Hatena::ブログ(Diary)

唐沢俊一検証blog

2010-07-03

少年愛の美学。

06:35

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karasawagasepakuri@yahoo.co.jp


 唐沢俊一はかつて『噂の真相』の一行情報で「実はバイセクシャルと書かれたことがあって、この情報の真偽について唐沢ウォッチャーの間では未だにさまざまな説が唱えられている。個人的には唐沢俊一がどのような趣味を持っていても別に構わないのだけれど、市橋達也への執着ぶりを見ていると「もしや…」と思ってしまうし、藤岡真さんの目撃談は凄すぎる。以前妹と食事しているときに「そういえば唐沢さんが昔『噂の真相』でさあ…」と話をしたら「気をつけてね」と心配されてしまった。…何をどう気をつければいいのやら。市橋のルックスが唐沢の「タイプ」ならば、自分は「タイプ」じゃないと思うけど。

 それはともかく、谷口玲『少年愛者』(つげ書房新社)という本の中で、唐沢俊一少年愛者たちの下位文化(サブカルチャー)」というタイトルのインタビューを受けているので、今回はこれを紹介してみる。インタビュアーである谷口氏のコメントは色を変えて表記している。


―本書は少年愛者について告発する内容になるのですが、唐沢さんのスタンスとして、それに協力していただいてもよろしいのでしょうか?


「確かに、少年愛者やペドファイル告発される必然性があることは判るので、それに協力することに吝かではありません。

 ただ、私のスタンスはペドファイルの犯罪性は糾弾したいが、しかし告発し、処罰するだけでは何も解決せず、それどころか犯罪を誘発させる恐れすらある。もっと根本的な方法を案出することが必要、というものです。少年愛者で実際の行為に走っている人というのは、憎むべき犯罪者であると共に、一生を破滅させてしまうほどの社会的制裁すら凌駕してしまう“情動”を持っているわけであり、そこはもの凄く同情すべき点ではあると思うんですよね。それをただ単に“悪”であるとして囲い込み、殲滅して―変な話、アメリカでは『断種すべきではないか』といった極端な意見も出ているくらいですから―そこまで言っていいのか。それはかつてヒトラーユダヤ人に対して行ったことと同じではないか。二、三、ペド批判の本が出ているんですが、それらは海外におけるペド関係の文献の中で一番過激なところばかりを引いて来ていたり、大前提としてペドを“悪魔の病”であると決めつけていたりするなど、疑問を感じました。ペドフィリア犯罪に対する憎悪は充分に持った上で、そういった危険性には注意を喚起しておきたいですね。

 こういうことを言っているため、『お前は少年愛者なのか?』といったお疑いを持つ方もいらっしゃるのですが……(笑)」


―お好きなんですか(笑)?


「本当にしょっちゅう言われて、もうそれでもいいかと思っているくらいなんですが(笑)、私は幸か不幸か今まで女性としか恋愛関係に陥ったことはないですし、結婚相手も女ですし(笑)。サブカル系の物書きというのは、とにかくいろんな“異端”に興味を持つものであって、調べるうちに異端に対する慣れが生じていくわけなんです。だから多分、男と寝るという事態に陥ったとしても、一般の人よりも遥かに抵抗が少ない、或いは好奇心が勝っちゃうということだってあるかも知れない。好奇心を総てにおいて最優先して、枠を持たずに受け容れていく。そういった心理こそが、私を物書きたらしめているんですよ。私見ですが、三島由紀夫なども真性のゲイというよりは、作家としての好奇心が先立っていたのでは、と思うんです、結婚生活もしているわけですから」

 …前半はいいんだけど、後半はわけがわからない。サブカル系の物書き」だから男と寝ることも有り得るって…、そうかあ? 絶対にないとは言えないんだろうけど、大多数の人は「興味」と「実行」に区別をつけているのではないか?と思う。…っていうか、三島由紀夫ゲイであることをさんざんネタにしていたのに、何故「作家としての好奇心が先立っていた」とか言い出すのか(詳しくは2009年5月25日の記事を参照)。

 それにしても「ものすごい言い訳くさい」と感じてしまった。何に対して言い訳しているのかはよくわからないけれど。唐沢俊一同性愛ネタになると文章がどうも言い訳くさくなるんだよなあ。一例として「裏モノ日記」2005年2月10日より。

高校一年(中学三年?)の頃、初めて知った『薔薇族』という存在。当時からサブ カルチャーの世界に興味を持ち、

「世界の文化的な極限を極めたい」

 という知的欲求にかられるままに、アングラヒッピーといった辺境文化関係の資料を追い求めていた(一方で超正統派の文化も押さえていたことが今思うとよかった と思う)私が、忘れもしない札幌駅の書店弘栄堂で見つけ、手にとって

「これは(一般人にとって)極北のカルチャーかも」

 と衝撃を受けたのが『薔薇族』だった。逡巡の末に思い切って買い求め、ポルノ雑誌を買ったときの数倍ドキドキしながら、自分の部屋の灯りをわざわざ消して、卓上 蛍光灯の下で読みふけったときの興奮を今でも思い出す。

 自分の性衝動とはまったくリンクしないのに、その記事の中ではあからさまな性的興奮対象として男性の肉体のことが賞美されているというその不思議な感覚。そして読了したあとで得た結論というのが、

「懸隔はあるが理解不能ではない世界だな」

 ということであった。

 そして、そのころハマっていた唐十郎渋澤龍彦の世界を理解するには、この雑誌に代表されるゲイ・カルチャーの世界をもっとよく知らないといけないのだな、ということを、おぼろげながら理解し、それからは半ば堂々と(いや、やはり抵抗はあったが)『薔薇族』『さぶ』『アドン』の三大誌は(そのとき々々でどれを買うかはバ ラつきがあったが)購読し続けてきた。

 今でも、三島由紀夫寺山修司について青臭い議論をしている者たちには、ゲイ世界への彼らの興味がわからんで彼らの文学がわかるか、という思いが強烈にあり、また、高倉健の映画をはじめとするヤクザもの、『男組』等に代表される硬派少年ものの底流に流れる日本文化の中心、いや、特攻隊など、かつての日本を支配していた武士道文化の原点にまでなっている男色思想の大衆文化的な浸透に、なぜもっと日本の研究者は注目しないといういらだちも強い(海外ではイアン・ビュルマのような、そこを中心に徹底したリサーチを元にした学術論文を書いている研究者がいるというの に)。

 エキサイトしてるなあ。でも、「知的欲求にかられるまま」「自分の性衝動とはまったくリンクしないのに」長年同性愛を研究してきた割りには『世界ヘンタイ人列伝』などでゲイに対して差別的な記述をたびたびやっているのはなぜなんだろう。それに日本でも男色の研究はないわけではないし。

 

 言い訳っぽいと言えばこんなコメントもある。

「(前略)例えばSM物のアダルトビデオを持っていたからといって、必ずしもSMマニアとは限らない。『いや、友だちに借りて……』という言い訳だって可能です。しかしこと少年愛―これはゲイも事情は同じですが―となると、言い訳が聞かない(原文ママ)じゃないですか。ましてや既婚者で妻に見つかった日には、相手への愛情を疑われることになる。息子でもいたら、更に大事になる……。」

 「SM物」と「少年愛」を区別する意味がよくわからない。「少年愛」のアダルトビデオが見つかっても必死で弁解すればなんとかいけそうな気がするけど。「好奇心を総てにおいて最優先して、枠を持たずに受け容れていくのがサブカル者なんだって唐沢俊一先生が言ってたんだよ!」と言ってみるとか。まあ、持っているのが他人に見つかったらシャレにならない特殊なアダルトビデオっていくらでもあるからなあ。『熱写ボーイ』を買いにその手のお店に行くたびにDVDのジャケットが並んでいるのを見て呆然としてしまうもの。世界は広い。


「(前略)近代以降はシステムとしては失われましたが、歌舞伎役者の若い二十歳前の少年を買う、といったことはありましたね。明治時代仮名垣魯文という戯作者が書いた、『澤村田之助曙草子』(原文ママ)という小説があるんですよ。この人は明治の名優と呼ばれた歌舞伎役者で、脱疽という病気で四肢を切断した名女形なんですが、この人が若い自分に(原文ママ)自分の出世のためにお寺の住職に身を売って出世をしていく。ただ、それが世間にバレて、住職が寺を追われてしまう、というシーンがあるんです。このシーンを読んで、『あ、明治なんだな』と。江戸以前は当たり前のことだったわけですから。ただ、寺を追放されるとは言え、そういうことを両方ともそれほど不思議と思わずに行うということは、まだまだそういうものが残っていた証拠でしょうね。逆に言えば江戸時代の陰間茶屋などの“居所”がなくなり、地下へと潜っていった辺りで、日陰者としての性質を帯びてきたのかも知れません」

 『澤村田之助曙草紙』の作者は岡本起泉。三代目澤村田之助幕末から明治初期にかけて活躍していて、『曙草紙』の作中で田之助に入れあげた僧侶が寺を追い出されるのも幕末の出来事である。…だから、「あ、明治なんだな」という感想はヘン。江戸時代でも大っぴらになったらスキャンダルになったのではないかと。なお、三代目澤村田之助村上もとか『JIN−仁−』にも登場していて、ドラマ版では吉沢悠が演じていた(小出恵介に往来で土下座させているシーンをたまたま観たな)。セカンドシーズンで足を切断する話をやるかも。

 この後、男子校では現在でも「少年愛」的な文化が残っているとして、橘外男男色物語』を持ち出したりしているが、『男色物語』に関しては過去にヘンな文章を書いている。「こんな文章を書いていたら誤解されても自業自得だ」と思うとともに伊藤剛さんが気の毒でならない。ちなみに、自分は男子校出身で寮生活を送ったこともあるのだが、「少年愛」らしき文化というか現象に遭遇したことはないので、唐沢の話がどうもピンとこない。女の子のことばっか考えてましたよ、ええ。


 次に、少年愛は過去のものだという印象があるという谷口氏の発言に対する唐沢俊一のコメント。

「まあ、表に出なくなってきたことは確かですが、完全に過去のものとは言い切れません。ひとつに、人間にはナルシシズム的な欲求があるじゃないですか。自分の身体にナルシスティックな魅力を感じる男の子、自分の身体を愛でて欲しい、そしてそれはできれば肉体的に愛するという形で受け容れて欲しい、と考える男の子はかえって増えているように思います。二丁目なんかの売り専の男の子たちというのは、そういうところから入った子が凄く多いみたいです。ナルシシズムが直結して、そのままゲイにつながったということですね。最近ディスコ辺りに行くと、お兄さんを誘いに来る若い男の子が、かなり増えているようです。

 何故、このようなタイプが最近目立って増えて来ているかというと、今の教育の中で、社会性などよりも自分の個性を何より大事にしろ、と言われて育つじゃないですか。まず愛するのは自分だ、と。そのためにナルシシズムがひとつの顕れとして、『自分は美しい、美しいから女性には与えない』というような形を取って噴出するわけです。

 もうひとつの理由として、性に対する社会的な締めつけなどがどんどん崩れて来ているということがある。(同性愛的)傾向を持った人間が『男性を愛してもいいんだ』という認識に至るまでのハードルが低くなっている。文化的に昔なら男に抱かれるということが、自らのアイデンティティを崩壊させるような大事件であったのが、『大したことないじゃん』、『気持ちよければいいじゃん』、『ホモじゃないけれども男に抱かれるのってアリじゃん』という具合に抵抗がなくなって来たということがあります。

 ましてや男の子が美しい、ということが誇れる時代になって来ていますから。またやおい系(の文化)で育った奥様方が自分の子どもに、無意識か意識的なのか判りませんが、その子の可愛らしさ、セクシーさを強調したような格好をさせる、という傾向も出て来ていますから、少年愛者にしてみれば取って喰ってくれ、と言わんばかりの状況ですよね。一概に少年愛者ばかりを責めるのもどうか、と思うのですが(笑)。

 逆に言えば、女性の『危なさをアピールするけれど落ちないわよ』というのと同じなんでしょうが、これだけマスコミで美少年ブームを煽って少年美というものを認めながら、性の対象とすることは認めない、というのはどうなのよ、とは思いますね。だから少年愛的欲望を、例えば芸術の分野などに昇華するといった道すら残されないままに、ただ告発されるとなると、それは問題ですね。絵画であるとか、そういったもので発散の仕方を考えていかねばならない」

 よくわからんなあ。「自分は美しい、美しいから女性には与えない」と思っているのにどうして男性には与えようとするんだろ。それから、現代の教育のせいでナルシストが増えているというのもどうだろう。また「世界に一つだけの花」理論か。「社会性より個性を大事にしろ」というのは果たして教育と言えるのだろうか?と思うし、そんな教育がどこで行われているのか。次に、「文化的に昔なら男に抱かれるということが、自らのアイデンティティを崩壊させるような大事件であった」の「昔」って一体いつのことなのか唐沢俊一の話だと江戸時代までは男色は文化として認められていたようだけど。それと、イケメンアイドルを「性の対象」として見てはいけないというのはケシカラン、というのもおかしな話で、女の子のアイドルを「性の対象」として見ることが一般的に許容されているとも思えないんだけど。だいたい「セクシーさを強調したような格好」をした男の子なんて何処にいるんだろう。

 …というよりも、むしろここで問題なのは、「男の子が可愛い格好をしていることにも問題がある」という風に被害者に責任を転嫁する理屈につながってしまう発言を唐沢俊一が無自覚にしていることで、その点を谷口氏に突っ込まれている。

―ただ、子どもと性交渉を持ってしまったペドファイルが、「相手が誘ったんだ!」と強弁する、というのもよくあるパターンだと思うのですが。


やおい用語で言えば“小悪魔受け”ということになるんでしょうが―可愛らしい男の子が誘って来る、というパターンですね―思春期ナルシシズムの強い少年が外に向けて発するチラリズムを、自分に向けて発信された信号だ、と勘違いするわけですね」


―それはテレビ画面のモーニング娘。の○○ちゃんが、オレに向けてウインクした! というような……?


「それと同じですね。少年のそういうナルシスティックな、自分の肉体を見せたい、という自己顕示欲がそれを嗜好する人間、即ち少年愛者を生んだのかも知れない。どっちが先なのかというと、ニワトリと卵のようなものかも知れませんね。

 自分の肉体を誇示できる銭湯という場が(少年愛者が少年へと関わる)温床になったと言えますが、逆にそのチラリズムで発散することすらできなくなったがために、犯罪が多発するようになったという考え方もできる。そこのところはまだ断言は早いですよ。

 現代では、旧制高校であるとか軍隊であるとかいった“温床”“場”がそういった傾向に目覚めさせるという状況こそなくなりつつありますが、先に示したように、そういった要素が個人個人の中に分散される形となったと言えます(後略)」

 ああ、この人、わかってないや。谷口氏はそれとなく注意してくれているのに、被害者にも責任があるかのようなことをまたしても言ってしまっている。長年同性愛を研究している割りには(自分の性衝動とはまったくリンクしないらしいけど)迂闊だ。あと、「チラリズム」という言葉の使い方がおかしい。銭湯で「チラリ」と見えるものと言えば…、言わせんな恥ずかしい。それに、銭湯の数の減少と少年が性犯罪に巻き込まれた件数を比較すれば、両者の関連の有無がわかると思う。警察白書によればここ10年に限ると少年が被害者となった性犯罪は減少しているようなんだけど。調べればすぐにわかることである。


「やはり一番(多いの)は銭湯ですね。私の昔アシスタントをやっていた子が、もう二十いくつにも関わらず、美少年っぽい顔立ちだったんですが―資料収集のために二丁目に連れていくと、羨望の視線が凄かったくらいで……」


―そんなに美少年ばかり集めてらっしゃるんですか?


「いや、たまたまそういうのが多かったというだけですよ(笑)。ちゃんとデブやヒゲのアシもいましたからご安心を。…で、その子に聞いたらやはり中学生の頃、銭湯でおじさんにしゃぶられたことがあると。『気持ちよかったです、出しませんでしたけれど』と言っていましたね。彼は逆にその体験で恐怖心を持ったそうですが。やおい好きの女の子がいわゆる“受け”に設定するような子だったんですが、本人は大ッ嫌いで(笑)。

 いずれにせよ、少年愛というのも今までの日本では、上に挙げたような“いたずら”がそれほど問題視されていなかったからこそ(生き長らえた)、ということも言えますね。性的ないたずらが後にトラウマを残すという考え方が常識として広まっていなかったから、毛も生えていないオチンチンをいじられて気持ちがよかった、というくらいのこと、一回くらいやられたって別に大したことではない、すぐ忘れるよ、という大雑把な認識だったのでしょう。男の子同士のマウンティングとしての擬似同性愛なども含め、はっきりとした形で残っていたのが戦前まで、その名残があったのが昭和四十年代の半ばから末期くらいまでですかね(後略)」

 ここまで同性愛ネタをやっていると誤解されても当然だし、あんまりやりすぎるせいで「本当に同性愛者なんじゃないか?」と思えてくる。まあ、唐沢俊一同性愛者であっても別にかまわないけれど。ただ、唐沢俊一が「擬似同性愛」が残っていたと根拠が不明なのに断言している「昭和四十年代の半ばから末期」がまさに唐沢の青春時代とかちあっているというのが偶然にしては出来すぎな気がする。


 谷口氏からゲイ少年愛の境界について訊かれた唐沢俊一のコメント。

「まずはっきり言って、ひとつは非常にわがままですね。無論、ゲイというのもわがままな部分、自分の感情を表出する部分はあり、それを利用したのがおすぎピーコであると言えます。しかし、中でも少年愛者たちは非常にうるさい、わがまま、かつこれは犯罪に結びつく特徴なのですが、少年側の心地よさですとか快感であるとかに関しては、あまり問題にしない。つまり少年を愛するということは、自分よりも小さい者、弱い者を征服するということではないですか。元来、セックスというものは大なり小なりやる方がやられる方に対してサディスティックに、攻撃的になるという傾向があります。そして明らかに体格的、立場的に自分よりも弱い者に性の矛先が向けられる時に、これが極端な形で顕れる。だからはっきり言ってしまうと、少年愛の行き着く先は快楽殺人(ルストマーダー)であると言えます」

 この理屈だとむしろペドフィルの行き着く先は快楽殺人、となるし、攻撃性が快楽殺人に行き着くというのならSMだって快楽殺人につながりかねない。…しかし、この文章の前まで少年愛が伝統や文化として成り立っているかのような書き方をしていたのになあ。“Lust Murder”=ルストマーダーは相変わらず。


 その次の部分を読んでビックリしてしまった。

(前略)少年愛者には虚言癖が多い、という意見に関してはどのようにお考えですか?


「あります(断言)。つまり、(彼らにはまず最初に)少年に愛されているという妄想、ストーリーが頭の中にあるわけですよ。何故ならば少年愛者と少年の性生活、付き合いというものは本来、幸福にずっと続くというのがあり得ない性質のものであるわけです。少年というのは少年のままでおらず、どんどん自分の理想の年齢から離れていくわけですし、また社会的に大っぴらにできる性質のものではない。そのような理由から、少年愛者自身もひとりの少年を愛するわけでなく、とっかえひっかえになる傾向が多いようです。

 そもそも少年と付き合ってうまく行く、と楽観的に考えて行動を起こすということ自体が妄想の産物なんです(笑)。

 現実の中で理想を叶えられないが故、先刻言った『男性は脳で感じる』ということと関連しますが、永遠の少年との幸せな生活といった自分なりのストーリー、自分にしか通用しないストーリーを築き上げていくわけですね。それを自分の頭の中だけで留めておけばよいものを、投稿欄に書き送ったり、人に自慢してしゃべったりということになると、ストーリーがだんだん妄想に近づいていく(後略)」

 ははははは!

 いやー、凄いわ。虚言癖の事例が唐沢俊一本人にあまりにもあてはまりすぎ藤岡真さんが唐沢の大学時代の武勇伝をまとめたら大変なことになっちゃったもんなあ。ちゃんと大学に行って勉強しろよ!って思ってしまうけど。さらに付け加えると「『ぴあ』の投稿欄で論争の中心人物となり手塚治虫に名指しで批判される」というのも大学時代の出来事になるんじゃないかと。あと童貞喪失も大学生の時だな。…しかし「それを自分の頭の中だけで留めておけばよいものを」以降は涙なくして読めない。ホント、自慢しなければよかったのにね。


 そして、結論としてこのようなことを言っている。

「いやむしろ、ほんとにサブカルとか何とか、(表に)出過ぎるってのがよくないんです。ペドを文化として認めろだとか、ロリコン漫画であるとか、大きくなり過ぎて(社会的に)影響が出過ぎちゃうからいろいろ言われるわけで。昔の三流エロ漫画ですとか、『少年』といったマニア誌とかで出ては潰れて、また次のが出て……という頃ならば、社会からも『まぁ、あぁいうヘンなのもいるから』と言われるだけで済んでいたんですから。日陰者、という風に認知して、日陰者は日陰者の分際を守ろう、という昔のヤクザのようなカタギの人には手を出さない、というコンセンサスを築いておけば。逆にゲイリブなどで陽の当たるところに出ていくから、バッシングされてしまうといったことも起こるわけです。少年愛のようなゲイの中でも非常に数の少ないものまでが引きずり出されてしまい、バッシングされてしまうといったことも起こるわけです。しかし、じゃあお前たちは一生日陰でいろ、とは言えないですよね。

 私は存在を知らない、というのもよくないけれども、存在を正当化する、というのもよくないと思う。『正当でないものは存在してはいけないのか?』というのがサブカルの立場ですから。そして、異端な日陰者は日陰者としての道を持って、正当な者に迷惑をかけない、というスタンスを守っていた方がいいと思います。

 二丁目のバーのママさんに『ゲイリブはどう?』と聞いた時、『あの子たちは慎みってものがない』という答えが返って来たんです。一般の人たちの中に紛れ込もうとするより、一般人は一般人、私たちは私たちと分けて考えて、二丁目という聖域の中で私たちが王様、女王様、と思っていた方が生きやすい。

 その意味でペドを認めろ、ロリコンを認めろと言わない方がいいと思うんですよね。自分たちが異常だということを自覚して、その上で自分のいる位置というものを見つけている人たちが、精神的にも行動の面でも安定して、しかも(自らの異常性を)生かしているような気がしますね。天才というのは、自分の異常性を自覚し、生かしている人々のことなのですから。

 だから私も、殊更ペドファイルを擁護する意志はありません。同様にロリコン漫画、ショタコン漫画も殊更に正しい、出すべきだ、と主張するのではなく、あくまで売れるから、ニーズがあるからという商業的なベースに則って出していけばいいのだと思います。必要悪であってもニーズはニーズです。

 ペドファイルたちも、『私は法律に違反する趣味を持っています』ということをある程度発言できるような(自分自身に対する)客観的余裕を持って、『ただし、私は例えば漫画であるとか、違法性のない形でそれを解消しています』というカミングアウトする人が増えていく、ということが唯一の有効な対処法だと思います。

 また告発する側も、実態が判らないままに少年愛者やその周辺のものも総てを潰してしまうだけでは根本的解決にはならない。安全な妄想の手引きとなる(漫画や小説などの)媒体を奪ってしまうことで、(少年愛者たちが)地下に潜る、追いつめられて犯罪に走るといった事態を誘発して、悲劇を増やすだけです。告発には、常にそういった危険性がつきまとうことも忘れてはいけません。『共存しろ』とまでは言わないまでも、根本的な解決とは何かを考えていかないと、これからヤバいんじゃあないでしょうか」

 補足しておくと『少年』はゴッセ出版から出ていたマニア向け雑誌のことで、『ストップ!にいちゃん』などが載っていた漫画雑誌ではない。

 唐沢の発言に気になる点がいくつかあるので指摘しておく。第一に「お前たちは一生日陰でいろ」「異端な日陰者は日陰者としての道を持って、正当な者に迷惑をかけない、というスタンスを守っていた方がいい」というのは結局同じ事を言っているのではないだろうか。第二に「二丁目という聖域の中で私たちが王様、女王様、と思っていた方が生きやすい」というくだりは、文筆業から演劇へと軸足を移しつつある唐沢俊一の現状を思うとなかなか興味深い発言である。第三に「商業的なベースに則って出していけばいい」と言っても、そうしたらいずれ目をつけられてしまうわけだから「根本的な解決」とはとても言えない。第四に「違法性のない形」で解消できるのであれば趣味・嗜好自体が法律に違反することもないんじゃないかと思う。第五にカミングアウトを軽く考えすぎ。「自分は少年愛者だけど法律には違反してません」と言ってどれくらいの人が納得すると思っているのか。第六に『少年愛者』は2003年2月に刊行されているが、2002年にはロリコンに対して「地下へもぐれ!」と力説している(詳しくは4月19日の記事を参照)。…言っていることがまるで正反対なんですけど。 

 唐沢の結論を通して読むと「一般人に理解してもらうための努力を放棄している」ように感じてしまう。一般人から何か言われて「日陰者だから」と引っ込んだって「根本的な解決」にならないだろう。他人から理解を得ようとすること、自らの立場を訴えようとすることを「慎み」がないとスタイルの問題にしてしまっているのもおかしい。主張の中身こそ問題にすべきではないのか。


 インタビューを読んだ感想を一言で言えば唐沢俊一同性愛についての本を書くべきだ」ということになる。だって、高校生の時からずっと研究してきたテーマなんだから本にまとめないともったいない。一応『トンデモ美少年の世界』があるけど、それ以降に知識も見識も深まっているだろうしね。もしかすると本を出すことによって「根本的な解決」に少しでも近づけるかもしれない。…でも、ガセを書かれるとかえって解決が遠ざかってしまうかも。

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橘外男ワンダーランド ユーモア小説篇

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藤岡真藤岡真 2010/07/03 08:57  今回、唐沢はかなり饒舌に「少年愛」を語っていますが、そこはお約束通りの無内容。要約すれば「わたしが『少年愛』に関してあまりに熱心なので、ホモなのではと勘繰る奴もいるが、わたしは女にしか興味はないんである」と言ってるだけですね。

うさぎ林檎うさぎ林檎 2010/07/03 10:02 この手の文章を読む度に唐沢氏の同性愛への理解(願望)はJUNEだよなぁ、といつも思います。
それにしても”札幌駅の書店弘栄堂”は、一五、六才の少年が『薔薇族』をレジに出せるような書店だったんでしょうか?子どもが顔の割れている書店で買うのは不自然な気がします。

herfinalchapterherfinalchapter 2010/07/03 17:45 >「唐沢俊一は同性愛についての本を書くべきだ」

書くべきではないと思います。「一般のゲイやレズは後天的なもの」(『裏モノの神様』P.195)などと書いている時点でまともなものになるはずがありません。
http://www.zakuro-no-mori.jp/yuri_karasawa.htm

奈美奈美 2010/07/03 20:41 「検証」じゃなくてただの「感想」ですね。

nyannnyann 2010/07/03 22:09 >高校一年(中学三年?)の頃

>アングラやヒッピーといった辺境文化関係の資料を追い求めていた

あれ?1958年生まれだったら、高校一年か中学3年になるのが1972〜73年くらい?
アングラやヒッピーって、もうその頃は廃れていたような気がしますが。札幌では流行に時差があるのかな。

>男色思想の大衆文化的な浸透に、なぜもっと日本の研究者は注目しない

注目しつくされてると思いますけどね。ちょっと伊賀上野の荒木又右衛門資料館のことを思い出してしまった。
あそこは江戸時代の男色文化についてちゃんと解説していたような記憶があります。

おヨよおヨよ 2010/07/03 23:58 >奈美 さん
>「検証」じゃなくてただの「感想」ですね。
このブログは結構多くの人が見ていますので、わざわざこうやって自分の頭の悪さや長文の記事が満足に読めないことを喧伝しない方がいいと思います。

岡常軌岡常軌 2010/07/04 02:09 >『澤村田之助曙草紙』の作者は岡本起泉
2000年6月10日の裏モノ日記では「高橋阿傳に続き『澤村田之助曙草紙』読み始める」「作者の岡本起泉」と正しく表記してるんですがねえ。


>かつての日本を支配していた武士道文化の原点にまでなっている男色思想の大衆文化的な浸透に、なぜもっと日本の研究者は注目しないといういらだち
岩田準一氏が草葉の陰で泣いてますよ。


>わざわざこうやって自分の頭の悪さや長文の記事が満足に読めないことを喧伝しない方がいいと思います
世の中には「オンライン1人羞恥プレイ」という特殊な趣味があってですね

個人投資家個人投資家 2010/07/04 08:05 >「唐沢俊一は同性愛についての本を書くべきだ」

  著:唐沢俊一
 解説:町田智浩
 
 で、解説のほうが分量が多くて為になる。

おヨよ改めポぷリおヨよ改めポぷリ 2010/07/04 09:40 >個人投資家さん
>解説:町田智浩
何か違和感があったのでよく考えてみましたが、町山さんの間違いでは?

SawaharaSawahara 2010/07/04 18:20 >奈美
ははは、あんたの真意なんかあんた以外のみんながわかってるし、あんたみたいなボウフラがここに湧くのも今に始まったことじゃないのよ。

個人投資家個人投資家 2010/07/04 22:28 >何か違和感があったのでよく考えてみましたが、町山さんの間違いでは?

 そうです。町山氏ですね。

 唐沢俊一の文章を再度読んだのですが、「ペド(幼児性愛)」と「少年愛」の区別がついていないですね。

 全体として、体の衰えを感じてきた唐沢が、若者を妬んでいる(若さを羨んでいる、僻んでいる)だけにしか見えないのですが。

来訪者来訪者 2010/07/06 21:04  このブログが「つまんない」と感想を述べたらバッシングされそうな、
このブログ主とアンチ唐沢の硬直しきった思考パターンは変だよなあ。

kensyouhankensyouhan 2010/07/06 22:42 コメントありがとうございます。

>藤岡さん
ネタにすればするほどいよいよ怪しまれるだけだと思いますけどね。

>うさぎ林檎さん
中学の頃に上野駅前でその手の本ばかりを扱っている本屋を見つけてビックリしたことがありますが、弘栄堂もそういう本屋なのかも。

>herfinalchapter さん
そうですねえ、やっぱりやめておいたほうがいいんでしょうか。

>奈美さん
内容が正しければ「検証」でも「感想」でも「批評」でもあまり気にしません。

>nyannさん
「なぜ同性愛を研究しようと思ったのか」はよくわからないんですよね。ドラッグとかでもよかったと思いますが。

>岡常軌さん
「裏モノ日記」では正しいのに商業出版では間違えていることはよくありますね。ガセの量産は記憶力を過信したためなのかと。
>岩田準一
検証の際に参考にしたことがあります。

>個人投資家さん
インタビューを読んでいても少年愛者のことをどう考えているかよくわからないんですね。糾弾したいのか擁護したいのかもイマイチ。

>来訪者さん
いかんせん万人向けでないテーマを扱っているブログなので「つまらない」と思われるのは仕方のないことでしょうね。

来訪者来訪者 2010/07/07 12:06  唐沢氏の誤字脱字を責めるわりに、意外と藤岡氏も自分の方でも
同じミスをするが、何故か批判はなし。事実誤認をしても同じ態度。
 つまらない、というのは唐沢氏嫌いと「どっちでもいいじゃん」という
アバウトな人との間の温度差にも起因しますねえ。
 興味のある人はオールアンチでないといけないのかなぁ。
 上にも書きましたが、「盗用」した人の場合
「誤字脱字」「事実誤認」は徹底してバッシングの対象アイテムになるのに、
「盗用」を「責め立てる」(言わずと知れた藤岡氏のこと)立場の人が同じ
ことをしてもスルー。
「身内に甘い」のはト学会だけじゃないんですねぇ。

来訪者来訪者 2010/07/07 12:48  ああ、あったあった。藤岡氏の過去の書き込みやブログを確認していたのですが、
「誤字脱字」「事実誤認」「ブーメラン」「身内に甘い」という、唐沢氏への
批判アイテムをこの人は全部持ってるんですね。
 変なのは、上記アイテムを唐沢氏が持っている場合は同氏に向かい石つぶてを投げ、
藤岡氏にはその石つぶてを投げない、皆さんの奇妙な態度。
 やっぱさぁ、「ト学会は身内に甘い」と「坊主憎けりゃ寺まで憎い」てな感じで
連呼し続ける以上、みんなで藤岡氏を徹底集中連続攻撃しなきゃ
「検証班の常連は、アンチ唐沢に甘い」と批判されても仕方がないよねぇ。

藤岡真藤岡真 2010/07/07 12:56 >来訪者さん

 こんなところで遠吠えしていないで、うちのblogに来てください。毎日、忙しい中、一人で書いて一人でアップしてるblogの誤字脱字なんてご愛嬌だし、こっそり直せばそれでいいと思っております。わたしの著作に、唐沢俊一レベル(ちょっと、ハードルが高いかな?)の「誤字脱字」「事実誤認」があったらご指摘下さい。

うさぎ林檎うさぎ林檎 2010/07/07 14:00 >来訪者さん

他人のBlogで他人の批判?たとえネット上でもマナーがあるって知ってます?
藤岡さんも歓迎されているみたいだし、藤岡さんのミスは藤岡さんと直接に話されたら如何ですか?
ネット越しなら(慌てて逃げなくても)藤岡さんに正拳突きされることもないですから大丈夫デスよ。
そして、藤岡さんは”コメント欄で指摘された”「誤字脱字」「事実誤認」に対して、
読んでいる人間にわかる形で対応されています。
「誤字脱字」は”後でこっそり直します”とコメント欄で公言しいらっしゃいますもの(笑)。

それに唐沢氏の行動・著書等への検証の動機がアンチだと思うのは勘違いですよ。
そんな思い入れのある人はいませんって、唐沢氏だってそこまで自惚れていないでしょう?
あなたの方が唐沢氏に失礼ですよ、そこまで唐沢氏を愚か者扱いしたら。
少なくとも私は唐沢氏を憎んでも嫌いでもないです、面識ありませんしね。
だってバカみたいに面白いでしょう?それも氏の文章を直接読むよりも、他の方に解説して頂いた時の方が
何が書いてあるのか理解できますし、正しい情報が得られますし。
「と学会」と一緒じゃないですか?最強(最弱?)のトンデモ物件を愛でているのだと思いますケド。

パーパー 2010/07/07 14:29 >来訪者さん
そりゃ藤岡さんが石投げられなきゃ分からないような人なら話は別ですが、
唐沢に比べたら砂粒程度のミスまで自省されるんだから付け入る隙も無いです。
(というか「盗用」と「誤字脱字」に至ってはそもそも比べようもありません。)
逆に言えば唐沢も藤岡さんぐらいの善意や誠意があれば
ここまで人に石を投げられることにもならなかったと思いませんか? 
事実、藤岡さんも漫棚盗作事件では唐沢謝罪後一旦は拳を振り下ろしたと言います。
ところが現実は以降 非を誤魔化し続け、時には再犯すら行ってきたのはご存知の通り。
こんなのを堂々と擁護してるト学会は「袈裟」どころか犯罪者の後ろ盾です。

来訪者さんの話はスケールも視野も狭すぎて概念だけで語ってるように見えます。
ただ間違った者に石を投げるだけが理想なら完璧主義者の同好会でも行けばいいでしょう。

粗忽亭主人粗忽亭主人 2010/07/07 15:48 >来訪者さん

商業出版物における誤字脱字と個人blogにおける誤字脱字とでは、本質的に別物であるということがおわかりにならないんですか。かわいそうですね。
それから藤岡さんのblogのコメント欄をちゃんと読んでいますか。誤字の指摘はもとより、事実誤認の指摘や藤岡さんの視点への異論なども書きこまれていますよ。藤岡さんはそういう指摘に対して、唐沢さんとはちがって逆ギレしたりせずに真摯に対応していますよ。唐沢さんがそういう対応を取れる人であったのなら、こんなことにはなっていなかったんですよ。
あなたはほんのわずかな共通点(とも言えないぐらいだけど)を引っ張り出して騒ぎたてているんです。こういうのをなんと言うか御存じですか。「針小棒大」とか「木を見て森を見ず」とかいう言葉は知っておいた方がよいと思います。

SawaharaSawahara 2010/07/07 16:04 この来訪者ってウンコ脳に何を言っても、恐らく聞く耳を貸さず、無駄でしょう。
言うことが抽象的で具体的な指摘がまるでない、今までの擁護並びに伊藤氏叩きとおんなじパターン。

来訪者来訪者 2010/07/07 22:56  うわ〜、気色ワリー、予想通りの大バッシング発生。
 この空気のこわばり、相手を見て価値観を変える見識の無さ。
 藤岡氏が他の色々な(名乗った方がご本人としてのことです、あしからず)
掲示板でも唐沢氏批判をけっこう口汚くやり、掲示板上での発言を含めて
唐沢氏絡みの事象を批判の対象にしているというその態度は、
上記数人の方々のオウンルールでもレッドカードなのに、
私はそれを含めて氏を批判しているんです。

 唐沢氏が間違えてもひたすら批判するだけ、
 藤岡氏が間違えたら無反応で、
 氏への批判と氏を批判しない人々のダブル・スタンダードを批判したら
延々批判がかえってくるだけ。

 よーろしい、では、唐沢氏が100悪いなら100の石つぶてを投げ、
          藤沢氏が20悪いなら20の石つぶてを投げる、
 というのが公正ルールかと思えますが。
 皆さま、このルールでいかがかと。
 もっとも、唐沢氏相手には0点からの減点法、
      藤岡氏相手には100点からの加点法を採るのを恥ずかしいと
思わない人々には何を言っても無駄なんだろうなぁ、キャハハ。

 あ〜、これ以上本当のこと言うと、「私は仲間を連れて乗り込んだりは
しませんよ」という「お前相手に(現実世界で)暴力を振るったり、
武の道を極めた集団では行きませんよ」という、どう解釈しても
脅迫そのものの発言がどこかから来るかもしれないので、ストップ
しようかのォ。
 こんなイカレタ発言をしても、ミエミエの謝罪をすればゆする、いや、
許すのも相手を見てのことかと。
 現実世界での報復を非現実世界でほのめかす、なんてことが
批判されないのは、「唐沢バッシング真理教」信者ならではかと。

来訪者来訪者 2010/07/07 23:02  ああああああああ、思い出した。
 そういえば、この検証ブログ自体、唐沢氏のブログの間違いを始終批判してるってことは、
上記数人の方のオウンルールではどうなるんかのぉ。

「たかだかブログだから」「間違いがあっても」「藤岡氏の場合は」「スルーしようじゃん」
 それが、相手が変わると。
「たかだかブログでも」「間違いがあったら」「唐沢の場合は」「罵倒しまくろうじゃん」
 これはないよね。
 相手を見てルールも価値観も世界観も変える皆さんに、何を言っても無駄なんだけど。

来訪者来訪者 2010/07/07 23:25  なんか、何を言ってもまともな反応が返ってこないんで、
もうカキコもラストにしようと思うんだけど。

 各種掲示板での藤岡氏発言にしても(再度御断りしますが、
ご本人という名乗りを本当としてのことです)、
唐沢氏を「唐沢」と敬称略で呼称する非礼さは、ネットで唐沢氏を
語る人のスタンダードなの?
 上記数人のごたいそうな発言を見ても、同じ発言内で
唐沢氏は敬称なし、藤沢氏は敬称あり、それ、自分で変だと思わないのは
常識や良識や良心の類が何もないってことなんだよ。

 このサイト自体、(自分の確認する限り)「唐沢氏に関しては、公人故
敬称を略させていただくことをまず御断りしておきます」という説明もない。
 むろん、それは大した問題じゃない。
 でも、公人なら藤岡氏も立派な公人じゃね?
 公人なら全員を敬称略で呼ぶのが筋じゃね?

 論題の中心人物、考察対象人物を敬称抜きで表記し呼称するのは
別段珍しくない、でも、この場合は単に「呼び捨てにしたいからしてる」
「あいつは悪い奴だから敬称なんか付けたくない」という、
アンチ唐沢の空気、ミエミエじゃん?

 ま、ネットとはいえ、リアルでの恫喝をほのめかした後の謝罪では、いきなり
相手を「あなたに対して」と敬語を連発して、しおらしくなるのもなんだかなぁ、
わざとらしいなぁ、としか思えないんだけどね。

kensyouhankensyouhan 2010/07/07 23:46 コメントありがとうございます。

>来訪者さん
自分は藤岡さんの誤りを指摘したことがありますし、藤岡さんに自分の誤りを指摘されて訂正したこともあるので、あなたの仰っていることはあてはまらないと思います。それから、当ブログと藤岡さんのブログではコメント欄で誤記を含めた間違いの指摘はよく行なわれているので、唐沢俊一を検証する人々が「身内に甘い」こともないんじゃないかと思います。唐沢俊一は「裏モノ日記」の間違いを指摘されると逆ギレしていたみたいですが。
藤岡さんに仰りたいことがあれば藤岡さんのブログにコメントするなりメールを出されることをおすすめします。そっちの方が話が簡単です。それから、「唐沢バッシング真理教」信者とレッテルを貼る前に個々のコメントに対応されるべきではないでしょうか。
唐沢俊一への敬称については、ブログの方では最初だけ氏をつけて後は省略しています(例外あり)。それから『検証本』の方では「敬称略」と一応断りを入れています。本もチェックしていただけると嬉しいです。

うさぎ林檎うさぎ林檎 2010/07/08 00:05 >来訪者 2010/07/07 22:56
>来訪者 2010/07/07 23:25
>来訪者 2010/07/07 23:02
>なんか、何を言ってもまともな反応が返ってこないんで

いやいやいや、何か書き込む間隔が尋常じゃ………。
これで「反応が返ってこない」って……気が短すぎません?
ここはチャットでも掲示板でもないです。
(何かこの記事に突然反応が激烈っていうのが、ちょっと面白いので続けて欲しい気がしたりしなかったり)。

discussaodiscussao 2010/07/08 05:24 高一のときハマっていた唐十郎ってのは、ようするに唐沢俊一が高一の昭和49年『戯曲 盲導犬』にはじまる角川文庫の唐十郎シリーズのことなんだろうなあ。合田佐和子のカバーがカッコよくて人気があったから、特に自慢するほどのマニアックさは感じません。じゃあ唐沢は唐十郎編集の雑誌『月下の一群』は買ったのだろうか?
そして三島由紀夫はさておき、唐十郎や寺山修司の世界を理解するのにゲイ・カルチャーってそんなに必須だろうか?両者の見世物的表現の一部に性倒錯もあるっていう程度だろうし、仰々しく述べ立てているけれど、ようするに四谷シモンや美輪明宏などの人脈について言ってるだけの気がする。

ま、こんなことを指摘しても、唐沢俊一は思いつきだけでテキトーな話をしていることは明白なので、あんまり建設的な後味は残りません。かえってどれだけヒドい論旨を展開しているか、そのヒドさをシニカルにあげつらうくらいしか楽しみがなくなってきます。とはいえ唐沢俊一は検証すればするほど本人の筆力も劣化してきているようで、そのヒドい論旨すらもバリエーションが狭まりワンパターンな繰り返し。苦痛だったり退屈だったりするなら止めればいいのだけれど、始めてしまえば流れが出来てしまうのでキリが付くまでは中々終われない。そういった因果な途中経過に自分はいると思う。
だから「来訪者」さんって方があれこれコメントしているけれど、そういった刺激は検証のモチベーションを返って上げてしまて逆効果ですよ。「アン恥垢」の良いガソリンになってしまいますよ、と茅高(茅ヶ崎高校)出身としてアドバイスしておきます。
ちなみに私は「唐沢俊一を検証する側がガセに足を引っ張られるのは、ちょっと情けないナァ」とか書いてるので、一緒くたにしないでください、あしからず。
長文失礼。

来訪者来訪者 2010/07/08 06:04  ああ、藤岡氏と他の方々が相互に間違いを指摘しているのは知悉ですよ。
 私が「身内に甘い」と表現しているのは、相手によりそれが「やんわりと敬語
を使用しながら指摘する」か「罵倒し嘲笑し」それを以て「糾弾の対象とみなす」
と変わるからです。
「ト学会は身内に甘い」と糾弾しつつ、この態度はないんじゃね?
 やはり同じような口調(ネットの表現上)でせせら笑わないと変ですよね。
 また、「テンビンがどちらに傾いても五分五分か」という場合、常に唐沢氏
相手には罵倒、氏とト学会関係者以外の他の全てのあらゆる人の場合には
通常の判断、って変だと思うんだけどなあ。
 それにしても、藤岡氏がご自身のサイトで(当時はブログではありませんでしたよね)
唐沢氏相手に肉体言語をほのめかし、直後に猫なで声でご自身がそれを
詫びるオポチュニストぶりはやはりタブーかと。
 藤岡氏の立場と手腕の人がああいうことを言うと、
発言自体が「唐沢の頭骸骨は土管も同じ」(氏がこう言ったわけじゃないですよ)
なんて感じに聞こえちゃうんですよね。 
 氏自身もそれはよくおわかりのようでしたが。

 あと、別に自分は感じたままを述べているだけで、このつまんないブログ、
そしてブログ主と感覚を等しくする人々がどう思うかはどうでもいいんですが。
 また、唐沢氏の「悪行三昧」にさほど興味の無い人には、このブログが面白くない
云々以前に、ブログ主にひたすら追従し続けるか、もしくは「同好の士」以外は
皆無というカキコも気味悪いなぁ。
 
 ラストに、「誤字脱字・内容の間違いをどこまで許すか」という基準が
「ブログなら」「あっても問題とは思わない」
「単行本なら」「あったらおかしいと思う」
 という基準を、ギャラリーの人々が自ら述べたなら、やっぱこのサイトが
唐沢氏のブログを検証し、誤字脱字と事実誤認を批判するのは「おかしいと思う」
と意見するのが「身内に甘く」ないんじゃないのかなぁ?

 ギャラリーの面々は、はなっから唐沢氏糾弾の姿勢で来てるから公正な意見は
何も期待できないんだけど。

 あと、敬称略の御断りは見当たらないなあ。
 ここにカキコしてる人が同じ文章内で唐沢氏を「唐沢」と呼び捨て、
 藤岡氏を「藤岡さん」と敬称付きで呼称するのに違和を感じるのって
そんなに変かなぁ?気味悪い感覚としか言いようがないんだけど。

 ラストに、「盗作は文筆で口を糊する人間は絶対にやってはいけないこと」
と正論を述べる藤岡氏ご自身が
      「身体障害者という肉体的弱者相手に集団での肉体言語行使をほのめかすのは」
      「武道家として絶対にやってはいけないこと」
だと思うよ。
 また、それを嬉々として(サイトからはそう感じた、という意味です)やるのを
なんでみんなは糾弾しないの?
「ごめんで済むならケーサツいらねえんだよ、ボケがぁ!」ぐらいの
タンカを切るのが普通だと思うんだけどなあ。

 要は、唐沢氏相手だとやたら基準を厳しくして、「検証」というより
最初から「批判目的」で行動してるなら、検証という建前を捨て、
「批判サイト」と名乗ればいいだけのことなんだけど。

SawaharaSawahara 2010/07/08 13:06 >来訪者のバカ
藤岡さん自身もおっしゃられてるが、藤岡さんの文句は藤岡さんに言え。

ましゅましゅ 2010/07/08 14:34 来訪者さん、こんにちは。
ましゅと申します。
僕は、最近は疎遠ですが眠田さん、岡田さんとは知り合いなので、可能ならば唐沢氏よりのポジションをとりたいと思っています。正直なところ『検証blog』『藤岡真blog』を読んでいて、「この突っ込みはちょっと厳しすぎるなぁ・・・」とか、「眠田さんも岡田さんも、いい人なんだけどなぁ・・・」という感想を持つこともあります(残念ながら唐沢氏とは面識がありません)。
でも、唐沢氏のP&Gは、あまりにひどい。本来、得意であるべき雑学の分野で、プロとしてはあまりにお粗末な仕事ぶりが、『検証blog』や『藤岡真blog』での厳しい指摘になっているのだと思いませんか。

来訪者さん、あなたは何のために藤岡氏を批判したいのでしょうか?
正義感ですか? それならばまず、藤岡氏のブログで氏を批判するべきでしょう。ただ、藤岡氏の視点は「誤字脱字・内容の間違い」に本質的な間違い(人名の誤記・事実の誤認など)が多いこと、内容自体に盗作の疑いが濃厚なこと、に基づいているので、単なるミスタイプをあげつらうことは、来訪者さんをかえっておとしめることになりかねません。プロのライターに対しての正義感を唐沢氏と藤岡氏の両者に発揮されることを望みます。

また、来訪者さんは唐沢氏を擁護したいのでしょうか?
もし、可能であるならば、唐沢氏にライターとしての仕事に対してもっと誠実に取り組むようアドバイスするべきです。正直、現在の唐沢氏に原稿依頼は、恐ろしくてできません。誤字はなんとかなるにしても、P&Gを必ず見つけられるとは限りませんし、印刷後発覚した場合のリスクが高すぎます。唐沢氏には大変失礼ですが、そこまでして発注したいレベルではありません。
唐沢氏の直接の知り合いではないならば、ぜひ『唐沢俊一応援blog』を立ち上げていただき、唐沢氏の仕事をわかりやすく評価して、唐沢氏を積極的に応援するのがいいのではないでしょうか。来訪者さんの言うところの「批判目的」のサイトのコメント欄で文句を書くよりずっとすばらしいし、効果も高いと思います。
「暗いと不平を言うよりも、すすんであかりをつけましょう」です。

粗忽亭主人粗忽亭主人 2010/07/08 14:39 >来訪者さん

もうちょっとマトモな日本語で書いていただけませんか。たいへん読みにくいのですが。
それはともかく、

> 唐沢氏を「唐沢」と敬称略で呼称する非礼さは、ネットで唐沢氏を
> 語る人のスタンダードなの?

私は常に「唐沢さん」と書いておりますが。御自分に都合の悪いところは読まないようにしていらっしゃるんですか?そういう点を無視して、御自分と意見のちがう人を十把一絡げにするのはまことに卑怯な態度ですね。

>  ラストに、「誤字脱字・内容の間違いをどこまで許すか」という基準が
> 「ブログなら」「あっても問題とは思わない」
> 「単行本なら」「あったらおかしいと思う」
>  という基準を、ギャラリーの人々が自ら述べたなら、やっぱこのサイトが
> 唐沢氏のブログを検証し、誤字脱字と事実誤認を批判するのは「おかしいと思う」
> と意見するのが「身内に甘く」ないんじゃないのかなぁ?

だから唐沢さんのサイト(唐沢さんは「ブログ」はやっていらっしゃいませんよ)の日記等であっても、この検証blogであっても、はたまた藤岡さんのblogであっても、誤字脱字・事実誤認は指摘しているのですよ。つまり、どちらも指摘している。なぜ、あなたが「どちらも指摘するな」と主張されるのかが理解できません。そもそも
> 「ブログなら」「あっても問題とは思わない」
などとだれも言っていませんよ。本質的に別物であると言っているだけです。いま話題の大相撲の」賭博問題でも、暴力団の絡んだ野球賭博をやった力士は名古屋場所を謹慎・出場停止処分にしていて、仲間内の花札賭博をしただけの力士はそこまではしていませんよね。それは、仲間内の賭け事が問題ではないからではなく、暴力団絡みの賭博とは質がちがうからです。それとおなじことですよ。
それから批判・反論をバッシングとすりかえるのはやめられた方がよいと思いますが。それともなんですか。御自分のやっていることは正当な批判で、御自分と唐沢さんに対するそれはバッシングだとのダブルスタンダードですか。

kensyouhankensyouhan 2010/07/09 07:32 コメントありがとうございます。

>うさぎ林檎さん
うーん、この記事と関係あるのかどうか。

>discussaoさん
特に最近の文章のウスさには困ります。文筆業への興味が薄れてきているのか、生命力が失われてきているのか。

>来訪者さん
繰り返しになりますが、藤岡さんに仰りたいことがあれば藤岡さんに直接連絡をとっていただいた方がいいと思います。
藤岡さんは去年の夏コミで唐沢俊一と面と向かったときも礼儀正しく応対されてましたし、ドラゴン山崎氏に威嚇された(自分は見てませんが)ときもスルーされてますよ。藤岡さんが穏便に済ませたことに山崎氏も唐沢俊一も感謝した方がいいと思います。

>あと、敬称略の御断りは見当たらないなあ。
そうですよ。ブログではしてないけど本ではしていると前のレスで書いたんです。

>気味悪い感覚
「そうですか。自分とは感覚が違いますね」としか言いようがありません。

>最初から「批判目的」で行動してるなら
検証を始めた動機は『検証本VOL.2』に書いてあるのでそちらを参照してください。別に「批判目的」でやっているわけじゃないので、なるべくいい所も取り上げようとしてはいるのですが、褒める機会がなかなかないのが残念です。

>ましゅさん
なんだかお騒がせしてしまっているようで申し訳ないです。残念ながら岡田斗司夫についても今後少しだけやるつもりですけど。唐沢俊一も直接会って話す分にはいい人でした。

人間人間 2010/07/09 09:06 kow_yoshi
[と学会][伊藤剛]伊藤剛がなぜ「バカ」と呼ばれるようになったかの根源的な要因は、
まだそのままであるという印象を受けた。個人的には某検証blogには薄気味悪さを感じ
てならない。

このkow_yoshiって人、プロフィールに「多分、石神井(心は小樽)
自己紹介 練馬の片隅で、なんか雑文を書いているみたいです。好きなものはアイスホッケー
とプロレスと漫画なり。はてブで色々と毒づいてたりします。はてなのIDにはアンダーバー
がないです。アイコンも違います」と書いてる。

来訪者さんにせよ、kowyoshiさんにせよ、唐沢さんの周囲って暖かい人が多いんですね。

SawaharaSawahara 2010/07/09 17:12 ああ畜生、来訪者のバカに言ってやりゃよかった。「唐沢と藤岡さんで対し方が違うのは、唐沢がてめえみてえだからだよ」って。

kensyouhankensyouhan 2010/07/10 19:48 コメントありがとうございます。

>人間さん
まあ、薄気味悪いでしょうね。動機も目的も不明なまま2年も続いているブログを怖がるのは当然なのかもしれません。というわけで明日でちょうどブログ開設2周年です。


>Sawaharaさん
あと、単純な話で「本人に向かって直接間違いを指摘する」のと「不特定多数に対して間違いを説明する」のとではスタイルに当然違いが生じると思います。自分は唐沢俊一に対してP&Gについて話を聞く機会があれば可能な限り礼儀正しく対応するつもりです。