けろやん。メモ このページをアンテナに追加

2006年09月10日(日)

[][] ちょっと予想してみよう

オーマイニュース

半年以内に鳥越編集長が辞任して、湯川鶴章氏が編集長に就任。しかし、実権は平野、佐々木、ガ島の三氏が掌握。R30氏は、絡まない。歌田明弘氏?この人は難しい。週刊アスキーの例の記事以来、どうも筆が冴えないようにお見受けする。ま、多分、絡まない(絡めない?)のではないでしょうか?

(追記、21:31頃)

佐々木氏が、「ブログ炎上」で、湯川鶴章氏ではなく、R30氏を例に挙げたところが意味あり(と思ったんだけど、ブロガーとしてはR30氏の方が知名度が上か)。あと、湯川氏からDJ研宛てに、新著(単著!)の贈呈があったと佐々木氏がどこかで書いていた。どこだっけかなあ?佐々木氏は、ココでも触れたが、懐にドスを呑んでいるような印象を私は抱いている。しかし、最近、ドスの握りが、見え始めているような希ガス

(追記、21:50頃)

スポンタさん情報によると、

http://plaza.rakuten.co.jp/sponta/diary/200609090000/#comment

けろやん。さん コメントありがとう。

>エントリと関係ないコメントでごめんなさい。

そうおっしゃらず、全角で800字書けるから、短評でもあると嬉しいです。

佐々木俊尚が突然、

>編集委員?というのになった

>その経緯というのは、ご存知ですか?

>もしも、ご存知でしたら、ご教示ください。

mixiで本人が公開していましたが、編集部からの働きかけがあったようですよ。そこで佐々木氏は編集委員に加わるにあたって現状を批判した。その経緯をMIXIに書き、オープン化しようとした。

で、私がMIXIを観察しはじめたのと、時を同じくして、MIXIの閲覧権限を友人に限定した。

つまり、編集部との間の右左議論をオープン化しつつも、MIXIでは情報のクローズ化をしている。

私は、彼がメイル、同報メイル、メイリングリストSNSとブログの使い分けを理解していないから混乱が生じていたと思っている。すでにSNSさえも自他の境界領域の内側じゃなくて、外側なんです。

その意味において、SNSの普及は鼠講と一緒、普及すればするほど終わっていくものです。(2006.09.10 05:43:47)

という経緯で、佐々木氏はオーマイに絡んだそうである。なお、本追記は、著作権者(スポンタさん)から異議があれば修正させていただく。非公開のコメント欄にどうぞ。・・・ってカッコつけたけど、非公開コメント欄、無いんだよなあ(´・ω・`)・・・


参考:DJ研に入ろう!


読売ジャイアンツドラフト指名

参考:代打の切り札、笑顔で去る

視聴率稼ぎのために、今吉くんの下位での指名ってありそうな気がするなあ。でも、使い捨てはやめてね(´・ω・`)・・・

■迫り来る緑

「俺の炭酸」で、衝動買いしたウイルキンソンですが、強烈です。

f:id:keroyaning2:20060907090709j:image

いえ、買占めを行ったわけではなくて、これが通販の最小販売単位なのです。近くの緑が「ドライジンジャーエール」。強烈なドライ感覚です。そのまま飲むと胃腸が傷みそうです。遠くの銀色が、その名もシンプルに「タンサン」。これも、ドライですが、割り物なので、レモン汁に入れると上質のレモンソーダーが出来上がりました。

しかし、いずれも、

f:id:keroyaning2:20060910195817g:image

敬老の日のプレゼントには向かないような気がしました(´・ω・`)。

(本稿以上)

2007年1月13日、k2から移行。

斎藤佑樹は大学進学。ウィルキンソンは、まだ残っている。

2006年08月30日(水)

[][] 走らぬ野人

「妙齢」。という言葉に対して、私と同じような誤りな理解をされている(いた)人が、居たので、仕事の休み時間に一所懸命に調べました。そうしたら、もの凄く、驚くべきことが!!!という、真面目な話「妙齢」を書こうとしたのですが。仕事の帰り際に友人に誘われて「妙齢」、お酒をタップリと飲んでしまった私なので、その話は、明日の朝に書こうと思います。「妙齢」。 いや、本当に凄い話ですよ。「妙齢」。

で、走らない野人の話です。友人に飲みに誘われて、大きな画面なテレビが置いてある飲み屋に行きましたものです。そこは、よくある話で、真面目な話やバカモノな話をしたりして、息抜きをしたわけですが、D杯のレモン抜き*1が、なんとも美味しかったこと。いえ、正直、私は焼酎のような顔をして、お酒は焼酎しか飲めない、芋男なのですが、最近、手を出したウイスキー。美味しいこともありますね。

で、走らない野人の話です。大画面テレビで、Jリーグ(お、まだ在ったんだ!)を放映していて、浦和レッズvs.大分ナントカ戦でした。帰化したトーリオは相変わらず、気が短くて切れまくっていて、コントの鬘みたいな髪型のトーリオ?かな、はなんかヘンチクリンで、見ていて面白いような、面白くないような試合だったのですが。でも、天下のレッズが0-2で追い込まれて、中々、良い試合でしたね。で、目を離した隙に、1-2になっていて、また目を放した隙に、「岡野は、アップだけで終わりか、プッ」と話していた、その岡野選手がプレイグラウンドで走っていましたよ。

岡野選手。そう、あの野人ですよ。相手デフェンスが居ない時だけ、超ロング、スピーディーに走る岡野さん。たまに、ドリブルしているボールを追い越して、我が身一人で走る、岡野さん。いや、久しぶりに彼の勇姿を見ました。右サイドを走っていましたよ。でもねえ、彼もいい歳ですよ。ボールを追い越して走り続けるような、パフォーマンスはしませんでしたね。

サイドを抜けて、センタリングをあげる。「え、岡野がセンタリング?」って思うでしょ?「あいつ、ボールを蹴ること出来るの?」って思うでしょ?私もそう思っていましたよ。で、「岡野のセンタリング?はぁ?ゴールポストを大きく外して、ナニやってんの?」って結果を想像すると思う。だがしかし、彼のセンタリングは、ピンポイントで精確、精妙であったのだよ。グダグダのゴール前を超越して、フォアサイドに蹴りだすセンタリング。あれを、ゴールできないFWとか、ダメだね。で、それが一回きりだと思うよね。違うんだ。三回くらい、パトリオット死語?)クラスのセンタリングを入れたよ、岡野さん!!

でも、結局、岡野さん@レッズは負けちゃった。正直、Jリーグなんてなのは、ドウでもヨイわけですよ。勝ち負けじゃないんです。私は、岡野さんの走り、いつの間にか、ボールを蹴れるようになった岡野さんの姿に感動したんです。スポーツなんて、勝ち負けだけじゃないでしょ?ホロリと魅せるプレー。それが醍醐味だと思い強くした岡野選手の活躍でした。

友人と二人で、岡野さんの活躍を見るに付け、「ケバクラに行こうか?」という話もいつの間にか立ち消えになり、岡野さんの活躍の余韻に酔い痴れている私です。

(本稿以上)

2006年12月6日(水)kero2から移行

*1ウイスキー・ソーダ、すなわちハイボールですね。

2006年03月17日(金)

[] 『ことのは騒動』〜自分の結語はさておき・・・

日本人の言霊思想 (講談社学術文庫 483)猫も杓子も、小さな私でさえも、ブログで語る『ことのは』騒動。そして、各地で「炎上」するには至らずとも遠からず、煙くすぶるブログの多いこと。そのようなブログのコメント欄は、決して収束・発展が目的ではないから、自然と闊達なる議論(や煽り)が延々と続き、大同交錯しているかと思えば、次の瞬間に曲折分岐してしまい、「はて?このこのコメントは、どのコメントに向かいて発せられているのであろうか?」という混沌が現出してしまっている有様。

元来、野次馬根性な私です。網の目のように拡がるブロゴスフィアを細々と辿り、ブログというローカルな世界出の言説を「ふむふむ!」と眺めては、小さな頭で考え巡る日々が続いたものです。小さすぎる頭に、大きすぎた網の目は、小さすぎる頭を絡み取るには十分であり、悶々と悩まされましたものです。私と、無関係であり価値観も違うであろうと思われる他者たちが、大いに語り、諭し、罵倒する姿を目撃して、無意識のうちに、この騒動を近しく感じてしまう親和性すら沸き起こってしまった馬鹿らしさ。

 

現実世界の生活で、考えて、悩んで、解決しないといけないことが山積みなのに、「困ったものであることだよ!」というのが正直な気持ちで。誰か、私の中でケリをつけてくださいよ、という他力本願に逃避していたのが、現実です。でも、著名なブロガーさんたちが、いかに恫喝的に吼えようが、あるいは理路整然的に解析してくれようと、どうにも私はしっくり来なかった。そんなときに、大好きなhankakueisuuさんが、次のようなエントリをあげてくれました*1。引用してみます。

自らを誇る事の出来る基準を生み出し、勝ち誇る物事を探し、勝ち誇る為に戦い、ただ勝ち誇る為だけに勝ち誇る人々で宇宙は満たされている。左も右も、上も下も、北北東も、南南西も、酒も女も涙も酒も。

私の中で、パズルの片がスポン!と嵌りました。多分、騒動はこれからも続くでしょう。でも、このエントリが、今回の騒動言及エントリの真打ちであり、私の中で、この問題に対する思考は終わったと思います。ありがと、hankakuさん!!

(本稿以上)

2006年12月28日、k2から移行

*1:このエントリが、上記騒動についてのものなのか?非常に抽象的なhankakuさん節なので、不明です。私が、勝手にコジツケたものかもしれません。

2006年03月13日(月)

[] ”絵文録ことのは”メモ

『ことのは』さんが、一つのケジメを付けた。流れることのはは、これが最終決着ではないだろうけれども、一つの山を越えたのかな?って思う。『ことのは』さんのブログサイトを知ったのは半年くらい前かな?小さなフォントが全盛に、大きなフォント。「垢抜けない、チッケなサイトだなあ」と思っていた。しかし、読み始めてみると惹きつけられた。論調が、時に唯であり、時に否であったけどその明確さは、単純に読み易く、賛否決し易く思った。

そう思うと不思議なもので、論調以上に「構成、外見」が気に止まった。私のチンケなブログも、「ちいとは読み易くしようかね?」って思ったのは、彼のブログを評したエントリがきっかけだ。すなわち、読みやすい論調で書かれた、読みやすいサイトというのが、私の彼のサイトに対する認識だった。

一つの山を越えた。「過去は過去であり、現在の姿が大切だ」という、反論し難き倫理律が存在する。ジャンバルジャンとか。だがしかし、個人的には、大袈裟な深層心理に至らぬ浅い感情レベルで、違和を払拭できない。寛容じゃない性格故か?本音を語るならば、信仰は否定しない。しかし、”団体”として群れ集う浅はかさへの嫌悪。なんで一人、哲学を学び追求しないのかな?という疑問。私は、それがわからない。信じるなら、一人で信じるよ。

さて、実名匿名論争は、ネット上の大きなメタネタとして機能してきた。しかし、今回の騒動を見るにつけ、実名とは社会的HN(=ブランド)*1なのだな、ということを実感した。例えば、私という人間が、戸籍名という実名でブログを書いても、ブランドが圧倒的に欠落しているために、実名機能は果たさないこと。これは、衆目一致な理解かもしれないけど、自分は膝を打って得心したので、自分の備忘録。

  

今回の騒動の実り?はなにか。実名匿名論争に加えて、[現在−過去]という視点が浮上したこと。他の有名ブロガーさんたちは、大丈夫なのかな?ネット世界は、奇麗事にまつわれても、どうしても匿名空間だ。ブログという、簡易なツールの出現で、敷居は撤去された。『ことのは』さんが、主張するように、テキストを読み込むことがネット・リテラシーである、ことを徹底するならば、ネット世界も安泰だろう。私には、そんな力はない、と思う。

web2.0とか、カッコいいけど、所詮、ネット世界って、何年も前から変わらない、魑魅魍魎が跳梁して、跋扈する、そんな世界なんだと自覚して、「テキストを読み込む」ことが大切なんじゃないかな?って思いました。

(本稿以上)

2006年12月28日、k2から移行。

*1http://d.hatena.ne.jp/finalvent/20060313/1142207684にインスピレーションされた”ブランド”という言葉です。