けろやん。メモ このページをアンテナに追加

2007年01月14日(日) テムズ河に架かる橋の字が小さいなあ・・・

[][] 「文学史」を感じて読む文学史

先日購入した「現代日本文學史:現代日本文學全集別巻1」(筑摩書房)を読んでいる。いや、これは名著ですよ。明治−大正−昭和の文学史、とはいいつつ、刊行されたのが、昭和34年1959年)ということで、昭和二十年代までの文学史。現代文学史じゃないじゃないか!と言うことなかれ。

著者は、中村光夫臼井吉見平野謙が、それぞれ明治、大正、昭和を担当して記述している。明治の部分を読み終えたところなのだけど、泉鏡花の件もなんとなく位置付けが分った。泉鏡花は、好きで結構読んでは、読み返したりしているのだけど、ふむふむ。

そして、こういう古い本を読むと面白いのは、当時の(本件で言えば昭和34年頃)「文学史」というものが、分ること。時代が変われば、持ち上げられる作家、作風にも浮沈があるということが、行間を問わず見えてくる。

Amazonで検索するまでも無く、新刊書店では入手できないと思いますが、神保町早稲田古本屋街を歩けば、それぞれに5冊くらい100円棚に放り込まれていると思います。

<<参考リンク>>

■岩波文庫新刊予定

素敵な本が刊行されますね。

[] 風林火山の風と山

私の目は、世間の目である。

■「風林火山」の掘り出し物は“貫地谷しほり”

いやあ、初回を観たところで、「ん?この女優さん、誰かしらん。いい感じだな!」と思ったのだが、貫地谷しほりという人なんだ。主人公の内野聖陽が、非常に芸達者だから、素人さが滲み出ている彼女を配役したのは、演出として上手いと思う。何事も、静と動が必要ということかな。

[][] ハードボイルドの考察

生誕祭〈上〉 (文春文庫)各地で、ハードボイルドに触れたエントリを見かける週末。例えば、

■黒崎夜話:オクターブ高い正義と個

例えばハードボイルドの探偵たちの多くは、決して社会的正義ということを口にしない。

いつも動機は個別的である。注意深く読んでも、これが動機だったのかと俄かには分からないところもある。

多くは向こうから事件がやってきて、始めはいやいや逃げるのだが、何故かは知らないが巻き込まれ、街をうろついていると後ろから頭を殴られ、それから人知れず泣いて、相手に向かってゆく。

性格の悪い美人が出てくるところもセオリーである。

これは、もう絶対に外せないハードボイルドの「型」。巻き込まれて、頭を殴られる。これだけで、半熟卵として成立する。そして、一番の肝は、「人知れず泣いて」自らの価値観、あるいは行動規範に立脚して行動するところ。見方によっては、単なるマッチョ

続いて、

■エレニの日記:姿を隠すこと

純文学でもハードボイルドでも男性作家の書く女性像は、実はハーレクインロマンスで描かれる男性像とたいした違いがない。男性デザイナーが作る女性の服にも、その人間の持っている女性の理想像がしばしば反映されるが、しかしある種の女はその幻想を綺麗に纏ってみせる。そしてまた魅力的な女優は、幻の女を演じてみせる。

後半部分は、子供である私には分らない難しい話だが、前半部分。これは、古典的なハードボイルド小説における女性像である。しかし、例えば馳星周「生誕祭」、「トーキョー・バビロン」においては、ハードボイルド小説における女性としては、画期的な女性が描出される。あるいは、女性をハードボイルドに据えたのか。

と、女性に縁がない私が、延々と女性を語っても埒が明かないので、ちょっとしたトリビア

強くなければ生きていけない。優しくなければ生きていく資格がない(プレイバック)

まあ、この言葉に胸を撃たれなかった男性諸君は居ないと思います。ところが、市販されている清水俊二訳R・チャンドラー「プレイバック」には、該当するせりふがないのである。前々から、不思議に思っていたのだけど、その答えが、今朝の東京新聞日曜版に記載されていた。

ちなみに、冒頭のせりふは、日本映画の宣伝に使われた意訳。*1

とのことです。

[] 大人の解決:悲しきSEO

「大人の解決」ではなく、「大人の決着」という言葉に違和感を抱いたのだけど、元ネタは、

■【極私的2006年回顧】 言われたら、言い返そうぜ Web2.0

みたいですね。「言われたら、言い返そうぜ Web2.0」。まあ、子供の泣き言のような表題だし、語呂合わせが壊れているし、まあ本文の水準も推して知るべし。少し引用してみると、

何よりアタマに来るのが、グーグルで自分の名前を検索すると、拙著『物語力で人を動かせ!』のアマゾンのページよりも上に、この玉稿が鎮座していることだ。頼むからどいてくれ!

まあ、ここは笑わせようというサービスなのだろうけれども、上記リンク記事が書かれたのが、2007-01-01 03:35で、現在、googleで検索したら、

http://www.google.co.jp/search?sourceid=navclient&ie=UTF-8&rls=GGLD,GGLD:2003-39,GGLD:en&q=%e5%b9%b3%e9%87%8e%e6%97%a5%e5%87%ba%e6%9c%a8

「拙著」の影も形も見当たらなくなっている。おっと、Amazonかと思ったら、AnotherBだったりして。「玄倉川の岸辺 平野日出木さんってジャーナリストだったの?」なんて、言葉が踊りだす始末*2

ところで、この平野さんという方、オーマイニュース編集次長だそうなのだが、果たして編集部の人々を「物語力で人を動かせている」のだろうか。なんだか、心配だ。

[] 夕刊紙の考察

コメント欄が、長くなったので、エントリとして掲載。

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# けろやん。 『>nami-aさん。こんにちは。2chと言えば閉鎖騒動。夕刊フジが第一報ということで、私は、釣りだとおもっていますが、どうなんでしょうかね?フジの2chへの姿勢って面白いですよ。』 (2007/01/14 11:51)

# nami-a 『>夕刊フジが第一報ということで、私は、釣りだとおもっていますが、

夕刊フジの読者層(固定客)って、団塊世代が多いと思うのね。団塊世代の引退が始まったから読者層を団塊ジュニアにスライドさせようとする営業方針かしら?

会社帰りの移動時間(電車に乗ってる時間)にケータイで情報を得るのと夕刊フジで情報を得るのと、どちらか効率的で安上がりかの競争になるのかしら?』 (2007/01/14 12:22)

# nami-a 『↑ちなみに、私は、マーケティング屋でも企画屋でもなくて、ただのシロートなんで根拠が全くない勝手な憶測w』 (2007/01/14 12:24)

# けろやん。 『おや、慧眼ですね。

>団塊世代の引退が始まったから読者層を団塊ジュニアにスライドさせようとする営業方針かしら?

以前、どこかで書きましたが、所謂2007年問題の一つに夕刊紙、週刊誌の部数減があると思っています。そこから、この問題を読むということは、考えていなかったので、勉強になりました。

あと、話を逸らすようですが、夕刊フジの当日紙版のレイアウトが面白いのです。トップに「2ちゃんねる停止」と誌面の三分の一を占めている横に、「バラバラ夫婦W不倫」のタイトル。そして、容疑者の大きな写真。そして、「不二家厳しい自力再建」のタイトル。誰かさんの「富田メモ」エントリじゃないけど、ネットだけではなく、紙媒体を読み考えることも必要なのです。エッヘン。』 (2007/01/14 12:39)

# nami-a 『>所謂2007年問題の一つに夕刊紙、週刊誌の部数減があると思っています。

ホワエグ」を最初に取り上げて「残業代0法案」だと騒いだのは週刊ポストらしい。私は7月の最初にホワエグエントリーを書いて、それからずーっと切れ間なく検索で人が来るんだけど、マスコミが書くとそのサーチワードで来る人が増える日というのがあって、週刊誌を読んだ人が職場で話題にしてリーマンが検索から来るんじゃないかと思った。

ザ・アールの奥谷女史が労政審厚生労働相の諮問会議)で暴走しているという話は、労働関係ブログの間では有名だったんだけど、東洋経済報ステが大々的に報道しゃちゃったのねw』 (2007/01/14 13:46)

# nami-a 『夕刊フジが、2007年問題(夕刊紙の売上減)で読者層を団塊世代から団塊ジュニア世代にスライドさせようとしている、と仮定すると、その手法が成功したかどうかの1次情報というのは、キオスクのおばちゃんあたりが持ってるのかしら?』 (2007/01/14 15:42)

# けろやん。 『おや、また慧眼ですね。

>キオスクのおばちゃんあたりが持ってるのかしら?

幾つかの仮説を経た上での仮説では、当日の夕刊フジの販売部数が、対抗紙の販売部数、及び夕刊フジの通常販売部数と比較すると面白いかもですね。

週刊誌については、2007年後を見据えて、試行錯誤していますね。しかし、過渡期の現在であり、販売部数は頭打ちで、結構苦しいかも。どれだけ我慢できるか、頑張りどころでしょう。』 (2007/01/14 16:35)

[] 極東ブログには書籍化をお願いしたい。

■ブログと金銭的インセンティブの辺り

批判ではなく感想文。このエントリは、前半をつらつらと書きながら、脳裏をかすめていた後半を書いたエントリと思われる。そして、その結語*3は、

だがネットの広告費と対価が見合う市場はロングテール的に存在しているなら、現状よりもう少しブログやネットへカネの流れが起きてもよさそうだ。

となる。

なんか「貧しい」なあ、って思った。いや、もちろんfinalvent氏が、第三者的な視点で、ブログやネットへのカネの流れが云々と述べていることは理解できる。しかし、読者は、

http://finalvent.cocolog-nifty.com/fareastblog/

の右に掲げられている「アソシエイト・リスト」が、昨年末辺りから、変化していることに気が付いているだろうか?以前は、エントリで書評を書いた書籍の関連本であったと記憶している。例えば、

http://finalvent.cocolog-nifty.com/fareastblog/2006/09/post_cbd6.html

で、吉野裕子氏について触れたときは、吉野氏の本がずらりと並んでいたと思う。

ところが、現在の当該「アソシエイト・リスト」は、「web2.0など」と題して売れ筋本が羅列されている。売れ筋とは、価格的にもAmazon在庫の面においても売れ筋という意味だ。すなわち、前述、吉野氏の書籍は、発送までに1-2週間というAmazonに在庫が無く、取次在庫がほとんどであり、読者は購入を躊躇したであろう。また、吉野氏の本がweb2.0本より売れるとは思えない。

このようなブログにおいて、ブログへのカネの流れが云々と書かれると私は嫌な気持ちになる。どうせなら、時事ネタは無理かも知れないが、料理エントリや上記のような民俗学的エントリをまとめて、「極東ブログ」を書籍化したらどうだろうか?民俗学的エントリをまとめたら私は購入するし、客観的にみても、氏の宿敵?「きっこの日記」書籍版よりまともな本になると思う。

(本稿以上)

追記、18:47頃

「アソシエイト・リスト」が、「光文社文庫新訳」に替わっていた。行動が速いッス。

[][] 凶暴、蕎麦屋、妙齢

鬼の日本史 上―福は内、鬼は外?

鬼の日本史 上―福は内、鬼は外?

昨日は、昼過ぎに部屋を出て、古本屋で、前から読みたかった本を購入して、家具屋で安いラックを購入した。本は、上記の沢史生「鬼の日本史(上)(下)」(彩流社)。あと店外の棚に「現代日本文學史」(筑摩書房)があり、これを読めば、某ブログで書かれていた泉鏡花の位置付けがわかるかな?と思い購入した。明治、大正、昭和に至る文学史。ニ段組の小さな旧活字で記された濃厚な本だけど、初版本の写真が小さく掲げられたりしていて、読みやすい。

その後、http://d.hatena.ne.jp/kerodon/20061230/1167429441で記した店で飯でも喰おうと思い立ち寄って、つらつらと「文學史」を読んだけど、芥川龍之介あたりに目を捕らわれて、泉鏡花の部分は読まなかった。

・・・で、ここまでは平凡な一日だった。しかし、大学のゼミの打ち上げっぽい団体客が大挙して来ると、凶暴男は切れかかるし、しかし、その組の幹事役の若い女性が可愛らしく、「おっちゃんよお、相手は客だぞ、お客さんは神様だと思わなければ駄目だぞ」と諫めて、女性の気を惹こうとしたが、彼女は聞いちゃあいない。

その後、こんな凶暴男がデデンとしている店にも常連というのはいるらしく、建築家の穏やかな男性と、蕎麦屋の暖簾を守って三代目の嫁さんがやってきて、私も混ぜられてしゃべる破目になった。三代目の嫁さんは、長男が店で修行をしながらも、結婚しないことが気になるらしく、私に恋愛感なんかを聞いてくる。そんなこと聞かれても困っちゃうよ。長男は、私と同い年らしい。

そんなこんなで、嫁さんと話をしているうちに、妙齢の常連客がやってきて、場が盛り上がったと思いきや、彼女、結構美人だと思うのだけど、ほろりと笑っても目が笑っていないのだ。あるいは、大変な人生を歩んできたのかも知れないな。思ったことは、わりと直ぐに口にしてしまう私だが、「目が笑わないね」とは言えなかった。

それほど飲んだつもりは無かったけれども、部屋に帰る途中で、購入したラックをガラガラガラと落としたりして、傷だらけのブツになってしまった。まあ、棚としての機能は壊れていないので、よしとしよう。

*1:「冒頭のせりふ」は、「強くなければ・・・」というせりふです。

*2:このエントリは、面白いですね。

*3:結語の結語は、予防線でしょう。