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アラン・チューリング

Alan Mathison Turing(1912年6.23〜1954年6.8)

イギリス数学者ケンブリッジ大学卒業(ハーディの教え子)、フェローとなる。第2次世界大戦中、政府暗号学校ブレッチリー・パーク(1939年9月に招集された)でドイツ暗号エニグマの解読に多大な貢献。チューリングマシン(Turing Machine)の構想(論文『計算可能数について』1937)と具現化(真空管1500個からなる世界最初のコンピュータ『コロッサス』1943)。

戦後、マンチェスター大学教授になるも不遇。1952年同性愛で有罪判決を受け、精神科医にかかりホルモン治療の受けさせらるることになる。1954年6月、青酸カリ中毒(青酸カリを塗布した林檎をかじる?)で自殺(ただし自殺ではなく謀殺という説もあり)。※以上、藤原正彦著『天才の栄光と挫折 数学者列伝』ならびにサイモン・シン著『暗号解読』からまとめた。

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