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アーセン・ベンゲル

スポーツ

アーセン・ベンゲル

あーせんべんげる

Arsene Wenger アルセーヌ・ベンゲル(英語読みはアーセン・ベンゲル

フランスサッカー指導者。

1949年10月22日、フランス・ストラスブール生まれ。現在は監督としてイングランドクラブチームアーセナルの指揮を取る。

監督/コーチ歴

1981-1983
RCストラスブール(フランス/ユースチーム監督)
1983-1985
ASカンヌ(フランス/アシスタントコーチ
1985-1987
ASナンシー・ロレーヌ(フランス)
1987-1994
ASモナコ(フランス)
1994-1996
名古屋グランパスエイト(日本)
1996-
アーセナルFCイングランド

獲得タイトル

モナコ監督時代

1987-1988 ディビジョン・アン(現リーグ・アン)優勝

1988 リーグ最優秀監督

1990-1991 クープ・ドゥ・フランス優勝

名古屋グランパスエイト監督時代

1995 Jリーグ最優秀監督

1996 天皇杯全日本サッカー選手権大会優勝

1996 ゼロックススーパーカップ優勝

アーセナル監督時代

1997-1998 プレミアシップ優勝

1997-1998 FAカップ優勝

1998 プレミアシップ最優秀監督

2000 UEFAカップ準優勝

2001-2002 プレミアシップ優勝

2001-2002 FAカップ優勝

2002 プレミアシップ最優秀監督

2002-2003 FAカップ優勝

2003-2004 プレミアシップ優勝

2004-2005 FAカップ優勝

その他

選手としては28歳でストラスブールでプロデビューし、同年フランスリーグ優勝を経験するも、そのキャリアの大半をアマチュアリーグで過ごしたために無名といってもいい存在だった。しかし監督としてのキャリアとなれば話は別である。現在の監督としてのベンゲルの評価は非常に高く、世界でも有数の優れた監督であると言って差し支えないだろう。

監督としてデビューしたのはフランスリーグのASナンシー・ロレーヌ。しかしそのデビューは華々しいものではなく、クラブを2部に降格させてしまう。監督として初のタイトルを獲得するのは、その翌年に監督に就任したASモナコでのことだった。モナコ就任直後にリーグを制することに成功したベンゲルは、その後9年間に渡ってモナコの指揮を取る。1994年にはフランス代表監督やドイツの強豪、バイエルン・ミュンヘンの監督就任依頼を受けたこともあった。

モナコの次にベンゲルが選んだのは日本。名古屋グランパスの監督に就任すると、低迷するクラブを優勝争いするまでに引き上げた。就任翌年には天皇杯スーパーカップに優勝し、クラブに初のタイトルをもたらす。これにより日本サッカー協会に強い印象を植えつけたベンゲルは、日本代表監督候補として度々その名前が報じられることになる。2002年W杯の指揮を取ったフィリップ・トルシエ氏を紹介したのも、アーセナルとの契約を理由に就任を固辞したベンゲルだったと言われている。

モナコ名古屋グランパスエイトという2つのクラブでまずまずの成功を収めたベンゲルだが、1996年にアーセナルの監督に就任したときは、イングランドでは無名といっていい存在だった。しかし就任翌年に早速リーグとFAカップのダブルを獲得し、ファンの信頼を一気に勝ち取ることに成功する。チームがフランス人選手に依存する割合が高すぎるのではないかと、ファンの一部や他チームからそのやり方に疑問、或いは批判の声が出ることもあったが、結果でそれを黙らせてきた。

ライバルクラブと比べて補強に使う予算が少ないアーセナルにおいて、ベンゲルの持つスカウティング能力と育成能力は欠かせないものとなっている。多くの選手がここで才能を開花させ、多くの選手がここで輝きを取り戻した。フロントにも「好きなだけクラブに居て貰って構わない」と全幅の信頼を寄せられている。

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