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唐沢俊一検証blog

2010-03-29

ライターとしての刺青を問いたい。

02:56

それはまだ人々が「愚」と云う貴い徳を持っていて、世の中が今のように激しく検証していない時分であった。


 今回は『熱写ボーイ』5月号に掲載されている唐沢俊一『世界ヘンタイ人列伝』第14回「変態文豪・谷崎潤一郎を取り上げる。

 まったく、文豪という名称が谷崎潤一郎ほど似合う作家もちょっといない。後には川端康成三島由紀夫がおり、前には永井荷風芥川龍之介がいるが、彼らを差し置いて、文豪と言えばまず、名が挙がる存在が谷崎潤一郎である。芸術院会員になったり勲章をもらったり、作家として功成り名遂げたということもあるだろうし、その作風が、教養と絢爛さに満ちあふれたものであるということもあるだろう。でっぷりと太って和服にステッキをついたおなじみのスタイルが文豪ぽいのかもしれない。とにかく、呼称が“大谷崎”である。国民的作家の夏目漱石森鴎外原文ママ)でさえそんな風には呼ばれない(もっとも“大森”とは言いにくい)にも関わらず、谷崎には“大”の字が何故か冠される。

 ここで「あれ?」と思った。「大谷崎」の話は小谷野敦谷崎潤一郎伝―堂々たる人生』(中央公論新社)の第1章の冒頭に出てくるのだ。同書P.12〜P.13より。

 どんなに偉大な作家でも、他と区別する必要がない場合は、一般に「大」をつけたりはしない。大芭蕉、大馬琴、大漱石、大鷗外などとは言わないのである。「大トルストイ」というのも、アレクセイ・トルストイという別の作家がいたからだ。そして谷崎が大谷崎と呼ばれるようになったのは、弟の精二も作家だったからである。精二は早稲田の教授になり、英文学者として、ポオの全集翻訳で評価を固めたが、戦後すぐの頃まで、現役の小説家だった。だから、昭和戦前、まだ潤一郎が「文豪」の評価をほしいままにする前から、精二との区別のために「大谷崎」と言われたと考えるべきなのである。

(前略)アレクサンドル・デュマ父子を「大デュマ」「小デュマ」、ピット父子を「大ピット」「小ピット」と呼ぶように、潤一郎を大谷崎、精二を小谷崎と呼んだのであって、だから本来は「だい谷崎」だったのだが、その起源が忘れられ、偉大な作家だから大谷崎だと思われるようになったのである。

 他に歴史上の人物では「大カトー」「小カトー」というのもあるしね。アレッシャンドリ・フランカ・ノゲイラは「小ノゲイラ」と呼ばれているけど、あれはおそらくノゲイラ兄弟と比べるとサイズが小さいせいなんだろうな。…話を戻すと、「もっとも“大森”とは言いにくい」というのもヘンで、森鷗外のことを「森」と呼ぶ人はあまりいないんじゃないか?と思う。普通は「鷗外」と呼ぶのでは。…しかし、谷崎潤一郎について書くんだったら小谷野先生の本を読んでおけばよかったのに。

 しかし、そのエラそうな雰囲気に似合わず、谷崎潤一郎という人物の性癖、ことに女性問題に関してのそれは、とても大つきで呼べるような立派なものではなかった。

 女性に対しての谷崎は非常に惚れっぽく、好きになると実も蓋もなく(原文ママ)ぞっこんになるくせに、すぐに飽きてしまい、飽きると顔も見たくなくなるというタイプであった。しかも、その好きになるという女がロリであり、Sであり、暴君であって、そんな女に乱暴な言葉を吐きかけられ、侮蔑されるのが好きだった。……これではただの変態オヤジである。しかも、その一方で、飽きて嫌い抜いた女に、女の方から嫌われるのが怖くて、つい手元に置いて囲い込んでしまうという、ホントウにどうにもどうしようのない、というタイプであった。

 「好きになるという女がロリ」というのは、つまり少女が好きだったということなのだろうか。後述するように谷崎は十代の女性と関係を持ったことがあるようだけど、それだけでロリコンと言えるのかは疑問だ。谷崎の代表作とされる『痴人の愛』も、少女を自分好みの女性に仕立てようとする話なので、どうもロリコンの発想とは思えない。

 もちろん、谷崎の凄いところは、ふつうだったらただの変態M親父の性癖であるそういう嗜好を元に、大文学作品を書き上げてしまったことである。今にいたるもセンセーショナルなその内容で多くの読者を惹きつけているその作品の名は『痴人の愛』。文芸映画として何回も映像化されているが、ポルノ映画の原作としてもしょっちゅう使われる。芸術院会員になったほどの人物で、作品がポルノ映画になるという人も谷崎くらいなものであろう。

 『痴人の愛』は今まで4回映画化されているようだが(1949年、60年、67年、80年)、いずれもポルノ映画ではない。で、この他に『痴人の愛』を原作にしたポルノ映画があるかというと、調べた限りでは発見できなかった。モトネタにしているというか、インスパイアされた作品ならありそうだけど。なお、谷崎原作の映画のうち、『卍』(1983年版)『白日夢』(1981年版)は成人指定を受けている。


 そして、この後、『痴人の愛』の内容を紹介するのだが、ここにも間違いがある。

 そのうち成長したナオミは男を家に引き入れ始める。嫉妬した主人公は彼女を追い出すが、寂しさに耐え切れなくなる。そんなときふらりと主人公の元にもどってきたナオミは主人公をひざまずかせ、約束させる。

 正確には、ナオミは譲治(主人公)を四つん這いにしてその上に馬乗りになるのである。有名なシーンなんだけどなあ。『痴人の愛』を本当に読んでいるのかどうか。

 …っていうか、そもそも唐沢俊一谷崎潤一郎の小説をひとつでも読んでいるのか?という疑問がある。『痴人の愛』以外にも「変態」的な作品はあると思うのだけどまったく出てこないし。それに、谷崎の性癖を紹介するにしても「足フェチ」がないのも気になる。


 読者のみなさんはこう考えるかもしれない。……確かに谷崎は変態かも知れないが、自分の心の中にある変態性を、そういう文学の形で昇華してしまうところが、文豪と呼ばれる作家の凄いところなのでは? と。

 しかし、谷崎は、昇華どころか、こういう作品を書きながら、実生活でもその変態性振りを発揮していた。

 として、いわゆる「細君譲渡事件」を説明していくのだが、これはスキャンダルではあるものの「変態」として紹介していいものかどうか気になる。


 彼らは、妻の千代も連名で、それを各マスコミに通知しさえした。新聞に載ったその通知を見て、当時の世間は驚愕し、センセーショナルな騒ぎになった。

 このことについては、松本清張昭和史発掘』(文春文庫)2巻P.282に次のようにある。

実は新聞に公告をしたのではなく、前記の通り、知友人間に配った挨拶状が紙面に載っただけである。しかし、今でもそう信じている人は少なくない

 『昭和史発掘』の中で引用されている『朝日新聞1930年8月19日の記事にも「知友にあてて次のごとき声明書を発表した」とある。小谷野先生が作成した谷崎の年譜には

18 日、千代と離婚し佐藤に与えるという挨拶状を各新聞社その他の関係方面へ送る。

とあるので「知友」に新聞社も含まれる、と考えればいいのだろうか。


彼(引用者註 谷崎)が妻(引用者註 千代夫人)に対してつらくあたっていたのは、結婚してから、彼が理想とするタイプの女性と出会ってしまったことが原因だった。引き比べて、どうしても妻の千代に不満がたまるのである。皮肉なことに、その、谷崎が理想とするタイプの女性というのは、千代の妹のおせい(せい子)であった。

 谷崎は石川千代の姉である初子と結婚しようと思っていたが、それがかなわなかったために妹の千代と結婚した。しかし、千代は姉とは違っておとなしい性格だったために谷崎は失望したらしい。だから、千代は妹よりもむしろ姉と比較されたのではないだろうか。


 せい子は千代の妹だったが、顔も性格も、千代とは全く似ていなかった。15歳で谷崎夫妻の家に同居を始めたが、すぐに小悪魔的な資質を発揮して、周囲を煙に巻いていた。谷崎はこの幼い悪女に一目ぼれし、憧れて、彼女が成人するとすぐに千代に隠れて交際をはじめた。

 「煙に巻く」ってどういう意味で使っているんだろう。goo辞書より。

けむ 【▽煙/▼烟】

〔「けむり」の略〕「けむり(煙)」に同じ。

——に巻・く

信じがたいことや相手がよく知らないようなことを言って、相手の判断力を狂わせる。

意味通るかなあ。

 あと、さっきは谷崎のことを「好きになるという女がロリであり」と書いていたのに、どうして谷崎はせい子が成人するのを待っているんだろう。実際のところ、谷崎はせい子が十代の頃から彼女と関係を持っていたようだ。


 そうすると谷崎はその家に泊まりこむようになり、何日も居続けをするようになった。小田原の家で千代は寂しい思いをしていたが、その小田原の家に泊まり込んで千代を慰めていたのが佐藤春夫だった。二人の仲は誰が見てもあきらかであり、なんと一緒に風呂にまで入る関係であったという。もっとも、松本清張昭和史発掘』によると、驚くべきことに、そんな間柄でなお、二人はプラトニックなままだったというのだが、ちょっと信じられない。

 谷崎が『佐藤春夫に与へて過去半生を語る書』の中で、佐藤春夫と千代夫人が一緒に入浴していたこと、プラトニックな関係だったことを認めているのだから、わざわざ『昭和史発掘』に拠る必要はないだろう(『昭和史発掘』の中で該当する文章が引用されている)。


 この二人の関係は谷崎も承知だったようだ。彼はあれだけ虐待していた妻を一人にしたことに罪悪感を持ち、佐藤にその妻を譲ろうとさえした(谷崎はその前年にも作家の大坪砂男に千代を譲ろうとしている)。だが、その話も結局、せい子が谷崎との結婚をいやがったために流れ、谷崎はせい子も千代も失うことを恐れ、約束をホゴにする。つくづく勝手な男である。怒った佐藤は谷崎と絶交し、神経を病んで故郷に帰る。

 …ああ、これはダメだ。唐沢は小田原事件」と「細君譲渡事件」をゴッチャにしている。簡単に説明すると、谷崎が佐藤春夫に千代夫人を譲ると約束していたのに、その約束が守られなかったために2人が絶交することになったのがいわゆる「小田原事件」で、これは1921年3月の出来事である。谷崎が大坪砂男(和田六郎)に千代夫人を譲ろうとしていてダメになったのが1929年2月(この経緯を元にして書かれたのが『蓼喰う蟲』)。そして、その翌年の8月にいわゆる「細君譲渡事件」が起こっているのである。…唐沢の書き方だと、「小田原事件」の前年に谷崎が大坪に千代夫人を譲ろうとしていたことになってしまう。なお、ついでに書いておくと、せい子は1902年生まれなので、唐沢が前に書いていたように「彼女が成人するとすぐに千代に隠れて交際をはじめた」とすると、「小田原事件」以降に2人の交際が始まったことになってしまうので、唐沢の先の記述はやはり誤りであり、谷崎とせい子の関係は彼女が未成年の時から始まっていたと考えるのが妥当だろう。

 だが、5年後の昭和5年、二人は突如和解し、冒頭に挙げた通知を発表した。谷崎が、その後も続けた女遍歴の果てに、やっと理想とする女性、根津松子と知り合って結婚することになったからである。

 …さあ、どこから指摘していったらいいものか。まず1つ目。谷崎と佐藤が和解したのは1926年。「小田原事件」の5年後であることは合っているけど。

 2つ目。「冒頭に挙げた通知」とあるが、「細君譲渡事件」の通知について紹介されているのは、今回のコラムの中盤においてである。…「冒頭」の意味がわかっているのだろうか。編集者もちゃんとチェックしなきゃ。

 最後。谷崎と森田(根津)松子が結婚したのは1935年。「細君譲渡事件」の5年後であり、谷崎が松子と結婚する前に古川丁未子と結婚していたことをスルーしちゃ困る。


 千代はその後佐藤と幸せに暮し、二組の夫婦共に円満な家庭を築いた。だが、谷崎はその後も浮気を繰り返し、死去する直前も妻を置いて若い女の子と外出していたという。

 谷崎が死の直前に若い女性と出かけたことについては、松子夫人が谷崎の死後にエッセイで取り上げているので有名なのかもしれないが、伊吹和子『われよりほかに』(講談社学芸文庫)によれば、この「若い女の子」というのは谷崎家のお手伝いさんとのことで、谷崎も大きな手術をしたばかりで体力があったとも思えないので、これを「浮気」に含めるのはいかがなものかと思う。



 …今回のコラムの問題点は谷崎潤一郎についてそんなに詳しくないうえに調べた形跡がない」「谷崎を変態にしようとしすぎ」というところだろうか。『世界ヘンタイ人列伝』は毎回そんな感じだけど。引用した部分のほかにも、谷崎の変態性を強調しようとした部分が実に多いので、谷崎ファンは読まないほうがいいかも。…まあ、『熱写ボーイ』を入手するのは大変だから余計な心配かもしれないけど念のため。

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藤岡真藤岡真 2010/03/30 06:45 根本的な問題ですが、「熱写ボーイ」の読者でこのコラムを読む人は皆無だと思います。谷崎を知らぬ人が大半、知っている人間にも目新しい話題ではないし。

はくめいはくめい 2010/03/30 11:20 だから、書く方も依頼する方も、適当でいいや、内容のチェックなんかする必要なし、となるわけですね。でも、ギャラは発生してるんですよね。現場のコスト意識が薄いんですかね。

トンデモブラウトンデモブラウ 2010/03/30 11:31 「スキピオ」「モルトケ」などなど、大(小)の付く歴史上の偉人(と比べられる子孫、兄弟)はいっぱいいるのに・・・
なんで自分の名前に『偽』の冠が付いて呼ばれているのか考えれば、すぐ解りそうなもんですけどね。(笑)

DIGDIG 2010/03/30 11:45 クラシック界ではJ.S.バッハが一族で一番偉大で大バッハ、それ以外(主に子孫)を小バッハと言いますし、むしろ大谷崎なんて雑学ネタになりそうな気もします。
ノゲイラは後藤(強),後藤(弱)みたいなものですね。

nyannnyann 2010/03/30 11:45 谷崎の『鍵』を神代辰巳が映画化したのも日活ロマンポルノで成人指定じゃなかったでしたっけ。
ちょっと違うけど唐沢さんはスワッピングなんかも変態変態言って喜んでいそう。

yonocoyonoco 2010/03/30 11:55 この文章で唐沢さんが語られてる谷崎さんの性癖てロリというよりはマイ・フェア・レディ的な奴(名前あるかも)ですよね
ロリの方がセンセーショナルだからそうしたのかもしれないですけどなんか違う…

shimojoshimojo 2010/03/30 17:46 >芸術院会員になったほどの人物で、作品がポルノ映画になるという人も谷崎くらいなものであろう。

吉行淳之介原作「砂の上の植物群」は成人指定で、日活ロマンポルノ路線以前のロマンポルノという評価をされていることが多いのですが、どうなんでしょうか。

nyannnyann 2010/03/30 18:22 たびたびすみません。

>yonocoさん
>ロリというよりはマイ・フェア・レディ的な奴(名前あるかも)

調教ですかねー(笑)。
『マイ・フェア・レディ』が流行した後は一時期ピグマリオンものって言ってたような気がします。
『痴人の愛』はまたちょっと違うような気がしますけど、個人的には『シベールの日曜日』とか『ロリータ』よりも
『マイ・フェア・レディ』とか『めまい』なんかの方が「オレ色に染め上げる」調教がエロっぽく感じられましたけど。

ぐらもんぐらもん 2010/03/30 19:49 現物を見ていないので何とも言えないのですが谷崎潤一郎で変態を語るなら「瘋癲老人日記」を取り上げていないのはおかしいと思います。
あれこそ本来取り上げられるべきものではないかと。よく言われるフットフェチズムや「痴人の愛」で取り上げられた若い女性の小悪魔的な魅力などへの執着や妄想がことごとく含まれた作品ですし。そういうことを言おうと思えばいくらでも言える作品です。
あと、晩年に若い女性(お手伝いさん)と出かけたのは手術の後というのもありますがその5年ほど前から高血圧症とそれに伴う右手の麻痺があるにも関わらず好奇心旺盛で少しでも現代風俗を知りたがる(小説に取り入れるため)谷崎を一人で出かけさせるわけにはいかないという事情があったと思います。
それにしても唐沢は谷崎潤一郎を単に「エロイ事、変態な事を書く作家」と思っていそうでゲンナリします。

NNTNNT 2010/03/30 22:59 谷崎潤一郎といえば『源氏物語』の現代語訳が浮かぶ人間なので、
>マイ・フェア・レディ的
より光源氏を主張したいです!

すがりねすがりね 2010/03/31 10:40 はじめまして。私が気になったのは「性癖」という言葉の使い方です。最近特に「性的な嗜好」という意味に限定して誤用されることが多い(特にバラエティ番組などでお笑い芸人がよく使っている印象があります)この言葉ですが、本来性的なニュアンスはないはずです。唐沢氏の書いた文章を読むと、本来の「癖、行動傾向」というニュートラルな意味で書いているのとは違うように思えます。揚げ足取りかもしれませんが、物を書いてお金を得ている人の文章としては程度の低い部類に入るんじゃないでしょうか。ちゃんと調べずに物を書くのはもちろんのこと、こういう言葉の使い方をしているのを見ると、どうしても「その程度のいい加減な人」という印象が残ってしまいます。

kokada_jnetkokada_jnet 2010/03/31 15:57 話がそれてしまいますが、ツィッターの「きっこのブログ」からのリンクが多いですね。
今までのエントリに比べて、特別にヒドイ訳でもないのに。何故、このエントリに向けてつぶやいたんでしょうね。たまたま巡回して目についたんでしょうか。

tochicatochica 2010/04/01 16:07 >芸術院会員原作のポルノ映画

荷風の『四畳半襖の下張』が神代の『四畳半襖の裏張り』になってますね。まだ他にもありそうですが。

コバイアコバイア 2010/04/02 01:39 『マイ・フェア・レディ』的なピグマリオニズムといえば、唐沢がときどき手を染める「プロデュース」もその一種ではないかと思いました。
相手の人格を軽視する傾向があるから、最終的に人間関係が破綻してしまうのかも。

kensyouhankensyouhan 2010/04/11 23:01 コメントありがとうございます。

>藤岡さん
…ああ、そうですねえ。唐沢俊一のコラムのために『熱写ボーイ』を買っているのは世界中で自分ひとりなのかもしれません。投稿写真が好きならまだよかったんでしょうけど、どうもグッと来ないので正直つらいです。
考えてみれば今の唐沢俊一ってそういう仕事ばかりですね。『パチスロ必勝ガイドNEO』の読者は攻略法のために買うのだろうし、『ラジオライフ』の読者も無線関係の情報を知りたいのでしょうし、終わってしまいましたが『フィギュア王』の読者はおもちゃの情報を知りたくて買っているのであって、唐沢俊一のコラムは添え物にすぎないんですね。スルーして一向に構わないもの。
でも、添え物であってもいい仕事をしている人はいますし、そういう文章を見つけたときは嬉しいものです。『フィギュア王』でいえば唐沢なをきの『パチモン大王』、『パチスロ必勝ガイドNEO』でも泉麻人のコラムなどは「さすが」と思えるものです。唐沢俊一の場合は別の意味で「さすが」と思いますが。
…それにしても、「唐沢俊一のファン」だと思っている人は何をもってファンだと思っているのか。「裏モノ日記」をチェックしているからなのか、『社会派くんがゆく!』をチェックしているからなのか、「と学会」の本に寄稿しているのをチェックしているからなのか。…自分が唐沢の活動を一番チェックしているようでは唐沢が気の毒です。

>はくめいさん
どういういきさつで唐沢がコラムを書くようになったのか、唐沢に書かせることでいかなるメリットが生じるのか、などなど知りたいことがありますね。表紙に唐沢俊一の名前は載っていないので、ネームバリューを求めたわけではなさそうですが。

>トンデモブラウさん
誰か忘れていると思ったら「スキピオ」でした。

>DIGさん
調べてみればすぐにわかるんですけどねえ。小谷野先生の本は比較的最近出たものですし。

>nyannさん
性に対する考え方が幼いですから。

>yonocoさん
>NNTさん
>コバイアさん
自分も光源氏を連想しました。『世界ヘンタイ人列伝』をやっているのにロリコンについて詳しくないのはどうだろう。

>shimojoさん
>tochicaさん
新藤兼人の『濹東綺譚』も濡れ場で話題になってたような。いずれにしても芸術院会員で性描写をしている人は谷崎だけではないことは確かでしょう。

>ぐらもんさん
自分も『瘋癲老人日記』が出てこないのはヘンだと思いました。谷崎の小説をほとんど(最悪の場合全く)読んでいないのでしょうね。

>すがりねさん
>「その程度のいい加減な人」
その考えで間違いないと思います。

>kokada_jnet さん
いや、それはリンクを貼ったきっこさんに聞いた方が早いと思いますけど。自分にはわかりかねます。
あと、今回の記事で取り上げたコラムも結構ヒドいような気が。