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クライン

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くらいん

 フェリックス・クラインFelix Klein(1849−1925)。ドイツ数学者。以後の幾何学群論を用いて統一的に把握しようという「エルランゲン目録」を提唱。

 「もの」として扱われていた図形を、操作の過程と捉えて幾何学の視点を一転させた。


 イヴ・クライン(1928−62) フランスの画家。ニースでの少年時代に、友人で後にこれも画家になるアルマン、クロード・パスカルとともに、薔薇十字団の教義に心酔し、その哲学コースを受講する。同時に始めた柔道の勉強のために、1952年から54年まで東京講道館に留学。フランスに帰国後、柔道を教えながら、画家の両院の影響もあって絵画を描き始める。1955年、「サロン・デ・レアリテ・ヌーヴェル」にオレンジ色のモノクローム絵画を出展し落選。57年、モンパルナスの絵の具商で手に入れたウルトラマリン・ブルーを『インターナショナルクライン・ブルー(IKB)」と名付け、以後、壁から床に垂らしたロール状の布にその絵の具をたたきつけたモノクローム絵画を製作。同年、ミラノアポリネール画廊で「青の時代」展を開催し大反響を得る。その後、ヨーロッパ各国で次々と個展、集団展を開催しモノクローム絵画を発表する。1958年以降は、ゲルゼンキルヒェン市のオペラ・ハウスの装飾や、「空虚」展と称した何もない空虚の展示、裸の人間の身体に塗った青を布に写し取る「人体測定プリント」や巨大なガス・バーナーで描かれる「火の絵画」、「非物質的絵画的感性領域の譲渡」と呼ばれる金箔をセーヌ川に投げ込む儀式的パフォーマンス、アパルトマンの二階からの空中へのジャンプ「空中浮遊」などへと、活動の幅を広げる。この間、60年には、アルマン、フランソワ・デュフレーヌ、ジャン・ティンゲリーらろともに「ヌーヴォー・レアリスト」を結成、クラインのパリの自宅で結成式を行い、その宣言文を製作する。

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メラニー・クライン 旧姓ライツエス 精神分析家。対象関係理論の祖。

結婚によって進学を断念するが、アブラハムフェレンツィに教育分析を受け精神分析家となる。特に幼児の遊びを直接的に解釈する早期分析、出生直後からエディプス葛藤が存在するという早期エディプス葛藤理論で精神分析界にセンセーションを巻き起こす。

ナチスの迫害によってアーネスト・ジョーンズに招かれ、イギリスに逃れる。第2次世界大戦のただなか、アナ・フロイト自我心理学派とイギリス精神分析協会を二分する理論闘争が生じ、その結果イギリス精神分析協会は、自我心理学派、クライン派、独立派の3グループが併存する形となった。

 妄想・分裂ポジション抑うつポジションの発達ポジション、投影同一化、躁的防衛などの斬新なアイディアによって現代の精神分析にも大きな影響を与えた。

娘のメリッタ・シュマイデベルグも精神分析家となったが、クラインとはイギリス精神分析協会を舞台に確執を見せた。