夕焼け雲

だいだい色に染まった大小の雲たち、夕焼けの空に、沈みゆく夕陽に、みんなひきつけられ固まっています。まるで遠近画法の風景画みたいにね。そんな作り出された風景は、先に進むほど尖って、夕陽に向かってまっすぐ隊列を整えているようです。

えーと還暦を過ぎたジジイの文章ですが、なにか!

まぁ、とにかくなんだかずいぶんと感傷的な文章ですし、んー自分で言うのもなんですが、ロマンチック過ぎるし、文章も幼稚だから、だから少年少女のそれではないかと・・・

あのここだけの話ですが、自分でもそう思いますよ。でもね、年寄りでもそんな感じかたができるということをわかってもらいたいな。なにせすなおな感情を、思いのまま見たままの表現ですから。

「母親を大事にしない男など最低」 Twitterのタイムライン、そんな文章が目に入りました。両親親子関係のもろもろは、どんなものでも、その文章に、ぼくはけっこうな打撃を受けます。池袋のデパートで置きざれにされようが、よそに預けられようが、どんなに邪魔にされようが、親は親ですからね。

さて突然ですが我が家の愛犬「ケンタクン」は老犬です。すっかり足が弱ってきています。毎日の散歩は大喜びですが、でも時々コケます。コケてもコケても、彼はなんでコケるのか不思議らしく、妙な顔をしてぼくを見上げます。ぼくはすこしうろたえ。そして悲しい顔を見せないように、知らん顔を決めこみます。

かれは自分が年老いていることに気が付きません。人一倍別れが苦手なぼくは、16年間毎日ぼくの散歩に付き合ってくれている彼との別れを、そろそろ覚悟し始めています。

ずいぶんと昔です、台風の被害による雑木林の倒木がまだ若々しく、横たえたそのからだのあちこちからまだ新芽が出ていた頃、彼ケンタクンは我が屋の一員になるべくやって来ました。埼玉の植木業者さんからいただいた。かわいい秋田犬の子供でしたよ。

もっとも秋田犬といっても母親だけで、父親の方はさだかではありません。近所の野良だそうです。その雑木林の倒れたばかりで青々としていた倒木も、いまは朽ちて土に変わりつつあります。16年経ったのですからとうぜんですよね。

倒木を飛び越えていた若犬が、今はちょうどよい高さとなって朽ちているそれを、「よいこらしょ」とばかり歩いて乗り越えます。過ぎゆく時、年月は彼の味方ですね。

Twitterのタイムラインの件、「ぼくは最低なのだろうか」と、口先だけでつぶやいてみました。であるのでタイムラインには流れません。でも本当はつぶやきたいのです。ぼくが優しいあなたの笑顔をどんなに望んだかをね。そんな気持ちをあなたはご存じでしたか。連絡を取ることをやめたぼくにお怒りですか・・・

だいだい色が大好きです。そしてそんな夕焼け空が大好きです。雲だけでなく、その色と空と空気が僕をうんと惹きつけるんです。見とれているうちに、景色はとんがって、先っぽに行くほど小さくなって、そして消えていきます。

つぶやく環境はあるのだけれど、テキスト以外では許されません。それでもぼくは夕日に向かって問いかけます。ぼくは最低なのかとね。どうか、どうかお願いです、忘れないで下さい、そんな最低な息子がいたことを。