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見たいもん ☆ 録りたいもん

2016-01-17

見たいもん 録りたいもん(28)  宇宙から来たロックスター 〜哀悼 デビッド・ボウイさん

去る1月10日、偉大なロックスター、デビッド・ボウイさんが永眠されました。

私の知り合いの高校生から、「デビッド・ボウイって、何をした人?」とまさかの質問をされてしまいました。

おそらく、彼は「マイケル・ジャクソンって、何をした人?」と聞いてくるでしょう。

日本人は、欧米人と比べると、自分が生まれる前の過去の世界の偉人についての知識があまりにも少ないという傾向がありますね。ラジオやテレビでも、外国の放送局では新旧のいろいろな偉大な音楽作品を常日頃から割と多く紹介しますが、日本はその時の流行のものが大半です。知識があるのは、その分野の一部のオタクだけみたいな…?

ガラパゴス化は、商品やサービスだけでなく文化芸術でも感じます。日本では、一部の人が、ガラパゴス化を上手く利用している一面もあるかもしれませんね?

外国のさまざまな新旧の素晴らしいものが、70年代、80年代のように、今でも自由に日本にどんどん入ってきていればいいのですが…。

それはさておき、デビッド・ボウイさんのことを、哀悼を込めて、少し思い返してみたいと思います。

おそらく彼の名前を知らないロック音楽ファンは、一部の若い世代を除いて、まずいないと思います。

歌謡曲アイドルしか追いかけていなかった方、クラシックしか聞かない方、演歌しか聞かない方でも、どこかで彼の名前くらいは聞いたことがあると思います。

亡くなってから、NHKのテレビニュース等で1970年代の奇抜な格好のデビッド・ボウイの映像を何度も流していますが、それを見て、70歳くらい以上の方の中には眉をひそめる方もいるかもしれませんが、60歳代くらいから、下は30歳代くらいまで、ファンが大勢います。

今は、ロック音楽が、ヒットチャートの上位に上ってくることはほとんどありませんが、70年代から90年代ころには、ロックが世界的に全盛期を迎えており、ヒットチャート上位10曲がすべてロックミュージシャンだったときもあるほどでした。

1970年代、デビッド・ボウイは、Tレックスのマーク・ボランや、ロキシー・ミュージック等とともに、グラムロックの中心的アーティストでした。

今のロック好きの若者の中にも、当時流行したグラムロック好きが大勢いるようですね。グラムロックのビートは、シンプルでストレートで、サウンドも荒削り。何かうっせきした今の若者のハートにもしっかり受け入れられていますね。マーク・ボラン風の格好をした若いアマチュア・ミュージシャンも今でも結構いますね。

私は、今でも、一年に数回、無性に70年代のデビッド・ボウイの曲を聞きたい衝動にかられる時があります。とにかくカッコいいものをグッと感じたい時です。

カッコいいと感じる感性は、各世代ごとに微妙に異なりますが、いわゆるロック音楽全盛期を知っている世代には、デビッド・ボウイはまさに「カッコいい」のひとつの象徴でした。

訃報を伝えるテレビニュースでは、英国の街の壁に、70年代の「アラジン・セイン」の頃の彼の顔が描かれていました。私自身も彼のもっともカッコいい雄姿を思い出すに、その顔を思い出します。

若いころに、ロックバンドを組んだり、エレキギターを必死で練習してきた者たちは、たいがい、あこがれのミュージシャンやアーティストがいたはずです。あこがれのミュージシャンのようになりたいという思いこそが、生きがいやエネルギーだった方も多いと思います。

多くの若者が、作曲や楽器を猛勉強、猛練習したら、ひょっとしたら、ポール・マッカートニージョン・レノンジミー・ペイジエリック・クラプトンエルトン・ジョンフレディ・マーキュリーらのようになれるかもしれないと思っていたと思います。80年代に成功したロック・アーティストたちも、きっとそうだったと思います。

でも、さすがにデビッド・ボウイになるのは無理…と思っていたのではないでしょうか?

あんなにカッコよくなるなんて無理…。

彼を知らない中高年や、時代のまったく異なる若い世代の方に、どのように説明したらわかるでしょうか?

エグザイルのようなカッコいい躍動感、どんなポーズでもビシッと決めるキムタクSEKAI NO OWARIのような奇抜さ、きゃりーのようなド派手さ、裕次郎のようなスーツの着こなし、ジョージ・クルーニーのような渋さ、年をとっても革ジャンがいかす永ちゃんミスチルゆずのような憂いのある曲、平井賢のようなバラード…ひとりの人間がそれらをすべて兼ね備えていると言ったら伝わるでしょうか? 決してオーバーな表現ではありません。日本では生まれにくいスケールのスターですね。

70年代に、ファッション・デザイナー山本寛斎さんが彼のステージ衣装をデザインされていましたが、その衣装デザインは今見ても衝撃的で、まったく時代の古さを感じさせません。今の若者には、逆に新しいかもしれません。今でも、有名なその衣装の写真を見るたびに、「これは凄すぎる」と思ってしまいます。

日本はもちろん、世界のそうそうたるミュージシャンたちの哀悼のコメントをみても、皆があこがれる存在だったことがよくわかります。

今も昔も、素晴らしいロックアーティストやロックミュージシャンはたくさん存在しますが、光り輝くロック・スターという存在は、そう多くはいません。

ミュージシャンや、アーティストという視点で考えると、彼を超える人たちはいると思いますが、“スーパーロックスター”という視点ではトップだったのではないかと感じます。

最初は生意気なやんちゃ坊主のような雰囲気でしたが、どんどん磨きがかかっていきました。その果てしない探究心と、さまざまな新しいことへの挑戦には敬服します。

本人は、おそらく「ロックスター?そんな ちっぽけなもんじゃない…」と言うかもしれませんが、まさに別世界からやって来たロックスターの姿そのものになっていきました。

オシャレなファッション、カッコいい仕草、美声、音楽のセンス…ライブステージの彼の姿を見ると、同じ 人間という生き物なのかと思ってしまいます。

日本だと、ボウイの衣装をカッコよく着こなせる人は、あの人ぐらいしか思いつきません?

デビッド・ボウイ母国イギリス首相はもちろんですが、ドイツも彼とは縁のある国で、ドイツ政府からの公式の追悼コメントもありました。日本も浅からぬ縁がある国で、彼も日本好きでしたが、国会議員政府からコメントが出たなんて話しは聞いていませんね。

未確定の日本の芸能人騒動について大臣がコメントするのもいいかもしれませんが、このくらいの世界の偉大なアーティストの死去についてはコメントしてほしいものです。アメリカあたりの先進国でしたら、これはもう立派な政治的リーダーの仕事です。その国の文化意識を示すものですね。これもガラパゴス

70年代前半のグラムロック時代、70年代後半のアメリカ進出ドイツの時代、80年代のナイル・ロジャース・サウンドの時代、その後のバンドの時代、ソロの時代など、各時代や活動内容で、その姿を次々と変えていったデビッド・ボウイ

アルバムごとに音楽性もビジュアルも変え、その都度ファンを驚かせてくれました。本当に同じアーティストなのかと思わせるような多彩な変貌ぶりでした。

ですが、どの瞬間も、その時代その時代に彼が考える「カッコよさ」を求める執念はものすごいものがあったように感じます。とにかくどれも他の人間には表現できないような「カッコよさ」がありました。

70年代の衝撃的なビジュアルと名曲ぞろいの頃からのファンにとっては、80年代の「レッツダンス」の姿は、当初かなり違和感がありました。「戦場のメリークリスマス」のときも、どうして?と思いましたが、これも彼の一面。徐々に、時代が彼に追いついていきましたね。

80年代、世界中がマドンナに代表されるナイル・ロジャース・サウンドに席巻されました。日本の歌謡曲も、そんなサウンドにつつみこまれましたね。

私が想像するに、当時ボウイは「ナイル・ロジャース・サウンド…俺ならもっとカッコよくしてやるよ!」と思っていたのではないでしょうか。実際に、それはボウイの手によって進化したもののようになりましたね。

これまでも、彼は、イギー・ポップなど他のミュージシャンの作った曲をカバーすることも何度かありましたが、どの曲も、信じられないほどカッコよくなりました。同じ曲とは思えないほどです。スターの持つ“センス”とはそうしたものなのですね。テクニックではなさそうです。

彼も、イギリスからアメリカでの成功をめざして海を渡ったアーティストのひとりですが、決してビジネスばかりを優先する人間ではなかったように思います。いつも、自分の作りたいものに、真っ向から挑戦していったアーティストではなかったでしょうか。

商業的に成功したアルバム、失敗したアルバム、たくさんありましたが、彼の「カッコよさ」への執念は、どのアルバムにも入っていたように思います。おそらくファンそれぞれに、大好きなアルバムがあることでしょう。

昨年、死を覚悟したなか、病床で、新曲のプロモーションビデオを制作し、それがこの程発表されましたが、これもまた衝撃的な内容。

これが69歳で最期を迎えるアーティストのビデオなのかと瞬間的に思わせますが、これこそデビッド・ボウイそのもの…カッコよすぎます。最期まで私たちの想像を超えたカッコいいデビッド・ボウイでした。

死後も人目にさらされないように、すぐに火葬されたそうですが、宇宙からやってきたジギーは、やるべきことを終えて、人目にふれることなく、宇宙のどこかの星に戻っていったということなのでしょう。

マドンナは「彼に会えて幸運だった」と言っていましたが、私も、彼の音楽とともにロック全盛期を過ごすことができて、とても幸せでした。

世界がまた彼を必要としたとき、ロックスターのジギーとなって、どこかの星からきっと戻ってきてくれるだろうと信じています。

本物のロックスター、本当にありがとう!

( jiho )


☆追伸 : 1月中に、NHKではデビッド・ボウイ追悼番組を何回かにわたって行うようです。1月23日の深夜には、1987年のグラススパイダー・ツアーのライブを放送します。

1987年発表のアルバム「ネバー・レット・ミー・ダウン」は、「レッツ・ダンス」の頃のやたらダンディでダンサブルな時代から、70年代の「ジギースターダスト」っぽいロックンロールスターに回帰したような内容でした。「レッツ・ダンス」嫌い派の彼のファンも納得の一枚だと思います。個人的には、大好きな一枚です。

このライブは、そのアルバムにあわせたツアーで、「スターマン」や「サフラゲット・シティ」などの70年代の名曲は少ないですが、カッコいい「ジーン・ジニー」は見せ場です。個人的には、デビッド・ボウイは やっぱりこっちだと感じてしまいます。

IT派の方々、「ヒーローズ」や「フェイム」ももちろん演奏しています。彼の70年代、80年代両時代のカッコよさを見ることができますよ。

ピーター・フランプトンのなつかしいギターと声も聞けます。

やっぱり、あんな衣装が、あそこまで似合うのはボウイぐらいですね。彼のことを知らなくても、ファッション好きの方はぜひ見てね。

( jiho )

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