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エディ・コリンズ

スポーツ

エディ・コリンズ

えでぃこりんず

Eddie COLLINS

MLB選手。本名・エディ・サリバン

右投左打。ポジションは二塁手

1887年5月2日生まれ。ニューヨーク州出身。

コロンビア大学キャプテンを務め、1906年フィラデルフィアアスレチックスと契約。後に登録名をコリンズにした。

1910年にはワールドシリーズに出場し打率.429をマーク。シリーズ制覇に貢献。

1914年オフ、移籍金5万ドルでシカゴ・ホワイトソックスへ移籍。

1917年に2度目のワールドシリーズ制覇を経験するが、1919年、「ブラックソックス事件」を経験。しかし、永久追放は免れた。

1920年にはシーズン224安打を記録。1925年には選手兼任監督となる。

1927年、古巣アスレチックスへ復帰。コーチ兼キャプテンとなる。

1930年現役引退。

通算成績:2826試合出場 打率.333、3313安打、47HR、1300打点、743盗塁

1933年ボストン・レッドソックスGM就任。レフティー・グローブ?、ジミー・フォックス?やジョー・クローニン?を獲得する一方、ボビー・ドーア?テッド・ウィリアムズの才能を発掘した。

1939年野球殿堂入り。

1951年逝去。

2003年、川相昌弘が彼の持つ512犠打の世界記録を更新した事で、日本でも知られるようになった。ただし、コリンズの持つ記録は犠牲フライも含めた数字であり*1、現在のルールでは400犠打にも及ばないと推測される。


* リスト::野球選手

*11930年までは犠牲フライ犠打に含まれた。