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唐沢俊一検証blog

2010-09-17

老害の少女。

20:42




 今回は岡田斗司夫唐沢俊一オタク論2!』(創出版)P.60〜P.73よりオタク論壇老害化!?」を取り上げる。


岡田 『サイゾー』07年8月号が「オタクギョーカイの闇」という特集をやっているんだけど、そこに「オタク論壇老害化」という記事が載っているんですよ。「老害」って言ったら、俺ら第1世代のことかと思うでしょ。ところがこれが、東浩紀氏のフォロワーを中心とした第2世代以降オタクのことなんですよ。


唐沢 えっ! あれが老害なの!? じゃあ我々は何なんですかね。


岡田 いわゆる若手の内ゲバですからね。僕らは雲上人だから関係ない。


唐沢 「今の若い連中がオタクだとするならば我々はもうオタクじゃない」ということは、この連載の第1回から言い続けているわけですけど、ついに第2世代が「老害」と叩かれる時代になりましたか。


岡田 『サイゾー』の記事は、「エヴァ後遺症」にある人たちを「老害」だと言ってるんです。つまり、「エヴァ」ブームのときに評論を書いてブイブイ言わせていた人で、いまだにその気分を引きずっている人たちを「オタク論壇老害」と呼んでいる。


 岡田が言及しているサイゾー』2007年8月号の記事というのは、宇野常寛が書いた『“ノスタルジィ中年”が跋扈! 老害化が進むオタク論壇の憂鬱』のことである。…何度見ても凄いタイトル。

 「「エヴァ」ブームのときに評論を書いてブイブイ言わせていた人」が誰なのかは気になるところだが、岡田による記事の説明は概ね正しい。とはいえ、それにしてもこの記事には問題が多い(9月7日の記事も参照)。なんといってもバイアスがかかりすぎているのだ。たとえば、この記事には「最新オタクマスコミMAP」と題してオタクマスコミ関係者が区分けされているのだが、「御用ライター文化圏氷川竜介藤津亮太)、「勘違いロック中年」大塚ギチ宮昌太朗、『CONTINUE』)など宇野の主観入りまくりの分類がされている。客観性をかなぐり捨てている姿勢には清々しさすら感じるが、少なくともこのような分類を信用することは出来ないことは言うまでもない。

 それから、明らかにおかしな点もあって、下流社会ビキニアーマー文化圏として富士見ファンタジア文庫」と「二次元ドリームマガジン」が挙げられているのだが、この両者は全然違うだろう。ライトノベルジュブナイルポルノを一緒くたにするのはヘン。ファンタジア文庫には非ファンタジーのヒット作(たとえば、賀東招二フルメタル・パニック!』)もあるしなあ。それから「下流社会ビキニアーマー文化圏」の紹介文もおかしい。

「おっぱいの大きな女の子が戦うファンタジーが見たい」。そんな率直な願望を、なんのてらいもなく追求する、三十男たちが地味に買い支えるレーベルがズラリ。ビキニ鎧イズ・ノット・デッド!

 典型的な「なんのてらいもなく」の誤用「照れもせずに」というつもりで使っているんだろうなあ。「下流社会」などと茶化している場面で誤用しているのが残念。あと、

恋愛の生々しさに代表される世界の複雑さに目をつぶって、記号(アニメ美少女)と戯れる三十男が急増中!

というのを「80年代サンデー文化圏」「ゆうきまさみ症候群」と名付けているけど、いまいちピンとこない言葉だ。『機動警察パトレイバー』だって80年代の作品なんだけど。まあ、「ピュア信仰」なみに定着しなかった言葉みたいだから別にいいか。

 結局、この記事を読んでも東浩紀フォロワーのどこが問題なのか、具体的なことはよくわからない。宇野常寛は『オトナアニメ』が嫌いなんだなあ、ということは辛うじてわかるけど。

 こうして現在のこの業界は、右も左もノスタルジィの豚だらけの業界になったわけだ。もともとオタク業界、特にアニメ業界は恐ろしいほど保守的な業界で、作品の批判は原則タブー。ちょうちん記事のみが歓迎される、トンデモない業界だ。だからこそ東のような本来別ジャンルで発言してきた論者に期待するしかなかった(じゃないと、業界から消される)のだが、その東が10年前に大量に生み出してしまった劣化コピーたちのノスタルジィが、早くも老害となりつつある。自分のノスタルジィを公共のメディアで垂れ流す中年どもが一掃されて初めて、作品の魅力は正しく紹介され得るのだ。

 この文章が発表されて3年経つが、宇野常寛「自分のノスタルジィを公共のメディアで垂れ流す中年ども」を一掃出来たのかどうかはわからない。自分にはあまり興味の持てない話だけど、凄まじい気迫を感じるので頑張って欲しいものだ。しかし、宇野は「オタク第一世代」をなぜかスルーしているが、岡田や唐沢だって「ノスタルジィを公共のメディアで垂れ流して」いると思うのだが。どうして「第二世代」だけ攻撃するのかやはり謎だ。…思うに、宇野は「第2世代」を攻撃するために「第1世代」を権威づけようとして「知識人」と定義したのではないだろうか。よく知らないものを権威付けるべきではないし、「知識人」と呼ばれた唐沢俊一がそれを真に受けているのは気の毒だったから、罪なことをしたものである。

 いろいろ書いてきたが、宇野の記事には問題が多く、これを「オタク第三世代」全体の意見として見てはいけない、ということは確かだ。筆者は宇野と同世代だが、ハッキリ言って考え方はだいぶ違う。


 では、「オタク対談」に戻ろう。

唐沢 それ(引用者註 宇野による「第2世代」への批判)に賛成はすぐにはしないけど、まあ、正統派アカデミズムのミニチュア化って感じはしますね。アカデミズムの世界はパイが少ないから、自分より前にいる人間を一掃しないと上に上がれない。共産党と同じなんですよ。文壇における“一番頭のいい人”という位置がコロコロと変わっていく。大学の方では食えているからいいものの、文壇のなかでは発言権がなくなってしまうでしょう。浅田彰なんて一般誌にはもうほとんど出ないじゃないですか。一時は何かにつけて、どんな問題であろうと意見を求められていたものだけど、そういう人たちが現にいなくなってしまったわけです。

 今、第2世代の人たちは雪崩を打って学校の先生になりたがっているじゃないですか。学校の方でも、オタクやマンガのムーヴメントがあるから講座を開いていて、それで何とか食っていけてるわけで、彼らは評論で食えているわけではないんですよね。


岡田 評論で食えていない人を叩くなんて、可哀相じゃん(笑)。彼ら第3世代にとっては、第1世代オタクは自分たちの理解できない世界なので、もう関係ないんですよ。憎いのは第2世代なんですよ。第2世代第3世代の対立が激しくなっている。第3世代が第2世代を攻撃しているわけですが、具体的には20代半ばの奴らが30代を攻撃しているわけです。

 じゃあ20代半ばの奴らは下の世代から攻撃されないのかというと、これが案外されない。そこから下はネットじゃなくてケータイ世代だからです。

 オタク論壇というのが成立したのはブログがあるからであって、それ以前の時代には自著もない人というのは「自称・評論家」と呼ばれて、論壇には参加できなかった。それがブログの発生によって一気に広がった。

 …えーと、岡田斗司夫はこの対談の時点(初出は『創』2007年9・10月号)で既に大阪芸術大学客員教授だったのだけど。どうして2人ともそのことをスルーしてるんだろ。今の唐沢俊一は評論だけで食えているのかも気になる。月刊連載3ページだからなあ。細かいけど、浅田彰は「文壇」じゃなくて「論壇」にいたのでは。

 それから、憂慮していたことだが、宇野常寛が「第2世代」を攻撃したことをもって、「第3世代」が「第2世代」を攻撃していることにしてしまっている。オタクがみんな本田透と同じであるかのように考えたこともあったし、つくづく大雑把。さっきも書いたように、自分はいわゆる「第3世代」なのだが、「第2世代」よりはむしろ「第1世代」に興味があって、その証拠にこんなブログを2年も続けてしまっている。まあ、「若いのに変わってますね」とよく言われるけど…。それに「第3世代」だっていずれ「第4世代」「第5世代」から攻撃されるようになるはずだ。「ケータイ世代」とか関係なしに、年長者は若者から批判されるものなのだから。


唐沢 つまりオタク論壇というのは、ブログなどで論を垂れ流している人間で形成されており、論で食っている人間ではないんですよね。論壇というのは、我々の世代にとっての常識から言うと、論で飯を食ってるヤツ、少なくとも自著があることを前提としていましたが。

 100冊以上の著書を出してきた唐沢俊一の自負が窺えるが、ガセビアや他人の文章のコピペを垂れ流して「飯を食ってる」ことは誇れることなのだろうか。


唐沢 論壇のパイは小さいから前を一掃しなければ食っていけないと先ほど言いましたが、第2世代は第1世代を一掃したわけではないんですよね。我々第1世代どころか、我々よりも上の世代である池田憲章さんたちが生き残っているくらいで(笑)。第2世代は、ネットができてパイが広がったがゆえに、第1世代と最終的闘争を行わないままに、むしろ第1世代のことを無視して敬遠することで成り立っていた。つまり論壇としては基盤が脆弱で、闘って勝ち取った場ではない。それで長持ちするのかなと思っていたんです。やはり第3世代からも突き上げが出てきたということですね。


岡田 それはオタク第2世代がやってきたのが政治的な活動だったからだと思うんです。というのは、第0世代、つまり池田憲章さんたちがやってることを、僕らは否定せずにきましたよね。池田憲章さんはオタクの中でもコアな層に向けて語っていたけれど、僕ら第1世代は一般に向けて語った。それが第1世代の仕事だったと思うんです。

 それに対して第2世代は、第1世代が語っているのは70年代・80年代のアニメやマンガばっかりだが、今現に進行している90年代、21世紀のアニメやマンガはこういうふうになっている、と語るのを「売り」にして出てきた。同時に「俺たちより年上の評論家はダメだ。時代についてきていない」という世代批判と売り込みがワンセットになった発言を必ず盛り込んだ。第2世代が政治活動だというのは、それによって記事や評論を囲い込もうとしたことです。自分の仲間たちだけで仕事を取って、第1世代から仕事を奪えというのが彼らの商業的な目標だったわけです。ところが現実にはそうはならなかった。

 根本的な疑問だが、1955年生まれの池田憲章1958年生まれの岡田斗司夫唐沢俊一が何故別の世代になるのだろう。両者を明確に分けるラインが存在するのだろうか。金田正一が「名球会」入りの条件のひとつとして「昭和生まれ」と付したこと(これで川上哲治杉下茂は入れない)を思わず連想。

 それから、毎度のことだが、この2人は相手の話を聞いているのか?と思う。「第2世代」について、唐沢は「第1世代のことを無視して敬遠することで成り立っていた」と言い、岡田は「「俺たちより年上の評論家はダメだ。時代についてきていない」という世代批判」をしていたと言っている。…矛盾しているじゃないか。

 ともあれ、岡田と唐沢がそれまで年下の人間からあれこれ言われてきた憤懣をぶちまけているのが興味深い。唐沢は「オタク第2世代」のことを「闘って勝ち取った場ではない」と言ってるけど、池田憲章たちをスルーしたのだから、「第一世代」だって戦ったとは言えないし、それこそ「政治的な活動」をやっていたのではないか?


岡田 第1世代の僕らから見れば、オタク論壇全体が、ブログがあるからどうにか存在しているけど、もうじきケータイが主流になるとそれすらなくなる。沈みつつある船のアッパーデッキとロアーデッキで喧嘩しても、しょうがないんだよ(笑)。

 だから別に喧嘩なんかしてないんだって。そして、たとえケータイが主流になろうと、まとまった論考をやるうえでは紙の媒体やブログはいずれも有効であり続けると思う。ケータイだと長い文章は読みにくいし書きづらい。


唐沢 はっきり言って、僕は第2世代には興味も何もない。それこそ第3世代以降の、ケータイが主流になってからオタクを語るというのがどういうふうになっていくのか、そちらの方に興味がありますね。(以下略)

 「第3世代」の人間がやっている「唐沢俊一検証blog」、お楽しみいただいているでしょうか? 一方的に東浩紀にちょっかいを出してたのに、「第2世代」に本当に興味ないの?

 

唐沢 僕からすれば、「エヴァンゲリオン」のブームだって、あれは“論”などと言えるものではなかったですよ。ただ流行りを自分に引き寄せて“自分語り”をしているだけ。某大手の社員に「もうすこしエヴァ系の評論家を開拓したら?」と言ったら、「候補はいろいろ出るんだけど、そこの人たちは結局自分のことしか語らないので使えない」と言うんですね。オールマイティに語れる人がいない。だからどうしても私や香△リカのように、「何でも書きますよ」という無節操な人がいないと原稿が集まらないと。エヴァ系の人たちは自分が語る対象しか見ず、それしか語りたくないという人たちが集まっているわけでしょう。それでは論壇を形成できないですよ。

 伏せ字は原文通り。『創』では香山リカも連載を持っていたから配慮があったのだろうか。 

 …つかぬことを聞くが、唐沢俊一は「論」をいつ書いたのか? ひどい代物をいくつも読まされたものだよ…。『エヴァ』についてもちゃんと語れてないじゃん(2009年7月3日の記事を参照)。

 それにしても、無節操であることを自慢してどうする。唐沢俊一が自分の知らないことにも口を出した結果生じた惨状は当ブログでもたびたび紹介している。オールマイティに間違っているんだって。


 この後、岡田斗司夫が「このあいだ読んだ富裕層の研究書」から「所得の高い人間は必ず3つの段階(顕示的消費→保全社会貢献)を通る」という話をする。

岡田 (前略)僕らのような物書きの職業は、学生時代に第1段階である「知識の顕示的消費」、つまり「こんなに俺たちはモノを知っている。こんな映画を見て、こんなことを言えるぞ!」という見せびらかしの段階を経て、次に「知識や見識の保全」、つまり今もっている知力や業界的威信をいかに維持するかという段階に入る。第3段階になってくると、これをいかに世の中に役立てるのかという段階に行けるんです。ところが第2世代の人たちは、第1段階から上にいけない。第1段階で評価を十分にされないと第2段階にはいけない。これはマズローの欲求説と同じですよ。


唐沢 ドイツなどの資本主義国、つまりマルクスの言うところの“資産の蓄積”が十分にあった国では社会主義がなかなか起こらないで、資産の蓄積が全くなされなかったロシア中国で起こってしまい、それで社会主義というものが歪んだものになってしまった。知識の蓄積が完全にできていないネット人種たちの方で第2段階の革命のようなものが起きてしまうというのもその相似形かな。

 …2人とも自分が何を言っているのかちゃんと理解できているのだろうか。オタク世代論と関係あるのかどうか疑わしいし、お互い背伸び感がものすごい。どうして「第2世代」が「第1段階」で評価されないかわからないし。マルクス主義の話なら「資産」でなくて「資本」の方がいいだろうな。岡田・唐沢が「知力や業界的威信」を現在でも維持できているのかも気になるけど。


唐沢 クラシックというものは「教室(クラス)で習うもの」という意味だけあって、過去のものにならないと研究対象にならないんですよね。変化しつつあるものは対象にならない。(以下略)

 “classic”にはもともと「最上級のもの」という意味があったとされる。


岡田 まあでも、第3世代アキバでデモしちゃうヤツらに比べれば、第2世代の方がまだ知的な分だけまだマシですよ。第1世代は「アニメなんかつまんないかもしれないけど、僕たちは好きなんだよ、ダメだよねえ」というスタンスだったけど、第2世代は「何言ってんだ! アニメは素晴らしい!」と汗臭く語り、第3世代アニメが素晴らしいかどうかは置いておいて「俺をちゃんと認めてくれ」ですよ。第2世代は「俺」が過剰だっただけで、第3世代は「俺」としか言わなくなった。(以下略)

 ナルシストは他人のナルシシズムが許せない、ということだな。岡田も唐沢も自分が大好きだからね。何の根拠があってそんな話をするんだか。「アキハバラ解放デモ」をやった人たちは別に「第3世代」に限らないだろうし。まあ、アニメなんかつまんないかもしれないけど、僕たちは好きなんだよ、ダメだよねえ」という考え方にはいろいろ問題があるのだろう(この点「と学会」にも通じる)。


岡田 団塊の世代が抜けちゃったら基幹産業はどうなるのかというのと同じように、僕らは趣味の世界ですから引退は無いとは言え、第1世代が抜けてしまったらオタク業界はバラバラになりますよね。でもまあ、それはそれで良いですけど。(以下略)

 オタク業界はバラバラになりますよね」ってどういう意味なんだろうか。とりあえず、「第1世代」でも岡田と唐沢が抜けても業界的にはダメージはないのでは。…とっくの昔に抜けているという説もあるかな。


 …この対談を一言でまとめれば、宇野常寛の記事をネタにして岡田と唐沢が第2世代第3世代に八つ当たりした」ということでしかない。他人の悪口は読んでいて疲れるなあ。

 まず第一にオタク第一世代」という概念そのものから疑ってかからないといけない、と痛感させられた。世代論を安易にやってはいけないね。



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オタク論2 !(2)

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サイゾー 2007年 08月号 [雑誌]

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機動警察パトレイバー (1) (小学館文庫)

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tennteketennteke 2010/09/17 22:38 クラシックはクラス、階級に繋がるものだという意見は聞いたことがありますが、教室ってのは初耳です。
ちなみに「音楽」という言葉も中華文明が入ってきたときに一緒に入った言葉で、支配者や権力者、特権階級が儀式で使うもので、
楽しむとか下々の者達には使われない言葉だったそうです。
相対的に音楽とはその分野の尊称を指して、江戸時代末期に東洋文明を凋落させた西洋文明のmusicに音楽の呼称が引き継がれましたが、明治政府は国家の独占よりも“国民”教育の道具に使ったため、一般に使われる言葉になったようです。

デュードデュード 2010/09/17 22:43 ・・・・・岡田にしろ唐沢にしろ世代的に考えて戦略的にオタク選んだ世代とは言え,オタク第2世代やオタク第3世代についていけない疎外感を爆発させてるだけじゃないか!

そういえばBSアニメ夜話で『涼宮ハルヒの憂鬱』がドタキャンされたのも意味があるのか邪推したくなります。

世代に関係なくアニメって誰でも好きだから見るんじゃないの?と思いました。

NNTNNT 2010/09/18 01:01 世代論に意味というか中身はあんまり無いと思います、血液型占い並に。
物臭者の理屈というか。
かつての『新人類』とか今でいう『ゆとり世代』みたいなもんで、
年長者は世間知らずな若者が嫌いだし、若者は中身が無いのに年上だっていうだけで偉そうに昔話をする年長者が嫌いだし。
でも、そうじゃない人だと邪見にしないし。

ただ、人口動態は消費動向や税金や年金や医療費に密接に関係あるので、そういう分析には意味はあると思います。

嫌な年寄りをやり通す覚悟も無く、若者にすりより、寄生して延命してるだけだものなあ、岡田氏も唐沢氏も。

カボチャ大王カボチャ大王 2010/09/18 01:10 宇野氏は評論家デビュー前から運営していた「惑星開発委員会」で「スレイヤーズ」にトラウマがあることを書いていました。富士見ファンタジア文庫を嫌悪しているのはそれが大きな原因でしょう。「スレイヤーズ」でむしろオタク方面に目覚めた私からすると、宇野氏の論はある部分では到底受け入れられないんですが。

藤岡真藤岡真 2010/09/18 08:12 >唐沢 ドイツなどの資本主義国、つまりマルクスの言うところの“資産の蓄積”が十分にあった国では社会主義がなかなか起こらないで、資産の蓄積が全くなされなかったロシアや中国で起こってしまい、それで社会主義というものが歪んだものになってしまった。

 国家社会主義ドイツ労働者党は? この人は、アカデミックなものが、文系理系に関わらず100%駄目のようですね。

nyannnyann 2010/09/18 10:02 アカデミックというか、日本史と世界史が小学生レベルで駄目ですね。

discussaodiscussao 2010/09/18 10:17 宇野常寛って『思想地図』で喋ってた人か…。
> こうして現在のこの業界は、右も左もノスタルジィの豚だらけの業界になったわけだ。
「サイゾー」記事の全文読んでみないとニュアンスが違ってるかもしれないけれど、サブカルチャーで表現されている「抒情性」の多くは「ノスタルジィ」が深く関わっているものなので、「懐古趣味」というだけで誹謗されるいわれは無いといった反感はありますね。「ノスタルジィ」を持ちながらも、それが現在とも繋がっているという意識があるかないかという問題のような気がします。
>唐沢 クラシックというものは「教室(クラス)で習うもの」という意味だけあって、過去のものにならないと研究対象にならないんですよね。変化しつつあるものは対象にならない。
『オタク論2!』もいちおうは読んだんですが、ピンとこないところばっかりでほとんど忘れてます。この発言は、「教室」云々はさておき、「一般教養というものは過去形の完成されもの」という話なのか「唐沢俊一が現在形の変化しつつある文化を語れない」という事なのか、ニュアンスがいまいち分かりません。ま、「現在形の変化しつつある文化」って、たいがいのサブカルはそうなので、「唐沢俊一はサブカルを語れない」って意味ではまったく正解なんですが。

>根本的な疑問だが、1955年生まれの池田憲章と1958年生まれの岡田斗司夫と唐沢俊一が何故別の世代になるのだろう。両者を明確に分けるラインが存在するのだろうか。

前から引っかかっているんですが、オタクアミーゴスの三人は「オタク第一次世代」ってことではそうなんだろうけれども、厳密な世代分けをすれば岡田斗司夫・唐沢俊一は1966〜8年「(第一次)怪獣ブーム」の子供だったろうし、5歳下の眠田直は1971〜4年「変身ブーム(a.k.a第二次怪獣ブーム)」のほうに属する。じっさい岡田・唐沢はどこかで「怪獣ブームの本義は第一次にこそあり、第二次のブームなど水増しに過ぎない」旨発言し、世代差に高低をつけていた。けれどもオタアミのようにつるむ場合には、この世代差が存在しなくなってしまうところが気色悪いです。『オタクアミーゴスの逆襲』で「チャージマン研!」を紹介する立場だったのは眠田直だし、「海のトリトン」や「デビルマン」は年長でも(そんなに)恥ずかしくなかったけれども、中学生の岡田や唐沢が「ハゼドン」や「ムシムシ大行進」をリアル・タイムに屈託なく観ていたとは考えにくい。そのへんの差異が気になるこのごろです。

矢的八十郎矢的八十郎 2010/09/18 10:29 ご無沙汰しております。

>だからどうしても私や香△リカのように、

唐沢さん御本人の意向による伏せ字かどうか分からないので、検証ブログのテーマからそれるかも知れませんが、この文脈で内容を特定できる伏せ字を使用した意図が気になります。
まず「配慮」にはなりませんし、何かあったときの言い訳にもならないでしょう。むしろ「皮肉」に取られる可能性の方が高いと思われます。
ネット掲示板や同人誌などでも、あからさまな伏せ字を「配慮」と誤解する人は多いのですが、それが商業誌で使われているのは気になります。

イニイイニイ 2010/09/18 15:16 どうしてこの人たちは大塚英志氏のことを無視するんでしょうね?
氏ほど「おたく」にこだわった論者はいないでしょうに。
その大塚氏(1958年生まれ)が神戸芸術工科大学の教授に就任したのは2006年。
大塚氏も「評論で食えないから大学の先生になりたがった」んでしょうかね?

蘭月新十郎蘭月新十郎 2010/09/18 15:45 >カボチャ大王さん
>宇野氏は評論家デビュー前から運営していた「惑星開発委員会」
私も、初期に書き込みをしていたことがあります(笑)。宇野さんは富士見ファンタジア文庫の件といい、なにかファンサイドがまとまって一つのレーベルを推す傾向(声優ブームとか)を良しとしない感じがします。あと、学生時代によく「アニメック」を買っていた話を読むと「Ζガンダム」あたりのアニメの流れになにか思うとこがあるように見えますね。
宇野さんが「オタク第一世代」をなぜかスルーしているのは、岡田さんが初期の「惑星開発委員会」を買っていてオフ会とにも来ていたし、岡田さんの当時の日記を読むと名前が出てくるので業界の先輩に気を使ったのではないでしょうか。その気遣いも2人の罵倒によってムダになりました。

元々“おたく第×世代”って岡田さんが『オタク学入門』で年代別のライフスタイルの差を現すのに使った表現かと思います。それを自分で主義主張の年代別区分けに都合がいいから使っちゃった。さらに周りも使った。でも、主義主張が曖昧なものを定義にしちゃって喋っているから、俺より上の世代はダメと言っておいて池田憲章さんんは別枠で扱うような矛盾がでちゃうのです。で、それに乗っている唐沢さんはおたくがわからないからアカデミズムの世界とか権威化して話をするしかない。作品のブームとおたくの世代分けが相変わらずごっちゃになっている。それを論だ、対談だと、息巻いていること自体が間違っている気がします。
っていうか岡田さんと唐沢さんのオタク第×世代って20代とか30代をカッコつけているだけで、世代的な考察が曖昧だから一切説得力ないと思います。なんかもう「難しい言葉を使えば頭のいい俺」が表現できる厨二病を延々見ているみたい。極論ですが、今に追いつけないから自分自身を権威付けしたい、萌え憎し、アキバ憎しの岡田&唐沢コンビのいうことなんか、楽しくておたくライフを満喫している人たちが耳を傾けるとは思えません。

第二世代第二世代 2010/09/18 16:16 私には唐沢や岡田のやってたことって「遅れてきた新人類」である彼らが自分の仲間たちだけで仕事を取って、先に世に出ていた同世代から仕事を奪うことを目標にしていたようにしか見えません。

Hit me, Jew kittyHit me, Jew kitty 2010/09/18 18:43 >根本的な疑問だが、1955年生まれの池田憲章と1958年生まれの岡田斗司夫と唐沢俊一が何故別の世代になるのだろう。両者を明確に分けるラインが存在するのだろうか。

強いて言えば世代ではなく地理的あるいは人脈上のちがいでしょうな。具体的には1974年前後、竹内博さんと知り合うチャンスに恵まれ、怪獣倶楽部に参加できたかどうか。これが「第0世代」と「第一世代」を分けるラインではないかと。

通り人通り人 2010/09/18 21:33 ソルボンヌK子が創造学園大学の講師になったのも「マンガじゃ食えないから」?
別れた?とはいえ女房をコキ下ろすなんざ、男を下げましたね先生。

774774 2010/09/19 09:20 >おたく第×世代
“おたく”と言う言葉の受容と関係づけると、それなりに意味はあるかも?とか思った。具体的には、
 おたく第0世代→“おたく”と言う言葉がなくて“マニア”と呼ばれていた人々
 おたく第1世代→“マニア”の末席にいたが、ある日自分たちを“おたく”の仲間に組み入れた人々
 おたく第2世代→“おたく”という呼称を外部から押し付けられて、渋々受け入れた人々
 おたく第3世代→“おたく”を自称することに抵抗のなくなった人々
みたいな認識です。この認識だと岡田氏や眠田氏がいつ頃から“おたく”を自称するようになったのか?という点が非常に興味ある問題となるのですが。

NNTNNT 2010/09/19 13:42 オタクという言葉と概念が生まれて広まって行った歴史を追うのは意味があるかもしれないと思います。
オタクという言葉が差別的な意味を持って一般に広まったのは『宮崎勤事件』からなので、
その当時にアニメやマンガや特撮やホラーのファンやマニアをやっていた人々は『オタク』扱いは嫌がってたりしてましたね。
現在のように軽いイメージに転換されてく過程にマニアやファンでその場にいなかったからこそ、自称して商売できたんでしょうね>唐沢氏と岡田氏。

今にしてみれば宅八郎さんが生ダラでいじられた影響力って大きかったと思います。

デュードデュード 2010/09/19 17:53 NNTさん
>今にしてみれば宅八郎さんが生ダラでいじられた影響力って大きかったと思います。

確かに宅八郎は過激評論家でして,犯罪まがいのことをしてオタクを注目化させてましたね。
その後,町山智浩さんが宝島から洋泉社に飛ばされて『トンデモ本の世界』をベストセラーにしてオウム事件の時と学会が注目され,その後で『僕たちの洗脳社会』から岡田斗司夫が注目されたんですよね。

オウム事件がオタク文化の分岐点だと思います。

kensyouhankensyouhan 2010/09/21 00:06 コメントありがとうございます。

>tenntekeさん
どこかで「クラシック=教室語源説」を見たんでしょうけど。

>デュードさん
ここ10年以上、「若いオタクが嫌い」「オタクについて語る学者が嫌い」という気分の受け皿として機能してきたわけですね。

>NNTさん
調査を重ねたうえでの世代論は有意義だと思いますが、他の世代を貶めるための話は百害あって一利なしです。

>カボチャ大王さん
じゃあ、白蛇のナーガのことを言ってるのかな。宇野常寛。

>藤岡さん
岡田斗司夫の「釣り」に引っ掛かってしまった格好。

>nyannさん
参勤交代を理解してませんから。

>discussaoさん
『オタク論2!』P.68より唐沢俊一の発言。
>我々は白黒アニメや「エヴァ」以前のアニメなど、
>もう既に進化や発展が終わってしまったものを取り上げたから研究に使えたけど、
>第2世代の不幸というのは、
>今まさに変化しつつある「エヴァ」以降のアニメを対象にせざるを得なかったということでしょうね。
>怪獣映画なんて完全に死滅した分野だから語りやすいんですよね。
「サブカルチャー」ではなく「考古学」でもやっていたのかと。

>矢的八十郎さん
香山リカが『創』で連載を持っていたために何らかの配慮が働いたのでしょうが、仰るとおり「皮肉」に受け取られてしまいかねませんね。でも、『オタク論2!』の別の箇所では伏せ字なしで「香山リカ」と名前が出ているので、どういうつもりなのかわからなくて困ります。

>イニイさん
オタク第一世代でも大学で教えている人は多いですね。唐沢と仲のいい人で言えばササキバラ・ゴウ氏とか。

>蘭月新十郎さん
いや、本当に今の岡田・唐沢にオタクへの影響力なんてありませんよ。本人たちはあるかのように見せかけてますが。2人とも「かまってちゃん」だと思います。

>第二世代さん
商業的な側面から見ると「オタク第一世代」にしろ「と学会」にしろいろいろ考えられます。

>Hit me, Jew kitty さん
そのように説明されるとわかりやすいですね。しかし、そうなるとオタクを世代論で語るのはやはり誤りということになるわけで、オタクについての論考は基本的なところから考え直す必要がありそうです。

>通り人さん
ソルボンヌK子はオタクなのだろうか。

>774さん
「オタク」のあり方は変化しているのでしょうが、今のところリサーチ抜きで印象が先行して語られているように思います。

ootaoota 2010/09/21 11:40 『オタク世代論』というのは『オタク第×世代』という種であり特別なんだという、他の世代と比較することで権威が得られる仕組みで。
たぶん権威を重要視している人には大切なキーワードなのでは?

kensyouhankensyouhan 2010/09/21 15:31 コメントありがとうございます。

「○○世代」と言って耳目をひきたいのでしょうね。