けろやん。ブログ。 このページをアンテナに追加 RSSフィード

ここは、ブログ世界で”動乱”が起こった時に、使う場所にします。 (´・ω・`)<平和な世界だといいね!!

2006年9月19日 火曜日

[] 無題

  しばらく(?)、ここを離れて他所で、人知れずチョコチョコと書こうと思います*1。と、格好つけていますが、まとまった文章なり、熱量のある(自讃w)文章を書く、体力、精神力、というか「ノリ」が減退したことが理由です。

  おっと、「ノリ」が減少したのは、ブログ世界のことであり、現実世界の私は「ノリノリ」にはほど遠いですが、「ノリ」な気持ちで生活しています。

  というわけで、またいつか、ブログ世界で会えたらいいね(´・ω・`)

けろやん拝。

(本稿以上)

[] テスト

ttp://phpspot.org/blog/archives/2006/09/web50.html

[] 甘え、連帯の末路

  かつて祖国を追われざるを得なかった「よど号事件」の実行犯は声明を出した。

「われわれは明日のジョーである」

  漫画「あしたのジョー」には、明確な敵はいない。闘ったライバルたちは、ことごとく友愛の対象となる。祖国を追われたハイジャック犯人たちは、この敵無き物語のヒーローに、自己を投影することで、自らの寂しさを紛らわせたのだろうか?あるいは、最後の最後まで、連帯を求愛して、泣き叫んだのだろうか。あるいは、俺たちは真っ白な灰になった、というヒロイズムの結語を心に込めて、自らに叫んだ自己愛だろうか?

■よど号ハイジャック事件(wikipedia)

1970年3月31日に共産主義者同盟赤軍派が起こした日本航空機に対するハイジャック事件。

  「あしたのジョー」は、1967年末に発表されている。

■あしたのジョー(wikipedia)

1968年1月1日号(発売日は1967年12月15日)から1973年5月13日号にかけて連載された。(中略)よど号ハイジャック事件では、ハイジャック犯が「われわれは明日のジョーである」(原文ママ)と声明を残したことでも知られる。

  しかし、同時期に「ゴルゴ13」が発表されていることは、あまり知られていない事実だと思う。

■ゴルゴ13(wikipedia)

1968年(昭和43年)10月(1969年1月号)から小学館ビッグコミック」誌で連載が開始され、2006年現在も連載中である。

  ハイジャック実行犯は、「ゴルゴ13」を選ばず、「明日(あした)のジョー」を選択し、俺たちはジョーである、と叫んだ。私は、そこに彼らの悲痛なる心と甘ったるさ、非情になるならば、彼らのみすぼらしさ、堕落を禁忌しようとする愚かさを感じてしまう。

  そして、今、どこかで甘い音色なエレクトーンが聞えてくる。音楽という苦行を知らずして、舐めきったるバカヤロウの音色が。それは、歌声なんかではない。音でもない。聞えてくるのは、ただの「オトノイロ」。だが、世間は広いから、「色」だけで、なよる者もいるのだろうな。・・・と秋風に頬を撫でられて思う、月の夜。そして、月光

(本稿以上)

*1:文章を綴ることが好きなんだ。

2006年9月17日 日曜日

[] ブログという怪物

※はじめに

  本文は、「id:noon75SNSに引き篭もるべきである」と題して、書き綴ったニ部構成テキストの第二部を大幅改変して公開する文章である*1。削除した第一部は、id:noon75氏の書いた■id:keroyaning2にはブログ閉鎖を薦めるへの抗議の言葉*2を、彼が私を評して言うところの「自らの愚かさにまったく気が付かないフリをする開き直り」で、罵倒し、揶揄して書いたものだが、それは掲載しない。

  掲載しない理由は、というと、大きく分けて三つある。

  一、id:noon75氏が、私に対して言及した最初のエントリ■批判と罵倒の違いの一部について、思い直すところがあったこと。ただし、上記「(略)閉鎖を薦める」については、徹頭徹尾、見当外れも甚だしき一方的な批判であり、不快感は未だ消えずに残っていることは明記しておく。

  二、私はかつてhttp://d.hatena.ne.jp/keroyaning2/20060525/1148508226において、「怒り、恨み、悔しさ。負の感情で発する言葉は、怖ろしい呪詛を纏う。発する者が意識せざるとも。」と書いた。これは、他者に向けて、私の思いを告げた文章である。しかし、私自身が、今、同様の行為を行おうとしていることに気が付き、恐怖を感じているからである*3

  三、id:noon75氏の「けろやん。ブログ。の中の人へ」という第三弾エントリを読んだこと。

  以上の理由で、当初アップする予定であったテキストの第一部を削り、改変した第二部を以下に書く。


(本文開始)

  私のブログに対する考え方。当然のことながら、ブログは理論的には全世界に公開されるものである。したがって、ブログの書き手は、そのことの意味を深刻に考えなければならない。また、エントリのコメント欄を開放していれば、そこには、「補完する言葉」、「善意の批判」、「悪意ある批判」、「悪意の煽り」、「愉快犯の遊び」等が掲載され、ブログの書き手の目に入り、感情の起伏をもたらす。時として、コメントの書き手が「善意の批判」を心に深く刻み、書き込んだコメントも、書き方、あるいは読み方を誤れば、善意が悪意に変換され、受容される不幸が生じるかもしれない*4

  これまた、当然のことではあるが、書かれたエントリ及びコメントは、いずれも平面モニタに表示された文字に過ぎない。エントリ、コメント、いずれについても書かれた意図を正確に把握することは困難である。ましてや、筆圧を感じ取ることは容易ではなく、書いたときの書き手の心理状況(例えば、美味いもの食った後であるのか、下痢で腹を壊してキーボードを叩いたのか)を把握することは、ほとんど不可能に近い。言い尽くされて、繰り返すも野暮であるが、現実世界で対面する場合、対峙した相手の心の機微を窺い知ることは、(多少の労力を伴うにせよ)ある程度可能であろう。

  さて、人は楽な道に進みたがるものである。例えば、コメント欄を閉鎖する(ここでは、コメント欄を閉鎖しているブログの書き手を揶揄する意図は無い)ことで声を遮蔽する。しかし、ソーシャルブックマーク(SB)で、先に述べた雑多なコメントが寄せられる。だったら、眼をつぶればいいじゃないか。たしかにその通りである。

  しかし、眼をつぶってしまったのならば、一つのエントリに対する一つ一つのコメントが、当該エントリへの補完にならないのみならず、ブログの書き手及び読者の知識、知恵を増大(あるいは減少)させ、心情を豊かに(あるいは貧しく)させていくという、あるべきブログの姿*5に背を向ける行為だと思う。たとえ負の方向に向かったとしても、ブログの書き手及び読者は、そこに学ぶべきことはあるのではないか

  これが、mixiなどのSNSの世界ならば、各種フォーマット化された制約下において、「悪意」、「煽り」等の”負”は淘汰され、「補完する言葉」、「善意ある批判」のみが残存表示され、平和で”有意義”な議論が展開されるかもしれない。しかし、私は、それがネットワークの完成形だとは思わない。あまりにも貧し過ぎる世界ではないか。

  私は、悪意、煽りのない無垢なる世界に、健全でタフな花が咲くとは考えない。善意と悪意を見分け、愉快犯に対して時に笑い、悪意ある煽りに耐え、ブログの書き手はブログ世界において成長する*6。そのことこそが、飯の種にもならず、機会費用を浪費してまで、ブログという”悪夢”を書き続ける理由だと、私は考えている。  

  さて、長くなったが、最後。次に書くことはid:noon75氏へのイヤミ、あるいは皮肉ではないことを是非とも理解していただきたい。

  氏は、自らのブログに寄せられたコメントの書き手(SBにおけるものも含む)に対して、しばしば、ブログを書くことを薦める。しかし、先に記したように、ブログとは、全世界の衆人に晒されるものであり、意義あるコメントのみが寄せられるわけではない。もちろん、その危険性をあなたは、確実に理解しているだろう。しかし、書くことを薦められた人間全てが、理解し、覚悟を決めて書き始めるだろうか?

  私は、ブログを書くことを薦める言動は、あまりに安易だと思う。かつて、悪意に満ちたコメントが溢れかえっている(いた)ブログを読んだことがある。そして、当該ブログ上で、後に綴られたエントリから類推するに、彼(彼女)は、ブログ世界での重荷を背負ったまま、現実世界に立ち返らざるを得なかったと思われる。そこまでして、ブログを書くことに意味があるのだろうか。私は、ない、と考える。

  繰り返しになるが、対面であれば、毒にも薬にもならないコメントも、ブログという極めて「不自由」な世界では、いともたやすく鋭い毒針に転じる可能性がある。その意味において、ブログを書くことを安易に*7薦めることに対して、あなたを批判する。あなたが読めるということは、同時に、不特定「膨大」多数な人間の目に晒されるということだ。

  以上が、私の考えるブログというツールである。自戒を込めて、「無料(ただ)より高いものはない」、と結ぶ。

(本稿以上)  

  id:noon75氏へ。なお、私が本ブログ等で使用する「(´・ω・`)」という顔文字は、記号ではなく、「文字」で表すことの出来ない感情、意味を付与したものであり、アドバイスをありがたく承りながらも、使用を続ける。また、

一日出かけていてちゃんと読むのが遅れたが、よい文章だった。

ちゃんとした文章書けるじゃないか。

「w」や安易なイヤミを使わなければ、もっとパワーが出たと思う。

  あなたはいつからブログの書き手であることを止め、ブログ文章指導員になったのだ?”ブロガー”であると自覚するならば、エントリを書き綴るべきだと、私は考える。気に障ったらすまない。これはイヤミではない。本心だ。

  したがって、野卑たることは承知の上で、冒頭の私の言葉を繰り返す。

■批判と罵倒の違いの一部について、思い直すところがあった。

以上。


  

*1:ただし、当初から第二部はブログというツールについて綴ったものであった。改変したのは主に表現部分である。

*2:反論は既に書いた。

*3:今更ながらの補足であるが、負の感情で発した言葉は、自分をも蝕むという意を込めて上記エントリを記した。

*4:私の場合、実際に経験した。

*5:これは、私が考えるブログの姿である。

*6:もちろん読者も含めてであるが、負のバイアスが良かれ悪しかれ一番に作用するのはブログの書き手であろう。

*7:これは、私の「思うところ」であり、すなわち書き手である私の主観が混じっていることは先に述べた。

2006年9月16日 土曜日

[] 社説春秋

春秋(9/14)

 秋の雨にも色々あって、夏の名残の夕立は秋驟雨(あきしゅうう)、夏果ててすぐの小雨は秋微雨(あきこさめ)。長雨は秋霖(しゅうりん)、秋黴雨(あきついり)という。涙を灑(そそ)ぐ寂しい灑涙雨(さいるいう)もあれば、霧の小便と呼ぶ地方もある。詩人の高橋順子さんが文を書いた写真集『雨の名前』は、そんな色々を伝えてくれる。

  で、どこに持って行かれるのかな?と思ったら、最後は、

5万余の観衆が立ち上がり送った拍手は松井選手の欠場中の頑張りに向けられたのだろう。

  いや、始めと終わりを茶化すわけではなく、ちょっと展開にビックリしたのです。ところで、「菜種梅雨→梅雨→雷雨、そして・・・」でも書きましたが、雨に関する言葉は豊富ですね。驟雨という言葉が気になり辞書を引いたら、「夕立や雷雨の類」とあり、勘違いしていたことに気が付きました。横に目をやると、「愁雲:うれいを感じさせる雲」という言葉が目に入り、東の空を眺めたら、薄い雲を突き抜ける太陽の光が眩しくて。

  なにはともあれ、天気が良いので低山ハイクに行ってきます。雨が降リ出したら、先日購入した防水装備のテストをしてみよう。

(本稿以上)

[] ブログとは

なんだろう?って思う誕生日の夜明け。さてと、楽器の練習を始めよう。

[] 閉鎖を薦められた私

■id:keroyaning2にはブログ閉鎖を薦める

noon76さんが怒っていたので、

事情を書いた。まあ、そういうことです(´・ω・`)

Posted by けろやん。 at 2006年09月15日 07:11

  まず、このコメントについて。noon75は次のように評価する。

読むべきところが一行もない馬鹿げた言い訳コメントを書いている暇があったら、

  私が書いたコメントは、誰へのコメントか?まず、あなたnoon75へのコメントではない。勘違いしてくれるな。これは、

アクセス数と内容はかんけーないっすw

Posted by 黒崎 at 2006年09月14日 23:27

けろやん。気にしすぎ。

Posted by BigBang at 2006年09月15日 02:02

という両者へのコメント。あなたへのコメントじゃないんだよね。それを勝手に、あなたは、言い訳と捉える。困ってしまうよ。また私が書いたエントリhttp://d.hatena.ne.jp/keroyaning2/20060915/1158270605も、あなたにだけ向けたエントリではない。アクセス数云々。  

(追記、8:53頃)上記エントリを読めば分ると思うが、分らない方が中には居るかも知れないので追記。上記エントリより引用「(略)という言葉を誤解している人が幾人か居るようで。(略)」(引用終わり)と書いてある。私は、「グループ」とかそういう言われ方、見方が、大嫌いなので、私のブログの読者へ補足説明する次第。なお、本件に関するエントリは、近いうちに削除する。反論のためのエントリであり、それを晒して置く必要があるとは思わないのが私のブログというものへの考え方。追記以上。

イヤミでお茶を濁して自己保身を計ることである。たとえば相手の名前をわざと間違える、仲間と自分が一方的に思っているブロガーにすりよって守ってもらおうとする。まともに反論するアタマもなく、また一人では言い逃れすることすらできない臆病者だからである。わざわざ愚かさを露呈している、実に幼稚な政治だ。

  あなたが指摘するイヤミは二点。一、名前をわざと間違える。あ、これは、AERAの「web2.0「76世代」の時代が来た」という記事を読んでいて、それで間違えたんです。ところで、名前を間違えるのは、ブログ世界の作法では、イヤミになるんですかね?随分小さな人間だな。

  ニ、「すりよって守ってもらおうとする」。先に述べたように、「アクセス数」というのが、他でも話題になっていたので、そちらに書いただけ。それを大袈裟に”政治”とか書いて笑わせるな。ブログ世界の政治か。なんじゃそりゃ?

  すり寄る。id:Ereniのところの”馴れ合い”に一所懸命交わろうとしていたいつかのあなたの姿は無様だったね。http://d.hatena.ne.jp/keroyaning2/20060915/1158270605にまったく言及が無いということは、「ことのは騒動」に興味、危惧を抱いていないのだろうな。「歩き出した言葉を封印することなく次のステップ」って、結構、力を込めて書いたのだが、伝わらなかったのか、あえて忌避しているのか。そんな素敵なあなたが、「ことのは騒動」の最中に、交わろうと頑張っていたのは、今思えば滑稽だ。

ブログをたたんで2ちゃんねるに引き篭もることだ。

  なるほど。ココにもあなたの文学への劣等感が垣間見えるね。2chよりもブログですか。本当はブログなんか、一足飛びに飛び越えたいんじゃないかね?それが出来ないから、「2chを蔑視して、ブログって凄いんだよ!」ってヒステリックに叫ぶ。ブログってそんなに凄いの?ブログ幻想。あなたに、美学があるというコメントがあるけど、私は、あなたの持つ美学ってブログ世界(ブロゴスフィアっていうのか?)における、ブログ作法の美学だけだと思いますよ。

  はてなグループでのお遊び。はてなごっこ。

http://d.hatena.ne.jp/noon75/20060630/1151673288

 それと、以前から参加されている執筆陣の皆様。

 つまり、id:kurimaxid:die_kumaid:gotanda6id:azakeriid:samurai_kung_fuid:throwSid:shibakuid:kyoumoeid:Dirk_Digglerid:strangeid:catfrogid:otsuneid:foreplayid:ayakomiyamotoid:AyanoIchijoid:churchillid:SkullHeadArmorid:orochon56id:VanDykeParks2id:sayokomid:kanoseid:sennjiid:fellowsid:yskszkid:crowdeerid:laisoid:anutpannaid:sweetenedid:wetfootdogid:wonder_wonderid:K2Daid:kokoroshaid:kuroko69id:heiminid:FUKAMACHIid:kiyoheroid:gerlingid:shirokuma_xid:cachamai、id:宗、id:葉、id:ONEDARI、の皆様。

 私は馴れ合いもオフ会も大嫌いなので距離は置かせていただくつもりですが、昼間からシャセイする無名のセックスブロガー、noon75を、実によろしくお願いします。

   

  まあ、長々と挨拶ごくろうさん。「馴れ合いが大嫌い」か。各地でのコメントを読んでいると、本当は大好きそうに見えるけどな。もしかして、はてなごっこしてる誰かに言われて、私を罵倒しているのだろうか?

軽々しく僕の名前を使うのはやめろ、迷惑だ。

  それは、私も同じ。自分が誇る文才が枯れ果てたからといって、私に絡んでくれるな。あと、ブログについての考えを押し付けるのは止めてくれ。私のブログの考えは、前に書いたと思うし、書いていない思いもある。

(本稿以上)

危なかった。idトラックバック?をオンにしておいたら、悪い気をアッチ、コッチに飛ばしてしまうところだったよ(´・ω・`)。

2006年9月15日 金曜日

[] ブログ幻想

※朝、仕事に行く前に、二つのエントリ(というかコメントかね)と書きました。どちらをアップするか迷ったのですが*1、一つをアプしました。すると・・・。とりあえず、もう一つの言葉をアップしますね。文中の(追記)は現在の追記です。

唐突に、私の文才に言及されて驚いた。

http://icanthelphatingsex.g.hatena.ne.jp/noon75/20060914/p3

はっきりいうが、君には何の文才もない。勘違いするな。

  ブログ世界で「文才」をホザくコイツを目にしたとき、私はガチンときた。文才を「文学的才能」なる意味で使用していると理解するとならば、ブログという安易なるツールで軽々しく文才を叫ぶことに対して、ガチンと来た。間違えるな。「私に文才が無い」ということに対して、ガチンと来たわけではない。

  文学とは、毎朝三時に起床して、静謐の寒々しき室内で、あるいは遠い喧騒を聞きながら、日々、コツコツと紙に綴り、綴れない苦しみを享受するものだ、と私は考えていた。ブログ?はぁ?笑わせるなよ。あっちにTB撃ち、あっちでコメント書き散らし、他人と手を取り合って、二次元で論争ゴッコして。そういうものじゃないのか?文学の生成過程は、我が身独りの極めて個人的作業でしょう。ちなみに音楽もそうですよ。独りきりの単調なる世界で、苦痛と向き合って、悔しがり、聴衆を眼前にして、聴取の息吹を感じ、時に調和し、時に胸を撃つ。

  さて「ことのは騒動」。言葉が歩き出したことに私は器具を抱いたよ。あなたはちがうかもね。そのへんの感性は知らんよ。言葉をなんとかとめたいなあ、と思い、思いついたのがブログというツール。各々が。午前三時に起床して、チラシの裏に誰が見るともなき文章を綴るという文学的方法よりも良いだろう。笑うか?各々が午前三時に起床して、それぞれのチラシの裏に綴るべきものか?「ことのは問題」、それは知らんね。彼が、独りで解決すべき問題だろ?私が言及しているのは「ことのは騒動」 (追記:←要チェックな)

  話が逸れた。あなたへの罵倒の続き。文学世界、まあ、はてなグループとやらで、「はてなゴッコ」ナヨナヨしているあなたには、分らない世界だろうな。「はてなゴッコ」、すなわち互いの金玉を握り合いながらの議論(風味)、あるいはweb2.0でいうマッシュアップですかね。

  そして、あなたは、自分の「文才」に多大なる自身と、同時に劣等感を抱えているようだ。だから、コメントする人間の書く「ぶろぐ」というものを読みたがり、コメントの真意及びコメントを異常なまでに理解したがるのではないだろうか?だから、人に書くことを勧めるのでしょう。人に発する言葉で、自らへの言葉として消化する。ふふ、分りやすく言えば相手に満足感を与えることで、弱ったヘタリな自分を鼓舞するってかな。無害だけど、端で見ていたら、気持ち悪い省エネだよな。

noon75 「【僕】は書かなければならない人なのだろうか?」さあね。君が誰だろうと僕は興味ないよ。また来い、noon75はここにいる。

  勘違いするなよ。以上は批判であり、ましてや馴れ合いでもなく、徹底的な罵倒だ。わかったら、さっさと、私が書いた言葉を一行プルフから外せや。グループでナヨッて文才枯らすなよちまえよ。

(追記)っていうか枯れ果ててるかw  

[] アクセス、アクセス、アクセス

  私が使う「アクセス数」という言葉を誤解している人が幾人か居るようで。ちょっと説明すると、私がブログというツールを利用している中で、ここ「けろやん。ブログ」というブログはメインではありません。たしかにkeroyaningで指すメインは、ここだけど、それはあくまでもkeroyanグループ?としてのメインです。私は、いつもkeroyanしているわけではありません。

  私の誤りは、既存のエントリを書いていたこのブログにおいて、”インタビュー”に端を発して、歩き出した言葉への牽制のため、というか、正直に述べると、憤りに駆られて「ことのは騒動」を書き始めたことだと最近は、思っています*2

  ・・・で、なにが言いたいのかというと、ここへの「アクセス数」というのは、カッコつけて言えば、「ことのは騒動」から、デジタル・ジャーナリズム研究会を経て、「オーマイニュース」に繋が(りかけてい)る問題意識へのアクセス数です。無責任な*3言葉を発して、その歩き出した言葉を封印することなく、次のステップに踏み込むこと、及び人々に対して、私は小さい声だけど叫んでいる。

(追記、6:57頃)

  あと、いい訳じみているが、私はnonecoという人物に疑念を持っている。なんの疑念かは、コメント欄を参照。わざわざ、ここで繰り返すような暇もボランテア精神も無い。「ことのは騒動」に対する私の問題意識を整理すると‐綉疑念∧發出した言葉を封印しない無責任。以上の二点。私は、自身を無邪気だとは思っていない。(追記、7:09頃)あと、finalvent氏の所に何故書いたか?について。二番煎じな言い分になるが、finalvent氏の所での「馴れ合い」がnone氏を踊らせたと思っているから。

(本稿以上) 

*1:まずは気恥ずかしいということ 次に糾弾者wの考えることがわからんかったこと

*2:正確には歌田さんが出てきた辺りから

*3:追記:深い意味があるのかないのか知らないが、普通に読めば危険な一般化だと私は理解している。その辺は過去のエントリに書いた。

2006年9月14日 木曜日

[] オーマイニュース編集次長平野氏について

  気になる平野編集次長さんですが、出身母体?は、(株)arexという会社のようです。

http://www.arex-corp.com/index.html

  「主なスタッフ」に名を連ねていますね。

平野日出木

バイスプレジデント

2002年入社、トレーナー、シニアコンサルタントを経て2005年から現職。メディアトレーニング、クライシス・シミュレーションワークショップなどでジャーナリスト経験を生かした実践的なアドバイスに定評がある。arex入社前は日本経済新聞社の産業部次長(本紙担当デスク)。記者・キャップとして産業部(東京)、証券部(大阪)、西部支社(福岡)にて自動車、鉄鋼、機械、エネルギー、運輸、企業財務、コーポレートガバナンスなど幅広い産業分野を担当した。85年早稲田大学政経学部卒、02年カリフォルニア大学バークレー校ハース経営大学院MBA

  覚えておいて欲しいのは、2002年入社というプロフ。この辺の謎解きは、いずれしますが(謎解きってほどではないけどね(´・ω・`))、次に進みましょう。上記HPの「arexのキャリアプラン」というところをクリックしてみると、

マスコミを知る‐取材記者は何をどのように考えているのか

新聞社の基礎知識

(略)

1.5 産業経済紙の特徴と記者特性

1.6 初版と最終版

(略)

記者の育てられ方

4.1 サツまわりと社会部

4.2 経済記者が一人前になるまで

4.3 キャップとデスクと部長の違い

  平野オーマイニュース編集次長の上記略歴を観るに、キャリアプラン指導は、この辺にあるのかな?と思います。「サツまわりと社会部」、「・・・一人前になるまで」。なんだか、一家言、ご披露してくれそうな感じです。

  しかし、経歴を見るに彼が、

黒崎夜話:いずれ消えゆく人 3

編集次長の平野氏は、広報コンサルが得意であると言われるが

  広報コンサルが得意であるとは思えない。果たして、彼はオーマイニュースの表面に出てくるべき度量のある人間なのか?あるいは、出ざるを得なかったのか?あるいは、出ようじゃないか!と思い至ったのか。この辺について、続けて書きたいと思います。

(本稿以上、オーマイ続くよ(´・ω・`))

  

[] オーマイニュースに対する極私的謎

  メディアとしてより、むしろその運営についての話題で盛り上がっているオーマイニュースですね。アクセス乞食の私なので、そっちの話を書いていこうかな(´・ω・`)と色気ムンムンしちゃってます♪

  気になるのは、どの「記事」にアクセスしても、最後に[PR]として、

ボーダフォンから=SoftBankへ。人気機種がSoftBankモデルとして登場!

が掲載されています。「ん?オーマイニュースはソフトバンクのパシリ野郎か!」と絡んでやろうかと思ったのですが、ソフトバンクが資本投下しているので当たり前ですね。参照

私が気になったのは、この部分。

ボーダフォンから=SoftBankへ。

  なぜ、唐突に「=」が出てくるの?文脈からしてヘンじゃないの?おっかしいよねえ!って思っていました。なんかの文字化けかな?とも思ったんですが・・・。

  最近、謎が解けました。

http://www.softbank.co.jp/

  そうです。「=SoftBank」って企業ロゴ?だったわけですね。まあ、謎は解けたんですが、「変なの!」っていう思いは消えない小さな私です。

f:id:keroyaning2:20060914194459g:image

  っていうロゴをペタンと貼り付ければいいのに。おしとやかなソフトバンクグループなのかな?

参考:

ボーダフォン、iPodと「705SH」をセット販売

ソフトバンクは、10月24日に始まる番号を変えずに携帯電話事業者を乗り換えることができる番号ポータビリティ制導入で、NTTドコモKDDIau)にユーザーが大量に流れることを懸念。新割引制度とともに、iPodの抱き合わせ販売という奇策でユーザー数のの確保を図る。

(注)太字は引用者

(本稿以上)

[] メモ3

■スケール練習

  そういえば、最近、やっていなかったことを思い出した。これをダウンとアップのストロークを使って練習しよう。


■戯れ歌

  ジャラララ弾いていた戯れ歌だけど、これをフィンガー・ピッキングで試したら、すんなり歌いながら弾けた。フィンガー・ピッキングは結構練習していたから、身体が覚えていたみたいだ。この調子で練習しよう


■足台

  本を積み重ねた足台。悪くは無いのだけど、やっぱり本物を購入しようと思う。

[] 体調、少し雨上がり

  5:30起床。風呂に入って、少しだけ読書。長湯はせずに上がって、朝飯。白米にスジコ、味噌汁。具は、豆腐、ワカメ、カイワレ大根。食欲は出てきたようだ。これから、ヨーグルトも食べよう。あと、所謂安いユンケルみたいな栄養ドリンクが、冷蔵庫に入っていたので、それも飲むことにしよう。

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