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アースダイバー

読書

アースダイバー

あーすだいばー

人類学者・思想家中沢新一の著名。著名は神話に基づいている、そのことの紹介である。

 最初のコンピューターが、一神教でつくられたというのは、けっして偶然ではない。一神教の神様は、この宇宙をプログラマーのようにして創造した。ここに空を、あそこには土地を、そのむこうには海を配置して、そこに魚や鳥や陸上動物たちを適当な比率で生息させていくという、自分の頭の中にあった計画を、実行にうつしたのがこの神様であった。神様でさえこういうコンピューター・プログラマーのイメージを持っているのであるから、その世界を生きてきた人間たちが神様のようになろうとしたときに、最初に思いついたのが、コンピューターを発明することだったのは、ちっとも不思議ではない。

 ところが、アメリカ先住民の戦士やサムライの先祖を生んできた、環太平洋圏を生きてきた人間たちは、世界の創造をそんなふうには考えてこなかった。プログラマーは世界を創造するのに手を汚さない。ところが私たちの世界では、世界を創造した神様も動物も、みんな自分の手を汚し、体中ずぶぬれになって、ようやくこの世界をつくりあげたのだ。頭の中に描いた世界を現実化するのが、一神教のスマートなやり方だとすると、からだごと宇宙の底に潜っていき、そこでつかんだなにかとても大切なものを材料にして、粘土をこねるようにしてこの世界をつくるという、かっこうの悪いやり方を選んだのが、私たちの世界だった。

 アメリカ先住民の 「アースダイバー神話はこう語る。

 はじめ世界には陸地がなかった。地上は一面の水に覆われていたのである。そこで勇敢な動物たちがつぎつぎと、水中に潜って陸地をつくる材料を探してくる困難な任務に挑んだ。ビーバーカモメが挑戦しては失敗した。こうしてみんなが失敗したあと、最後にカイツブリ(一説にはアビ)が勢いよく水に潜っていった。水はとても深かったので、カイツブリは苦しかった。それでも水かきにこめる力をふりしぼって潜って、ようやく水底にたどり着いた。そこで一握りの泥をつかむと、一息で浮上した。このとき勇敢なカイツブリが水かきの間にはさんで持ってきた一握りの泥を材料にして、私たちの住む陸地はつくられた。

 頭の中にあったプログラムを実行して世界を創造するのではなく、水中深くにダイビングしてつかんできたちっぼけな泥を材料にして、からだをつかって世界は創造されなければならない。こういう考え方からは、あまりスマートではないけれども、とても心優しい世界がつくられてくる。泥はぐにゅぐにゅしていて、ちっとも形が定まらない。その泥から世界はつくられたのだとすると、人間の心も同じようなつくりをしているはずである。9−11頁

あるとき最初の女が二人の子供を産んだ。年長の息子の名はウィサケジャク(Wisakedjak)であった。女の夫は、妻が蛇と性交しているのを見て怒り、蛇を殺して妻の首を別ねた。子供たちは逃げたが、女の尻が追いかけてきた。空へ逃げた夫のもとには、女の頭が追いかけてきた。女の尻は河岸で子供たちに追いついたが、鶴が彼らを持ち上げて河を飛び越えた。鶴は女の所に戻り、彼女(そのときにはもう全身が戻っていた)を持ち上げて、河に落とした。女は水中でチョウザメに変身した。ウィサケジャクは弟を置いて母を殺す旅に出たが、弟は水蛇に殺されてしまった。ウィサケジャクは水蛇を殺そうとして激しく戦い、その結果世界を覆う洪水が生じた。ウィサケジャクは筏をつくり、アビ(潜水鳥)を派遣して、水底の泥を取ってこさせた。この泥から、新しい世界がつくられた。 アルゴンキンインディアン神話