我を忘れること、無心。無我夢中。
ここで「我」とは独立一貫した主体、永遠不滅な本性を意味する。森羅万象すべてのものは常に変化しており(諸行無常)、現在の姿は変転していくそれぞれの物事が因縁によって結合した仮の姿であると考える。絶対的な存在を否定し、否定する主体である「自我」そのものも、肉体および精神作用がたまたま寄り集まって作り出したものに過ぎない(五蘊仮和合《ごうんけわごう》)、一切のものはすべて相対的な関係的存在として生かされてある(縁起)という考え方。
永遠不滅な本性などないことが分からず(無明)、本来仮の姿である自分にしがみつき(我執)、ある筈のない絶対的な存在を求める(渇愛)ことで煩悩が生まれる、とする。
煩悩の発生源としての肉体的な自我感覚というものを否定すること、同時に、真実なる自己というものは肯定して伸ばしていくという考え方で、否定と肯定の両方を含んでいながら、そのどちらにも偏(かたよ)らずに、両者を見ながら伸ばし、成長させていくものの見方・考え方のこと。
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