アントニオ・ヴィヴァルディ

Antonio Vivaldi (1678-1741)


イタリア(ヴェネツィア)の作曲家ヴァイオリニスト

ヴィヴァルディ

各種ソロ楽器のための、またはオーケストラのための協奏曲室内楽曲、カンタータ、教会音楽、オラトリオオペラなど、きわめて数多くの作品を多彩なジャンルに残した。最も有名な作品には、「ヴァイオリン協奏曲」「四季」「調和の霊感」「マンドリン協奏曲」などがあるが、80年代よりオペラにも注目が集まり、90年代になったジャン=クロード・マルゴワールが復刻した《モンテツマ》の上演と録音が評判となって、録音も盛んとなり、特にチェチーリア・バルトリが珍しいオペラアリアを集めた「ヴィヴァルディ・アルバム」が驚異的なセールスを記録したのが追い風となり、オペラの復刻、研究が本格化されている。

ヴェネツィアヴァイオリニスト兼床屋の長男として1678年に生まれたアントニオは、社会的な地位を得るために聖職を目指し、1688年に教会付属学校へ入る。その15年後、司祭になれたのはいいが、生来の持病・喘息のためにたった半年で辞任、音楽教師に転向。ヴェネツィアピエタ慈善院付属女子音楽院で、音楽教授を始め、同音楽院の優れたオーケストラのために、たくさんの作品を書き、国際的に知名度をあげていく。各国の王侯にもその名はとどろき、報酬もだんだん巨額になっていくが、1740年5月の「協奏曲集」を最後にイタリアを出て、同年の秋には、オーストリア南部のグラーツを経てウィーンに旅立った。

自分の大ファンであるオーストリア皇帝・カール6世のお膝元で、さらなる大成功をもくろんでいたのだが、当のカール6世は急逝。さらにウィーン中が一年間の喪に服し、劇場という劇場が閉鎖されてしまった。当時、もっとも金になるのはオペラだったから、十分な収入はないままに「大作曲家」として生活のレベルを下げるわけにもいかず、諸経費ですべての財産を食いつぶしてしまった。手持ちの楽譜も叩き買いされ、売るものもすべてなくなり、もともと壮健とはいえなかったヴィヴァルディは健康を害し、ウィーンで客死してしまう。

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The Vivaldi Album

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Virtuoso Cantatas

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Stabat Mater/Nisi Dominus/Longe Mala

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Viva Vivaldi: Arias & Concertos [DVD]

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