けろやん。メモ このページをアンテナに追加

2018年03月22日(木)

[] 真面目に自由を考えてみた。

生活状態が酷い。眠気が非常に強かったり、食欲が非常に旺盛であったり、そのいずれもが真逆であったりしている。

原因は、季節の変わり目ということもあると思うが、それ以上に悩みや焦りが強いからであろう

現在の状況。(A)に至るには(B)が必要であるのに、その(B)に至る道筋がいまだ遠い(X=「自由」)の状態にある。

「自由」の状態というのは、文字通り自由なものなのだが、その自由さというものを謳歌できない生真面目が自分にはある。いや生真面目と言うよりかは、踏み出せない焦りであり、上手く歩くことのできないもどかしさである。

「自由」から(A)にのみ至ろうとする。これは近視眼的な一種パラノイアである。別段「自由」から(AA)を目途として、結果としてよくなればそれでいい。そういう自由な思考が、現在の自由な局面である「自由」下において発生しない。

自由は不自由さの中にあり。

至言である。がんじがらめとは言わないまでも、ある程度に縛り付けられて、有り余る自由とまでは言わないまでも、小さな自由を楽しむ。そんな小さくても心温まる生活こそが、あるべきたる生活だろう。

捨て去りたくなった。

方丈記(全) (角川ソフィア文庫―ビギナーズ・クラシックス)

方丈記(全) (角川ソフィア文庫―ビギナーズ・クラシックス)

もちろん長明は、有り余る自由をもって生活していたのではないかもしれない。しかし、彼が世を捨て去って後半生を送ったとの理解も可能である。私は、彼の幻影に追われることを強く自戒しなければならないと思った。

投稿したコメントは管理者が承認するまで公開されません。

スパム対策のためのダミーです。もし見えても何も入力しないでください
ゲスト


画像認証

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/kerodon/20180322/1521686969