アスガー・ヨルン

アート

アスガー・ヨルン

あすがーよるん

アスガー・ヨルン(本名アスガー・オルフヨルゲンセン 1914ー73年) デンマーク生まれの画家、思想家人類学者。コブラの創設者として北欧ベネルクス三国からイタリアまで戦後ヨーロッパ前衛芸術運動に大きな影響を与えた。ヨルンはデンマークのユトラント半島のシルケボアに生まれ、1930年代に、バウハウスに参加したデンマーク人ヴィルヘルム・ビィヤーケ・ぺーターセンや象徴主義抽象絵画を唱えていたエイラー・ビレらが始めた前衛芸術運動『リニエン(線)』の影響を受ける。1936年にパリに行き、フェルナン・レジェの下で現代絵画を勉強し、ル・コルピュジエと共同で万国博覧会の建物の装飾などを行う。第二次大戦中は、デンマークに戻り、前衛芸術の雑誌ズルヘステン (地獄の馬)』に拠りレジスタンスの活動を行う。戦後、「革命的シュルレアリスム」に参加し、パリでオランダ人コンスタントと、ブリュッセルドトルモンと出会う中から、1948年、シュルレアリスムと抽象表現芸術の両方を乗り越え、生の直接的表現をめざす前衛芸術運動「コブラ」を創設。1951年、結核に冒され、「コブラ」を解散した後、53年から57年までイタリアアルビソラで、芸術活動を生活全体にまで拡大し、建築都市計画・都市環境の装飾など日常生活の場そのものの実験をめざした「イマジニスト・バウハウスのための国際運動」を組織する。1957年、ドゥボールらとともにシチユアシオニスト・インターナショナルを創設、そのフランスーセクションで活動。61年にSIを脱退した後は、「比較ヴァンダリズム・スカンジナヴィア硫究所」を鍵点に芸術活動を続ける一方、故郷のシルケボアに象徴主義シュルレアリスムからコブラシチュアシオニストに至るまでの作品と資料を収集した美術館を開設し、その運営を行った。