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コンドルセ

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コンドルセ

こんどるせ

Marie Jean Antoine Nicolas Caritat, Marquis de Condorcet. 1743-1794.

フランス数学者政治家・教育改革家.侯爵

カルディ生まれ.パリのナヴァル校卒業後,『積分論』などで名声を得た後,テュルゴーヴォルテールなどの啓蒙思想家と交遊をもった.『百科全書』では経済学の項目に執筆,1782年にはフランス学士院(アカデミー・フランセーズ)会員に.

フランス革命が勃発すると政治家に転じ,当初は立憲王党派だったが,ヴァレンヌ逃亡事件以後は王制廃止に傾きジロンド派に近づいた.立法議会のジロンド与党期には財務委員や公教育委員会委員長となり,特に後者として公教育改革法案を提出,後のフランス公教育の礎を築く.

しかし,国王処刑をめぐり山岳派と対立,1793年にジロンド憲法草案を作成するものの,ジロンド派の失墜と追放の際には非難され,恐怖政治下においてジロンド派への協力者として投獄される.『人間精神進歩史』は逃亡中に執筆されたものだが,完成を目前に逮捕され,服毒自殺を遂げた.


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