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社会

カロルス・マグヌス

かろるすまぐぬす

カロリング朝フランク王国)の二代目国王、カール1世のローマ皇帝としての名前。

本来はラテン語名で「カロルス・マグヌス*1」と呼ばれるべきだが、日本では「カール大帝」とドイツ語名で呼ばれる事が通例に成っている。

亦「シャルルマーニュ」と云うフランス語名でも呼ばれる。


 祖父は、メロヴィング朝の宮宰であるカール・マルテル、父はカロリング朝初代国王のピピン3世(小ピピン)。

 マジャール人らを異民族を討伐し、カロリング朝の最盛期を築きあげた。

また、父と同じくローマ教会と繋がりを深め、さらに、ローマ教会とギリシア正教会との関係が悪化したため、

800年に、教皇レオ3世から「西ローマ帝国皇帝」の戴冠を受ける。(カールの戴冠)

 これによって西ヨーロッパに、名目上ビザンツ帝国と並び得る(実態は措くとしても)国家が476年以来久しぶりに、復活した。 

更に、彼の治世には文化・学芸がアーヘンを中心に発展し、「カロリング・ルネサンス」と呼ばれた。

 

 このように輝かしい功績を残したカール(カロルス)であるが、彼の子孫らが遺領を分割統治したため、

カロリング朝の勢力は急激に衰え、代わってカペー朝神聖ローマ帝国が台頭することとなる。

*1:Magnusはラテン語で「偉大なる」の意。アレクサンドロスポンペイウスコンスタンティヌス、テシオドウス、ユスティニアヌス