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唐沢俊一検証blog

2011-02-26

星を喰っちゃえ。

20:18

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karasawagasepakuri@yahoo



 週刊朝日1993年10月29日号デキゴトロジー「骨まで好きでも請求書は別よ 「地獄大使」が遺した女たちの地獄」という記事が出ている。

 女性関係も昔気質の俳優を感じさせる華やかさだった。

 (引用者註 1993年9月)二十三日午後四時から、潮さんの東京目黒のマンションで通夜があった。

 潮さんは二回の離婚を経て晩年は独身だった。

 遺骨の前に残ったのは三人の女性だった。京都の女優K子さん(六十代)、東京の女優F子さん(五十代)、東京プロボウラーT子さん(四十代)であった。

 足が不自由なK子さんが膝を伸ばして座っていると、F子さんが言った。

「そんな格好で座るんじゃない。後から焼香に来る人がつまずくじゃないの」

「潮は私に骨を預かってほしい、と言っていたのよ。遺骨を渡しなさい」

 自伝の編集をした作家の唐沢俊一さん(三五)が尋ねてみると、

「昨夜、夢枕に立って言った」

 ごり押しである。が、これでK子さんが脱落。涙を拭いながら立ち去った。F子さんとT子さんのにらみ合いが続いたが、F子さんが、

「話にならない。帰らせてもらうわ」

とタンカを切った。

「その言葉を待っていた」とばかりに参列者がゾロゾロと帰り、後に引けなくなったF子さんとT子さんも、ひとまず退散した。

 三つ巴の骨の争奪戦に、

「遺骨がだれの元に行っても、けんかの種になる」

 と感じた唐沢さんは、遺骨を抱えて自宅に帰った。

 マンションに戻ると、引き返してきたF子さんが、

「だれが骨をもっていったぁ」

 と山婆のような血相で迫った。

「あんたは潮を愛していたというの? 愛のないところに行くなんて……。潮がかわいそうよ」

 十一月には、遺骨は目黒区の墓に納められる予定だ。

 その後唐沢さんの元へ潮さんの入院費二十五万円の請求書が届いた。しかしこの請求書は、骨を奪い合った三人のうちだれ一人取りに来ていない。

 唐沢俊一潮健児の通夜の模様を「裏モノ日記」2000年3月5日で書いているが、『デキゴトロジー』とは中身がいくつか違っている。相違点を挙げると、


・日記にはF(子)さんしか登場しない。

・『デキゴトロジー』では、F(子)さんはT子さんと睨みあった後にタンカを切って立ち去っているが、日記では唐沢に注意されて立ち去っている。


 どうして「裏モノ日記」には他の女性たちが登場していないんだろ。


 で、この記事のネタ元はどう考えても唐沢俊一である。そうでなければ請求書のくだりは書けないし、記事そのものが唐沢に都合のいい内容になっている。あと、『星を喰った男』はやっぱり「自伝」だよね。

 記事には名前がないのだが、当時唐沢と親交のあった浦山明俊氏が『デキゴトロジー』を担当していた、という話を聞いたことがある。記事と日記の内容のズレは、ネタ元の唐沢か記事を執筆した人(浦山氏?)がいくらか「盛った」せいかもしれない。ちなみに、その後浦山氏が監修した『ジャパニーズ・フィギュアアートシーン』(メイセイ出版)に関連して唐沢がトラブルを起こしたという話もあるが、詳しくは「トンデモない一行知識の世界」を参照してほしい。


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やまだやまだ 2011/02/27 02:07 本棚の整理をしていたら、「B-CLUB」の97号(1993年12月号)が出てきました。
この中でショッカーO野氏が生前の潮氏へのインタビューと追悼記事を書いています。
以下抜粋
まずショッカーO野氏の文より、

「この夏は交通事故、入院、潮健児さんの本『星を喰った男』の出版、パーティー、そして告別式…と、
今までの人生の中で一番大変な夏となってしまい(後略)」

 つまり、ショッカーO野氏は『星を喰った男』の出版は完全に自分の仕事だと認識しておられます。
この記事の中に「唐沢」という人名はまったく出てきません。

続いてインタヴューの本文から、
「そして昭和26年、太泉映画と東京映画配給、東横映画の三社が合併して今の東映が出来、
そのまま移行して東映所属になったんです。それはもう沢山の映画に出させていただきましたねぇ。
あ、詳しくはね、僕の書いた本『星を喰った男』に全部載ってるから、そっちを読んでね。エヘヘ…。」

 生前のご本人が自分で書いたと仰ってます…。

やまだやまだ 2011/02/27 02:23 また唐沢氏は潮健児氏のSF大会での地獄大使ショーを自分の企画・運営だと書いていますが、
晩年の93年のショーはこのグループが行ったようです。

http://www.lares.dti.ne.jp/~maimilk/ZAI01.htm

>* 【日本SF大会DAICON6】において行われたゲスト・スペシャル・アトラクションショー。

>本物の地獄大使こと潮健児氏を迎えて、ザイバー最大のピンチ!
>病気を押してSFファンのために来阪した潮氏最後の舞台出演となってしまった遺作。
>記録ビデオやメイキングは潮氏贈呈のために制作された関係者用。

 また唐沢氏がテレビの「なんでも鑑定団」に持ってきた地獄大使のマスクは、誰がいつ作ったものなのか?
 唐沢氏はそれを潮氏が着て、イベントに出たと言っていましたが、
 潮氏が本当に唐沢氏の芸能事務所に所属していたとしたら、
 一芸能事務所が、東映に内緒で勝手に衣装を作って、イベントを企画するというのはアリなのでしょうか?

 というか、少なくともSF大会の企画では潮氏にギャラは支払われていないようなのですが、
(2002年 07月 20日の日記 )
 ノーギャラの仕事をさせる、所属芸能プロダクションの社長の社長というのはどんなもんなんでしょう?

蘭月新十郎蘭月新十郎 2011/02/27 16:39 まさか。
文庫版の前書きで唐沢さんが言っていた潮さんから原稿を奪われそうになった話。実は正しいのは相手の人で、悪いのが唐沢さんってことじゃないでしょうか。ショッカーO野さんを勝手に原稿を奪おうとしたゴロツキと解釈しちゃっているんでしょうかね。

kensyouhankensyouhan 2011/02/27 20:56 コメントありがとうございます。

>やまださん
『星を喰った男』のあとがきにO野さんの名前が出てきてますから、あまり外道なことはやってないと思いますけど。
あー、でも、自伝の名義を代えたくらいだから、わからないかなあ。

>蘭月新十郎さん
別の人だと思いますよ。
http://tondemonai2.web.fc2.com/808.html

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