サー・ジョン バルビローリ

音楽

サー・ジョン バルビローリ

さーじょんばるびろーり

sir.john barbirolli 1899-1970

イギリス指揮者で元々はチェリスト

父、祖父はアルトゥーロ・トスカニーニの元で「オテロ」(プッチーニ)を演奏した経歴がある。

元々は、チェロ奏者として活動していたが

サー・トーマス・ビーチャムの影響から指揮者に転向

1933年からは、スコットランド管弦楽団の常任指揮者

1937年から1943年までは、トスカニーニの後任として

37歳の若さでニューヨーク・フィルハーモニックの常任指揮者として活動したが

あまり良い実績はなく、失意の元にアメリカを去ることになる。

ハロルド・ショーンバーグから、こう評されている。

「かくも多くのことに要求される地位に就くだけの準備が出来ていなかった」

なんと言っても彼の経歴で1番の結びつきが深かったのが

イギリスのハレ管弦楽団

ニューヨークから帰ってきた1943年

常任指揮者として着任。

それから1968年に、桂冠指揮者となり

オーケストラは、彼の生前の間

新しい常任指揮者を迎えることはなかった。

1960年代以降には

ベルリンフィルウィーンフィルにも客演し

マーラーブラームスなどの録音を残している

残念な事に来日経験はなし。

1970年に待望の来日公演がニューフィルハーモニア管弦楽団

来日予定だったが直前に急死してしまった

奥さんは、オーボエ奏者のエヴリン ロスウェル


彼の経歴を紹介するバルビローリ協会のサイト

http://www.st-and.demon.co.uk/JBSoc/JBSoc.html