと、浅草に、その名も高き「星菊水」さまのご温情に」と書いています。長く東京の地を離れていた阿部定にとって浅草は「心の故郷」だったのかも知れません。

資料;『阿部定正伝』 堀ノ内雅一 情報センター出版局

yonocoyonoco 2010/03/27 12:43 何時もの、明らかに無関係な事柄をたった一つの縛りで無理矢理まとめるパターンですねえ…。P&GのGの部分が使えなくて四苦八苦してる感じがします

>電話で文句を言うたびに「今出ました」と必ず返事をされるような。

これはよくわかります。しかも3→4→2と冊数も変わって…。せめて本を捨てるは出てほしいですね

藤岡真藤岡真 2010/03/27 15:53  すみません。ラジオライフ只今入手しました。「星菊水」は唐沢が本文で書いていますね。ああ、みっともない。鬱陶しかったら削除してください。

岸田裁月岸田裁月 2010/03/28 05:53 中村希明著『怪談の心理学』(講談社現代新書)では「赤マント」が詳しく考察されていますが、阿部定の「あ」の字も出て来ません。
中村氏は『怪人二十面相』の連載が始まったのが1936年で、その影響が大きかったのではないかと指摘されています。
唐沢氏がどうして阿部定を連想されたのか不思議でなりません。
浅草で生首が晒された夜嵐おきぬはともかく、高橋お伝、花井お梅は特に浅草とは縁が深くありません。
結局、いつものように結論ありきの文章なのでしょう。

kensyouhankensyouhan 2010/03/29 02:42 コメントありがとうございます。

>藤岡さん
いえいえ、はしょった自分が悪いので気になさらないで下さい。あの辺の記述は参考文献にだいぶ依拠しているような気がしますけど。

>yonocoさん
好意的に考えれば、企画中の5冊のうち2冊を執筆中で残りはまだ下調べ中、ということなのかな、と思いますが。

>岸田さん
「時期が同じ」ということしか共通点がないのに通ると思ったのが凄いですね。
唐沢俊一は今回の『トンデモ都市伝説探偵団』で、高橋お伝は浅草蔵前の旅館で殺人を犯し、花井お梅は刑に服した後に浅草千束町で汁粉屋を開いていたとして、浅草と縁があったとしています。

岸田裁月岸田裁月 2010/03/30 23:35 なるほど。花井お梅は出所後の汁粉屋でこじつけましたか。しかし、高橋お伝の犯行現場は蔵前片町(台東区蔵前1丁目)なので厳密に云えば浅草ではないですよね。
当時の繁華街らしい繁華街と云えば浅草ぐらいしかなかったわけで、何らかの犯罪を語る場合、必ず浅草と関連づけることが出来ます。まさに唐沢マジックといったところでしょうか。

kensyouhankensyouhan 2010/04/11 23:10 コメントありがとうございます。

コラムを読んでいて感じたのは「浅草」の範囲がだいぶ広いということですね。自分は浅草に土地鑑がないのでうまくまとめられないのですが。

samatsuteisamatsutei 2013/11/03 18:22 初めまして。古いところに失礼します。

「赤マント」についてですが、昭和14年2月に広まったデマで、警察も動き、新聞やラジオでも取り上げられて大きな問題になっています。なぜ従来、正確な時期が分からなかったのか、不思議に思えるくらいの。
これまで、「赤マント」デマの出現時期としては、加太こうじ等の昭和15年説、中村希明・朝倉喬司の昭和11年説が有力な説とされているようです。その頃に何かあった可能性を否定するものではありませんが、パニックを起こした「赤マント」は昭和14年の事件なのです。

そこで阿部定との関連ですが、朝倉氏が昭和11年の事件として二・二六と阿部定を挙げている(朝倉氏は二・二六との関連を論じているのですが)ので、そこから思い付いたのかも知れません。分かりませんが。

拙ブログでは、これから同時代資料の検討に移る予定です。唐沢氏には興味はないのですが、根拠に基づかない好い加減な推測がこれ以上蔓延しないことを心の支えにちまちま考証作業をやっておりますので、この場を借りて宣伝しました次第です。

samatsuteisamatsutei 2014/02/20 21:54 唐沢氏より先に、赤マントの説明で阿部定事件について触れた本を見ました。唐沢氏が赤マント以外についてもこの本を使っているのかどうか、分かれば種本と確定出来るのですが、当方、唐沢氏の本を殆ど見ていませんのでそこまでは詰められませんでした。恐らく今後も追究しないと思いますので、煮るなり焼くなり宜しくお取り計らい下さい。

kensyouhankensyouhan 2014/03/09 00:51 コメントありがとうございます。

情報ありがとうございます。チェックしてみることにします。