コートジボワール内戦

社会

コートジボワール内戦

こーとじぼわーるないせん

1960年コートジボワール独立以来の内戦。

第1次コートジボワール内戦

マリ、ブルキナファソなど周辺諸国から同国北西部に移り住んだ住民に対し、バグボ大統領が排外的な政策を取ったのがきっかけ。02年9月、軍人ら750人がアビジャンやブアケで蜂起したのをきっかけに全土が内戦状態になった。現在は国を二分する緩衝地帯が設けられ、国連平和維持部隊フランス軍が監視を続けている。双方は05年6月に武装解除合意したが実施しなかった。

第2次コートジボワール内戦

2010年末にコートジボワール共和国で行われた大統領選挙の決選投票の結果、両候補が勝利を主張したことに端を発する一連の事件である。このため、同国は4ヶ月以上にわたり大統領が二人存在する異常事態となり、事実上の内戦状態となった。