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エルナン・コルテス

社会

エルナン・コルテス

えるなんこるてす

Hernan Cortes(1485年?〜1547年)

アステカ帝国を征服したコンキスタドール

スペインのイダルゴ(下級貴族、士族)の子として生まる。1511年にベラスケスらとキューバ島に遠征。1519年にハバナを出てメキシコに上陸、同年、チノチティトランに入城し、皇帝モクテスマ2世を幽閉する。翌年、キューバ総督ベラスケス派遣した追討軍を破るが、インディオの反乱によりチノチティトランを失い、ここでスペイン人1000人あまりが殺害された。

戦力の再建に努めたコルテスは1521年にチノチティトランを占領、アステカ帝国を滅亡させた。

インカ帝国を滅ぼしたフランシスコ・ピサロが無学文盲であったのに対して、コルテスはサラマンカ大学に学んだこともあり、征服のみならずキリスト教の布教にも努め、また国王に詳細な報告書を送っており、当時のインディオの文化を知る上での一級の史料となっている。