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アフリカ・バンバータ

音楽

アフリカ・バンバータ

あふりかばんばーた

Afrika Bambaataa

ヒップホップとカルチャーに大きく貢献してきた、ズールー・ネイション設立者。1960年にNYのサウスブロンクスで生まれた。本名はケヴィン・ドノバン。

彼はティーン時代から、R&Bからロックまで幅広いジャンルのレコードを集めては、仲間内のパーティでDJをするようになり、クールDJ-D、そしてクール・ハークのプレイを耳にした頃には、DJ をすることにさらにのめりこんでいった。

マスターズ・オブ・レコードと呼ばれていたバンバータは、その後、DJ、MC、ダンサー、グラフィックアーティストなどを集めたグループ"ズールー・ネイション"を結成。彼らは知識・自由・平等・平和・愛などを掲げシーンに訴えかけた。

70年代後半にブロック・パーティの普及を促し、DJとして参加。プロとして最初の仕事は、80年ソウルソニック・フォースのデビュー・アルバム『ズールー・ネイション・スロウダウン』のプロデュースだ。彼らはその2年後、画期的なシングル「プラネット・ロック」を発表、奇抜なビートにドイツ出身のクラフトワークシンセ・サウンドを導入し、エレクトロ・ファンクの先駆けとなった。

彼は、86年にアルバム『Planet Rock』をリリース。その後、現在までに10枚近くのアルバムをリリースしている。

また、初めて曲にラップを乗せるという趣向を生み出したのも彼であり、バンバータのおかげで業界での成功のきっかけをつかんだ人々も多い。やや落ち目ながらも大手のインディとしてシーンに君臨する現在の"Tommy Boy"はバンバータの数々のヒット曲抜きで語れないし、テイシャーン、NYCピーチボーイズのバーナード・ファウラー、そしてあのニュー・エディションら、数々のR&Bグループに楽曲を提供したのもバンバータだった。

長期に渡るキャリアで、彼はジェイムス・ブラウンビル・ラズウェル、スライ&ロビー、プロフェッサー・Xなど、さまざまな素晴らしいアーティストとレコーディングを経験、ヒップ・ホップ界の伝説的な先駆者として、今もなおレコーディングやツアーを行い、積極的に活動している。