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エルウィン・ベルツ

一般

エルウィン・ベルツ

えるうぃんべるつ

ドイツ帝国出身の医学者。エルヴィン・フォン・ベルツとも。

1849年に南ドイツで出生、ライプツィヒ大学で医学を修める。

1876年、いわゆるお雇い外国人として東京医学校で教鞭を執る。

その間、草津温泉による効能や、脚気の治療方法など多くの研究成果を挙げた。

1902年には宮内侍医となり、大隈重信伊藤博文など政財界の有力者とも親交があった。

1905年には外国人で初めての旭日大綬章を受章。

日本の文化や自然、勤勉で穏やかな国民性を愛し、日露戦争が始まるやロシアの支援を行う

祖国ドイツを批判した。新聞に「露探(ロシアのスパイ)」との疑惑が流れた際には

激怒し、田中宮内大臣に直接抗議を行っている*1

一方で、西洋の文化を際限なく取り入れる日本人に対しても警鐘を鳴らした。

1913年8月、シュツットガルトで死去。

*1:田中宮内大臣は驚いて警視総監に確認し、事実無根であることが判明した。スパイ嫌疑の噂を知った伊藤博文はベルツの功績を知っているだけに一笑に付し「そんな馬鹿げたことを信じる必要はない」と語ったという。