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唐沢俊一検証blog

2011-03-07

ケダマンバトル。

07:25

ガセとパクリ、あなたはどっち派?

 

 杉江松恋さんが『まんが極道』のレビューをしているが、5巻のキーになるのはやっぱり「いばりんぼ」「うそつきくん」ですよね!


 本題。唐沢俊一鶴岡法斎『ブンカザツロン』エンターブレイン)に収録されている唐沢俊一のコラム「唐沢的メルクマールFILES」その7、「少女がオトナになるのは」(P.133)では、『OUT』の編集長だった南原四郎が後に少年愛専門誌を創刊したことを取り上げて次のように書いている。

 アニメオタク少年愛雑誌〜怪情報という流れを見ると、なにやらこの南原四郎という人の立ち位地(原文ママ)の変遷が、そのまま私という人物にダブって重ねあわされてくる。

 知的オタクというもののハマる、ひとつのパターンをこの編集長は体現しているのかもしれない。

 はいはい。少年愛雑誌を読むのはあくまで知的好奇心に駆られたからであって、決してそのような趣味があるからではない」ということですね。よーくわかってますって。どうして同性愛関連になるとこうも言い訳がましくなるのか。


 ただ、自分がこのコラムの中で一番気になるのは実は冒頭の部分である。以下引用する。


 第一オタク世代に、“ひょっとして、世の中は自分たちの方に大きく向きはじめたのかもしれない”と思わしめたのは、天下の商業雑誌であった(今、思えば情けないものであったが)みのり書房の『OUT』が、創刊時はただの総合サブカル誌であったのに、突如『宇宙戦艦ヤマト』特集号を出して、それから一挙にオタク雑誌に変貌していったことであった。私の札幌同人活動時代の先輩であるケダマンという男も、この『OUT』で下手くそなセルマンガを連載し、帰郷した折などは東京で大成功した先達、という扱いを受けていた(いま、どうしているのか……)。

 ここを読んで「え?」と思った。

 ケダマン」「セルマンガ」といえば、伊藤秀明氏のことじゃないか? 『サンダーバード』研究の第一人者であり、『ファンロード』の表紙を描いていた人だ。調べてみると、伊藤氏は北海道出身1957年生まれ、つまり唐沢俊一より1歳年上なので、たしかに「先輩」なのだ。いやー、意外な関係だなあ。

 …しかしだ。唐沢俊一が伊藤氏のことを知らないことがあるのか?とも思う。長年オタク業界で仕事をしていればどこかで接点がありそうなものだし、実際伊藤氏は『ナカヨシ』(音楽専科社)で岡田斗司夫山本弘会長と対談をしている。…あ、でも、同じく岡田&山本対談にゲストで登場している小牧雅伸氏とも接点がなさそうだから、伊藤氏のことを知らない可能性もあるか。唐沢俊一にはぜひとも小牧氏相手に「『ヤマト』はわしが育てた」話をしてほしいものだけど。一応、唐沢のいう「ケダマン」氏が伊藤氏でない可能性もあることは考慮したほうがいいかな。

 いずれにしても、『OUT』や「ケダマン」氏を何故か貶めているあたり、唐沢俊一が当時のムーブメントを苦々しく眺めていたことは想像に難くなく、『ぴあ』における「ガンダム論争」(『唐沢俊一検証本VOL.0』を参照)ではそういった鬱屈が爆発してしまったのかも、と思ったりした。 


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まんが極道 5 (ビームコミックス)

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アニメックの頃…―編集長(ま)奮闘記

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qazqaz 2011/03/07 07:52 ケダマン? 自分の記憶では当時ケッダーマン氏と呼ばれていたような?

藤岡真藤岡真 2011/03/07 10:01  ケッダーマン氏は最近でも話題になってますよね。
 http://bit.ly/hwdXA2
 ケダマンだと『あにまるケダマン』だよなあ。

no datano data 2011/03/07 11:28 伊藤さんはごく初期は「ケダマン」と名乗ってましたね。ケッダーマンになったのは『ふぁんろーど』になってからだと記憶しています。ちょっと資料がすぐに出てこないのであやふやですが。

藤岡真藤岡真 2011/03/07 11:53 >no dataさん
 そうなんですか。わたしは『ふぁんろーど』しか知りませんでした。

リーダーズダイジェストリーダーズダイジェスト 2011/03/07 16:09 確か初代ガンダムブームの時のアニメック社のガンダムグッズの画稿はほぼ全部伊藤氏の作だったはずなんですが、、、。
あと、OUTをして「天下の商業雑誌」っていうのも居心地がわるいんですが、
(基本的にアダルト向け雑誌社で、出発時はカストリ雑誌状態で数号いけたらいいような状態ですし、、。)
こういう「OUTは元々サブカル雑誌で」云々も後からウエブで知恵をつけた臭いですね。

kensyouhankensyouhan 2011/03/08 13:02 コメントありがとうございます。

>qazさん
>藤岡さん
自分も『ファンロード』の読者だったので、「ケッダーマン」の方に馴染みがあるのですが、今回は唐沢の表記に従っておきました。
それから、初期は「ケダマン」表記だったのはno data さんの仰るとおりです。
http://homepage2.nifty.com/out-site/ZADANKAI.HTML

>リーダーズダイジェストさん
このコラムは凄く重要なので、夏に出す本の中でもしっかり論じてみたいと思います。
ここで簡単に書いておくと、唐沢俊一は札幌時代に既にオタクとして挫折していたのだと思います。
伊藤秀明さんとはもちろん比較になりませんが、サークルの一般メンバーにも太刀打ちできなかったのでは?という気がしています。だからこそ、『ヤマト』の話に『金枝篇』やスペースオペラの話を持ち出したわけですね。純粋にジャンルオンリーの話になると勝てないので。
自分は「唐沢は『ヤマト』が好きだったというなら、上京したらすぐに業界に入ればよかったのに」とずっと思ってましたが、伊藤さんの存在を知って謎が解けたような気がします。既に上京して地元のアニメファンから尊敬を集めていた「ケダマン」氏の後追いをしたくなかった、と考えれば納得できます。唐沢が「ケダマン=伊藤秀明」を知らなかったとは正直今でも信じがたいのですが。
で、上京してから、「アニドウ」に入って海外のアニメを勉強しようとしたものの、こっちはこっちでマニア揃いですからやはり話についていけない。同時に、アニメブームも気になって仕方がないから、『ぴあ』に投稿したり、「アニドウ」の会誌の投稿の中で「みのり書房」をクサしたりしたのではないかと。
…まあ、以上の文章は「検証」と呼ぶにはまだ不十分ですが、流れが少しばかり見えてきたようでワクワクしています。

やまだやまだ 2011/03/08 20:40 2005年3月3日の裏モノ日記。
勘三郎襲名の観劇で、

>他に田中麗奈、深田恭子の姿もあり、さすが華やか。伊藤秀明もいた。初日はこういう客席見物もまた結構。

変換ミスなんだろうけれど、芸能人の中にケッダーマン氏がいるようでなんか楽しいです。

コバイアコバイア 2011/03/09 02:07 ケッダーマンさん(自分もこの名前の方がなじみ深いです)に関する唐沢の不可解な言動は、心理学でいう「否認」なんでしょうか。
彼にとって恐ろしくて忌まわしい存在であるケッダーマン=伊藤秀明さんをできるだけ矮小化したいのかも。
『虚航船団』の日付スタンプがナンバリングと出会ったことを忘れてしまったように(判りにくい喩え)。

kensyouhankensyouhan 2011/03/09 11:55 コメントありがとうございます。

>やまださん
>コバイアさん

唐沢俊一は札幌時代に伊藤さんと直接会っていないのでは?と思います。
そうなると、札幌のサークルではそんなに地位が高くなかったのでは?とも考えられてくるわけで、
たったひとつの文章で札幌時代の武勇伝の信憑性がここまで薄くなるものなのか、とビックリしてしまいます。

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