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唐沢俊一検証blog

2010-09-26

岡田斗司夫検証blog2.

10:39

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 俺の写真が載っている『週刊ダイヤモンド9月25日号を買ったら、P.43で岡田斗司夫「いつの時代も日本の強みは色気とテクノロジーというインタビュー記事でいろいろしゃべっていた。どうにもひっかかる記事だったので今回は特別に取り上げることにする。


 秋葉原の変態は、三つの時代で語ることができる。第1期は、戦後の闇市から、1980年代半ばの家電量販店の隆盛まで。第2期は、マイコンブームから20世紀の終わりまで。いわゆるオタクが発生した時代である。2000年代以降の第3期には、ディズニーランドラスベガスと同じ、観光地化が進んだ。

 まず、時代の区分がザックリしすぎ。森川嘉一郎趣都の誕生』(幻冬舎)では90年代に秋葉原で起こった変化について論じられているんだけどなあ。…っていうか、「アキバ変態(メタモルフォーゼ)」という特集なら森川嘉一郎に話を聞きに行けばいいのに。岡田斗司夫という名前が欲しかったのだろうか。

 次に、「いわゆるオタクが発生した時代」というのはヘンで、「オタク」という言葉が生まれたのは80年代半ばとされているけれど、それ以前からオタクにあたる人種は発生していたわけで。岡田を含めた「オタク第一世代」は『ヤマト』や『ガンダム』に熱狂していたんでしょ? 誰とは言わないが中には熱狂しなかった人もいるけど。


 パソコンがマイコンに取って代わると、ハードウエアだけでなく、ソフトウエアも必要だということになる。それも秋葉原でしか手に入らなかった。私もこの時期には日参したが、当時35万円もするパソコンのカラーモニターに、お絵描きソフトで女の子の線画を描いたりして、周りに披露した。みんなプログラマーほどの力量を持っていながら、じつにくだらないものを映し出すことだけに、血道を上げていたのである。米国の例がいいように、パソコンが普及すれば、真っ先に実用ソフトが普及する。しかし、日本では、お絵描きソフトやゲームソフトが先行する。こんな国はまったく珍しい。

 岡田斗司夫がどんな絵を描くのか見てみたいものだ。「この時期」がいつなのか、「周り」「みんな」が何者なのかよくわからないな。パソコンとマイコンは違うのか…。


 ここに集まってきた人びとは、いわゆるアーリーアダプターで、社会的地位にも恵まれ、おカネにも決して困ってはいなかった。いわば、身を持ち崩したい、というオタク心、日本古来の粋、無頼、フランスでいうところの放蕩につながる文化が蔓延したのである。それは北太平洋沿岸の米国先住民インディアン)の祭事、ポトラッチにも似ている。部族抗争を繰り返した後、彼らはトーテムポールやカヌーなど、財の象徴を衆目の前で自ら破壊することをもって、自分たちの豊かさの証しとし、それを誇示する。

 権威づけに必死すぎだ。オタク心」「粋」「無頼」「放蕩」…、全部別物だろう。「身を持ち崩したい、というオタク心」って、まるで『堕落論』だ。

 ポトラッチにしても、秋葉原に集まっていた人全てが誇示のために何かを買っているわけではないって。実際、秋葉原で自分の買い物を誇示している人を見たことないしなあ。…まさか、これも「脳内秋葉原」か? 『宇宙戦艦ヤマト』に『金枝篇』、『ゴジラ』に祟り神信仰を持ち出した唐沢俊一にも言えることだけど、学問上の用語を安易に使っているのも気になる。ちょっとしたソーカル問題だ。


 第3期の観光地化で、とりわけ外国人にとって秋葉原は、日本そのものという存在になった。もはや、日本から秋葉原がなくなったら、海外から観光客を呼び込むことなどできまい。

 秋葉原以外にも人気の観光スポットはたくさんあるのだけど…(一例としてナリナリドットコム)。極端だなあ。


 AKB48もこの時期に誕生した。自分たちのアイドルであって、ほかの誰のものにもなってほしくない、と考えるのは第2期の、アップルMacはメジャーじゃないほうがよい、と考える自我の強い人々。第3期のアイドルブームは、僕が好きなものはみんなが好きになってもらわければ、僕が保証されない、と思う心の弱い層に支えられている。AKB48がいいのは、テレビ局もバックアップしているから、必ず流行るだろうという安全パイであって、自分にも手が届くこと。芽が出ない可能性の高いものに、彼らは投資しない。

 …いや、AKB48が今のようにメジャーになる前からのファンだってたくさんいるって。「心の弱い層」とかよく言うよなあ。上から目線を越えて一般人を完全に蔑んでいるよ。…それにしても、この人はなんでもかんでも世代論にしてしまうのか。


 現在秋葉原を訪れているこうした20〜40歳代は、家庭や恋愛についての価値観をじわじわと変えつつある。秋葉原がリアルな恋愛、恋人を嫌う時代現象に拍車をかけているのだ。秋葉原アイドルメイドに熱を上げるのは、特定の女の子と付き合うのと違って、リスクがないから。特定の女の子と付き合っても期待したリターンはない。結婚なんて、そんな効率の悪いことはしない。なにしろ、とりわけ25歳以下の若者たちパラメータは、リスクとダメージなのだ。たとえていえば、生まれて初めてした徹夜でいい成績が取れなかったら、それを挫折と呼んで、一生勉強しない人たちだから。

 岡田斗司夫大阪芸術大学客員教授をやっているから、若者と接する機会も多いだろうに、どうしてこれほどまでに若い世代をバカにするのか皆目見当がつかない。現在日本中でどれだけたくさんの「25歳以下の若者たち」が目標に向って努力しているか、少しは考えてみるといい。ちなみに、岡田は『オタクはすでに死んでいる』(新潮新書)P.71で

私はよくある世代論・若者批判が好きではありません。

と書いているが、ものの見事に「よくある世代論・若者批判」をやってしまっている。

 それに「リアルな恋愛、恋人を嫌う時代現象」とあるけど、「婚活」は相変わらず流行っているようだしなあ。言動がいちいちリアリティを欠いているのが凄い。


 これは日本だけではなく、先進国に共通の兆候である。だからこそ、秋葉原は世界から集客する力をますます強くする。日本の強みはどの時代もいつも、色気とテクノロジー、これに尽きる。

 「色気とテクノロジー」がどのような「強み」なのか全く語られていないのに、このように締められても困る。秋葉原を称賛しつつ、「秋葉原にやってくる人々」をバカにしているのが理解不能。知識や思考力以前に性格の問題のような気が。


 …あまりにもトンチンカンすぎる話に唖然としてしまった。文章の流れに妙なところがあるから、編集部のまとめ方にも問題があるのではないか。でも、残念なことにこの人は世間一般ではオタクについて詳しいと思われているんだよなあ。これ以上検証の手を広げたくないので、もっとマトモな仕事をしてください。唐沢俊一以外にも面白物件を発見するのは遠慮したいところだ。それから、若い人たちをバカにするのはみっともないのでやめた方がいいですよ。読んでいるこっちが恥ずかしくなる。

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オタクはすでに死んでいる (新潮新書)

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foobarfoobar 2010/09/26 11:01 >米国の例がいいように、パソコンが普及すれば、真っ先に実用ソフトが普及する。しかし、日本では、お絵描きソフトやゲームソフトが先行する。こんな国はまったく珍しい。

ゲームソフトが先行するのはアメリカでも同じことで、Apple II用にいかに大量のゲームソフトが販売されたかを考えればわかります。また、日本で「実用ソフト」の普及がアメリカよりも遅れたのは日本語の扱いに問題があったからで、アメリカでも日本でも、パソコンが趣味人だけのものでなく爆発的に売れるようになったのはワープロや表計算などのビジネスソフトがきっかけです。

あと、岡田斗司夫がパソコンで女の子の絵を描いていたというのはオリジナルの絵ではなく、ラムちゃんなどの「版権絵」をトレースして表示させていたというだけのことでしょう。たしかに、当時はBASIC言語のLINE命令やCIRCLE命令等を駆使して、いかに可愛い(みんなが知っている)女の子キャラを描くかということがオタク達の間では流行っていましたが。

猫遊軒猫八猫遊軒猫八 2010/09/26 11:26 まるで秋葉原がアニメとパソコンとアイドルだけで構成されているみたいで違和感を感じます。
まぁ岡田さんは電気・無線部品のパーツショップめぐりしなさそうですけど。

NNTNNT 2010/09/26 11:49 岡田氏って秋葉にそんなに行ってないんじゃないのかと。
電気街だったころから、秋葉は電化製品を買いまくる外国人さんは沢山いたし。
大分様子が変わりましたが電気街の頃のお店も残っていて、相変わらず電化製品を買いまくる外国人が多いのに何を勘違いされているのか。
田舎の観光地や地方都市じゃなくて、国際都市トーキョーは常に変容しながら栄える都市なのだから的外れも良い所。
俺が若い頃は良かった的な発言しかできなくなった人は現代も現在も語れません。

それと
>秋葉原でアイドルやメイドに熱を上げるのは、特定の女の子と付き合うのと違って、リスクがないから。
>特定の女の子と付き合っても期待したリターンはない。
言ってる事が矛盾しているような気がします。
風俗にギリギリ入らない遊び、茶屋での芸者遊びの流れが安価でイージーになってメイド喫茶なったと思うんですけどね、自分は。
贔屓はあっても恋愛対象にはしないのが粋というか、恋愛対象にしちゃ野暮ってもんでしょ。
ちゃんと金掛けて女遊びをしたことない小金持ちやその子倅って最悪。

yonocoyonoco 2010/09/26 13:01 まだ興味本位なだけの人にとってはオタクに詳しい人なんでしょうね>岡田さん
オタクに死を宣告した人がオタク解説(という名前の世代論)をするって節操ないなあと思ったり

うさぎ林檎うさぎ林檎 2010/09/26 13:28 >パソコンがマイコンに取って代わる

いや、なんか逆のような気がするんですけど。私は、マイコンというと8ビットCPUの頃のもの(友人が持っていて、カセットからガーッと読み込んで最後にエラーで結局動くところを見せてもらえなかった)が思い浮かびます。
マイコン、今でも使いますけど、それってパーソナルユースじゃなくて大抵は精密機器にのっているのだと思うなぁ。
それにPC=パソコンですよねぇ?取って代わってるとは謂えないんじゃないですか。あんまり自信たっぷりに書かれると、こっちが間違っているような気にはなってきますケド(笑)。
……どうでしょう?

蘭月新十郎蘭月新十郎 2010/09/26 13:51 うさぎ林檎さん
>パソコンがマイコンに取って代わる
ここは私も気になりました。この流れなら「太陽にほえろ!」に登場したのはマイコン刑事じゃなくてパソコン刑事のはずです。

唐沢さんと付き合って一番鍍金が剥げたのは岡田さんですよね。ある意味腐ったみかんの方程式が適用されたというか、利口に見せようとすればするほどボロが出たような。この人は「オタクはすでに死んでいる」や「フロン」を読むと、インテリコンプレックスで女性雑誌のカリスマ伝道師みたいな役回りをしたい人に見えます。

オタク界である程度のことをした人が唐沢さんレベルのガセをぶちまけるのも寂しいです。大阪芸術大学で学生に「オタクなのにアキバも知らないんですか」「萌えが理解できないオタキングなんて信じられない」と言われて、若者憎し、アキバ憎しになったんですよ。難しい言葉の理論武装でアニメを語るって、ヤマトやガンダムブームの頃の「いい歳してまんがなんか見て」反論みたいで恥ずかしい。プライドは高いけど、時代にはついていけない、小言親父になるには器が小さすぎます。
ある意味、唐沢さん以上の老害かな。

栃尾ジョー栃尾ジョー 2010/09/26 14:55 >ある意味、唐沢さん以上の老害かな。
最早、現役の感覚を失っているのに元老気取りじゃこう言われても仕方ない。
部活動に口出ししてくる10年前に卒業したOBの様に煩わしい存在。

foobarfoobar 2010/09/26 14:57 >パソコンがマイコンに取って代わると、ハードウエアだけでなく、ソフトウエアも必要だということになる。

取って代わったんじゃなくて、単に呼び方が変わっただけですけどね。NECのPC-8001やPC-8801は今でこそパソコンと呼びますが、発売された当時は普通に「マイコン」と呼んでいましたから。たぶんパソコンという呼び名が定着したのはPC-9801のFシリーズがバカ売れし始めた頃なんじゃないかなあ。

あと、「ソフト無ければただの箱」とはマイコン時代から普通に言われていたことです。

カボチャ大王カボチャ大王 2010/09/26 15:11 とりあえずブラタモリの秋葉原編を見た方がよっぽど街の最近までの歴史が勉強できることがわかりました。

幻灯機幻灯機 2010/09/26 16:04 >岡田斗司夫は大阪芸術大学の客員教授をやっているから、若者と接する機会も多いだろうに、どうしてこれほどまでに若い世代をバカにするのか皆目見当がつかない。

残念ながら、自分の優位を耐えず確認したいがために教師ぶりたがる人(もしくは実際に教師になる人)、というのは常に一定数いるように思います。
しかも、そういう人に限って自己の権威付けや暴力の正当化には長けているから始末におえません。
生徒・学生さんたちがそういう教師モドキにうっかり巡り合ってしまわないよう、心から願います。

岡田氏のもとで学ぶ学生さんたちは…どうなんでしょうね。

katanakatana 2010/09/26 16:13 >パソコンがマイコンに取って代わると、ハードウエアだけでなく、ソフトウエアも必要だということになる。

今パソコンと呼ばれているパーソナルユースのコンピューターのことを「マイコン」と呼んでいただけで、何か新しい機械が登場したわけではないですよね。

マイコンという言葉が、ホームコンピューターよりもさらに小さい、炊飯器などの電化製品を制御するコンピューターに用いられる様になって以降は「マイコン=ソフトウェア不要(本体に組み込まれている)」ですが、80年代のマイコン=ホームコンピューターの時代には、現在のパソコン同様(というか機能が劣るだけで、同じ構造のもの)ソフトウェアが無いと何もできないものでした。

当時マイコンをいじっていた人間にとって「マイコンBASICマガジン」「こんにちはマイコン」などソフトウェアを作るための勉強用の書籍の存在は、忘れられない思い出だと思うのですが…

うさぎ林檎うさぎ林檎 2010/09/26 18:26 すいません。私の書きようもよれてますね。
取って代わるのではなく、用途の違うものにそれぞれ今でも呼称として使われているので、
"取って代わる"は違うのではないでしょうか?です。

どの時点の話をしているのかざっくりしすぎでわからないんですけど、岡田さんが使い方を知らなかっただけのことのようにも思えます。

パソコンにはホビーマシンの役目もあったでしょうけど、PC-9801の時代には既に仕事でQuickBASIC使って、なんちゃってユーザーインターフェースのシステム作ってました。メモリが少なかったのを未使用のGraphicメモリまで使ってあれやこれや工夫したりして。黎明期のソフトって謂うなら、一番画期的だったのは国産で本格的な日本語入力FEPのATOKがのった8インチディスク版一太郎が出たことだと思いますしね(なんて謂ったって漢字がコード入力じゃなくなったんですから)。
プログラマーはプログラマーの仕事をしてましたよ、それなにりにはね。

TAKETAKE 2010/09/26 19:27 すがやみつるの名著「こんにちはマイコン」も、主に扱っていたのは8Bitパソコンですからね。
PC-6001がパピコン、PC-8801の二代目やMSX辺りからパソコンが一般的になった気がします。

岡田斗司夫に関しては、初期のおたく学入門や僕たちの洗脳社会からこんな感じですからね。
やり始めると止まらなくなるかも。また、彼の場合は本人が来て有耶無耶にしようとすることがありますからご注意を。

汁恭子汁恭子 2010/09/26 21:00 岡田のガセについては週刊SPA!の坪内祐三、福田和也対談で指摘されてたこともありますよ。
以下『正義はどこにも売ってない』(扶桑社)より

坪内 ちょっと前の「毎日新聞」の夕刊で、オタキングの岡田斗司夫さん(オタクの教祖)が、最近の「検定ブーム」について一種の「教養回帰」というか「教養への憧れ」とインタビュウーに答えていて……そこまではいいわけ。なんだけど、昔の人は教養があったという例として田中角栄を引き合いに出して、「中国に行った時、角栄が自分の気持ちを漢詩にして読んだ」と。
福田 恐ろしい話だ。
坪内 恐ろしい話でしょ。だって角栄が北京の青空を読んだつもりのあの漢詩―「北京晴空」は、中国語で「北京空しく晴れて」としか読めないわけ。つまり「北京に来て空しいぜ」って意味になるというんで、「無教養は怖い」という実例として、今東光や柴田錬三郎が当時、散々批判したことでしょ。オレは当時、無知な高校生だったけど、『週刊プレイボーイ』の今東光の「毒舌人生相談」でそれを読んでへえ〜、そうなんだと。
福田 うぬん。

毎日新聞って校正の仕事する人いないんですかね。

O.L.H.O.L.H. 2010/09/26 21:38 >自分たちのアイドルであって、ほかの誰のものにもなってほしくない、と考えるのは

 ファン心理って古今東西こんなもんですが?
 っていうか、「自分たちの」と複数形にしている段階で「ほかの誰」かのものになっていることを認めてますね。


>AKB48がいいのは、テレビ局もバックアップしているから、必ず流行るだろうという安全パイであって、自分にも手が届くこと。

 テレビがバックアップしていないグラビア・アイドルの撮影会や握手会がソフマップあたりで行われていて、結構な集客力だということをこの老害ちゃんは知らないのかな?

ぐりぞうぐりぞう 2010/09/26 22:14 「時代の区分がザックリ」の件ですが、「アキバ変態」の関連インタビューとして、妹尾堅一郎・東京大学特任教授のインタビューがWebで公開されています。妹尾氏は「ラジオ街/電器街/パソコン街/“ロボット&フィギュア”」の4期としています。http://diamond.jp/articles/-/9476

SY1698SY1698 2010/09/26 23:55 >「パソコンがマイコンに取って代わる」
「マイコンがワンボードマイコンに取って代わる」(TK-80からPC8001へ)ならまだわかります。時代的には、PC-8801が出てきたころ(1982〜1983年)ですね。640x400の8色画面。

>「みんなプログラマーほどの力量を持っていながら、じつにくだらないものを映し出すことだけに〜」
日本語の扱いに問題があったからビジネスソフトの導入が遅延したのは既に指摘されている通りです。ただし「じつにくだらないもの」からソフト会社の勃興が始まったのは事実で、それは安易に書き過ぎではないでしょうか。コーエーとかエニックスなんて、源流は1980年代前半のゲームソフト(「信長の野望」とか「ドアドア」)にあるわけですから、このあたりのソフト会社発展史を書き出したら(「エロゲ」も含めて)こんなものでは収まらないはずなんですが。大元は「放蕩」だったにしても、そこからソフト産業の芽が成立したことをスルーしているとは、なかなか香ばしい文章です。

>「ポトラッチ」
これは破滅的互酬制度(自らの気前のよさを示すために行われた)でしょう。

「いつまでもデブと思うなよ」のほうがまだマシだったんだなー。

altnkaltnk 2010/09/27 00:03 こんな記事が2010年のビジネス週刊誌に載るんですね。なんで岡田斗司夫にパソコンの話をさせるのか。

>当時35万円もするパソコンのカラーモニターに

そのようなものはパソコン用じゃありません。

>米国の例がいいように、パソコンが普及すれば、真っ先に実用ソフトが普及する。

Macintoshの販促にVirtual Valelieという無料エロソフトが貢献してましたが知らないんでしょうね。

foobarfoobar 2010/09/27 03:11 >>当時35万円もするパソコンのカラーモニターに
>そのようなものはパソコン用じゃありません。

でも30万円近くする、パソコン用カラーディスプレイならありましたよ。
http://homepage3.nifty.com/mzakd/mzcatarog/mzcl80k.html
↑このページの一番下にあるMZ-80DUというやつです。子供心に「カラーで絵をうつすにはこんなに金がかかるのか〜」と思った記憶があります。
同じ時期に他のメーカーで35万円する商品があったかもしれません。

tennteketennteke 2010/09/27 07:24 少なくともNECは、家電を制御するチップの製造が主眼であって、開発当初の“マイコン”はそのための副次物、将来的には終了するはずだったのに、バカ売れしてしまったので進化させたんだ、という意見を某アルファブロガーから聞いたことがあります。
パソコンの歴史というとパソコン単体の歴史が語られてしまい、家電や軍事の歴史も無視できないはずなんですけど、ターゲットをパソコンにしか興味が無い層に絞っているからの流れなんでしょうか?
そういえば「インターネットはアメリカの軍事情報網が初めで、一地域が壊滅的な被害を受けて中継所が機能しなくなっても大丈夫なように〜」という一般論がありますが、実際に台湾で大地震が起こったとき日本では繋がらない地域がでたことがニュースになりまして、一般論が歴史的に正しいのか、それとも運用で変わったのかの考察を、ぬるい私の見ている範囲内では見つけることが出来ませんでした。

ニコニコ 2010/09/27 13:18 相変わらず「女のオタク」はスルーなんですね。いや、腐女子はともかく、ジャニオタはそれこそ『芽が出ない可能性の高いもの』に投資しまくってるような印象があるのですけど。「デビュー前から応援してた(目を付けてた)」というのをよく聞くし、誰それのライブに行ったのも実は後ろで踊ってる子が目当てだったからだったり。

>特定の女の子と付き合う
オタクのカップルって、よく見かける気が…。「結婚」に縛られたくないっていうのはオタクに限らず一般によくあることなのではないでしょうかね。同棲している人達に「結婚しないの?」と聞くと、大抵は「面倒くさい」とか「きっかけがないと…」と言い、その後「子供が出来たから結婚しまーす」となったりしてる。んで、更にその後は子供もオタクに…と(笑)

ootaoota 2010/09/27 13:19 岡田への反論に資料の裏づけが無く、検証サイトの記事としては正直微妙。

sandayuusandayuu 2010/09/27 16:17 AKBについて書いてることって、おニャン子とかモー娘。にも言えることですね。むしろそっちの感覚で語ってませんか?

個人投資家個人投資家 2010/09/27 21:04 >第1期は、戦後の闇市から、1980年代半ばの家電量販店の隆盛まで。第2期は、マイコンブームから20世紀の終わりまで。いわゆるオタクが発生した時代である。

ざっくりしすぎ。
オーディオやアマチュア無線、ラジオ、電子回路の自作ホビーなど、前マイコン時代があって、TK-80の発売ぐらいからマイコン時代が始まった。
この辺りはリアルタイムで接していたから、よく分かる。
岡田はいいかげんすぎる。

>お絵描きソフトで女の子の線画を描いたりして、

 カラーグラフィックが登場するのはPC-8801からだから、かなり後。
 
>米国の例がいいように、パソコンが普及すれば、真っ先に実用ソフトが普及する。しかし、日本では、お絵描きソフトやゲームソフトが先行する。こんな国はまったく珍しい。

 アメリカでもゲームソフトがまず普及しました。
 最初はTVゲームの代用として、マイコン上でゲームセンターのゲームやアドベンチャーゲーム、RPGゲームなどが開発され、盛んに遊ばれたのです。
 (アタリや任天堂の家庭用ゲーム機器攻防戦を知っていればこの辺りのことは間違えようがない)

 ビジネスに使われはじめたのはVisiCalcが開発されてから。
 アメリカでは会社員でも確定申告を行わなければならないので、個人でもこうした表計算の需要があったから。VisiCalcはAppleIIにおけるキラーソフトとなった。
 
 日本でもカナを使用したビジネスプログラムはありました。
 簡易言語PIPSを積んだSORDとか。

個人投資家個人投資家 2010/09/27 21:15 >そういえば「インターネットはアメリカの軍事情報網が初めで、一地域が壊滅的な被害を受けて中継所が機能しなくなっても大丈夫なように〜」という一般論がありますが、

 元々のアイデアはその通りです。TCPIP/UDP通信のプロトコルは、ネットワーク上につながった中継サーバーが定期的にルート情報を交換して、無事なルートを通してパケットを送るという発想です。

>それとも運用で変わったのかの考察を、ぬるい私の見ている範囲内では見つけることが出来ませんでした。

 これは本来ネットワーク上に切れ目無くつながる中継サーバが、インターネットの商業化によって、バックエンドの回線が、規模の経済によって採算のとれる少数の大規模キャリアによって寡占化され、そうしたキャリアの持つごく少数の大規模回線に集約してしまったことに原因がありますね。

個人投資家個人投資家 2010/09/27 21:30 >でも30万円近くする、パソコン用カラーディスプレイならありましたよ。
>http://homepage3.nifty.com/mzakd/mzcatarog/mzcl80k.html

 私 MZ-80Kユーザですが、このMZ80DUは、当時のディスプレイとしては異端だと思いますよ。本体とは別にCPUを持っていて、本体から送ったコマンドで絵を描くので、当時主流だったコンピュータゲームの用途には使えないからホビー用にはほとんど普及しませんでした。

時期的にはPC-8801MKIIのフルカラーディスプレイか、FM-7あたりではないかな?

>みんなプログラマーほどの力量を持っていながら、じつにくだらないものを映し出すことだけに、血道を上げていたのである。

 岡田氏はI/Oとか,ASCIIとか読んでなかったのかなあ?
 みんなマイコンOSとか、TL/1やPASCAL,BASE80,GAME言語など言語系を一生懸命作っていたりしたよ。わたしもSHARPのBASICを改造しまくって、テープの倍速化とか、キーリピート機能とか付けていた。クロックの倍速化もしたよ。
 ゲームソフトでゲーム作るバイトもしてたし。

金平糖金平糖 2010/09/28 00:21 >カラーグラフィックが登場するのはPC-8801からだから、かなり後。

いちおうPC9801でもカラーグラフィックは可能です。
1キャラ8ドットで16色、ただし色はキャラごとにしか変更できない
160×96ドットで厳しい条件でもそれなりの絵は描けました。
まあ、まさに職人芸の世界なので岡田氏が描いてたのはもっと新しいものでしょうが

テープを1時間ピーガーピーガー読み込んだ挙句にエラーで止まっておしまいという経験は
私を大きく成長させてくれました。
間違いなく打たれ強くなりましたよ。

ナイコン族ナイコン族 2010/09/28 02:48 >パソコンがマイコンに取って代わる

これ、意味を間違えて読んでいる人がちらほらいるような……
順番的には岡田氏も「マイコン→パソコン」という意味で使ってますよね?
まあ「取って代わる」という表現がややこしいのでしょうけど。
取って代わったというよりも進化していって呼び名が代わったって感じですよね。

金平糖金平糖 2010/09/28 11:15 >ナイコン族さん

岡田氏の文章では
「マイコン」と呼ばれるものが消え去り「パソコン」と呼ばれるものが登場したとしか読めません。
実際にはパソコンはマイコンであり同じものの呼ばれ方が変わっただけです。
現在のPC、特にノートPCやモバイルは「マイクロコンピュータ」と読んでも問題のないものです。
今現在でも何者にも取って代わられてはいません。
MZ、X1、FM-7、PC8801、どれも「マイコン」と呼ばれていました。
そして「パソコン」とも呼ばれてました。
進化して呼ばれ方が変わったわけではありません。
まったく同じものの呼び方が変わったのです。

また、マイコン、パソコンがホビーユース中心になるのはある意味当たり前の話です。
もともと企業では大型汎用機、ミニコンが使われていました。
これに対し、より安価で小規模は「マイコン」が作られたのです。
ラジオを組み立てる趣味からマイコンを組み立てる趣味へと
さらに汎用マイコンの作成へと進み、個人で使用できる組み立て済み汎用マイコンとなったわけです。
「パソコン」が仕事より遊びメインで普及するのはある意味当たり前のことです。
仕事で使うなら大型汎用機やミニコンを使えばいいんですから。

岡田氏の文章は自分がPCモニタに女の子の絵を表示していたと言う点以外は
ほとんど間違ったことしか書いてないですよ。

altnkaltnk 2010/09/29 00:15 >Virtual Valelie

Virtual Valerieでした。CD-ROMの有料版というのもあったな。

>foobar さん

"パソコンがマイコンに取って代わった時期"にカラーモニターが35万円ていうのはCADかDTP用でしょう、いわゆるパソコン用じゃないでしょう、というつもりでした。 まるでその時期にカラーモニターが普通に35万円していたような書き方に違和感があったのです。

しょうしょう 2010/09/29 01:37 >私はよくある世代論・若者批判が好きではありません。

岡田さんは、「すべての世代論はトンデモだ。」みたいな事を、月刊サイゾーの連載で書いていた記憶があります。どの号かはわからないので裏づけは無いのですが。
私の記憶が正しければ、岡田さんは、本人公認のトンデモ論者ということになりますかね。

金平糖金平糖 2010/09/29 01:53 まず最初にミスがありました。
すみません、「PC9801でもカラーグラフィックは可能です。」などと書きましたが
PC8001の間違いです。また16色ではなく8色でした。
ちょっと混乱してましたね。

あと岡田氏の文章の「当時35万円もするパソコンのカラーモニター」は

<当時35万円もするパソコン> のモニター だと思います。
ただし、実際に35万もするパソコンはほぼ存在しなかったのでこれもいい加減な記述ですね。
PC8001で168,000円PC8801mkIISRで258,000円
MZ80Cが268,000円FM-8が218,000円
x1の場合は本体+専用ディスプレイ+拡張VRAMで300,000

16ビットのPC9801でも298,000円

X68000まで来ると368,000円となるが、まさかこれで女の子の絵を描いてたわけではあるまい。

正直、当時それなりのグラフィック性能の機種で本体+ディスプレイで35万を超えるものは
ないとは言わないが一般的ではないというかもっと安いのがいくらでもある状態だった。

nnnnnn 2010/09/29 20:03 >当時35万円もするパソコンのカラーモニター

ちょっと時代が違うけどIIfxのカラーモニターが25万ぐらいだったような気がする

個人投資家個人投資家 2010/09/30 00:45 >パソコンがマイコンに取って代わると、ハードウエアだけでなく、ソフトウエアも必要だということになる。

 マイコンでもソフトウエアは必要です。
 でも、当時はマイコン用のソフトウエアがないからみんな自作した。
 PaloAlto2KBasicを移植して、StarTrekで遊ぶとうのが最初の道。
 みんな一生懸命それぞれのマイコン用にTinyBasicを移植した。
 I/OやASCIIは読者が作ったゲームや開発環境(アセンブラやエディタ)などの投稿先で、それを売り出したのが北海道のHUDSON。
 
 ていうか、コンピュータはソフト上がなければ只の箱っていうことを岡田氏は認識していないのだろうか?
 岡田氏のコンピュータに関する知識はかなり貧弱で、確かオタキングのライブで当時「ゲームが儲かるらしい」というだけでガイナックスがゲーム開発をすることを決定して、「ゲームは紙芝居である」という認識で作ったと言っていたからなあ。

岡田氏はマイコン、パソコンについては技術的な素養がないと思う。

金平糖金平糖 2010/09/30 03:55 >パソコンがマイコンに取って代わると、ハードウエアだけでなく、ソフトウエアも必要だということになる。

おそらくは趣味のマイコン製作での機能限定のワンボードマイコン等のことを指しているのではないかとは思う。
数字当てゲームや潜水艦ゲーム、センサーとスイッチを組み合わせたおもちゃ的なものなど
プログラムそのものを電子部品で基板上に再現したものなどを「マイコン」と呼び
プログラムをロードして実行する「汎用マイコン」を「パソコン」と呼ぶなら
話が通らないわけでもない。
ただこの場合、「汎用マイコン」を「パソコン」と呼ぶこと、岡田氏が「パソコン」と呼んでいるものが
明らかに時代的に新しいものという点で話に整合性がない。

なので、自作マイコン組みの話を聞きかじって知ったかぶりした文章なのではないかと思います。
自分の話している「マイコン」がどんなものかも知らずに「マイコン」の話をしている感じではないかと。

kensyouhankensyouhan 2010/10/02 18:24 コメントありがとうございます。

>foobarさん
>ラムちゃんなどの「版権絵」をトレースして表示させていた
そういうのがあったのですか。

>猫八さん
どこに「日参」していたのだろう。

>NNTさん
自分も最近はあまり行ってませんね。

>yonocoさん
ゾンビでも相手にしているのでしょうか。

>うさぎ林檎さん
>katanaさん
>SY1698さん
>tenntekeさん
>個人投資家さん
>金平糖さん
この場合「取って代わる」というのは違うような気がします。

>蘭月新十郎さん
「オタク対談」でも唐沢以上にヘンなことがよくありましたから、実は意外でもないんですけどね。

>栃尾ジョー さん
授業中に校庭にバイクでやってくるヤンキーみたいな。

>カボチャ大王さん
唐沢俊一が『東京人』で連載をやるという話はどうなったのか。

>幻灯機さん
自分は学習塾で生徒に教えていて、年下の人たちにいいイメージしか持ちませんでしたけどね。若い世代を抑圧するようなことをやってくれるな、と願うばかりです。

>TAKEさん
すがや先生は『週刊ダイヤモンド』の特集に登場されています。

>汁恭子さん
情報ありがとうございます。この話はいずれ取り上げます。

>O.L.H.さん
週末にアキバまで行けばわかることですけどね。

>ぐりぞうさん
記事によってズレがあるというのは『週刊ダイヤモンド』編集部にも問題があるような。

> altnk さん
やはり森川先生に話を聞きに行くべきだったのではないかと。

>ニコさん
「オタク対談」では「東浩紀はオタク女子をスルーしている」と言ってましたけど。

>ootaさん
補強すべき点があればご指摘していただきたいと思います。

>sandayuuさん
AKB48はメジャーになるまで時間がかかっていると思いますけどね。

>しょうさん
世代論が好きでなければ「オタク第一世代」という設定をしないと思います。

>nnnさん
35万円が「パソコン」にかかっているのか、「カラーモニター」にかかっているのかわかりづらいですね。