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エリアス・カネッティ

読書

エリアス・カネッティ

えりあすかねってぃ

名前と人

えりあす・かねってぃ 【エリアス・カネッティ】 "Elias Canetti" ("CANETTI, Elias")
1905年ブルガリア生。
1994年チューリッヒ没。
文学者。文化哲学者(←池内紀先生による)。作家。小説家

詳細

歴史

スペインユダヤ人祖先に持ち(したがって母語native tongueは古のスペイン語ブルガリアに生まれる。のち、1938年に亡命。滞在先はUKであるが、著作活動はすべて"少年時に習い覚えたドイツ語"で行われたという。(←池内紀先生の手になる「眩暈(めまい)」の解説文による。)

ユダヤ文学が脚光を浴びた時期が2decadesくらい前にあったらしいのだけれども、その一翼を担っていたに違いない(と思う)。

主著に「群集と権力」がある。ノーベル文学賞受賞。

著作

  • 群集と権力
  • もう一つの審判--カフカの「フェリーツェへの手紙」--
  • 眩暈(めまい)
  • マラケシュの声--ある旅のあとの断想--
  • 断ち切られた未来--評論と対話--
  • 猶予された者たち(戯曲
  • 断想--1942-1948--

ほか。

賞罰

ノーベル文学賞

そのほか

安部公房の「死に急ぐ鯨たち」という書物(インタヴュー集?)の中に、カネッティへの言及がある。「UKパブで飲んでいた、学問のある貧しい老人」というくだりは、なかなか強烈かもしれない。(と思う)。学問のある貧しい老人、とは、安部公房の友人が抱いた印象である。彼は行きつけのパブでカネッティと偶然出会い、その何者たるかを知らず、直接話をしたのだという。カネッティが賞を受け、その名声の高まる以前の逸話。

港千尋さんの欧州紀行『注視者の日記』(みすず書房・1995年)によると、カネッティの没日は8月15日。チューリッヒの墓地でジェイムスジョイスの横に眠るという。ユセフ・イシャグプールによる評伝『エリアス・カネッティ――変身と同一』(法政大学出版局・1996年)訳者・川俣晃自さんの解説によると、没日は8月14日。これは現地時間と日本時間の違いだろうと思われます。