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クリミア・タタール人

一般

クリミア・タタール人

くりみあたたーるじん

クリミア・タタール語: Qırımtatar、ウクライナ語: Кримські татари、ロシア語: Крымские татары)

クリミア半島に起源もつテュルク系民族クリミア・タタール語母語とし、スンニ派ムスリムが大半を占める。

クリミアの原住民族であることを強調して「クルムル」(クリミア・タタール語: Qırımlı、ロシア語: крымцы;意訳:「クリミア人」「クリミア出身者」)という名称で言及されることもある。

クリミア半島からの移住

1944年には、スターリンによりクリミア・タタール人は対独協力の嫌疑をかけられ、全住民が中央アジア強制移住を余儀なくされた。強制移住の過程で、住民の多くが命を落とした。この出来事は「クリミア・タタール人追放」として、現在でも、クリミア・タタール人の間で広く記憶されている。

スターリンの死後、1967年にクリミア・タタール人への追放措置は解除され、クリミアへの帰還運動が始められた。1991年には、ムスタファ・ジェミーレフら民族活動家の運動により、ソ連邦内の全クリミア・タタール人から代議員が選出され、最高意思決定機関であるクリミア・タタール民族大会(クルルタイ)が開催され、クリミアへの帰還に向けての努力が進められた。

現在、約25万人のクリミア・タタール人がクリミアへの帰還を果たし、クリミアの全人口の1割を占めるまでになったが、移民の生活基盤の整備、ウクライナでの政治参加の方法等、移住後の問題は残っている