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唐沢俊一検証blog

2011-10-01

十五年前のカゲロウ。

11:37

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・1970年代後半に札幌アニメ関係のサークルに入って活動されていた方、唐沢俊一に関する情報をご存知の方は下のメールアドレスまでご連絡をお願いします。

karasawagasepakuri@yahoo.co.jp


日垣隆公式サイト「ガッキィファイター」にある誤字に噴いてしまった(魚拓)。それこそ罰金バッキンガムよ!」を聞いたときの結衣なみに。あんまりなのでかえって感動してしまう。

 なお、Amazonで日垣の著書を「懸垂百回」なる方がレビューされているが、これが本当にお見事。日垣の著書の中では評価の高い『そして殺人者は野に放たれる』(新潮文庫)も厳しく批判されている(自分もこの本には気になる点がある)。実は唐沢俊一検証のしめくくりとして唐沢の著書のレビューを企画しているのだが(単著のみにするかそれ以外も含めるかは検討中)、自分も出来るだけいいものを書こう、と励みになった。


唐沢俊一京本政樹に関する悪評を広めた、という話が「トンデモない一行知識の世界2」で取り上げられている(その1その2)。後追いでやってみよう。

 まず、「裏モノ会議室」の1995年12月11日の書き込みで(一応発言者の名前は伏せておく)、『サイキック青年団』で京本政樹潮健児の葬儀に乗り込み地獄大使のマスクを無理矢理持ち出そうとして、制止しようとした遺族に向かって5万円を叩きつけた、と竹内義和が怒っていた、という話を紹介している。…この書き込みを見る限り、『サイキック青年団』が京本の悪評を広めたという事実は確かにあったのだろう。

 この発言に対して、唐沢俊一はやはり1995年12月11日の書き込みの中で「5万円」云々は虚偽であるとしたうえで、京本が潮健児の葬儀に当たって尽力したことも説明している。ただ、その後で京本が「形見分け」と称してメフィストの帽子と靴を持ち出そうとしたのをショッカーO野と2人で止め、潮健児が所有していたコレクションを2人で引き取ったことも記している。そして、

オタクというのは決して悪人ではなく、世間の常識を知らないだけなんですが、それにしてもさ(後略)

と唐沢は京本の振舞いについて嘆いている。また、12月15日の書き込みではやはり京本の振舞いの常識のなさについて書いている(「裏モノ日記」2002年7月25日とほぼ同内容)。

 …以上の経緯を見ると、唐沢俊一京本政樹の悪評の発信源になっていた可能性は高いように思われる。『デキゴトロジー』のネタ元になっていたこともあったしね(2月26日の記事を参照)。唐沢は「裏モノ会議室」1995年12月11日の書き込みで、

『星を喰った男』は来年、早川書房から文庫化で出版されます。そのときに、僕が潮さんをプロデュースした事情、出版記念パーティの大成功とその翌日の 死のことは追記として加筆するつもりです。ただ、死後のこういうゴタゴタはここ以外には書くつもりはありません。でも、これでなかなか大変だったんでありますよ。

と書いているが、実際のところ、方々でネタにしまくりである。ンモー、唐沢さんったら、本当におしゃべりなんだからー。 

 あと、興味深いのはメフィストの帽子」が「地獄大使のマスク」に変わっていることで、これはメフィストより地獄大使の方が一般ピープルに伝わりやすいので、どこかで「盛られた」のだろう。都市伝説が誕生する経緯を見たかのようだ。


 「裏モノ会議室」での書き込みを見る限り、唐沢俊一京本政樹の常識のなさを嘆きながらも(どうしても「お前が言うな」と思ってしまうが)、京本を一応フォローしてもいるので「そんなに悪く思っていないのかな?」と感じる。

 ところが、1996年4月20日に「オタクアミーゴス会議室」唐沢俊一「【オタク講義】反論に併せて(長文)」というタイトルの、岡田斗司夫の活動を擁護するそれこそかなり長文の書き込みをしているのだが、その中で次のような記述がある。

彼の活動は、いま、そこに集中しています。彼が大学にオタク講座を開設するのも、マスコミで海外のオタクシーンを紹介して回ってるのも、さらに我々とツルんでトークライブを開くのも、こういう会議室を主宰するのも、みんな、一日も早くオタクの存在を世間に認可させ、かつ、M君だの、宅八郎だの、京本政樹だのといった連中によって、マイナス面ばかりがあげつらわれるオタクという存在のイメージを払拭させるため、に他なりません。彼の興味はすでに、個々の作品の位置にとどまってはいないん です。作品と、その作品を受容しているオタクたち、というところまでをひっくるめて、その関係を分析し、社会の他の要素にまで波及させることのできるオタク理論を構築しよう、と悪戦苦闘しているわけですね。

 …何故そこで京本政樹が出て来るんだろう? 京本のせいでオタクがどんなマイナスのイメージを与えられたというのだろう。


※追記 うっかり書き忘れたが、宅さんと京本政樹宮崎勤といっしょくたにしているのはあんまりだ。


●さて、この「【オタク講義】反論に併せて(長文)」という書き込みは、現在の視点から見ると大変面白いのでもう少し紹介してみよう。

 この書き込みは、「オタアミ会議室」の他の参加者(この方も名前は伏せさせていただく)から岡田斗司夫が『エヴァンゲリオン』の評論をするなどクリエイターの仕事をしないのは何故なのか?」という疑問が投げかけられたことに対する反論である。

 最初に唐沢は、(1996年の時点で)アニメ特撮が「飽和状態」に陥り、過去の作品から独立したオリジナリティーのある作品が生まれていないにもかかわらず、活況を呈している理由を、


これは、今までのファンとか、マニアとかと違った、別の楽しみ方、情報の受容の仕方を受け手サイドがしはじめているからではないか。その受容方法こそ、世間でオタクと呼ばれているやり方ではないのか。


と分析している。そして、


敢て言ってしまいますが、いまやクリエイターは、どんなに優れた作品 を作ったところで、アニメ特撮という大きなワクの中でのワンオブゼム でしかない。しかし、一端、これらの作品を自分の論理の中で受容し、自分なりの解釈を加えて独自の楽しみ方を“創作”し、さらにその楽しみ方 を第三者に伝えることができたならば、その受容者は創作者よりはるかに豊かな世界を持ち得ることができる。彼はそこに新たな価値観を見いだすことができる。この考え方がどれだけ魅力的なものか、あなたは理解できませんか? エヴァンゲリオンにしても、岡田氏や僕、それから眠田氏にとって、あれは別にどうってこともない作品にすぎなかった。それが、あの最終回二話によって、いわゆるオタクたちの反応が沸き立って、われわれにとってはオタクのものの考え方、作品の味方(原文ママ)を観察できるすばらしい作品、になったわけです。別にみなさんを実験動物に使った、という意味でなく、オタク論を構築しようとしている者たちにとって、またとない実地観察の機会を与えてくれた、ということです。


 …うーむ、クリエイターより「受容者」の方が「豊かな世界を持ち得る」と言い切ってしまうとは。ある意味凄い。

 ただ、「しょうもないものを評価しなおすことで新たな価値を与える」という流れは1990年代後半に確かに存在していたような気もする。『と学会白書VOL.1』(イーハトーヴ出版)P.163での唐沢俊一山本弘会長の発言も参考になるかもしれない。

山本  トンデモ本とは違うけど、例えば唐沢さんなんかも昔のコマーシャルとかマンガとか、ああいうのを取り上げた本を書いて紹介されてるでしょ。だからああいうのも本来だったら全然価値なんて認められてなかったし、評価もされなかったけど、こういうふうに見れば、これも宝物じゃないかっていうふうに、提唱しているわけね。


唐沢  今そういう見方をクズ分野にしてみよう、っていうコンセプトがどんどん広まっているじゃないですか。ただのつまらない、ヒットしなかった歌っていうのがあの「幻の廃盤復活同盟」たちが取り上げて笑えるようになった、とか。


山本  だから、僕たちは自分らで価値を見出してるのね。

 幻の名盤解放同盟ね。『エド・ウッドとサイテー映画の世界』(洋泉社)も95年か。ただ、「しょうもないものを評価しなおすことで新たな価値を与える」という一種の遊びは昔からマニアがやっていたことで、たとえば唐沢俊一の得意分野のひとつである「B級貸本マンガ」などは80年代から評価する動きが存在していた、という事実は頭の片隅に置いておく必要はある。

 なお余談だが、同じP.163で山本会長が、

僕らは、既成の価値っていうのがやっぱし嫌いなのね。これは名作だから読めとか、そういうのは。そうじゃなくて、くだらないやつでもそれなりに自分たちの楽しみ方が絶対あるはずだと、そういう方向がはっきりしてる。

と発言していたのは興味深い。山本会長は『オタク座談会』でも面白い発言をしているので、いつか紹介しよう。


 話を戻そう。クリエイターより「受容者」の方が優れている、という考え方は有り得るかもしれない。ただ、疑問なのは、岡田斗司夫唐沢俊一が(眠田直も)「新たな価値観」を付与したことがあったのか?ということだ。たとえば、唐沢の書き込みの中に登場している『新世紀エヴァンゲリオン』に彼らの解釈によって「新たな価値観」が与えられたか?というと、正直かなり疑問である。ブームからだいぶ経って『BSアニメ夜話』で「エヴァ純文学」などと言ったことはあったとしても、だ(「序破急」を参照)。「受容者」の優位を説く以前に「新たな価値観」を示すことができないのでは看板倒れ以外の何物でもない。…まあ、「オタクアミーゴス」の活動によって「新たな価値観」が生まれたことはあったのかも、と一応フォロー。

 可笑しいのは、「受容者」の優位を説く唐沢俊一がその一方で以下のようなことも書いていることだ。


誤解のないように申し添えれば、クリエイターであるところの唐沢俊一としては、やはり自分の創作した作品の受容のされかたにまでレールを引きたい。これは岡田氏や眠田氏も同じでしょう。では、それと、受け手と しての欲求との折り合いはどこでつければいいのか。これはまだ、これからの課題と言えます。ただ、作者もまた、自作をオタク的に勝手に受容している一人だ、という認識のもとに立てば、決してクリアできない問題とは言えないでしょう。


 …なるほど。貸本マンガの欄外にツッコミを書き加えたのは「レール」を敷きたがる心性によるものなのか。しかし、ワガママな話である。大雑把に言えば「他人の作品にはアレコレ言いたいけど、自分の作品にはアレコレ言われたくない」というのだから。


 もうひとつ可笑しかったところ。


そして、これまで何かというと日陰の存在としてイジイジしていたオタクたちが、自由に発言し、社会に参画していくことのできる場を作ってい くことが、たぶんこれからの岡田斗司夫ライフワークなのでしょう。知り合いの監督をバカというのも、裏話をするのも、みんな、これまでの評論のワクにとどまらず、自由にアニメオタクしていこうじゃないか、という誘い水なんですよ。


 へえ。「俺は平成ウルトラマン見るほど貧乏してませんもん(笑)」(『回収』P.58より)にもそのような志があったとは。唐沢は岡田を助けるつもりで理論武装しているのかもしれないが、逆にみっともなく見えてしまう。いっそ「与太話がしたいんだ!」と開き直った方がいいと思う(岡田の与太話には面白いものもある)。



 最後。

さて、では、岡田斗司夫をこのような、美挙に突き進ませている原動力は何か?  まあ、思うところ、やはり、そういう世界観を構築した上で、その世界で何か商売して儲けたい、というところでしょうな、あのデブのパターン から言えば(笑)。しかし、これまで彼が儲けた『おたくのビデオ』だの『トップをねらえ!』だの『南の海のナディア』だので、みんな、楽しんだわけでしょ? こっちは楽しい、向こうも儲かって楽しい、なら万々歳じゃないですか。さんざ楽しませてもらっておいて、その上で動機が不純だ、とかなんとか、それでも文句をタレる奴が世の中にはおりますが、そういう野郎はただのロクデナシ、であります。楽しんで儲けるのがプロです。アマチュアは楽しむのみ。ここらへん、誰とはいいませんがまだ、誤解している人がいるし、岡田氏も口ごもっているところがあるからキチンと言っておきます。冒頭でも言っているように、われわれは芸人です。プロの芸人は、タダでは楽しませてあげません。


 ふしぎの海のナディア。一見マジメな文章にボケを混ぜてくるとは、さすが芸人。なお、「オタアミ会議室」でこのボケにツッコミを入れる人はいなかった。



 しかし、まさか岡田斗司夫の活動にそんな壮大な志があったとは。まあ、正確に言えば唐沢俊一による岡田斗司夫の活動の解釈」なので、この解釈が正しいのかどうか岡田に尋いてみたい気もする。贔屓の引き倒しでなければいいけれど。クリエイターより「受容者」がエラい、という考え方についてはもう少し考えてみたいところだし、「裏モノ会議室」「オタアミ会議室」での唐沢の書き込みについては後日再度取り上げる予定。


※ 一部文章を書き直しました。


D

何度目だキリンジ


十四時過ぎのカゲロウ

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情報への作法 (講談社+α文庫)

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そして殺人者は野に放たれる (新潮文庫)

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苦悩

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と学会白書〈VOL.1〉

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幻の名盤百科全書

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映画秘宝 エド・ウッドとサイテー映画の世界

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ふしぎの海のナディア Blu-ray BOX【完全生産限定版】

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栃尾ジョー栃尾ジョー 2011/10/01 12:42 >僕らは、既成の価値っていうのがやっぱし嫌いなのね。これは名作だから読めとか、そういうのは。そうじゃなくて、くだらないやつでもそれなりに自分たちの楽しみ方が絶対あるはずだと、そういう方向がはっきりしてる。

この山本発言を読むと寺島靖国というジャズ&オーディオ評論家がやたらにジャズにおける正典ていうかカノンというかともかくそういった名盤と言われる作品、ジャズジャイアントと言われるジャズメンに対して、
「こういう作品やジャズメンを人々が誉めるのはジャズ評論家という権威が誉めているからであって実際はそんなに大したモノではない」という趣旨の事を言って、その一方でB級、二流とされている作品やジャズメンを持ち上げて「既成の価値っていうのがやっぱし嫌い」で「自分たちの楽しみ方が絶対あるはず」と思ってる人達の支持を集めてるのを思い出した。
自分なりの価値観を持つことが悪いとは全く思わないけど既成の価値が嫌いだの名作だから逆に読みたくないだのといった盗作もとい倒錯し転倒した価値観に一体何の意味があるのかと。
ちなみに寺島靖国に対して菊地成孔さんが「自分が権威になりたいだけ」と痛烈な批判をしていたけど
「自分が権威になりたいだけ」という言葉は山本岡田唐沢全てに当てはまる言葉だと思いました。

桃李庵主人桃李庵主人 2011/10/01 13:32 >「受容者」の優位を説く以前に「新たな価値観」を示すことができないのでは看板倒れ以外の何物でもない。

かりに「新たな価値観」を示すことに成功しなかったとしても、「受容者」の優位を説いておくことには、
「最悪、作者本人に『その解釈は違う』って指摘されたとしてもダメージがない」という利点がありそうですね。
しかし、「答は無限にある」と言いうるとしても、「どう答えてもよい」のとは同じではないでしょう。
わざわざひねくれた答を持ってきて人を驚かせたり呆れさせたりするのもひとつの「芸」のスタイルなんでしょうが、
長年それをやってると、オーソドックスなものを素直に鑑賞することができなくなっていくかもしれません。

shimojoshimojo 2011/10/01 19:17 「クズ」「つまらない」「くだらない」という言葉を見ると、既成の価値観にずぶずぶなのは唐沢、山本両氏のほうなのではないかと思います。
「くだらない」は肯定的な意味で使う場合もありますが、山本氏の発言の文脈では否定的な意味しか感じられません。

傍観者傍観者 2011/10/01 23:28 既成の価値観を全否定するのは既成の価値観に全面追従するのと大して変わりませんね。
自分の価値観を確立している人って結構「既成の価値観」なんて言わないように思います。

古賀古賀 2011/10/01 23:39 >…うーむ、クリエイターより「受容者」の方が「豊かな世界を持ち得る」と言い切ってしまう
>とは。ある意味凄い。

岡田さん本人が実際にそういう思想を語っているかどうかですが、今思い出せるところでは、「クリエーター至上主義」を「信仰」と言い切って批判した内容の書き込みを「オタアミ会議室」でしたことがありますね。

>011/999 GFG04070 岡田斗司夫 「スタイリッシュ・オタク講座」 (13) 96/04/01 22:44
>「エヴァンゲリオンについて」 今、オタク業界で1番の話題は、なんといってもエヴァンゲリオンだ。
>(中略)
>2がマズいのは、「そんなこと言うなら、お前がもっといいもの作って見ろ」とい うツッコミが入る
>からだ。これはオタク業界全体に蔓延する「クリエイター至上主 義」という自覚症状のない宗教の
>病理だから仕方がない。このツッコミに関して、完 全に有効な反論は不可能。やるだけ無駄だろう。
>メジャーな価値観、宗教には逆らわ ないのが大人の知恵だね。

デュードデュード 2011/10/01 23:47 山本・唐沢・岡田の自分なりの楽しみ方ってまるでラーメン屋行って美味しいラーメン出されても「このラーメン不味い」って言うのもあり!でとてもじゃないけど評論として失格でしょう?

何故この映画なりこのアニメなりこの特撮が面白いのかこの映画・アニメ・特撮の背景や製作過程や作者の意図を語れるのが評論でしょう?

受容者偉いって言い続けたら極端な話食事で言えばマナーや食べ方無視して食事しても良いって言うモノで観るからにはマナーや視聴姿勢守らなきゃいけないと思うんだけどね。

アントンサービスアントンサービス 2011/10/02 01:02 結局、クリエイターとしての実績を残せてないというだけの話だと思います。
唐沢ーーー弟がしっかりと漫画家の実績を残している。
岡田ーーー自身の実績は結局痩せたことだけ。
山本弘ーーオマージュ作品が多少ウケただけ。
 まっとうな努力をしていないだけではないかと。

古賀古賀 2011/10/02 09:33 >しかし、まさか岡田斗司夫の活動にそんな壮大な志があったとは。

いや、岡田さんは言うことはデカいですよ(笑)。たぶん半分はデカいことを言うのが単に好みで、半分は「デカいことをブチ上げなきゃ人は集まらない」と思っているから。

岡田さんの場合は、デカいことをぶち上げながら現実にやっているのがどんなことで、現実にはどんな結果が生じているのかを見ると面白いです。『洗脳社会』も『オタク学入門』も。

オカイコオカイコ 2011/10/02 12:27 >自身の実績は結局痩せたことだけ。
ナディアとかトップとか、その程度の作品は実績に入らないのですね。

>オマージュ作品が多少ウケただけ。
星雲賞を取ったくらいでは実績とは呼べないのですね。

オカイコオカイコ 2011/10/02 12:27 >自身の実績は結局痩せたことだけ。
ナディアとかトップとか、その程度の作品は実績に入らないのですね。

>オマージュ作品が多少ウケただけ。
星雲賞を取ったくらいでは実績とは呼べないのですね。

栃尾ジョー栃尾ジョー 2011/10/02 13:19 >オカイコさん
>ナディアとかトップとか、その程度の作品は実績に入らないのですね。

企画、原作、脚本を手がけた「トップをねらえ!」を岡田の実績として挙げるのに異論はないけど、
製作会社ガイナックスの代表取締役以上の関わりがあるとは思えない「ふしぎの国のナディア」を岡田の実績として「トップをねらえ!」と並べるのは少々不自然では?

>星雲賞を取ったくらいでは実績とは呼べないのですね。

SF村の住人じゃない人には(アントンサービスさんがそうかは知らんが)一般的な知名度皆無な星雲賞は実績としては認識されないのでは?
星雲賞受賞した「去年はいい年になるだろう」がSF村以外で話題になったわけでもないし増刷もかからなかったみたいですし。
商業的実績(平たくいえば売れたか否か)人気、知名度だけが全てじゃないと言われれば返す言葉もありませんが。
私自身はSF研出身でSFも読むんで星雲賞受賞作も読んでいますが(最近では長山靖生さんの本)星雲賞だからという理由でわざわざ読むということはありません。

栃尾ジョー栃尾ジョー 2011/10/02 13:22 自己レス訂正
「ふしぎの国のナディア」を岡田の実績として=×
「ふしぎの海のナディア」を岡田の実績として=○

discussaodiscussao 2011/10/02 15:08 ここでいう「受容者」っていうのは、

>これらの作品を自分の論理の中で受容し、自分なりの解釈を加えて独自の楽しみ方を“創作”し、さらにその楽しみ方 を第三者に伝える

という記述から考えて「批評家」とか「評論家」(……あるいは「感想家」とか)とイコールだと思う。
例に挙げられた「幻の名盤解放同盟」や『エド・ウッドとサイテー映画の世界』のほかにも、平岡正明によるクリエイター側が迷惑に思うくらい過剰な絶賛本『山口百恵は菩薩である』とか、「近田春夫の評はめっぽう面白いけれど買って聴いてみた音楽はそうでもなかった」と言われ勝ちな『考えるヒット』などもそれに当たるんでしょう。
こういう「クリエイターを超えちゃった」受容者(=批評家)の良さを私もおおいに認めるけれど、なんでもかんでも「受容者」優位ってんじゃなくて、批評するものの力量ってのが前提とされるのは自ずと明らか。で、唐沢俊一さんは置いといて、岡田斗司夫さんのほうは「芸風」もあり、多少アレだけど自己申告の「実績」も認められているところでは認められているので、そういった「見巧者」の末端にはあるといった理解ですね、私は。

古賀古賀 2011/10/02 19:50 >という記述から考えて「批評家」とか「評論家」(……あるいは「感想家」とか)とイコールだと思う。

たぶんあの人たちはそこまで明確に言葉を使っていないと思う(笑)。
あんまり詳しいわけじゃないけど、批評の独立性とか優位性とかいう考えは文芸評論の方にはありますね。批評家の福田和也さんなんかは「別に日本の小説家が全員死んでも批評家である私はちっとも困らない」とか言ってましたし。

岡田さんのオタアミ会議室発言はハッキリ作り手側と受け手側が分かれるアニメや映画の業界をイメージしながら「優れた批評・感想は優れた映像作品と同等の価値がある」という見地からクリエーター至上主義を批判しているような感じですが、唐沢さんが要約する岡田思想までいくと「オレの方が作り手より豊かな世界を持っている」と一方的に宣言する脳内勝利理論みたいになってきてますね。それと通常優れたクリエーターは優れた受け手でもあるという当たり前の認識をスルーしたまま、受容者が創作者より優位という二項対立図式を作り上げているのも気になります。

NNTNNT 2011/10/02 21:34 不思議な事を言ってられる時代があったものですねえ。
クリエイターになりそこねの人間とクリエイター集団から脱落した人間のルサンチマンというか。
バブルの余波の最後っ屁というか。
自分なんかミーハーでしか考えないから、クリエイターと評論家とどっちがカッコイイかと言われたら、
そりゃクリエイター一択です。

アントンサービスアントンサービス 2011/10/02 22:14  (唐沢氏に関しては、省略しますが)
岡田氏に関しては、彼の役割は昔から一貫して「プロデューサー」であって、「クリエイター」ではないと思います。
あくまでクリエイターを集めて、金を集めて作品を立ち上げるのが彼の役割であって、作品内容にかかわることは彼の役割ではなかったと思われます。
(いわゆる成功したといわれる作品に関しては)ですが、岡田氏はあくまで自身の優位性を保ちたいがために、クリエイター至上主義に異議を唱えて
いるのだと思います。結局自身が出たがりだから、プロデューサーに徹することができなかったというだけではないでしょうか。
(まあ、ガイナックスの脱税事件のとき、あっさりケツまくって逃げ出したわけだし)ただ単に覚悟が足りなかっただけかな。

discussaodiscussao 2011/10/02 23:46 >古賀さん
>たぶんあの人たちはそこまで明確に言葉を使っていないと思う(笑)。

「受容者」なんてメンドクサイ言い回しで大層な論を張ってる風情が自分を見ているようで哀しくて、ついフォロー気味に。

>アントンサービスさん
「プロデューサー」は「クリエイター」ではない、という主張は場合によっては同意しますが、ここで言っていることは、岡田斗司夫さんの言論やその支持のされ方で考えると「受容」サイドじゃなくて「クリエイター」サイドだろうという意味です。あと比較で出すのも勿体ないけど、フィル・スペクターとかビートルズにおけるジョージ・マーティンなどの「プロデューサー」も、一般的には「クリエイター」サイドに位置づけられてるし。

SawaharaSawahara 2011/10/03 09:12 そういやキャラソンのCM、綾乃と千歳だけなかったな(向日葵と櫻子はあったのに)。

>ただ、その後で京本が「形見分け」と称してメフィストの帽子と靴を持ち出そうとしたのをショッカーO野と2人で止め

これも「欲しい物は構わず盗む」唐沢の言質だしなあ。どうしても斜に見るなぁ。

>潮健児が所有していたコレクションを2人で引き取った

こっちこそ「無理矢理」だったんじゃないか、と、藪睨みのひとつもしてみたくなり。
何しろ京本氏と違って、唐沢には「潮氏のモノでも平気で盗む」という明らかな実例があるし。

>M君だの、宅八郎だの、京本政樹だのといった連中

自分のモノにする気満々だったのを京本氏に持っていかれそうになったのがそんなに腹立たしいか。

『サイキック青年団』については、以前SMAPの何らかの曲で、別の人の書いたはずの曲がスガシカオが書いたことになってるのはどうかという投書を受けて、北野と竹内が揃って「その方が売れるんだから当然。悔しかったら売れる名前になってみろ」と言っていたのを聞いているので、のちの北野の舌禍事件にはだいぶ醒めた目を向けてました。「悔しかったらこんな目に遭わない名前になってみろ」と。

阿ーん阿ーん 2011/10/03 17:09  クリエイターの端っこの人間としてですが
 「受容者」はある点においてクリエイターよりエライです。こちらが作ったものを「見て」、「購入」してくれる訳ですから。
 「レール」も普通に敷きますよ。それが「演出」ですから。ここで泣かせたいとか、ここでヌかせたいとかね。
 
 唐沢氏の文面は何がいいたいのかわからないですけども、「受容者」、「レール」の言葉を普通に受け取ると、こう言わざるをえないです。

デュードデュード 2011/10/04 00:05 阿ーんさん 初めまして
漫画家のすぎむらしんいちが漫画を取り巻く状況について読者が王様化してると映画秘宝のインタビューに答えてたのが印象的ですね。

確かに受容者が最終的には偉いですが(それは購入者ですから)作家へのリスペクトが
無くなってきてるというのが今の需要状況だと思います。

受容者が求めるモノも確かに大切ですが一応は芸術ですから。
クリント・イーストウッドが「もし常に観客のリアクションがどうなるかということばかり考えていれ,それは演出と言うレベルで考えることをやめることとなる。映画はその瞬間に,あらかじめ想定された観客の期待という即成概念の奴隷となりさがる」と言う言葉は作り手なり受けてなりがしっかりとしないとね。

>栃尾ジョーさん

そういえば柳下毅一郎さんがSF大会について嘆いていましたね
http://garth.cocolog-nifty.com/blog/2007/09/post_09cc.html

阿ーん阿ーん 2011/10/04 04:27  >デュードさん
 はじめまして。

 >確かに受容者が最終的には偉いですが(それは購入者ですから)作家へのリスペクトが
無くなってきてるというのが今の需要状況だと思います。

 個人的にはですが、「見て」、面白ければ「購入」してくれる。そこに最低限のリスペクトはあると思います。
 
 「レール」に関しては、観客(読者)のリアクションが第一ではないと思います。作品というものは何であれ、その作家のやりたい事なのです。それに観客を乗せる為にレールが必要なのです。
 観客に自分の衝動をぶつける為のレール、それがうまくいったら「ドヤッ」って言うだけです。

茜 2011/10/04 11:52 はじめまして。
わたしは京本政樹さんのファンなのですが、たまたま検索していてこちらにたどり着きました。
特撮ファンの方々からこの件で、長年の間、京本ファンも訳もわからず叩かれてきたのですが、まさかこんな経緯があったとは・・・
唐沢という人物は特撮ファンの方々の間では評価を得ている方なのでしょうか。
この悪口の出所もわかっているのに、この方ではなくて京本さんが悪者にされてきたわけですよね。
この噂を信じている特撮ファンの方が非常に多くて、あらゆるところで「京本は泥棒だから嫌い」とか「見るだけでむかつく」とか言われているのを見てきました。特撮ファンの方々から京本ファンへの風当たりもとても強かったです。そのせいで京本さんのファンを辞めてしまわれたような方も何人もいらっしゃいます。ほんと、どうしてくれるんでしょうね。とんだ営業妨害ですよ。
私自身は特撮ファンでもあるのですが、特撮ファンと京本ファンの間にとても溝があるのでとても辛いです。京本ファンの多くの方はこの一件から特撮自体見るのも嫌という方も多く、京本さんには特撮番組にはもう二度と関わらないでくれという方も多数いらっしゃるくらいです。

・・・なんてこんなこと、管理人さんに言ってもしょうがないですけどね。お許しくださいね。京本さん自身がほとんどこの話をされないもので、他のファンの方もこういう話をせず、どこにこの思いを吐き出していいかわからなかったものですから(苦笑
ここまで広がってしまった噂はもうどうしようもないのですかね・・・。でも、経緯がわかっただけでも、ちょっとは救われました。ありがとうございました・・・<(_ _)>

SawaharaSawahara 2011/10/04 21:49 茜さん、もしご覧になっておいでなら、本文中ないし画面右手のリンクを通じて、「トンデモない一行知識の世界2」さんの方も併せてご覧になってください。
あと個人的にこの一件は、唐沢俊一より竹内義和の方が悪質かと存じます。

kensyouhankensyouhan 2011/10/30 20:59 コメントありがとうございます。

>栃尾ジョーさん
唐沢・岡田・山本にはそれぞれズレがあるように思うので、いっしょくたに論じることには抵抗があります。
反権威からくるトンデモというのもありますけどね。「相対性理論は間違っていた!」みたいな。

>桃李庵主人さん
「ウケを取った方が勝ち」「ヘンなことを考えた方が勝ち」というような不毛な展開になりかねません>受容者の優位

>shimojoさん
会長はともかく唐沢さんは時々信じられないくらい「ベタ」になります。

>傍観者さん
「既成の価値観」を否定する、というのが既に「既成の価値観」に則った考え方なのかも。

>古賀さん
このエントリーを書いた後で「オタアミ会議室」の過去ログを確認してみたら、岡田さんは唐沢さんの文章の内容を半ば認めていました。

>アントンサービスさん
3人とも立派な実績があると思いますが、みなさんが自らの実績に満足されているかどうか、という点が問題な気がします。

>discussao さん
自分には「受容者」なるものは「評論家」よりももっと広い層を指しているように読めました。もっとも、それが「一般的なオタク」を指すのか、「オタアミ会議室に参加するほどの濃いオタク」を指すのかは議論が分かれるかもしれませんが。

>NNTさん
クリエイターへの感情を上手く整理できないと、いろいろややこしい問題を生じてしまうのだと思いますし、それは現在でも起こっていることだと思います。
「コンプレックス」と言ってしまえばわかりやすいうえに何かしら言い当てた気にもなりますが、言葉としてあまりにも便利すぎるので、安易に使わずにもう少し考えを積み重ねていきたいところです。

>Sawahara さん
ひだまり4期→ゆるゆり2期が理想的な流れ。

>阿ーんさん
別に「平等」でもいいと思うのですが、あえて「優位」を唱えるところがミソなのだろうか、と。

>茜さん
自分は特撮ファンですが、京本さんに悪い感情を持ったことはありません。出演された作品を観ても、特撮を好きなことが伝わってくるので「ありがたいなあ」と思うばかりです。決して特撮ファンすべてが京本さんを嫌っていないということをご理解していただければ、と思います。自分も機会があれば、京本さんに関する悪評はきわめて根拠が怪しいものであることを説明していくつもりです。

ハイディハイディ 2017/03/09 17:23 結局のところ京本氏が葬式荒らしという話題は、唐沢氏の被害妄想から発展したのでしょうか?
つい先ほど、京本氏のことを葬式荒らしネタでいじっている書き込みを久々に見かけたのでなんとなく検索したところ、この記事にたどり着き、初めて詳しい経緯を知りました。知ろうともしなかったのですが(汗
こちらの検証記事を見ていると、京本氏や宅氏の名前を無意味に犯罪者と並べて書いたり、根拠もなく「特撮にマイナスイメージを植え付けた」と書いたり、なんとなく、唐沢氏がオタクで知名度のある有名人に対して一方的なコンプレックスを持っているような印象を受けましたね。むしろ彼らはオタクの中でも功労者に入るほうだと思うのですが。
有名な噂話、都市伝説?のようではありますが、これが虚偽であるとしたら立派な名誉毀損ですよね。唐沢氏自身はこの発言をしたことを今追及されたらしっかりと答えられるのか気になります。
イッセー尾形氏への近づき方などもちょっと異質ですね。