グレコローマン・スタイル

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グレコローマン・スタイル

ぐれころーまんすたいる

グレコローマン・スタイルは、レスリングの方式の一つ。 古代オリンピック時代との関連を想起させるグレコ・ローマン(ギリシャローマの)という名に反して、19世紀中頃のフランスに起源を持つ。当初は「lutte à mains plates(flat hand wrestling)」と称した。フランス発祥であることからフレンチ・スタイルとも呼ばれる。これにグレコローマンと名付けたのは、イタリア人のレスラー、バシリオ・バルトリである。実際に古代ギリシャローマで行なわれていたレスリングとは異なる。18世紀から19世紀にかけて、ヨーロッパでは現代のスポーツと古代のものとの関連を見出すことでそれに付加価値を付けるということが行なわれていた。

組み方は決まっておらず、組み手争いがある。ただし攻防に下半身を使ってはならない。例えば、相手を持ち上げるときに、相手の身体の下に脚を差し込むことは認められるが、その脚の力を直接相手の身体に及ぼすことは許されない。この制限により、脚を取って倒したり、脚に脚を掛けることが出来ないため、このスタイルは投げ技に特色を与えた。スープレックスとして知られる反り投げは、グレコローマン・レスリングで発達したものである。寝技がある。決着は相手の両肩をマットに押し付けてカウントを取る二点式のピン・フォールによる。また、現在の標準的なルールでは得点によって決着をつけるテクニカル・フォールも採用されている。

19世紀後半から20世紀初頭のグレコローマン・レスリング

1848年ナポレオンの兵士、ジャン・エクスブロイヤがこのスタイルのルールを定めた。その後、グレコローマン・レスリングはヨーロッパ大陸を席巻し、多くの国の首都では国際的なトーナメントが開催され、勝者には多額の賞金が与えられた。例えば、ロシア皇帝はそのトーナメントの優勝者に5000フランを授与したという。

プロのグレコローマン・レスリングの試合では、頭突き、引っ掻き、パンチなどの危険な技も使われていたが、19世紀末までには禁止された。グレコローマン・スタイルは試合時間の長さでも知られており、2〜3時間かかることも稀ではなかった。ニューヨークのテラス・ガーデン劇場で行なわれたウィリアム・マルドゥーンとクラレンス・ホイッスラーの試合は、8時間かけて引き分けた。オリンピックでも、1912年、アンデルス・アールグレン(スウェーデン)とイヴァル・ボエリング(フィンランド)の試合は、9時間続いた末、両者に銀メダルが与えられた。

しかしこのスタイルは、英語圏ではそれほど流行しなかった。19世紀末アメリカ人のウィリアム・マルドゥーンはフランスでグレコローマン・スタイルを学び、アメリカ合衆国に持ち帰って興行を行なった。それ自体は多くの観衆を集めたが、マルドゥーンの時代はフランク・ゴッチが登場する直前であり、アメリカ人はキャッチ・アズ・キャッチ・キャン・スタイル(ランカシャー・スタイル)を選んだ。またイギリスでも20世紀初頭にアメリカからランカシャー・スタイルの人気が逆輸入され、グレコローマン・スタイルは浸透しなかった。

近代オリンピック競技としてのグレコローマン・レスリング

グレコローマン・スタイルは、1896年に開催された第一回近代オリンピックであるアテネ大会の種目として採用された。当時は時間無制限で、体重別の階級制もなかった。1900年のパリ五輪ではレスリングは行なわれず、1904年のセントルイス五輪では初登場となるフリースタイルのみが行なわれた。この年はオリンピックから外されたグレコローマン・スタイルのためにウィーンで第一回世界選手権が開かれた。1908年ロンドン五輪以降は全ての夏季オリンピックで競技が行なわれている。

1912年に最初の国際レスリング連合が設立されたが、まだ形式的なものに過ぎなかった。1913年には、グレコローマン・レスリング、ボクシングや重量挙げなどを統轄する組織として国際重量運動連合が組織され、国際レスリング連合を引き継いだ。このときレスリングの試合時間は20分と定められた。1920年国際オリンピック委員会は、競技別に独立した連盟の創設を勧奨した。これを受けて、1921年、国際アマチュア・レスリング連盟が設立され、レスリングの管轄を引き継いだ。これが現在の国際レスリング連盟(FILA) となる。

ルールは適宜改正されている。最近のルールでは、各ピリオドはスタンドで開始し、一定時間が経過した時点で一旦試合が止められ、クロス・ボディ・ロックまたはパーテール・ポジションからのグランドに移行する。グランド戦での攻撃権は、その時点でより多くポイントを獲得している選手に与えられる。同点の場合は細則がある。6点差が付くなどの要件を満たせばテクニカル・フォールとなり、そのピリオドの勝利が与えられる。ピン・フォールが決まった場合は、その時点で勝敗が決まり、試合終了となる。体重別の階級制があり、シニアの場合は 55 kg、60 kg。66 kg、74 kg、84 kg、96kg、120 kg に分けられている。