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カンネーの戦い

読書

カンネーの戦い

かんねーのたたかい

第二次ポエニ戦争中の会戦。

カルタゴ*1が、およそ2倍の数のローマ軍を一方的に包囲殲滅するという世界戦史上まれに見るパーフェクトゲームを演じた。


概略

前年のトラシメヌス湖畔の戦いにおいてもローマ軍を痛打したハンニバルだったが、ローマファビウスをディクタトールに就任させた。ハンニバルの実力を正しく理解していたファビウスは徹底的な持久戦を採用した。

もとより、敵地に滞在するハンニバルカルタゴ軍にとって、持久戦ほど困ることはない。が、カルタゴ軍がイタリア半島各地で掠奪を行っていると、ローマの世論が変化して戦いを望むようになった。

ローマは8万という前代未聞の規模の野戦軍を組織し、カルタゴ軍に差し向けた。

これに対してカルタゴ軍5万を率いるハンニバルも決戦を決意、両軍はカンネー(カンナエ)近郊で激突することになった。

ローマ軍は主力の重装歩兵を中央部に分厚く配備し、左右に騎兵を配した。これによって中央突破を狙っていたとされる。

一方、カルタゴ軍は中央に(戦力としての信頼度に劣る)ガリア兵を配置し、第二線にはカルタゴ歩兵を置いた。左右には(古代地中海世界最強を謳われるヌミディア騎兵を含む)騎兵を置いた。

戦闘が始まると、カルタゴ軍中央のガリア歩兵ローマ軍主力に押されて大損害を受けるも、戦線崩壊にはいたらなかった。一方で強力な騎兵はローマ騎兵の戦列を破ると、そのまま戦場後方へ回り込んで、絵に描いたような二重包囲を完成させた。そして、ローマ軍主力の後方から襲いかかった。

あとは「これは戦闘と呼べる物ではありませんな。一方的な虐殺だ」が展開された。

結果的にローマは6万を失い*4、事実上、動員可能な野戦軍がゼロとなった。

カルタゴ側の損害は数千で、しかもそれは(主力ではない)ガリア兵がほとんどだった。

*1:というかハンニバル

*2:とパウル

*3:1万は野営地の守備に残されて会戦には参加せず

*4:さらに野営地に残されていた1万も降伏