スマートフォン用の表示で見る

ウォーレン・クロマティ

スポーツ

ウォーレン・クロマティ

うおーれんくろまてぃ

[英] Warren Livingston Cromartie

元プロ野球選手・指導者。左投左打、ポジションは外野手背番号は49番。

1953年9月29日生まれ。米国フロリダ州出身。

1972年、第1回日米大学野球選手権大会に出場。

1974年、モントリオール・エクスポズに入団。

1977年、メジャー昇格。強打者として活躍。

1984年、尊敬する王貞治*1が監督を務める読売ジャイアンツに入団。

1985年より3年連続3割を記録。

勝負強い打撃と持ち前の明るい性格で多くのファンに親しまれた。

1987年には、後楽園球場故意四球の球を打ち、決勝打となった。

1980年代のジャイアンツを支え、3度のリーグ優勝と2度の日本一に貢献。

ガムを噛みながら打席に立ち、本塁打後の走塁時に風船を膨らます姿が印象的である。

1990年、退団。

日本での通算779試合出場、2961打数951安打、171本塁打、558打点、打率3割2分1厘を記録。オールスターゲーム出場3回。

獲得タイトルは首位打者1回、最高出塁率1回。ベストナインにも3回選出された。

ジャイアンツ史上最強の外国人選手とされる。


1991年カンザスシティ・ロイヤルズでメジャー復帰。

1993年、現役引退。

MLB実働11年間で通算1107試合出場。通算1104安打、61本塁打、391打点を記録。オールスターゲーム出場0回。

親日家で毎年来日しており、2002年には、マスターズリーグ札幌アンビシャスの選手としても活躍した。

2005年より新設される独立リーグゴールデンベースボールリーグ」の日本人チーム「サムライ・ベアーズ」の監督に就任。

同年、退団。

趣味のドラムはプロ並みの腕前で、レコードも出している。

魁!!クロマティ高校」の元ネタとしても有名だが、公式には同漫画はクロマティとは無関係。

2007年、プロレスラーとしてハッスルに参戦。

現在はスポーツグッズ販売会社に勤務。

*1:息子の名前をオーと名づけた。